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地元新聞によると淀城址公園の地元(淀観光協会)が、外来種アカミミガメの駆除に乗り出したようだ
その心はというと、かって堀にあったハスの花を復活したいらしい
アカミミガメの食害が原因の一つだ
淀城は水城である
巨椋池の出口にあたりここから淀川となって大阪に下る
大阪へ下るその要の位置に当たる
秀吉の時代、巨椋池は伏見城の巨大な堀であり、その堀端に淀城が存在した

巨椋池には数十種の名のあるハスが咲いていたと言われ、その中でも「淀姫」と名づけられたハスがある
そのハスを淀城址公園に復活させたいという・・
巨椋池がほぼ干拓された姿しか知らない我々には、
淀城と淀城下が水面に浮かぶようにあったなどとは信じられないはずだ
それが、歴史というものの楽しみ方の一つである

アカミミガメは特定外来種である
繁殖力が強く、それゆえに影響が甚大である
以前、「寂しき淀城は今月また選挙」という題で不倫代議士が辞めた後のことを書いた
どこからか来た人が地元の期待を背負って代議士となる
しかもその妻もはるかなる東北の選挙区の代議士をしている
その中でたまに地元選挙区に帰ってくるのは不倫のためだという
何もせずに辞めてしまった
アカミミガメには悪いと思いつつ、このことをアカミミガメに例えたつもりだった

かっての水の都、淀・納所の街の水路は河川改修で水は動かないし吐けるところがない
日本中のハスが今、激減している中で、淀にハスの花の復活は嬉しいことだけど・・
ハスがアカミミガメを食うことはないのだから勝負はアカミミガメの方にある
だからまたぞろハスの下にアカミミガメがまた繁殖するのでは困る
代議士さんのことではないが、また同じようにはびこる
現に水の中は既に特定外来種ばかりになっている
鯵庵(6.7)

※6月11日の淀城に応援に行くつもりだ


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by ajiankyoto | 2017-06-07 21:33 | 京都の水 | Comments(3)

湖岸の観覧車


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10数年前まで琵琶湖大橋の西側に巨大な観覧車が回ってたことを覚えている人も多いと思う
びわ湖タワーという遊園地の、「イーゴス108」という名前だった
108というのは高さのことで、出来上がった時は世界一の高さだったようだ
高さは変わっていないが営業運転を止めてからは久しい
平成25年に解体工事が始まって、今はベトナムの遊園地で動いているようだ
今は115メートルある?少し台を上げたようだ

日本遺産というものがあるのを知っているだろうか
世界遺産の日本版みたいなものである
文化庁が定めている
平成27年の4月に「琵琶湖とその水辺環境ー祈りと暮らしの水遺産ー」が認定された
観覧車が無くなってからしばらくしたタイミングで認定された

琵琶湖岸堅田の地は古くから琵琶湖の要の地である
私は堅田の地形が好きだ、内湖のある風景こそが遺産に相当すると思っているが
その内湖も住宅に挟まれてかろうじて存在している
住宅のためなら何でも出来る、という行政姿勢の結果だと言える
そんなことだからか??
堅田の浮御堂も堅田の港の木造灯台も
「琵琶湖とその水辺環境ー祈りと暮らしの水遺産ー」の構成に含まれていない

そのことは残念なことである?
残念なのは滋賀県か大津市かはたまた堅田で暮らす人か?観光客か?それは知らない
琵琶湖と一緒に栄え、琵琶湖の水と一緒に暮らしてきた人の歴史が消えてしまったのは事実である
琵琶湖漁業が盛んな堅田の港も港は立派だけど廃てられた漁船だらけである
山やお寺ばかりが景色ではない
ならば、あの観覧車が残っておれば・・・
ひょっとしたら堅田湖岸が滋賀県の日本遺産に含まれていたかもしれないと思ったりする
今回は少し古い写真を使いました
鯵庵(5.11)


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by ajiankyoto | 2017-05-11 17:52 | 京都の水 | Comments(2)

琵琶湖のイサザを食う

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大津の長等商店街でイサザの佃煮を買ってきた
北陸地方などで踊り食いなどで食うイサザと言うと、春が旬のシロウオのこと、それとは違います、念のため・・
ついでながら坂本冬実の「能登はいらんかいね」に出てくるイサザもシロウオのことだと思う
イサザは琵琶湖固有のハゼの仲間、ウキゴリの兄弟にあたる、漢字で書けば魦と書く、5センチを超えるくらいのものだ
イサザは琵琶湖の深いところで獲れる、旬は冬である
京都錦の商店街でも川ごりと言って売っている
家庭料理としてはサイズから言って天ぷらか佃煮が一番旨いようだ
クックパッドにも滋賀県漁連がレシピをのせている

生態の不思議な魚でもあって、3月まだ水が冷たいうちに湖岸の浅瀬の石の下に巣を作る
他の魚たちの動きが活発になる前に産卵をすましてしまう
ほぼ1カ月で夫婦親子ともどもまた数十メートの深い湖底に戻って暮らす
だから、水温む今頃はもう湖底に戻っている頃である
イサザは昼は湖底にへばりついているが夜は水面近くまで泳ぎあがってきて食事をする
そんないかにも用心深い魚であるイサザではあるが、絶滅危惧種でもある
獲れたり獲れなかったりするらしいが、漁獲量はへってきているということだ
もちろん貪欲な外来種の餌食である可能性も大である

獲れなかったりすると心配して、獲れると獲れるだけ獲るのでは減ってくるような気がする
ボテジャコも釣れない琵琶湖も今は稚鮎だろうか鮎はかろうじて養殖で支えられている
イサザに限らない、フナだってウナギだって減ってきている
生態の不可思議なイサザは湖底に棲む魚だから飼うことも出来ないという
そこまで言うと、絶滅危惧種のイサザを味わうのは不謹慎かもしれないが、
この冬の残り最期のイサザも佃煮にまでなってしまったら食ってやることが供養かもしれない
琵琶湖の味は京都の味である
京都人は琵琶湖の恵みで暮らしていることをもっと自覚すべきである
京都生まれはほぼ琵琶湖の水で産湯を使ったのに・・

写真は
仁和寺御室桜の傍で手に入れた愛用の酒器、京焼の「馥郁窯」村上氏の作品、イサザには冷酒があうが、イサザを食うのは今年を最後とするつもりだ
※村上氏、アジサイの頃は三室戸寺の方で即売会をするといっていた

鯵庵(4.27)

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by ajiankyoto | 2017-04-27 21:42 | 京都の水 | Comments(0)

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嵐山に観光に来て、川しかないとがっかりした人がいる
新緑のこの季節は藤の花が見える山もあるやんかと反論しても意味がない
それがどうしたということになる
川しかないから船しかない
遊覧船の船頭さんが国内の観光の人には言うらしい
「お客さんが国の人でよかった、嵐山のいいとこを案内出来る・・外国のお客さんは話が出来ないから同じ船をやっても肩が凝る」と言うことだ
外国の人には黙って竿を扱っているだけらしい

ベンチャラなのか愚痴なのかわからないので、お返しで一番いいときはと聞いてみたら
やはり、夏の鵜飼の時だという答えが帰ってきた
「岐阜の長良川には負けるが大分の日田と並んでここは盛んだ」と話が弾んだ
我が国の三大鵜飼に入ろうという勢いだった
嵐山は千年も前から都人の最大の行楽地、鵜飼の歴史は記紀や万葉集にもある
観光資源としての鵜飼で今更虚勢を張らなくとも差し支えない

昔から嵐山は川に船を浮かべて遊ぶところなのだからそれでいい
季節の移り変わりを優雅に楽しむところだ、そのための船頭さんだ
丹波亀岡盆地の水はこの川一本で京都盆地に入る
その気になれば大堰川の由来やら、近頃の水害の謂れなどこの川だけでも講釈のネタはいくらでもある
人力車のお兄ちゃんもそうだがあまりごちゃごちゃの説明をしてくれなくともよい
その方が楽しめる、言葉の分からない外国の人の方が素直に楽しんでいるのかもしれない

富山に住む友人富山氏夫婦は久しぶりの嵐山観光を終えて、今京都駅前で小生夫婦と飲んでいる
・・でも日本語で会話出来たのはあの船頭さんだけだったと海外旅行みたいな話になった
外国人ばかりで嵐山も京都も肩が凝るという話だった
早々と小生の家で飲みなおすことになった
写真はボタンが咲いた
鯵庵(28.4.26)


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by ajiankyoto | 2016-04-26 07:43 | 京都の水 | Comments(0)

御香宮の水

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京都の地で唯一〝名水百選(環境省)″に上がっているのが、伏見の御香宮神社の「ご香水」
この御香宮は伏見の町の産土神(うぶすながみ)、古くから神功皇后(オキナガタラシヒメノミコト)を祀る
徳川体制になった時に伏見城から今の地に移る、本殿は家康の寄進によるとある
伏見は伏水とも書くくらいだから地下水に恵まれたところ
また、酒造りの町、さもあらんと納得できる
御香宮お参りの時に、一口飲ませてもらったが、その御香水の横の書きつけにこんなのがあった
『御香水を汲まれる皆様/水質維持の濾過機を設置しました、つきましては維持管理費のご協賛をお願いします・・』・・協賛金よりもお賽銭は必要だろう
この頃どこへ行っても何本もペットボトルを持った水汲みおっさんがいる
小生もおっさんながら杓で一口頂いたが、この看板に目が行ってから味が分らなくなった
環境省の名水百選は実は飲み水としての評価ではない
それでいいんだろうけど、伏見では困る
伏見には七名水ありとて、有名酒造会社は独自の井戸を守っている
桃山丘陵からの伏流水で御香水と同じ水脈であることを誇っているものもある
軟水~中硬水で美味しいミネラルウォーター状態、酒造りの命の水で、地元の人にも・・と言っている
そんなところは大ろ過機を据えているのだろうか
もちろん酒造りの安全のためには構わないけど
ただ、名水を濾過したら伏見の味ではなくなることを心配している
京都の名水井戸はほぼ枯れた、伏見は?
写真はハボタンの花
鯵庵(4.18)


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by ajiankyoto | 2016-04-18 07:15 | 京都の水 | Comments(0)

寂しき淀城


京都の鳥羽口から鴨川の堤の上の旧京阪街道(千本通)を下ると納所(のうそ)に達する
そこには豊臣の時代、淀君の淀城があった
徳川体制に入って新しく今の地に巨大な城を築いたそれが淀城である
淀城は巨椋池の出口、淀川を堀にして浮かぶように立っていた
街道は城に入らなければそのまま橋本・枚方・大坂に下っていく

淀城址は京阪電車からよく見えた、元の淀駅は淀城の堀を削って埋めてあった
荒れた城は今も名残の堀と石垣を残している
小生、もう二昔も前だがこの城に隣する病院に入院していたことがある
病院は大きくなっているようだが、町を久しぶりに見るといっそう寂しくなっている
山城の国で唯一の10万石大名の城下町が、
明治になって一時淀川水運の町になりやがて競馬場の町になっていった
巨椋池(おぐらいけ)の一部が競馬場になり、今度は京阪電車が高架になって駅が少しずれた
競馬場で働く町の人もいるが、馬券の客も駅から直通だし、関わりは納所の中の広大な駐車場だけである
駅前商店街もやっと静かになったとも言えるがもう取り戻すものがなくなっている

維新の直前、戊辰戦争の時淀城主稲葉氏は江戸幕府の筆頭老中だった
何故か城を守る家臣たちは、形勢の悪い幕府軍を城には入れなかった
この町には戊辰の時の戦死者の碑が競馬場と一緒にある
勝ち馬に乗るというのは競馬場には縁起のいい話かもしれないが
この時の混乱の時の歴史的逸話が、淀の町の将来を暗示するような結果になっていることが小生には今も信じられない

これだけの資源がありながら、発展しないのは京都市に編入されたからかもしれないと、入院した時には考えていた
他に、選挙区のせいもあるかもしれない
どこから来たのか知らない代議士が淀の城のことも勉強する間もなく急に不倫でやめたりしてる
いつの間にか水中は特定外来種ばかりになっている
写真は淀城の堀にのさばる外来種のアカミミガメ
鯵庵(28.4.5)
※29年6月にやっと地元の人たちで駆除が行われるようだ・・
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by ajiankyoto | 2016-04-10 17:40 | 京都の水 | Comments(2)