祭/巴は何処へ(巴は京女⑵)

「巴は京女」に続く

義仲がいなければ都に来ることもない女だった
戦(いくさ)に連れていくための妾と言われるが、女武者でもある
馬乗りは得意だったかもしれないが、当時武芸というものはまだ出来ていない
闘争心のままに長刀を振り回すだけの女である
庶人が知る歴史は「物語」でしかない
荒削りの男のために精一杯武器を持った一人の女へのはなむけだろうと思う
最期を共にするはずが義仲に見限られた巴は鎧を脱いで落ち延びた
その後の巴のことは物語の外の話である

実はそこらからが能「巴」が始まるが、そのことを語る力は小生にない
亡霊になって義仲を慕うのも巴かもしれない
近江の粟津「義仲寺」にある義仲の墓の傍にある巴塚は見逃す人が多い
でも歴史に現れるのはこの都落ちの瞬間だけだ
平家物語の中でだけ輝く女武者だ
女を通し、かつ、それでも最後一人で戦っても討死しなかった巴の強さゆえの哀しさが京都人の涙を誘う
義仲と最後を一緒しなかったこの女を張った強く誇らしげな姿こそが哀れである
それは誰でも持てるものではない美しさだ
勝ち負けを超えた、善悪を超えた自分をはっきり主張している
それが京女の根性である?

平安時代婦人列ももちろん市民奉仕である
が、市民と言っても京都の花街や地域女性連合会がこれにあたる
行列に続く紫式部や・清少納言・小野小町というのも同じではある
しかしながら、鎧をつけて白馬にまたがって背筋を伸ばすことは気合の入ったプロの芸妓でも難しい
これが出来ると京女の代表と胸をはることができるらしい?
来年の時代祭のポスターになれる
生きるということは芝居気が必要だと思わされるのだが・・
鯵庵(28.10.13)

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by ajiankyoto | 2016-10-13 08:15 | おなご編 | Comments(0)