2018年 01月 12日 ( 1 )

豊国廟と七条通

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七条通の東の端(はて)、てっぺんといった方がいいのが豊国廟である
てっぺんとは阿弥陀が峰(標高196メートル)に祀られたのが正一位豊国大明神(とよくにだいみょうじん)
慶長3年(1598)に死んだ秀吉の墓所だ、秀吉死後豊臣政権は秀吉を神として祀った
阿弥陀が峰中腹に豊国社を立て、吉田兼見(よしだかねみ/吉田神道の宗家)が取り仕切ったとされる
が、豊臣家を滅ぼした家康は、豊国大明神の神号を剥奪、豊国神社は廃絶
豊臣家にまつわるものは江戸期を通じてほぼ打ち捨てられていた

今の豊国廟は明治になって、明治天皇の布告によって再興されたもの
また、明治30年には阿弥陀が峰頂上に五輪塔を建てた
この時、秀吉の遺骸(素焼きの壷に)が発見されたという
300年の時期を経てまた阿弥陀が峰の頂上から京都の街を見下ろこととなった
京都の東を守る青龍は秀吉であることになる

根来寺智積院から新日吉神宮(いまひえじんぐう)と脇を通り抜けながら参道が続く
が、今は京都女子大学の女坂(おんなざか)と言うほうが分かり易くなっている
女坂をまだ登ると京女を超えて豊国廟(とよくにびょう)
女学生もいなくなるが上る人もほとんどいない
赤いバスだけがたむろしている
ここからまだ山上までの石段が秀吉のご廟の本当の参道
が、そこまで行くと神主さんが声をかけてくれるかも
鯵庵(29.1.12)



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by ajiankyoto | 2018-01-12 15:41 | 都市 | Comments(0)