大津から京へ入る道⑷人力車


明治になって陸上の乗り物の文化が先進諸国から入ってきた
その最たるものが蒸気機関車である
蒸気機関は日本でも明治と言う時代を象徴する文化になる
一方、明治の和風文化は"人力車(じんりきしゃ)"と言う奇態(きたい)な乗り物を発明した
奇態というのは人が動力となって人を乗せて走ることである

こんな発想はヨーロッパやアメリカにもなく、これを見て欧米人は驚いたと言う
本来なら馬車である、が、まさに和風文化である
お抱え駕籠かきの延長である

明治維新は身分制度のご一新でもあった、人力車では揺り戻しでもある
明治も半ばになって学習院小学校の校長をしていた乃木希典が華族の子弟が人力車で学校に通うのを戒めたという

それよりもそれから百数十年たって、観光都市京都にまた人力車が走る
いっそ牛車にすればよかったのにと思ったりする
逆しまなことと、思っていたらテレビでもやっていた

特に苦情もないらしい
グローバルとかインバウンドとかゲストハウスなどなどカタカナで言い出すと奇態な業者が活躍しだす

京都も今、改めて文明開化の時代を迎えている

けったいな街に変貌しようとしている


人力車の原型も牛車にある?・・だが、軌道文化ではない

文明はエンジンというものを開発したのにと思う
それはさておき・・その当時の京都は人力車などに見向きもせず、軌道文化しかも、蒸気を越え一気に電力に走った
それは琵琶湖疏水の賜物であった
公共の事業というものはそういうものであった
そのころの文明というものは、政治家に科学者にもましてや庶民になどとてもやないけど見えるものではなかったのだ


この項続く
鰺庵(7.5)



[PR]
by ajiankyoto | 2017-07-05 11:20 | 都市 | Comments(0)