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″スミマセン”または"スンマセン”あるいは"スイマセン”という言葉は使いでのある言葉だ
謝る言葉だが・・英訳するとアイムソーリーの″sorry″にあたるんだが・・
語源は”済まない”である
少し心をこめて発声すると〝スマン・スマン″と言うことになる
アクセントしだいで多用できる
あくまでも謝る言葉であって感謝の言葉ではないことがこの言葉の特徴だ
それも少し手間かけさせたなぐらいの意味である
どちらか言うと私のせいだけではないよという反論も含んでいる
店に入って店員がいないので〝すんません″といってる状況を浮かべて欲しい、少し怒ってもいる

前に置いたり謝る必要のないときに言うと、これが命令形にもなる
「歩」が「金」に成るようだ
「金」に変わったら、それで終わらない不気味さを持っているが、
悲しいかなそこまでいくと海外からの旅行者には通じにくい
京都は今そういう街になってきている
旅行者に理解できないことが淘汰されようとしている
小生、英語も中国語もわからない
スミマセンなどと簡単に言ったら嵩(かさ)に懸かって金をとられそうだ

この頃街を歩いていて・・
「俺は絶対にスイマセンと言わないぞ」、と顔に描いたご同輩によく会う
すれ違ってもこんな年寄りに当たるまいぞ
スンマセンと言いたくなかったらありがとうと言えばいいのに・・
感謝の気持ちを伝えたいときは全国共通の〝ありがとう″と言う言葉があるのが救いである
ところが、そんなご同輩に限ってありがとうなど言う筈がない
小生、そうでない場合は「ノー・サンキュー」と言うようにしている
ノーの時ほどサンキュウと言うことにする、それもせめて年寄りの礼儀の一つだ
鯵庵(1.31再携)

by ajiankyoto | 2017-01-31 09:00 | Comments(0)

祈りなき祭

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巻き寿司や鯖寿司は都会でも田舎でも祭りやハレの日には是非とも欲しいもの
「恵方巻」で、この日あたりはコンビニでも結構凝った美味しい巻き寿司が手に入るメリットはある
全国の消費者にとっては手軽に美味しい巻きずしが手に入る機会でもある
節分用の巻きずしの全国販売はそれぞれのコンビニが活躍してます
コンビニのチエーン力の大きさを見るようです
もちろんそれはコンビニ戦士のしのぎを削る闘いにも見えます

ただ、追儺(ついな)・節分の行事も色々ある中で、巻き寿司の丸かぶりには文化も伝統も感じられない
もともとこちらの方面(関西)のコンビニチェーンが販売促進のため始めたこととも言われる
いわばジョークだと知ってるものと思っていたが、スーパーに限らずこのごろはデパートでも、一丁前の寿司屋も負けずにやっている
巻きずしというのは日本版古典的ファストフードの代表でもあるが・・
一方せめて丸かぶりだけはやめて欲しいと言う運動も起こっている
販売促進なら何でも、ということか?

困ったことに「暦のはっぴを着て」祭りだと騒いでおれば
ジョークでも十年・二十年続くと本当らしくなってきたと言う訳である
この頃はその巻き寿司も並ばなければ買えないし、作るほうも工場でフル生産である
ふた昔以前のクリスマスのデコレーションケーキ以上の緊張感がある
バレンタインデーのチョコレートも似たようなものである
納品に手違いが許されない
しかも、一日遅れたらゴミになってしまう
そのことを嘆く人もいる

巻き寿司は各家の味というものがあったし、町内の仕出し屋でも味にこだわった
その中にささやかながらも家族の祈りがあったのにと思ってしまう
いつもながらコンビニやスーパーのレベルで議論してしまうと、
味は野蛮になり、食べ物に対する感謝や自然に対する信仰などという素朴な思いも文化もなくなってしまう
せめて・・工場で作るものではない。
〝物が足りる世の中を動かしているのは冗談とパロディ、フィクションである
それの作り手はいつでも商業主義と”サラリーマンの論理″だと言っていたコメンテーターがいた
こんなことを言う人はそのうちテレビでは見られなくなるかもしれない
その前にその言葉を紹介させいただいた
鯵庵(1.30)

by ajiankyoto | 2017-01-30 07:26 | Comments(0)

一番増えたのはタバコ屋

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小生、もと愛煙家だった、いわゆるヘビースモーカーの部類に入る
パチンコ屋の景品の一番はタバコだった時代もある
バーもスナックもタバコ代はたて替えで、つけで飲むときもタバコ代は取られた
酒やタバコはどの店でも扱えるものではなかった
古い店だった、その上立ち飲みもやっていたので、ちょいちょいちょこっと寄った

おやっさん、町内では小生の兄貴分であった
サラリーマン辞めて店を継いだのだが、酒の配達で腰を痛めてしまった
そのあとは、タバコを吸いながらタバコ屋の方に力を入れていた
小生も出来るだけそこで買うようにしていた

江戸期の京都は武士の数が極端に少ない都市だった
町人が町政と民生を預かっている
タバコ屋をやっていると、情報通である、町内の役員みたいな・・と言っていた
だが、10年くらい前の寒いころ、70才になる前に事故で亡くなった
小生、その時もタバコをやめようと思ったが、結局その後も暫くやっと禁煙外来の飲み薬でやめることが出来た

思えばおやっさん、酒好き、しかも、タバコ好きのタバコ屋を演じていた?
そんなことはないと思う
ただ、「酒も飲まんし、タバコも吸わん奴に仕事は出来ん」と言うのが持論だった
愛煙家が肩身の狭い思いをしなければならない時期には重なっている
値上がりも・・そのことにおやっさんのタバコ屋が地団太踏んでいた

実は、酒屋、タバコ屋は町内の防犯ビデオだった
コンビニがタバコを扱うようになったら、コンビニの数だけタバコ屋が増えた計算だ
タバコ屋にとってかわったコンビニなら、せめて町内に防犯ビデオくらい寄付してもいいのではないだろうか
「仕事もしてないのにタバコを吸っても似合わない」というのはタバコをやめた後の小生の持論だ

鯵庵(1.28再掲)


by ajiankyoto | 2017-01-28 19:47 | Comments(0)

オヤジさんのため息

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コンビニ勤務のキク女史の話である
彼女が長くコンビニに勤めてこられたのは努力のせいである
が、しかし彼女は実はその店のオーナーの娘さんである
オヤジさんは小さな食料店を今のコンビニにした
もちろんコンビニというのはチエーン店舗方式がベースだから、
各店の経営理念だけでやっているものではない
看板をもらっているのだから、オーナーの裁量は成約される

オーナーがすることは人事管理と顧客対策だ
一般論で言えば、フランチャイズで全国展開するチエーン店は現場が本部を養っている
その代わり本部が経営を担っている
百貨店などはクレーム対応で専門部署を持っている
経営のことをよく知る友人の話であるが
一般的には苦情・クレーム対応は3っつに分かれるという
1は改善の苦情
2は諦めの苦情
3がクレームである、これは被害を訴えるものである

そういう分類を前提にすればオーナーの娘兼主任店員のキク女史の分担は
この1と2なのだそうだ
3は経営者であり店長であるオヤジさんの分担なのだそうだ
出来の悪い経営者は1と2を自分で行って、3を従業員に任せるもしくは本部に頼る
正しくは、1と2は従業員を信頼して任せるべきである
任せて初めて改善につながるのだ
被害対応はオーナーの一存で対応すべきだ、もちろんそれは経営の生死を決めるからだ
現に犯罪者的クレーマーに屈したら明日から客が来ないというリスクとを負っている
それは従業員の知るところではない

河原町通り・寺町通り界隈は50メートル半径でコンビニがある
だからこそ、経営者の娘でもあるが(いずれ嫁に行く予定を放棄していないキク女史が)
店員として一番心がけることはそのことである
一番大事なことは「一般の苦情者をクレーマーに仕立てないこと」である
かくしてキク女史の店はクレームはあってもクレーマーはいないのである
彼女はそういう店にしたいように見える

しかし、どこへ行ってもクレーマーは最後までクレーマーである
話の分かった顔をしてそれをネタに新たな要求をしてくることもある
コンビニの中は防犯ビデオばかりである
録音マイクの性能はびっくりするぐらいいいらしい
そうでもしなければコンビニ一軒経営出来ない
そこまで聞けば、彼女を助けられる男子がなぜ出てこないのか
オヤジさんのため息が伝わってくる
鯵庵(1.27)





by ajiankyoto | 2017-01-27 07:53 | コンビニ | Comments(0)

髪のことで悩んでいる人が多くなってきた
悩まないとダメですよと脅迫的に言われるからだ
それは、〝かつらや人工増毛の産業″がテレビコマーシャルを始めたころから顕著になってきた、と言う
要はそれなりの答えが用意できるようになったから

それまでは大して気にもしなかったのが、繰り返し言われると、
それが偉大なる欠点であるように周りの常識が変わってしまった
かつらであることが分からないように出来ます・・あなたの悩みを解決出来ます・・と
これがQアンドAを最大限に応用した広告手法の一つだ
AのためのQを作る
悩ませれば悩ますほど、Qは重くなってくる

メタボというのもそう言うことかもしれない
病気は治さないといかんけど
生活習慣も早めに改善する必要はあるけれど
ウェスト85センチの定めはいかがなものか
薬もありだが、スポーツジムもある
ウオーキングも自転車も乗馬も部屋の中で出来る
そんな環境や道具が用意されている
結局、サプリメントを飲む生活習慣が一つ増えた
おかげでみなが命を削って細身の体を求めていく

女性だって美しい体もやがて熟(う)れていくのは当たり前なのだ
同じように・・?
肌は潤いを失い髪は薄くなっていく
それなのに結婚する前につけたかつらは嫁の前でも外せないって・・?
そういう脅迫観念に陥ってしまう
そんな話は他にも一杯、商業主義にかかればあなたの個性はいつでも欠点に変る
鯵庵(1.25)



by ajiankyoto | 2017-01-25 12:00 | Comments(0)

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大学入試センター試験科目にも「倫理」ってあるらしい
随分前に親鸞聖人が語った(悪人正機あくにんしょうき)という問題が出たらしい
親鸞の著書歎異抄にある「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや」というこの言葉についての(選択)問題だった
答えは
『善人とは自力で善を行えるとおもっている人のことであり、悪人とは根深い煩悩を自覚し、どんな善をなそうと努めても、それが不可能と思っている人のことである』
に〇をつけると正解らしい
悪人こそは往生するにふさわしい機根があると歎異抄は説いていると解釈している
救いを求めているのは悪人である、と言うのは親鸞の気持ちに沿っているかもしれない
機根とは物事を理解できる力である
悪人はその機根を多く持った人であるというのが悪人正機ではないだろうか

そんな問題が出るということは倫理の教科書にそんなことが書いてあるはずだ
″どんな善をなそうと努めても、それが不可能と思っている人のことである″
と言うのは高校生に理解できる筈がない
選択といえど入試センター試験でも余りにもふさわしくない
それより先に色気むんむんの高校生にそんなこと教えてるのだろうか
教育効果があるのだろうか、それが倫理なのだろうか
鎌倉時代の法然や親鸞や日蓮の名も知らないのはようではおかしいが、
宗教家ですら悩むような問題がこんなところで出てくるのもおかしい
択一式で答えが合ったからと言って何が残るのだろう

世に悪をなす人は自分が善人だと思っている人ではないだろうか
極端に言えば・・そんな善人も悪人の一種である
阿弥陀如来は根深い煩悩を自覚出来れば善悪の区別などなく救ってやろうと言っているのだ
救われる方は善悪の区別の定義など今考えなくていい
それは宗教哲学者に任せればいい話である
親鸞に近しみを感じてあるいは学びたいと思って初めて親鸞が近づいてくるのである
それが機根である
親鸞が生きていた時代から800年・・
お寺に走らなくともよい、せめて、親鸞と名のつく小説でも読みたまえ
年々芥川賞も直木賞も下降気味だが、本来小説は青春と一体だ
大学に合格したら、どうせ勉強しないなら文学にでもなじむことだ
善人も悪人も、救いを求めてる人もそうでない人も・・
勝ち組も負け組も、大学生もそうでない人もみな同じ「悪人」だと気付けるだろう
救われる悪人であればいいのにね
鯵庵(1.24)




by ajiankyoto | 2017-01-24 07:33 | Comments(2)

昼飯の値段

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小生の外食(昼飯)の例である
「わらい」の大丸裏店、お好み焼き定食・焼きそば定食税込み810円
河原町丸太町「カツ丼 玄」、かつとじ丼、豚汁のセットで税込み800円
嵯峨大覚寺前「しぐれ茶屋」、にしんそば税込み780円
伏見納屋町「きらく」、酒かすうどん税込み780円
「来来亭」河原三条の味玉ラーメン税込み778円
「ギョウザの王将」四条大宮、ラーメンと餃子1人前税込み756円、チャンポンとミニ餃子税込み756円
伏見京町通大手筋、味噌ラーメンの田所商店 北海道みそラーメン 税込み756円
新京極四条上る「道場田ごと」、キツネカレーそば税込み750円
寺町京極「豚屋とん一」かつ丼とみそ汁のセット税込み745円
「熊五郎」京都駅ポルタのラーメン、キムチ・ザーサイ付きで税込み730円
「丸源ラーメン」京都南インター店、肉ソバ税込み702円
三条大橋東「しのだ屋」オリジナル皿盛(サラモリ)税込み650円、ついでにラーメン税込み500円
「元町ラーメン」大丸西の本店、濃厚醤油ラーメン税込み650円
「吉野家」各店、アタマ大盛牛丼並とおしんこのセット税込み630円

サラリーマン時代から昼飯は一日の楽しみであった
会社におれば街角の弁当屋さん、外出の時は早い目に混まないうちにと
予算相応で、量も味も値段もメニューも適当な店にそう簡単にあたることはない
サラリーマン時代を終えて、毎日家にいるだけでも何かと言われる
言われなくとも昼飯まで家で食うと家内に世話になりすぎる??と言うことで昼は外食が多い
牛丼なり、ラーメンなり、うどんなりを店で食うことを「外食」と言う・・
外食するを英語で言うと”eat out"という・・と言うのを前に書いた

それから、ハローワークに通って、最低賃金時間給810円の仕事に応募してきた
現実に少し働いた、時間給810円だった、寿命に直接響きそうな仕事であった
健康保険を払うために病気になったのでは・・10日ほどで逃げるように辞めた
結局、健康保険を払うために食費を切り詰めなければならない状況にある
それも当然の辛抱だ
810円で数時間働いている日は近くのコンビニのイートインが助かった
とても時間給を超える昼飯を食う気にはなれなかった
結局年金生活の素浪人になったが、今はまだ節約しながらでも昼飯ぐらいは食える
その代わり、外食昼飯の上限を810円に決めた、そう、あの時の最低賃金を上限としたのだ

京都府の最低賃金は10月2日(28年度)から少し上がって831円になった
求人では840円か850円になるだろう、30円ばかり上がったことになる
だがいずれ消費税もあと2%上がることにもなるだろうし今のところは810円にこだわって頑張ることとする
大阪へ出たならちょっと上げてもいいかも、なんと大阪府域に入ると50円も高い
その範囲内で日常のランチを提供してくれる店が小生の味方であるということである
行列ができても出来なくともそういう店を応援したいということでもある
人件費や材料費ばかりを最低にケチりながら付加価値で金をとる、外食屋は究極の虚業である
それならそれぐらいで美味しいものを食わすというのが実業ではないだろうか
パートや派遣で働く人のいかに多いかを知れば、ではあるが・・恐らくこれからの昼飯戦線はコンビニのイートインが伸びてくるという実感がある
と、そんなことを言いたかったわけである
写真はフクロウ(今のところまだそれでも食いすぎだとまた家内に言われた)
鯵庵(1.23)



by ajiankyoto | 2017-01-23 08:38 | Comments(0)

トイレも売ってください

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京都は公衆トイレが結構しっかりある
観光リード行政のいい点の一つだと思っている
公園にもある、これも助かる、街歩きには不可欠である
だがしかし、これだけの数、清掃は大変だ
市役所環境政策局や建設局の軽トラ巡回清掃隊を見ればこの冷たい時正直頭が下がる
その一方で、「トイレだけの使用はご遠慮下さい」と書いてあるケチなコンビニも見かける
もっと入口に近く設けるぐらいの戦略が必要、そんなことに気が付くコンビニが生き残れると思う

観光都市というなら京都のコンビニこそ清潔なトイレを売ればいいのだ
正月の初詣の人出に「今日はトイレの使用を中止してます」という不心得なコンビニがあった
エチケット違反の人も多いのは理解できるが、それなら京都のトイレが有料でもかまわないよ
もてなしの第一はほんわか温かいものとトイレである
この2月に京都マラソンもある
何万人ものお客さんを観光コースを走らせながら沿道にトイレが不足、なんて話はないだろう・・と念じている
何よりも、トイレがなくては参加も応援も出来ない
トイレ問題を甘く見てはいけない

この前、公衆トイレの落書きを発見した
”オッサン、手を洗えや”・・親切なことである
こんな時オッサンたるもの怒ってはいけない
お世話になってるトイレが言っていると思えば感謝する気持ちにならなければならない
ただし、出来ればもっと親切に書いてほしかった
”オッサンは先も後も手を洗えや”と
あるいわ”罪すんなや”と
それでこそトイレとオッサンの清潔が保たれるというもの・・
落書きが一番不潔であるのは当然である
写真はこの記事とは関係はない
路地住人鯵庵(1.21)




by ajiankyoto | 2017-01-21 19:48 | Comments(1)

相手が嫌がらない程度に

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コンビニに長く勤めている彼女、漆教室ではもっと長いらしい、漆で絵が描ける
始めて登場いただいたが、若くして賢明なる京女、小生にとっては大先輩、師範代格である、仮名をキク子さん
小生は欠け茶碗の金継(きんつぎ)初級、あだ名は「使えば金が剥げる」
そのキクさんからのネタである
今回は漆ではなく、コンビニのお釣りの渡し方の話になった
この頃、コンビニ店員のお釣り(コイン)の渡し方がやけに丁寧になったと思いませんかと言う
そういえば、両手でしかも場合によっては手を添えてくれることが多くなった
両手で包み込むように手を添えるようにするのだけど、中にはべったりという店員もいる
一般的にはレシートを客の手の上に乗せてその上にともかく釣銭を落とさないように下に手を添える

そうすると客の方もべったりということも稀にあるようです
時々触れることもあるので、手を握りながら渡してくれる・・と、
勘違いするのは年寄りに多いみたいです
男性店員が意識過剰の女性にそれをするとセクハラまがいで気持ち悪がられます
それでも、ともかく釣銭を落とさないようにします
特にレシートが長くなった時が危ないです
でも手を添えるということは接客として自然だと思います、と言う

「相手が嫌がらない程度に手を添える」というのが基本マニュアルらしい
マニュアルとしては不完全であるが、その店ではそれ以上の定めは特にないらしい
勘違いのネタを作ってるようでもある??
漆を扱うキク女史の手は手入れが行き届いてかつ艶々している
・・しかも黄金の手さばきを持つ、その彼女が言うのである
相手が嫌がらない程度に・・ということはこれは難しい

世の中には男と女もいる、老いも若きもである、その組み合わせだけで幾通りになるのだろうか
善人・悪人そんなことも考えなければならない
しかも、外国からの人も今は多く働いている
都市生活ということはそういうことですと、言いたげな彼女ではある
コンビニやスーパーのシステムが新しい文化を作っていくのも事実だろう
釣銭渡しといえど、・・これももてなし道?
でもこんなけ多くの関わりを持ちながら暮らしていて、まだまだ未熟なエチケットばかりである
ああ、こんなふうに暮らし方の文化は出来ていくのだな・・とは思った
それでも未熟であることはこれからも続くのだろう、と思う
鯵庵(1.20)


by ajiankyoto | 2017-01-20 18:13 | コンビニ | Comments(0)

「おさん茂兵衛」落語編

江戸期天和年間(1683)、京都四条烏丸(しじょうからすま)にあった大経師(だいきょうじ)家
そこの嫁・おさんが手代の茂兵衛と不義密通(ふぎみっつう)
丹波への逃避行の末見つかって京で磔(はりつけ)にされた事件のこと
大経師家はその後、幕府によって取り潰しになった
井原西鶴が「好色五人女」に「中段に見る暦や物語」で書いた
それを、近松門左衛門が浄瑠璃の戯曲に書いたのが「大経師昔暦(だいきょうじむかしごよみ)」
暦の名ではない、おさん茂兵衛の話である
映画では「近松物語」(川口松太郎作)というのがそれである
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話は脇にそれるのでお許しあれ
この事件を揶揄した艶笑噺を桂米朝がしていたのをネットで見つけた
ただこの話はおさん茂兵衛の事件とは直接の関係はない
この話のおさんはただの表具師茂兵衛の妻だ
壁越しで隣の男と付き合っている
ひょんなことから隣の男の物が亭主茂兵衛の鼻にくっついてしまった
世間にも出られないし、医者に頼んでも取れない
ということで京都の奥鞍馬の大天狗に頼みに行くわけであるが・・
一心に祈る茂兵衛の物がいいので天狗もひれ伏すというたわいのない話である
落ちは「わいのは素惚けや」という天狗の言葉である
小生が言ってるのでない米朝が言ってる

もう一度話が飛躍するが・・
1月中旬の大雪で市内でも14センチの雪が積もった
奥深い鞍馬線の鞍馬駅から見える天狗の鼻が雪の重みでとれたという
そんなニュースを聞いてこんな話を思い出した
張りぼての天狗の鼻では大雪の重みで折れることがある
芯を入れとかんといかんかったんではないだろうかという話である
この落語の落ちで使われた「素惚け」という言葉がなんとも柔らかくていい言葉だ
ボケには「呆け」もあれば「惚け」もある、
人を型にはめて医者の言うまま「〇〇性認知症」だとか言う風潮に比べれば人格が残っているではないか

暦の話や「おさん茂兵衛」の事件のことについてのコメントは改めてします
絵はお土産にもらった鞍馬の佃煮店「京くらま林」の包装紙をうつしました
鯵庵(1.19)

by ajiankyoto | 2017-01-19 08:20 | Comments(0)