2017年 10月 06日 ( 1 )

御堂関白の浄土信仰

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長兄関白道隆(953-995)は酒のせいで短命であった
末弟御堂関白藤原道長(966-1027)は長寿であった
それでも病気がちだったと言われ、晩年浄土思想に傾いてきた
栄華を自らの一統で独占していたのだから当然ともいえる

道長によって創建された最大級の寺院が法成寺(ほうじょうじ)である
東京極通(今の寺町通りくらい)の東側に建てられた
これを御堂と言い、御堂関白の名の由来である
道長は晩年に出家した
最初無量寿院と号したが、1022年法成寺と改めた
道長の浄土信仰のための寺である

一口で言えば浄土信仰は阿弥陀仏の西方極楽世界を信じることである
極楽に往生をすることを言う
既に985年源信によって「往生要集」がまとめられ、地獄や極楽の存在が明らかにされた
道長はこの寺の9体の阿弥陀如来の手と自らの手を糸で引いて西方浄土を願いながら往生したという
本堂は鴨川を前にして極楽浄土を具現するような建物であった
道長の息子頼通(992-1074)が造営した宇治の平等院にその思想が引き継がれている
そんな巨大な寺を建てなければ往生出来なかったのが貴族の浄土思想だった

藤原北家道長の一統の栄華を誇った豪壮な寺も鎌倉時代になって荒廃した
今は(上京区荒神口通寺町通東入ル北側)に法成寺址の小さな碑が残ってるだけである
不思議なことではない、京都は滅んだものが百倍している街である
鯵庵(10.6)



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by ajiankyoto | 2017-10-06 08:21 | 藤原氏 | Comments(0)