カテゴリ:ハロー・ワーク( 3 )

またまだ、研修中です

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4月に入って巷でも人の異動が感じられる
アルバイトが変わったとか、今まだ研修中だとか
どちらかというと先のある話が多い
小生のパート先でも同じである
春は春である、もっともなことである

それにしても若い人が朝早くから夜遅くまで働いている
それほど賃金が高いとは思えない
若い時の貧しさなんて・・そんなものなんともない
我々だって若いころは、、、と続きそうだ
しかし、それは違うと思うし、やめておこうと思う

人は苦しさに耐えなければならない時期はある
それは仕方がないだろう
辛抱ってなんともない、自分の力で将来を切り開いて行け!!!
そうなんだけど
それは成功して初めて言えることである

小生この頃思う
彼ら彼女らは何度チャンスを失ったのだろうか
成功した人の話が教訓になるのは自分が成功した後である
成功とは人を最低賃金で使う経営者になることだろうか
その反対側で若者たちが現実の厳しさと挫折を味わっている
新卒採用でなければ浮かび上がることすらできない社会になっている

先に希望がなくても頑張らなければならない人にとってはきっと空しい春なんだろうと思う
せめてそんな若い人たちの気持ちを救ってやれる経営者は出てこないのだろうか
早くに人生を諦めなければならない人生なら哀しすぎる
まるで時代が逆戻りしているような気がする
鯵庵(4.13)

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by ajiankyoto | 2017-04-13 12:00 | ハロー・ワーク | Comments(0)

ハローワークの春は遠い

今日はハローワークへ、街中にあるので便利だ
こちらは3カ月ぶり、ハローワークも2軍登録ゆえしばらく間があいた
前回は1カ月待たされて、面接日の通知かと思ったら門前払い「貴殿のご期待に沿えません」の一言で履歴書が送り返されてきた
すぐに行くと苦情を言いに行ったようなのでしばらく心のリハビリ
いつもは検索端末の前にはオッサン高齢者がたくさんいるのに、
今日はやけに女性が目立った、それもやや若い気がする


建前が年令不問、男女不問なんだけど、実は・・実はの世界である
半年以上通えば、それも承知の上での話であるが
それじゃいつまでたっても1軍に上がれない
今日の女性たちも、ひょっとしたら男女不問の建前に泣かされてヒットが打てないのかもしれない
3月半ばのハローワーク就職戦線は残り福とは言い難い??
春一番も、桃の節句も過ぎた

隣の女性が言っていたのが聞こえた
「遅かったのかもしれない」(そう・・いつもなんだ)
カッコ内は小生が勝手に忖度(そんたく)したアラフォーのため息である
気がついたらバスは出ていた?あっち向きのバスにも、こっち向きのバスにも乗り遅れてしまった?
30代・40代女性のため息はなまめかしい
ハローワークと結婚相談所では「遅れた」というのは禁句である

相談員さん、せいぜいそう思わせないように声をかけてやってほしい
「まだ、大丈夫、気付くのが遅れた訳じゃない」と
なんとか手伝ってやりたいが、2軍(60才代半ば)の小生が声をかけては慰めにならない
まだ折り返し前、何もかも間に合わない訳でないし
「節句を過ぎても桃は咲く」
写真は桃の花
鯵庵(28.3.17)


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by ajiankyoto | 2016-03-17 08:20 | ハロー・ワーク | Comments(0)

落ちたツバキ

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この頃街中を歩くと同年配によく出合う
同年配の輩とは昭和20年前後から20年代の生まれというところか
たいていが帽子をかぶってリュックを背負って、いかにもぶらぶらしている
まー大体定年を暫く過ぎて、今は仕事は何もしていない
団塊の世代はそもそもその言葉が嫌いだけれど、それに代わる有効な単語がない
自分がその仲間だというのに、そんなぶらぶらしているオッサンを見るとつい働いてる人の目が気になる

街では、ところどころでガードマンに逢う
しかしよくよく見ればまた同年の輩である
ヘルメットをかぶって少し顔も汚れているが、いかにも髭の似合う紳士が多いことに驚いた
ハローワークに行けばすぐにわかる、簡単に採ってもくれないし、簡単に勤まらない、我らの世代ではガードマンの仕事はエリート的存在なのだ
昼飯に王将に入ったら、カウンターに中華の皿を並べて一人でビールを飲んでいるのも驚いた
街歩きの文化人、工事現場の紳士風ガードマン、昼間からビールの遊び人風・・他にも株屋の前で数字の掲示板を見つめて一日過ごす人もいる
これ同じ同年輩なのである
そういえば、子供の頃からの教科書の単調な倫理感に慣れた読者諸兄は、イソップ童話風のストーリーを思い浮かべることだろう
しかし、実際の境遇や懐具合はそんなところから見えるもんではない
今までの稼ぎや年金や貯蓄の額とは無関係である
現在(いま)も違う以上に、過去も違う、もっとそれ以上に先のことも違うだろう
間違いなく、同じような人生(老後)を暮らすことはないように思う
それは生き方の問題だからである

60歳を過ぎれば碇(アンカー)のない舟なのだ
いずれにしろ人生が決まった訳ではではない
おそらくイソップの結果とはきっと違うだろうけど
それが誰にも本人にも分からないのが人生だ

写真は落ちツバキ、落ちてなお傷みやすい花である
鯵庵(28.3.12)


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by ajiankyoto | 2016-03-12 17:58 | ハロー・ワーク | Comments(0)