写真は何かを持っている



趣味で写真をやってはかなく思う瞬間は多くある
何んといっても撮影禁止は辛い
せっかくの京都暮らしがもったいない?
写真は記録である
何を記録するするのかといえば、記憶である・・というのが私の持論である
が、人間の脳みその記憶域は限られている
ということで、自分の記憶をちょこっと写真で助けてもらいます
そうすれば自分なりの材料はいくらでもある
また、何を選ぶかも、自ずと自由で個性的なものになる

自然は反射された光なんだから、写真の原理は光を記録するものである
光の記憶を記録するものと思えたら最初の一歩にはなる
一方子供たちの成長をと、写真を始めた人も多くいる
これが記録の最たるものだ
二度と同じ時間のない記憶を記録しているわけだ
10年も撮り続ければ、冗長なビデオより記録としての濃さは大きい
その人にとって貴重なものであるが、ただ、感動の横のつながりが弱い

同じ条件を許されてもテクニックが未熟だと感動が半減する
居合わせなければ取れないのが写真なら、というなら居合わせたら撮れるのか
せっかくのチャンスを無くしたのでは、記憶も、光も、感動の共有もありえない
道具と技術の両方だ
せめていつでもカメラは持っている
できれば、カメラについたレンズの眼も持って見る訓練をしておくべきものだ

レンズやカメラはオールマイティではない
カメラを使う人にはオールマイティの目も頭脳もいらない
記憶をとどめるために切り取られた画角と瞬間、
それを得られるだけの道具とテクニックだけあればいい・・のである
人間の脳は記憶で溢れている
その内ちょっとだけプリントしておこうというのだ
今からでも写真を始めませんか、あなたです
鯵庵(30.1.8)






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Commented by peninsular6931 at 2018-01-08 20:49
絵の上手い方は良いレンズの目を持って居られるのだと何時も羨ましく思っています。
それだけ角度・光の当たり具合・配置と被写体の抽出に長けて居られるのでしょうね。
by ajiankyoto | 2018-01-08 20:00 | 写真 | Comments(1)