おかげさんの文化

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隣国中国や台湾の経済状況は分からないが、会社や経営者の商法はなんとなく分かってきた
それでも、それを知っても隣国に頼らなければやっていけない我が国の経済の方がわからない
儲けさえすればいいというのは今では我が国の経済である
新しく台頭してきた隣国などががそれを真似たとしても文句は言えない
中国の矛盾した新しい資本主義も何のことはない日本の資本主義を手本にしているのだ
我が国も中国に進出したり中国に工場もったりしているのはより以上儲けるために手を組んでいるのだ
儲かるということを知ったらやめられない、そこから出発しているのである
それを資本主義と言う、と言われたらその世界でそれに反論できる人はいない

京都の企業も今は同じである
大坂や京都、江戸時代からの上方の商人はもともと武士に似た士魂を持っていると言われる
その精神が花咲いたのが〝お陰さん″
お世話になった人への感謝であり、利益に対する感謝でもあり、神仏の庇護を得たことへの感謝でもある
儲けが薄くてもお陰さんで・・、と思えば商売はやっていける
武士のいない地では、商人が一番強い精神力を持っていた
行政担当としても商人が高い地位を得られたことはそういう社会性があってこその話である
公の地位である、金持ちとしての地位ではないのが、上方の特色である
それは封建領主のいない大坂・京都の特色でもある
明治になって資本主義が発達しても、商人道から発展した資本主義の訓練をしていたことは士(さむらい)の魂に通じるものがあるのではないかと思っている
今時になってそういうドラマがやけに受けたりするのはそういうことである

ところが、資本主義は成長しするとともに商道は堕落してきた
海外で客の打ちこわしにあっても撤退することもない
一流が行き詰まったら今度は二流が行く
そのあとは有象無象の町工場までが海外に工場を持っている
先進国になったとたん、何のことない大から小まで人件費を値切りたいのだ
それほど払いたくないのだろうか・・??

もちろん江戸時代の町衆や明治の話はそれも今は過去の話でもあるが・・
ちょっと目算が狂えば今度は社員ごと技術ごと外国に身売りする
昔そんな会社に工場建ててもらいたくて何十億円の補助金を出した役所もあるくらいなのに・・
そこに”おかげさん”なんて理念はかけらもない
そんな会社ならつぶしてしもてそのかわり残った土地も金も人も技術も日本に返せ、と言いたくなる
きっと創業者が生きておればそう言うだろう・・な??
鯵庵(9.1)


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by ajiankyoto | 2017-09-01 09:06 | ご利益 | Comments(2)

日本一稲荷社のご利益⑵

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この頃JR奈良線稲荷駅の混雑が異常である
何故かここ数年、外国人観光客の人気第一にあげられている伏見稲荷大社
何よりもご利益(ごりやくと読みます・・)がスーパーなのだと思う
しかも年中無休24時間営業、拝観料が要らないのサービス精神が人気の理由だと述べているものもある
そのせいかアジアの大国からの観光客も増えた
神仏混淆の歴史を持つ、神仏分離後官幣大社となる
もちろん全国稲荷神社の総本社でもある、お正月初詣でも京都一である

ただ、祭りの日でもない平日であってもここに降り立つと大変な喧騒の中に放り込まれる
外国人の家族連れが多い、何でも歩きながらの立ち食いだ
大きなカメラで記念写真の取り合いばかりである
未開の国に旅行(経験はないが)しているみたいだ
そこらじゅうが雑で不潔で騒がしくて、その上得意の我が物顔
世界を支配しようという大国の意気込みがぶつかっている
しかもそれに参道の食堂や出店などが一生懸命媚びを売っている
日本の神々はいつも門前の賑わいを微笑ましく思ってるはずだと思いつつも・・

日本の神は整然・清浄・静寂の中に存在する
神に姿はなく、我々に祈りがなくては見えない
精進あるものにのみ神のご加護がある
門前ではそんな言葉が虚しく感じられる
「なにゆうてんのん、”おこしやす”とゆうてるのはあんたの方やんか、キィー」(外国語をあの辺の言葉に訳しました)と言う声が聞こえてきそうだ
おこしやすと言うてるのは神様なのだろうか、参道の商売人なのだろうか、市長なのか、市民はまさか?・・誰が言ってるのかはっきりしてほしいと言いたくなる

ご利益安売りの神社が増えてきた、だが京都の祖霊の稲荷神社では市民はつらい
もともと言いなり神社だって??そんな失礼なこと小生は言わない
出入り自由で真夜中でもお参りできます、稲荷大社は稲荷山全体がご神体で特に心の広い神社です
外国人旅行者の破壊力は想像を超えるでしょうね
見えないけれど神はいる、それを忘れると、その時はいつか神様も怒りそうで・・怖い
ご利益の大きさは神の力の大きさの筈ですから
″日本の神は怒らない″と学んできた人たちが今京都にたくさん来ている
異様な町京都です
京都に暮らしていて京都に暮らしていることが嫌になる一瞬です
写真は稲荷社
鯵庵(29.7.30改)




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by ajiankyoto | 2017-07-30 16:43 | ご利益 | Comments(0)

日本一稲荷社のご利益⑴

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京都から木津(~奈良)を結ぶ線をJR奈良線と言う
実は京都から稲荷(いなり)駅までは旧東海道線であった
東海道線が大正10年に現在のルートになるまで、稲荷駅から稲荷山の裾をぐるっと回って山科勧修寺(かんしゅうじ)方面へ出ていた
と言うことで「稲荷」駅は明治12年開業の歴史のある駅である
その目の前にあるのが京に都が来る前からある伏見稲荷である
鳥居前が大整備されて駅からそのまま上げっていける
駅が出来た当時は官幣大社稲荷神社であった、と言うことで駅名も稲荷と定められた

元山城盆地の大豪族秦(はた)氏の本拠地であった
平安京の時代になって、この地は京の東縁に連なり深草(ふかくさ)と呼ばれていた
「うずらの里」と言われていたとある
時代が下って明治・大正は深草村であったが、昭和6年に京都市に編入された
その時に元城下町伏見市と一緒になって伏見区と名乗った訳である
戦後になって、社名を伏見稲荷神社とした
既に伏見区だったから伏見を冠したが、深草の地にあった由緒からいえばどうしようもない寂しさがあるようである
今でも伏見区と言うと人口・広さともに全国有数の区であり、分区の話がいつも出る
仮に分区すればこの地が伏見を名乗ることはない
稲荷山は東山連峰の名峰である
京都と伏見とは別の歴史を持つ街であり、深草も伏見とは別の生い立ちの町なのである

とすれば、困るのは伏見稲荷である
これほど有名になった名前を変えるわけにはいかんやろうね
当時の東海道線が稲荷山をぐるっと回って山科に出ていたのは京都の地形を知ると納得出来るような気もする
深草の少将が小野小町を訪ねた伝説のルートであり、
自説ではあるが大石内蔵助が山科から伏見の町はずれ橦木町(しゅもくちょう)の遊所に通った街道といえば理解しやすいかもしれない
今は名神高速道路が通っている
国鉄開業当時の稲荷駅のランプ小屋が鉄道記念物で近代化産業遺産(H20)にも指定されている
もう一つ、この地がうずらの里と言われていたのを知れば
ここ門前の名物が″うずらの焼き鳥”であることも残していかなければならないかもしれない
(この項続く)
写真は義経号
鯵庵(29.7.30改

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by ajiankyoto | 2017-07-29 20:23 | ご利益 | Comments(0)

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本山なら宿坊(ホテル)を経営出来る
塔頭寺院ならそれなりに墓地の守や幼稚園経営でやっていける
観光寺院でなければ経営も出来ない
とすれば、俗世間に自ら近づいて入っていかなければ生き残れないことになる
どこが悪いのだと開き直らなくてもいい
宗教を広めるには俗化する宿命は避けられない

由緒や祈りも現在進行形ならお寺の生活も現在進行形なのである
・・と言えど、軒を連ねて俗なものが並んでいる街が京都である
ただの民家となすべきではないと
もともと寺は檀家があって、大檀家が国や豪族であれば公務員然と暮らすことが出来た
だから、堕落したとも言える
他人のために祈ることを忘れた
廃仏毀釈の憂き目にあった
肉食妻帯は以前からだとしても、家族を養っていかねばならなくなったら、俗そのものなのだ
それから150年、一度緩めたものが締まることのないのが世の常のことである

さりとて時代を戻せたとしても同じこと
今時、人より犬が好きなボンさんもいる
ぼんさんって近所の人、普通の人、俗な人・・
京都ではそれでも何百年とそれで付き合ってきた
それが「坊んさんが屁をこいた」である
ボンサンガヘヲコイタ、ボンサンガヘヲコイタ・・・・
子供達も肌で知っているし、親も止めることはない
それを見てボンさんがにっこりしているというのが本当の京都ともいえる

我が家のタヌキも目が霞んできた
鯵庵(6.14)

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by ajiankyoto | 2017-06-14 18:37 | ご利益 | Comments(0)

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「だるまさんがころんだ」・・知っていると思う
が、京都・大阪の子供達は「ボンさんがへをこいた」が強い
鬼ごっこなどで十の数を数える文句である
お姫さんでも糞もすれば屁もこく訳だから、坊主(ボンさん)が屁をこくぐらい何でもない
そんな恐れ多いこと・・と思う人は京都にはいない
京都は各宗派の本山が並んでいる
門跡寺院は京都だからこそであり、その他の寺も由緒を書くことでは負けない
観光寺院であってもなくても寺には住職がいる
ずっと昔、明治5年に太政官布告が出た
「自今僧侶の肉食妻帯蓄髪勝手たるべし」とある
が、そもそもこんな布告を出さなければならないほど僧侶の日常は俗化していたとされる

800年前の親鸞ほどの人間がいる訳でなし・・
しかし、この布告によって一層仏教戒律は骨を抜かれた
出家も在家も全く同じことになってしまった
ボンさんに家族が出来て家族のためにお寺を経営し財産を守る
財産を子に継いでいく・・というならお店(おたな)と同じだ
大きさから言えば商売人以上の経営センスが必要だろう
それはそれでいいのだが、お寺が修行の場でなくなった

息子は本山系の大学でさえあれば入学も卒業も出来る
娘を幼稚園からキリスト教系の私学に入れてよその親と同じレベルで教育を語ったりする
ちょこっと楽屋裏(がくやうら)をのぞき見すれば、高級車があったり、その横に子供の三輪車がおいてあったりする
家族があればなまめかしい洗濯物も干さねばならない
このお寺の跡継ぎのお嫁さんは宗教家と一緒になったという認識がない
現世は多様である・・ご住職にとってはこれも修行かもしれない

それにしても廃仏毀釈、時々廃仏稀釈になってるので注意
(後編に続く)
鯵庵(6.12)

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by ajiankyoto | 2017-06-13 06:37 | ご利益 | Comments(0)

乙女には水無月

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京都では6月に入った途端、町内の和菓子屋でも「水無月」「みな月」を売りだす
水無月は水の月、旧暦の6月のことを言う
旧暦だったらたしかに夏の気でむんむんするときである
水無月(みなづき)とは外郎(ういろう)に小豆のせ、三角形が特徴の菓子である
白いういろう(外郎)部分は氷に見立てたものと言う
宮中では氷、庶人は水無月の菓子と言うところである
涼しさを楽しむだけでなく「夏越の祓い(なごしのはらい)」の神事に関わっている

実は京都人は自分のところで作ることが出来た
格好のいいものでなかったかもしれないけれど、食い応えのあるおやつだった
あのボリュームには意味があったのだろうね
魔除けだとしたら意味が分かる
やっぱりこれもクックパッドにもちゃんと載っています
上手に出来るかどうかは別にして、

季節のことが出来るお母さんはきっといいお母さんなんでしょうね
日本の少年・少女にはお好みの味だと思う
お母さんの水無月で育った乙女はいいお母さんになれるはずです
写真はみなづき
鯵庵(29.6.10改)

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by ajiankyoto | 2017-06-10 07:00 | ご利益 | Comments(4)

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天満宮は言わずと知れた天神さん菅原道真公を祀るもの
学問や書道の神様として身近な神様
お正月の書き初めなどの映像は微笑ましい
書き初めが終わると受験シーズン、塾の生徒が団体でお参りに来るの出くわしたりする
人生は最初に受験勉強を選ぶかどうかで方向が決まる、と言った小生である
が、また本人の真剣さを茶化すわけではないが、天神さんは学問の神様であって決して受験の神様でなかった
学問は精進の成果、受験は博打とは言わないが勝負の世界
天神さんも頼まれてばかりでも
ちょっと性格が違うのでは・・と思ったりする
が、まっいいか、神様の力に限界はない筈

この年度変わりの時は神前の客の中にもお礼に来る人もいる
お礼参りにきてくれてる客は神様にも嬉しいことだろう
ただ、幸せだと思っていることにまたまた水を差すつもりがないが
あなただけに依怙贔屓(えこひいき)してくれたのではない
精進の成果である
もっと端的に言えば今回は勝負(博打)に勝ったということだろう
ただ、それはあなたの選択の結果であることは間違いない
神様も少し面はゆい
お礼ばかり言われると神様は辛い
次もまたとは必ずともいかない
神は神をもっと、神を恐れて欲しいと思っているのに
神の前ではご利益(ごりやく)をお願いするよりも、祈りこそが似合う

神主さんもご利益は否定しない
その代り、というのもおかしい表現だけど
〝お願いした神様の采配を恨まないのがルール″なのだ
要は願いがかなわなかったからと言って神様を恨むなということである
そのような人の願いは叶わないというのが神主さんのルールである
神はやはり恐れるものである

この世でもあの世でも、総理大臣にも裁判所にも閻魔大王にでも依怙贔屓を頼むのが人情だから・・
あなたによろしくと言われる筋合いがない・・と神様だけは言わない
贔屓してくれそうなのは神様だけである
そう思えば神様がいない国を考える方が無理である
鯵庵(3.29)

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by ajiankyoto | 2017-03-29 10:00 | ご利益 | Comments(0)

住職は何をすればいい?

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お寺には住職やその家族がいる
大きなお寺になれば僧職にも階層があるし、職員もいる
その職員の中でも様々な雑用を行うものを寺男と言う
戒律が厳しいところでは多くの雑用を修行としてやる場合もあり得る
歴史的には平安時代の僧兵も僧ではなく寺男だという

封建制度の身分制度の時代であれば明確に下男・下女の身分である
現代のお寺であれば拝観の受付や庭の手入れや掃除などのや事務がある
墓地があれば墓地の清掃などもその業務である、雑務に従事する
宗教心が必要な訳ではないが、宗教心がないというのは違う気がする
名のある庭園も数ある花の寺も実は仏の心なのである
花を育てるというのは仏の道なのである
お寺がそれを忘れかけているだけである
ひょとしたら本堂なみに仏に近い場所なのかもしれない

ケチなところでは檀家に奉仕させることを当たり前としている
檀家に植木屋でもおればそれは助かるが、商売でやっている人はただではやらない
そんな庭仕事をまとめて造園業者や派遣業者に頼っている
それでもそんなことできるのは観光寺院だけである
多くはそんな面倒をやめて全部駐車場にするところもある
無粋な看板の中に土塀すら邪魔にするほど車が止まっている佛のいない敷地空間が増えている
檀家もなくかつ布教などに携わったことのない宗教関係者がたくさんいるのが京都である
なまじっか本山の大学を出て世間と交わってるものだからすっかりミーハーである

観光寺は宝物殿で学芸員にご本尊の守をさせたりしている
ならば同じように花の世話は寺男にさせればいい
住職は何をすればいいって・・
そら家族を大事に幸せに暮らせばいい
そのためにお寺を継いだのだから
せめて花一杯の寺にするのもいい方法だと思うのだが
鯵庵(11.3)

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by ajiankyoto | 2016-11-03 07:39 | ご利益 | Comments(0)

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ゴールデンウィークが終わると京都は修学旅行生で溢れる
今日はいきなり北野天満宮で十数台のバスに出くわした
京都旅行の中に天神さん参りが入っているのは修学旅行の目玉である
天満宮の方も修学旅行メニューを用意して熱心に誘っている
クラスごとに神前に進む、初めての経験に中学生は少し照れもあるかもしれない
天神とは日・月や星の天空を司る神のことであり、それゆえ雷や雨の神である
1000年以上も前のこと、京の都に雷が大暴れして、それが先ほど九州でなくなった右大臣道真公の祟りだと言われ、怨霊を鎮めるために北野や九州大宰府で祀られた
菅原道真公の神号は天満大自在天神、と言うことで天神とは道真公、全国天満宮の祭神となる訳である、京都の御霊信仰の一つであった
道真公は学者であり詩人であった、政治家としての出世は学問によるが、藤原北家と位を並べるようになってしまったのでは学問だけでは身が守れない
政治には讒訴(ざんそ)がつきものである
朝廷や藤原氏や政争の勝者は敗者道真の怨念に重大な心当たりがあったということだろう
道真公の不幸は別にして、学問を身につけることは立身の最大の手段である
そんなこんなでいつか学問の神様と言われるようになる
学問にはげむ中学生がお参りに来るのは至極当然であるが
実は学問・学業の神天神様のご神徳はあくまでも学業に励む人にのみあらたかである
神は精進する人にのみご加護がある
だから、一発受験に勝利することを祈願したい人は博打の神様の方にお参りすべきである
そっちは一人こっそり行くことをお勧めする
写真は北野天満宮の空
鯵庵(28.5.13)


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by ajiankyoto | 2016-05-13 08:35 | ご利益 | Comments(0)