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嵐山に観光に来て、川しかないとがっかりした人がいる
新緑のこの季節は藤の花が見える山もあるやんかと反論しても意味がない
それがどうしたということになる
川しかないから船しかない
遊覧船の船頭さんが国内の観光の人には言うらしい
「お客さんが国の人でよかった、嵐山のいいとこを案内出来る・・外国のお客さんは話が出来ないから同じ船をやっても肩が凝る」と言うことだ
外国の人には黙って竿を扱っているだけらしい

ベンチャラなのか愚痴なのかわからないので、お返しで一番いいときはと聞いてみたら
やはり、夏の鵜飼の時だという答えが帰ってきた
「岐阜の長良川には負けるが大分の日田と並んでここは盛んだ」と話が弾んだ
我が国の三大鵜飼に入ろうという勢いだった
嵐山は千年も前から都人の最大の行楽地、鵜飼の歴史は記紀や万葉集にもある
観光資源としての鵜飼で今更虚勢を張らなくとも差し支えない

昔から嵐山は川に船を浮かべて遊ぶところなのだからそれでいい
季節の移り変わりを優雅に楽しむところだ、そのための船頭さんだ
丹波亀岡盆地の水はこの川一本で京都盆地に入る
その気になれば大堰川の由来やら、近頃の水害の謂れなどこの川だけでも講釈のネタはいくらでもある
人力車のお兄ちゃんもそうだがあまりごちゃごちゃの説明をしてくれなくともよい
その方が楽しめる、言葉の分からない外国の人の方が素直に楽しんでいるのかもしれない

富山に住む友人富山氏夫婦は久しぶりの嵐山観光を終えて、今京都駅前で小生夫婦と飲んでいる
・・でも日本語で会話出来たのはあの船頭さんだけだったと海外旅行みたいな話になった
外国人ばかりで嵐山も京都も肩が凝るという話だった
早々と小生の家で飲みなおすことになった
写真はボタンが咲いた
鯵庵(4.27)


by ajiankyoto | 2016-04-26 07:43 | 都市 | Comments(0)

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この頃晩酌のテレビのニュースにつっこみを入れると、
家内の一つ覚えで「家でゆわんと東京行ってゆうてき」と言われる
朝から晩までワイドショーばかり見ていて、好みのコメンテーターの話はうんうんというて聴いているくせに、である
世の中というもんは、テレビで分かるぐらいの話じゃない
表もあれば裏もあるが、裏にはももっと裏がある、裏がひっくりかえって表になったり、違うものになったりする
たまたま、見えてるのが本の背表紙みたいなもの
いかにももっともらしい話は所詮眉唾やし、何も勉強してないコメンテーターに辛口など期待できるはずがない
そもそもがワイドショーそのものが茶番の延長なんやでと要らざる反論をしてみた
毎日が日曜日になって夫婦?の会話がテレビを間においてしか無いようなことになるのに、亭主がコメンテーター以下の扱いでは、まったく先が思いやられると嘆息してしているところである
日本全国、東京でしかものが言えないなんてことが本当なら、結局、物が言えるのは代議士だけということになってしまう
長岡天神にツツジを見に言ってたら選挙カーが通った
なんと乙訓寺のボタンまで追いかけてきた
東京で物を言う人を一人変えるのにまた選挙らしい
花に口があったら「そんなこと東京へ行ってゆうてこい」と言いそうだ
写真はキリシマツツジ
鯵庵(4.22)



by ajiankyoto | 2016-04-22 10:14 | 翁草 | Comments(0)

御香宮の水

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京都の地で唯一〝名水百選(環境省)″に上がっているのが、伏見の御香宮神社の「ご香水」
この御香宮は伏見の町の産土神(うぶすながみ)、古くから神功皇后(オキナガタラシヒメノミコト)を祀る
徳川体制になった時に伏見城から今の地に移る、本殿は家康の寄進によるとある
伏見は伏水とも書くくらいだから地下水に恵まれたところ
また、酒造りの町、さもあらんと納得できる
御香宮お参りの時に、一口飲ませてもらったが、その御香水の横の書きつけにこんなのがあった
『御香水を汲まれる皆様/水質維持の濾過機を設置しました、つきましては維持管理費のご協賛をお願いします・・』・・協賛金よりもお賽銭は必要だろう
この頃どこへ行っても何本もペットボトルを持った水汲みおっさんがいる
小生もおっさんながら杓で一口頂いたが、この看板に目が行ってから味が分らなくなった
環境省の名水百選は実は飲み水としての評価ではない
それでいいんだろうけど、伏見では困る
伏見には七名水ありとて、有名酒造会社は独自の井戸を守っている
桃山丘陵からの伏流水で御香水と同じ水脈であることを誇っているものもある
軟水~中硬水で美味しいミネラルウォーター状態、酒造りの命の水で、地元の人にも・・と言っている
そんなところは大ろ過機を据えているのだろうか
もちろん酒造りの安全のためには構わないけど
ただ、名水を濾過したら伏見の味ではなくなることを心配している
京都の名水井戸はほぼ枯れた、伏見は?
写真はハボタンの花
鯵庵(4.18)


by ajiankyoto | 2016-04-18 07:15 | 京都の水 | Comments(0)

ツバメは日本から来る

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大阪の造幣局のような八重桜の名所が京都には少ないせいか、サクラの話題も終わりかけている
京都の今年の満開日は4月2日で平年より3日早かった
早くも遅くも約1週間のことである、過ぎてしまってから言う訳ではないが、そう騒ぐほどのことではない
京都気象台がツバメの初見を発表している、満開の次の日、4月3日だった
南の方から上がってくるのだから、当然だけど・・ツバメ前線というのもあるのだ
素人がちらっと調べてみるとサクラの開花とツバメ前線は重なる
もっと言うとツバメ前線は満開に前後してやってくることが分かる
桜が咲いて、田んぼを始める、そのタイミングなのだ
ツバメはオスが数日早くやってくるということだ、その後家族になる一団がやってくる
その間に人の目に触れる、今年もほぼ今頃だ
ソメイヨシノはクローンである、ほぼそろって開花する、が
ツバメはオンとメンの遺伝子を受け継いでいる、個性的でもあるが一羽ごとの命なのだ
それゆえか、日本に来るツバメはびっくりするほど減ってきている
イタチや蛇やカラスに狙われ続けている、ツバメは戦うことを放棄した鳥
だから人の近くでしか生きていけない
廃屋の村でもサクラは咲くしカラスはいるが、ツバメはいない
過疎こそはツバメの天敵なのだ
都市のツバメは開けっ放しの駅に巣を作る
ツバメが暮らせるところが人が暮らせるところだと言ったら言い過ぎだろう・・か
日本で子供を育てるツバメは日本の鳥だ
ツバメは南から来るのでなく、日本から来るのだ
むかし田舎から出てきた我らである
後を追ってきたツバメぐらいは最後まで守ってやりたいものだ
写真はヤマブキ、ツバメが来るのと同じころに咲く
鯵庵(28.4.12)


by ajiankyoto | 2016-04-12 09:44 | 都市 | Comments(0)


京都の鳥羽口から鴨川の堤の上の旧京阪街道(千本通)を下ると納所(のうそ)に達する、そこには豊臣の時代、淀君の淀城があった
徳川体制に入って新しく今の地に巨大な城を築いたそれが淀城である
淀城は巨椋池の出口、淀川を堀にして浮かぶように立っていた
街道は城に入らなければそのまま橋本・枚方・大坂に下っていく
淀城址は京阪電車からよく見えた、元の淀駅は淀城の堀を削って埋めてあった
荒れた城は今も名残の堀と石垣を残している
小生、もう二昔も前だがこの城に隣する病院に入院していたことがある
病院は大きくなっているようだが、町を久しぶりに見るといっそう寂しくなっている
山城の国で唯一の10万石大名の城下町が明治になって一時淀川水運の町になりやがて競馬場の町になっていった
巨椋池(おぐらいけ)の一部が競馬場になり、今度は京阪電車が高架になって駅が少しずれた
競馬場で働く町の人もいるが、馬券の客も駅から直通だし、関わりは納所の中の広大な駐車場だけである
駅前商店街もやっと静かになったとも言えるがもう取り戻すものがなくなっている
戊辰戦争の時淀城主稲葉氏は江戸幕府の筆頭老中だった
何故か城を守る家臣たちは、形勢の悪い幕府軍を城には入れなかった
この町には戊辰の時の戦死者の碑が競馬場と一緒にある
勝ち馬に乗るというのは競馬場には縁起のいい話かもしれないが
この時の混乱の時の歴史的逸話が、淀の町の将来を暗示するような結果になっていることが小生には今も信じられない
これだけの資源がありながら、発展しないのは京都市に編入されたからかもしれないと、入院した時には考えていた
それから20年たって、その所為かどうかは知らないが
どこからか来た代議士が地元のことも考える間もなく不倫で辞めて今月また選挙があるらしい
写真は淀城にのさばる外来種のアカミミガメ
鯵庵(4.5)
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by ajiankyoto | 2016-04-10 17:40 | 京都の水 | Comments(0)

椿の寺の墓守

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鹿ケ谷の霊鑑寺から法然院は椿街道だ、その途中にあるのが法然院墓地である
小生ここほど手入れの行きわたっている墓地を知らない
近代霊園ではない、しかも誰でもが立ち入ることが出来る
上の方には谷崎潤一郎の墓もあるがさりとて特別なことはない
その墓地で毎日のように地面にへばりつくように草を引き、掃除をしている人を見る
法然院の坂からここまでは小さな花の大きなツバキの木が多かった
法然院は椿の一番似合うお寺だから、落ちたツバキの花を掃除しながらも要所要所に花を残している、カメラを持っている小生にそんなことをあかしてくれた人がいた
私も写真が好きです、とも言っていた
ツバキの花は落ちてからが美しい、が、どこに落ちてもいいというものではない
しかも、お寺や墓地は清浄であらねばならない、それが美学だなと思った
あれから数年たったが今でも同じである、だが少しずつ大きなところが整備されていく
町では落ち葉もゴミだと多くの人が感じるようになってきている
これからは落ちてツバキの花も見る間もなく掃き捨てるのも仕事かもしれない
墓守さんの守備範囲も狭まって、草挽き仕事ばかりになってしまうのだろう
墓守さんなどと言ってはいけないのだろうけど、花の心を分かる人のいるここだけは墓守さんの仕事も残ってほしいと思ったりしている
もう一つの名物谷崎桜も咲きだした
写真は谷崎桜とツバキ
墓守志望の鯵庵(4・4)


by ajiankyoto | 2016-04-04 07:35 | 翁草 | Comments(0)