シイタケの春子

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春子というのはシイタケである
今でこそいつでも手に入るようなものであるけれど
ほだ木のシイタケの旬はこの3月・4月と秋である
冬の山の湿りと春になって空気も湿りだすとぼこぼこと出てくる
厚みがある、色つやもいい、触れば肌に水気ある若妻だ、だから春子という
サクラの花が咲く前のこの季節に丹波からのシイタケが届いた
シイタケのレシピはいろいろあるが、
小生は生乾きのままシイタケそのもの焼いて食うのが一番だと思っている

昔、茸源(じょうげん)という健康飲料が薬屋で売っていた
シイタケの根の部分に相当する酵素エキスを培養した栄養飲料である(ごめん上手く説明できない)
友人ががん予防にとよく飲んでいた
Amazonで見れば今でも売っている、やはり少々高い・・
二日酔いにも、と言ってあの茸源を飲んでいた友人どんこ氏は定年後に田舎へ帰った
ひょっとしたらマッタケが届く日も来るのかもしれない
写真は届いた春子
鯵庵(3.28)


by ajiankyoto | 2017-03-28 08:57 | Comments(0)

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薄幸の役を演じる女優さんがいる
女優さんだから役にふさわしい雰囲気が必要だ
ドラマとしては美人でなくてはならない
女優が本当に薄幸かどうかは別の問題であることは当然である
美人であるのに薄幸であることがドラマである

ふてぶてしく生きている人が不運なことになったとしてもそれを薄幸とは言わない
それは欲張りである
不運なことは認めてもらえても世間の同情を得られることは少ない
多くの人が知るとおり美人と「幸せ度」は"ほぼ"正比例する
不運である美人を世間はほっておかない
苦情があるかもしれないが、歴史的に証明されている定理の一つである

「強くなければ女でない」というテーマで先に言ったことだけど
やはり女の敵は女なのだ
美人でないのに幸せだと女性に嫌われる
自分より不幸になってくれる同性が多いほど幸せなのである
美人は美人であるだけで元来幸せなのである
それ以上にまだ幸せがついてくるとある女史は嘆いていた
もちろん自虐的な冗談なのだけど、ここで一緒に笑っては誤解される
そんなことでくじけていては女を張っていけないというのが正しい

女性に幸せをやれる男性が男だろう
そういう男に会えたらそれは幸せだろう
幼き時から可愛いと言われ、自分は美人側だと信じて来た人は
美人は美人であるだけで幸せであるという都合のいい定理だけにはまってしまって
男を見る目が養われないという反対の宿命を負っている
美人も幸せも定義できないものだから結局ドラマのような話でないと理解できないことになる
世の中の定理には全て裏が用意されているのである
鯵庵(3.25)

by ajiankyoto | 2017-03-25 12:00 | Comments(0)

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自分を嫌いになるという精神構造は若い時にはよくありました
そういうことも自己愛が裏に潜んでいたのかもしれません
人生のスタートは実はナルシズムだという話を聞いたことがあります
日本語の水仙は水辺に咲く仙人という中国の名前のままです
ニホンスイセンは新春早々に簡素にして気高い香りの花を咲かせます
それでいて実は有毒植物です
特に球根(鱗茎・りんけい)には人が死に至る毒を持っています
この項の表題は有名な一休和尚の漢詩の題になった一節です
スイセンの香りに似ていると例えられます
ナルシズム、自己愛というものはこの香りと全身に毒を持っているところから来たのではないかとも思ったりします
ギリシャ神話では少年の神であった
現実にはナルシズムは世の女性の方ではないかと思う

多くの園芸品種のあるスイセンは多くの香りが存在するが、スイセンの香りは相当に幅広い
その中でスッキリした甘さのニホンスイセンの香りはヒヤシンスやジャスミンやロウバイなどの類似の成分が含まれる
が最近の研究では特徴的な成分には抗酸化作用、メラニン生成抑制作用の他にストレス軽減効果や催眠効果もあるという
催眠効果は古くから知られていたが、線香や香水だけでなく化粧品材料としても利用されているわけである
ニホンスイセンは空気のまだ冷たい時期に群生して咲く
香りに敏感な人は冷気の中に感じることのできるかすかな霊気かもしれない
何のこともない
一休宗純が言っていたのはそういうスイセンの持つ催眠効果だったのかもしれない
ナルシズムで片づけてしまえるものではないのは明らかだ
鯵庵(3.24)


by ajiankyoto | 2017-03-24 08:16 | Comments(0)

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「日本の暦(2)」に続く
むしろ旧暦時代に太陽暦を学んでいた天文家は占い師以上の仕事が出来た
日食の日を間違ったということで改暦になるぐらいだ
二十四節気もそうである
太陽が一番南下する冬至の日を基準に1年を時間的に24等分したものが二十四節気であり、太陽の位置(地球の傾き)を示すものでもある
二十四節気の1年は太陽暦の1年そのものである

ただ旧暦で言えばは毎年違う日になる
旧暦をたたえるために「二十四節気は旧暦の賜物、旧暦は季節感があっていい・・」などと言い出す
確かに二十四節気(立春・雨水・啓蟄・春分・・・・)は旧暦時代からある
それこそが旧暦が太陽太陰暦と言われる所以である
当初から太陽暦のみであれば、二十四節気は不要だった
月日だけで行けば旧暦では季節感が毎年ずれるから、二十四節気を使って季節感を補っているわけである
そんなものだからなおさら二十四節気(太陽暦)が必要だった
太陰太陽暦(旧暦)を太陽暦で暮らす工夫だったのだから当たり前のことなのだけど・・

この項続く
鯵庵(3.22)




by ajiankyoto | 2017-03-22 09:24 | Comments(0)

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「日本の暦」から続く

暦は科学であり、正しく知ることが生活を楽しむことにつながる
太陽暦は太陽に対する地球の傾きが基本、だから季節を反映できる
旧暦は残念ながら季節や天候を表すのに不都合な暦なのである
が旧暦も、ん千年の科学です
旧暦も太陽を見ている、正しい暦である
それゆえに便利な面もあったのは当然
庶民がいちいち宇宙の真理を知らなくとも暮らせるようにするのが暦である
迷信も一緒に書いてあるのが暦である
だからこそ暦は絶対の権力者のなせるもので、科学そのものでなければならないものだ


ただ占い師でもないのに時々旧暦を引っ張り出してくる人がいる
暦で天候予測は出来ない
が、小生が読んだ本もいきなり「天候不順は閏月(うるうつき)で説明がつく」と始まって、一気に幻滅した
今年は閏月が入るので夏が長いとか、旧暦を知れば3か月予報よりも先が見通せて商売に活かせるなんて話が何となくまかり通ったりする
もう一度言う、1年は365日を基準にする
ただし、400年に97回の閏年(366日)を置く
そうすると400年間の1年は平均365.2425日に極めて近いことが分かる

太陽太陰暦も同じことなのである
19年に7回の閏月を入れながらいつもこの太陽暦に合わせて補正をしているのが太陽太陰暦なのである
ほんわかとした暮らしに旧暦の知識があることは意味のあることだけど・・
旧暦活用の啓蒙を目指すとする一部の本は季節や天候が旧暦なら素直に表せるというどうしようもない勘違いに基づいている
暦には旧暦も載ってはいる
その程度に活用すればいい・・
今日は春分の日だ
春分・秋分に限り「彼岸」という哲学が入ってくる
(この項続く)
鯵庵(3.20)

by ajiankyoto | 2017-03-20 06:00 | Comments(0)

日本の暦

我が国最初の暦は宋(そう)の時代の中国から伝わった
持統天皇(41代・690)の時代である
その後陰陽頭(おんようのかみ)の手により何度も改暦が行われた
初めて日本独自の暦が採用されたのは江戸時代になってからだという
幕府の天文方の手による天保13年(1842)にそれまでの微妙な狂いを訂正した極めて精緻なものであった
それでも改暦のためには朝廷の陰陽頭(おんようのかみ)の土御門家(つちみかどけ)を通してのものだった
これが太陽太陰暦(たいようたいいんれき)の最後になった
それを今、世間では旧暦という

明治5年(1872)になって、新政府は欧米先進国で採用している太陽暦(グレゴリオ暦)を取り入れることを決めた
明治5年12月3日になるべき日が明治6年に1月1日になった
現行の暦である、旧暦に対して新暦と言ったりもする

地球上の人は裏におろうと南におろうと、表の人と同じ月を見ている
月の姿は公平に明確にしかも毎日違う姿を見せてくれる
約29日と12時間で地球と月は同じ関係に戻る
太古の地球人は間違いなく月を見て暦のある暮らしを始めたことは想像できる
同じように太陽と地球の関係も365日と約6時間で同じ位置関係に戻ることを発見した

しかし、残念ながら太陽と月は衛星関係にない
月の周期(29.5)と太陽の周期(365.25)とは約12倍と11日である
ずれてはいるが適当なずれである
月の満ち欠け12回チョットとで季節がきちっと戻ってくる
太陽と地球との関係を基準にすれば文明を暮らしやすいということに(古代人が)気づいたのが暦である
そのことを分かった上で月を中心でも太陽が中心でも自分たちにとって共通に都合がよいのがいいわけである

言われなくとも日本国民全員が暦を知っている
暦は一番の科学なのだ
実生活の中で、今日が何月何日かを知れば暦の9割は知ったことになる
残りの1割は好みでもいい
しかも季節の移ろいもこの暦で十分だ
今年のサクラの開花は3月30日、そうか平年並みなんて台詞は何の換算もなしに十分理解できる
だから星座だって、暦どおりに現れる
あまり上手く行きすぎるので、味がないと言って、そこから始まる神秘性が占いとか迷信の世界だと言う
・・この項続く
鯵庵(3.18)

by ajiankyoto | 2017-03-18 07:08 | Comments(0)

淳和院と賽の河原


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西院の話の続きである
第53代淳和帝は桓武帝の皇子、第52代嵯峨天皇の弟
譲位の後、離宮淳和院(じゅんないん)で生涯を終えた
現在の西大路四条の交差点の北側一帯にあたる
この淳和院は右京の四条にあったことから西院と呼ぶ
この場合は西院(さいいん)ということでいい
また、このあたりは平安京の道祖大路が通るところでもあった
この場合は道祖(さい)ということになる

平安京は左京が中国の洛陽、右京が長安を模している
桓武帝の世紀の街づくりであったけれど、右京は低地のため早くから衰退した
だから、都のことを左京の洛陽城に例えて洛中と言い、都の外を洛外という
洛という言葉だけが残った
京都の中心は朱雀大路であり、右京も西院(いわゆる道祖大路)あたりまで来ると都城の面影はない
桂川の河原が迫っていたとも言われる
大河は昔から葬送の地である
言い換えれば冥土との境である
三途の川と言ったり、賽(さい)の河原と言ったりする
この場合は賽(さい)である

三途の川とは、悪業をなしてきた人、地獄・餓鬼・畜生という三悪道で苦しむ人が渡る川である
まだ、善も悪も無しえない子供たちもここでも責め苦にさいなまれる
これらを救えるのは地蔵菩薩だけである
地蔵菩薩は右手に錫杖を持ち左手に玉を乗せ三悪道に落ちた救済のために出現する
それが賽(さい)の河原である

長い間の地蔵信仰が京都の街を作っている
都市は、疫病や災害でいつでも地獄に変わる
地獄は見世物ではないし、極楽はこの世にはない
淳和院の後に、春日神社も建っているし、賽の河原の名残の高山寺も建っている
道祖大路の名残を今でも佐井(さい)通りと言う
どうしても「さい」という音が捨てがたい土地でもある
鯵庵


by ajiankyoto | 2017-03-17 07:14 | Comments(1)

強くなければ女でない

化粧せんでもええ人も化粧する
化粧したらええ人も化粧する
化粧しても仕方ない人も化粧する
みんなが化粧したら
化粧で順位は変わらない
化粧せんでもええと思う人からやめてやらんとね
でも化粧の下は仮面だって・・

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女性の敵は女性
長い間男の敵は男だったのだから当たり前だ
女性がが男性を敵として戦うなら
先ず女を倒してからでないと危ないよ
女性は強くなければ生き残れない
写真はただのデコポン
鯵庵(3.15


by ajiankyoto | 2017-03-15 07:48 | Comments(0)

雪に変わりがあるのだ

♪富士の高嶺に降る雪も
京都先斗町に降る雪も
雪に変わりがないじゃなし
とけて流れりゃ皆同じ

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日本語の表現の難しさかもしれない
先斗町(ぽんとちょう)に降る雪も富士の高嶺に降る雪も雪に”変わりがあるじゃなし”
では、同じ雪だと言うてるわけである
冒頭の歌詞は間違いだとされながら訂正されることなく続いている
雪に”変わりがないじゃなし”は
”変わりがないわけではない"と意訳すれば、これも同じ雪だと言ってるように聞こえる

でも、雪に変わりは・・間違いなくある
なのに、変わりがないと主張している
・・溶けて流ればみな同じ
こちらが主題なのだ
雪は降ったところでまるっきり違うけれど・・雪は雪だ、とけたらみな同じ水になるのである
水には、雪ほどの差はなく皆同じである・・と言ってるわけである
"雪に変わりがあるじゃなし”では文法はあってても、文学ではなくなる

京都の雪は2センチや5センチでも雪である
それが今年は15センチも積もった
我々が住んでいる都会が、一気に鄙(ひな)になる
鄙になるけど都会の雪は多少美しい
交通も支障が出たり生活は確かにしにくくなるが、はしゃぐ気持ちもある

朝早くから子供たちは雪だるまを作っていた
例年より大きいし、雪がきれいだ
これから先のことは分からないが、鄙の雪は京都の子には一生の思い出になる
やはり、京都先斗町の雪と苛酷な雪国の雪は違うのである
たとえ雪質が違っても、溶ければ同じだという
ほぼ100%がH2Oという化学物質である
姿が違っても違わなくとも水になれば同じだと歌ってると考えればいい
歌詞に関していえばその内どちらでも本当にいいように思えてくる
雪に違いがないというのは明らかに間違いである
今年も冬が去ろうとしている
鯵庵(3.13)

by ajiankyoto | 2017-03-13 05:00 | Comments(0)

啓蟄の頃

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啓蟄(けいちつ)というのは、難しい字を書く
二十四節気の一つで春分の前約2週間を言う
毎年で言えば3月6日くらいだが、今年は5日だった
”陽気地中にうごき、ちぢまる虫、穴を開き出ればなり”と啓蟄の意味を紹介している

田舎暮らし家庭菜園のどんこ氏は、ミニ耕運機を使い始める日としているとのこと
この菜園を耕すに天気がよければ半日の作業である
ただ、土は温まっていなく、冬眠の蛙がコロコロ出てくる
眠りが覚めず上手く逃げられないという

光が先である
・・が
気温→地温→水温→ 体温の順に春が感じられるということだった
写真はシナマンサクの花
鯵庵(3.11)

by ajiankyoto | 2017-03-11 07:16 | Comments(0)