寂しき淀城


京都の鳥羽口から鴨川の堤の上の旧京阪街道(千本通)を下ると納所(のうそ)に達する
そこには豊臣の時代、淀君の淀城があった
徳川体制に入って新しく今の地に巨大な城を築いたそれが淀城である
淀城は巨椋池の出口、淀川を堀にして浮かぶように立っていた
街道は城に入らなければそのまま橋本・枚方・大坂に下っていく

淀城址は京阪電車からよく見えた、元の淀駅は淀城の堀を削って埋めてあった
荒れた城は今も名残の堀と石垣を残している
小生、もう二昔も前だがこの城に隣する病院に入院していたことがある
病院は大きくなっているようだが、町を久しぶりに見るといっそう寂しくなっている
山城の国で唯一の10万石大名の城下町が、
明治になって一時淀川水運の町になりやがて競馬場の町になっていった
巨椋池(おぐらいけ)の一部が競馬場になり、今度は京阪電車が高架になって駅が少しずれた
競馬場で働く町の人もいるが、馬券の客も駅から直通だし、関わりは納所の中の広大な駐車場だけである
駅前商店街もやっと静かになったとも言えるがもう取り戻すものがなくなっている

維新の直前、戊辰戦争の時淀城主稲葉氏は江戸幕府の筆頭老中だった
何故か城を守る家臣たちは、形勢の悪い幕府軍を城には入れなかった
この町には戊辰の時の戦死者の碑が競馬場と一緒にある
勝ち馬に乗るというのは競馬場には縁起のいい話かもしれないが
この時の混乱の時の歴史的逸話が、淀の町の将来を暗示するような結果になっていることが小生には今も信じられない

これだけの資源がありながら、発展しないのは京都市に編入されたからかもしれないと、入院した時には考えていた
他に、選挙区のせいもあるかもしれない
どこから来たのか知らない代議士が淀の城のことも勉強する間もなく急に不倫でやめたりしてる
いつの間にか水中は特定外来種ばかりになっている
写真は淀城の堀にのさばる外来種のアカミミガメ
鯵庵(28.4.5)
※29年6月にやっと地元の人たちで駆除が行われるようだ・・
b0355451_21033304.jpg

Commented by kusagame at 2017-06-02 13:35 x
はじめまして。
 淀城、アカミミガメをキーワードに検索して、あなたのブログに到達しました。私も同時期にアカミミガメのあまりの多さに唖然として、淀観光協会さんとアカミミガメ駆除に乗り出すことになりました。駆除により減少したハスが復活するかもしれません。
2017年6月11日午後2時から公園内で「アカミミガメ駆除で淀城跡公園お堀のハス『淀姫』保全プロジェクト」をスタートさせます。関心のある方、是非ご参加ください。

Commented by ajiankyoto at 2017-06-03 21:53
> kusagameさん
なんかお手伝いできることがあればいいのですが
元、納所の住民鯵庵
by ajiankyoto | 2016-04-10 17:40 | 京都の水 | Comments(2)