五条楽園は休業中?

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五条楽園の昔は遊郭の歴史である
五条通から南、高瀬川沿いにあった
京都の遊郭の中で五条・六条・七条を冠する鴨川沿いの遊郭が大正時代に一塊になって七条新地と言って商売をしていた
花街である、娼妓も芸妓もいる
お茶屋・置屋・旅館などの揃った歓楽街である
花街と言われたいためか歌舞練場もあった
売春防止法(1958)後も時代に合わせて営業を続けていた
ところが平成22年(2010)秋になって売春防止法違反で主だった役員たちが京都府警に摘発された
それ以来一斉にお茶屋や置屋は休業した、で今も休業のままである
風俗営業法がこの業界の民法なのに、売春防止法という憲法で上げられたのでは仕方がない?
ここはお茶屋さんに上がって芸者(芸子)さんを呼んでもらう仕組みである
古の遊所の様を残している、良く言えば大正ロマンである
近くの祇園や宮川町の芸妓(げいこ)は専門職スペシャリスト・京都観光の花に例えられても・・五条楽園は芸子(げいこ)と呼ばれ明確に一線を引かれたままだったという
いわゆる”ちょんの間”だった、風俗営業法風に言えば、店舗型どちらか言うと熟女系風俗店である
本番云々を名乗ったわけではないので、風営法の枠内であれば今も続けられたかもしれない
現に、大阪では同じような時代錯誤的お茶屋がきっちり営業している、らしい?
が、所詮、風営法の改正に伴って、風俗業界は無店舗型にシフトしている
あの芸子たちは何処へ行ったのだろうか、国際観光都市京都ではしんどい?年令のことも気にしてやらねば?!
今年は平成28年、数年前まで京都にも厳然とあったという事実にはそれなりの意味があるのかも
小生も今時大正ロマン的五条楽園が再開されることは期待しているのではない
もちろん祇園や宮川町のように観光業かと思えるような澄ました花街になってほしいと思うものではない
”たとえいくつになっても女性が自分で自分の体を売ると決めた以上、生活していけるだけの世話は社会的にも必要である”という論である
都である京都や江戸に限らず都市はその機能を果たしてきたというのが歴史である・・
もちろん、あからさまに言うことを共感してもらえるとは思っていない
写真はチョウ絡む
鯵庵(7.1)

Commented by 福原は不動なのに・・・・ at 2016-08-18 15:05 x
歴史と文化を大事にすると謳っている京都市ってなんなのって想いでいっぱいです
さて件の街の近くに成るのでしょうかひ・と・ま・ち交流館にしょっちゅうバスで通っているのですが
暑いからふきん散策できていません
ひ・と・ま・ちを起点に考えるとズバリどのアタリが五条楽園にあたる区域に成るのでしょう?
ズバリ建物裏側高瀬川辺りはすでにその匂いはするのですが気になって居ます。
Commented by ajiankyoto at 2016-08-18 20:31
> 福原は不動なのに・・・・さん
大阪も不動です
でも今の形は庶民の気持ちを汲んだものではないと思います
線は細いですが熟女系風俗は京都にもあります
何もない都市がほとんどの中で京都はまだ何とか・・
もしもその足らず分を花街がカバーしてるのだったら
京都の癖の悪さがいつか京都の活力を失っていくような気がします
京都には京都の風俗が育ってほしいです
もちろんける私が行けるうちにです
by ajiankyoto | 2016-07-01 06:23 | Comments(2)