2017年 09月 25日 ( 2 )

祇王と仏御前(後)

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祇王、仏御前のこの話はたとえ再現フィルム風に作っても下手な役者が演じたのでは駄目である
現代を生きる人は仏の前でも差別されてきた女性ということを体現しないからである
平安時代の宗教観は貴族による貴族のものである
現代人の知らない宗教観だと思う
清盛は天下の貴族であるが祇王も仏御前も庶人である
貴族社会の庭から自ら逃れて祇王らが隠れ住んだというのは寺ではない
隠れ住むのである
しかしながら、いずれにしろはるかなる嵯峨野の山奥である
祇王寺そのものは明治になって謂れにより再建されたものである
今であっても、物見遊山だけでは足が届かない地である

論調を変えます
平家物語というのは、源氏が天下を取り戻す物語なのであるが
珍しく敗者の平家に目を向けたものなのである
二十歳そこそこの白拍子が芸能人として女として最大の評価を得て
権力者の気ままゆえの浮き沈みをまた二十歳そこそこで感じる
その逃げ道が貴族社会から逃れることであり出家であり念仏を一念とする世界である
今まで以上の長き人生を念仏だけで生きていくのと決めることなのだ
それでも往生は唯一の求める道なのだ

それが物語である
それでも何でそんな祇王の話が平家物語の冒頭に出てくるのかと言えば、女人も往生出来るという概念を訴えたいからである
この時期になって法然上人が古い殻を破って唱えた念仏往生を表しているという
祇王も仏御前もさりとて善人でもない、ましてや悪人というまでのこともない
善行・悪行よほどのこともないまでも、ただただ、往生するためには念仏一途の姿なのである
それが、既存の天台や真言の教義から超えてでてくる法然(1133-1212)の念仏思想である
平安時代に天台教義の根元である良源(元三大師912-985)や源信(恵心僧都942-1017)らが往生のあり方を唱えた
鎌倉時代に入ってより明確に庶民の宗教としての存在を明確にしてくる
それが念仏であり阿弥陀如来の力をすがる思想である
阿弥陀如来信仰はやがて親鸞によって体系化されることになる

平家物語は善人悪人平等の法然の新しい浄土思想が背景にあるというのが、我がスーパー講師の力説するところである
祇王寺は苔の色
鯵庵(9.25)





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by ajiankyoto | 2017-09-25 07:53 | 往生 | Comments(0)

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あなたの家に、この頃1円玉増えてませんか?と問われた
あとしばらく8%のややこしい数字で行くのだから急に減ることはないやろ
消費税の話かと思ったら、違った
専門医が極端に少ないもんだから、認知症の発見が一番の課題だという
講師曰く、認知症になると、家の中に1円玉が増えるという
認知症になると片づけや掃除が出来なくなる、また食べることが唯一の楽しみになるということらしい
その辺はなんとなく分かるような気がする
でもちょっと待って、それが診断なの??認知症ってそんなもんなの??

講師いわく、お金を正確に払えなくて大きな札でお釣りをもらうようになるからだという
小生、使うよりたまる、1円玉を毎日持ってかえってくる、毎日増える・・
もっぺん待ってよ、それが認知症?!
小生の部屋は足の踏みどころない、昼飯と晩酌が楽しみで生きている
その上、1円玉はめんどくさいから持ち歩かない、家に貯まってる
これみな認知症の症状だったの・・????
これから先は民間療法??

優しくしてくれる人は気が弱い、おとなしくしてる人は後ろめたいことがあると決めてるような話だ
レジで並んでる後ろの人のことも考えずに1円玉を一つずつ出してる老熟女も認知症診断からいえば逆に大丈夫かもしれない
いつでもポケットに1円玉を持って出るなら、30円分くらい必要だ
それが出来なければ小生これから、コンビニやスーパーでは「釣りはいらないよ」言うことにしようかな
鯵庵(29.9.25改)

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by ajiankyoto | 2017-09-25 06:40 | 往生 | Comments(2)