昼飯の恨み

b0355451_10022529.jpg
サラリーマン時代から昼飯は一日の楽しみであった
外出の時は早い目に混まないうちにと、どこへでも入れそうだが、昼飯ゆえの予算もある
予算相応で、量も味も値段もメニューも適当な店にそう簡単にあたることはない
うろうろしただけで地雷を踏んでしまうことがある
そんな時は、一日を捨ててしまったような気がした
大げさなようだが、昼飯は明日の昼まで食い直しが出来ないのだ

結局は味と値段の分かっている有名チエーン店に入ってしまう
街歩きしているとそれは今でも同じである
牛丼なり、ラーメンなり、うどんなりを店で食うことを「外食」と言う
外食するを英語で言うと”eat out"という
それを食わないで持ってかえれば、”take out"も出来ますとある
コンビニ(あるいはスーパー)は外食産業ではない
そのコンビニの店内で買ったものを食うと業界和製英語でイートイン(eat in)と言う
テークアウトの反対だからイートインと言うことになったようだ

客からいうと同じような外食(イートアウト)なのだけど、イートインと言う奇妙なことになっている
因みに・・
外食はイートアウト(10%)、店で食わず持ち帰ればテークアウト(8%)、持ち帰らず店内コーナーで食うイートイン(8%)
街角弁当屋の場合は英語で何と言うの??ひょっとしたらテークイン??
屋台は何と言うのだろうか??
旅館の部屋で食えばどうなるの??
ケータリングなんて言葉も出てきたが日本語で何と言うの??
英語も和製英語も混ざっていて何んとも難しい
実はこれ消費税アップの時に話題になったが、
まあ、しばらくこの意味のない勉強は忘れとこ

サラリーマン時代の食い直しもあきらめることとする
思えば働ける喜びの昼飯だった
あれから10年、パートに出ていったり、ブログの取材に出ていったりの生活が始まった
大きく変わったのは・・ランチタイムが目的でなくなった
腹に何かを入れるのはパート勤務のコストでしかない
給金とのバランスがまず気になってしまう
最低賃金で働く者にとっては、その日の懐具合というのがあたる
そんな時に便利なのが味も値段も正直なコンビニだ
その上、店で
(アルバイトが)調理してないのだから随分安心だ
昔の牛丼屋に取って代われる可能性がある
実はイートインコーナーのコンビニが増えて欲しいのは言っておきたかった

(蛇足の蛇足)
サラリーマン川柳風に言えば、自分で給料をもらったことのない奥様方の方がランチの支出が多いらしい、やはり、外食と消費税率の問題は奥が深い
写真はタマネギ、新タマネギの収穫だ
美味しいものは家で食べるべきである
鯵庵(5.31)

[PR]
by ajiankyoto | 2017-05-31 08:36 | 大衆食堂 | Comments(0)

視角50度の都市

b0355451_17142000.jpg
時代劇の楽しみ方の一つでもある
小生が鬼平や秋山小兵衛を好きなのは読者さんの知るところである
どちらも江戸の文化を表現したものである
田沼意次(たぬまおきつぐ)から松平定信(まつだいらさだのぶ)が幕府政治の首班を勤める時代である
もっとも江戸文化の爛熟期と言える時代である
庶民も生き生きしていた
その気になれば庶民も文明文化というものを享受できるのが平和である
そんな時代だと思って見ている
不思議なことはその撮影が京都の撮影所で行われていることだ
京都は時代劇の装置がたくさん残されている

もちろん明治以降の京都は全国のどこよりも時代を先取りするものが多かった
東京は明治以降、明治以降の新しい文化に覆いつくされたのに比して
京都は政権の名目も失うことによってそこで止まってしまったものがある
それは、やはり古典的江戸時代文化なのである
もっと言えば、江戸時代の京都が最も京都らしい時代だったのではないかと思う
その遺産があちこちに残っている
そう考えるべきではないだろうか

ただし・・それはきわめて断片的である
だから、写真や映画のロケに向いているのだろう
大覚寺での時代劇ロケに出くわしたことがある
人間の目に馴染むような描写をするそのカメラの画角は40度から50度位である
カメラの画角はカメラの映る範囲だけが時代劇であった
その角度に主人公や通行人やバックの建物などが上手くはいればいい映像になる
残りの角度がスタッフや見物人やビルや電柱の生臭い現代である
しかもこま切れ映像を繋げて時の流れまで連続して見せてしまう

しかし、人間の眼は首を回せば最大360度である
この頃そう思って時代劇を見れるようになった
今の、京都観光と同じではないか
現実と実生活の中に点在する非現実的な江戸空間を探しているような気がする
それが京都の魅力だと言ってしまえばそれまでだが・・
たった50度の世界に過ぎないとも言えるのではないか
だが皆が同じ50度を見ていたのではいつか京都も飽きられる
再放送ばかりの京都観光になってしまうとすれば哀しいことである
鯵庵(5.30)



[PR]
by ajiankyoto | 2017-05-30 05:30 | 都市 | Comments(0)

がんこ氏の場合⑸

b0355451_08002707.jpg
ブログにふさわしくない話続けます
がんこ氏が何とか一人で生活できるまで回復するのを待って奥さんの離婚が叶った
今に限れば奥さんも助けなしで生きていけるだろう
しかし、自分は多少なりとも人の介助の世話にならなくてはならないし、
現に施設以外に身の置き場所がない
孤独に生きていくことなのだ
妻はいなくなったけど、子もいるし孫もいる
この年になっては初めてのことである
病気が再発しなかったとしても、一人で死ぬ覚悟が出来なければ一人で生きていくことも出来ない
これから何があるかもしれないけれど、タイミングよければ死ぬ時も家族に囲まれているかもしれない

しかし、病院のベッドか施設のベッドであることには変わりない
そう思えば、なんとか静かに自分の部屋を持てるだけでも幸せなことかもしれない
あの世に行くのにこの世に未練を残しているようでは、またあの世で失敗するかもしれない
これから考えなければならないことが多すぎると、
がんこ氏は淡々と語るのである

拙者とても有名医にも知り合いもないし、かといって出来る坊さんとも付き合いがない
そうでなくとも、庶民の歴史が示すようにやはり死に方だけは自分で考えなければならない気がする
しかし、なんでこんなことになるのだろうか?
家族・夫婦とはそんなに脆いものだろうか?
本当に必要とするときに人は助けられないものなのか?
尊敬する先輩夫婦だけにそこのところが小生にもまだ理解できない

この項続く
鰺庵(5.28)


[PR]
by ajiankyoto | 2017-05-28 16:02 | 健康保険 | Comments(0)

老いる前の老後


b0355451_20021401.jpg
”老後の暮らし方に結婚がある”と言ってある女性作家が結婚した
"60代になると老後しかない"と言ってるようではあるが、逆にまだ"現役"だと言ってるようでもある
ただし、この場合の老後とは明確に定義されたものではなく、"やがて来る"と言う意味に近い

誰でも老いる限り老いて後の老後は必ずやってくるわけである
老後は多様である
それよりも貧富の差の方が気になる
人によっては若い時のままであり
人によっては転落している
他人から見ればシルバー一色に見えるかもしれないが、赤や黄や青やもっと多色である

60代になって初婚だとすれば最初から枯れるわけにはいかない
ゆったりとした老後を得るためには老後への蓄えの一つとして結婚もある
老後という言葉を使える人はそれだけでも仕合せである
老いるということを語れるということである
老人化の過程を一つの人生と考えることが出来ているということだろう
老後が人生の暇つぶしだったり時間つぶしだったら人生が不甲斐ないことになってしまう
と、思いませんか
写真はシャクヤクの蕊
鯵庵(5.26)

[PR]
by ajiankyoto | 2017-05-26 14:21 | 大人の恋 | Comments(2)

女三代の家

b0355451_14312853.jpg

子供は社会が育てるもの
男性は最後に社会に育てられなければ社会に入っていけない、社会と家を守るのが目的
女性もそうなんだけど、女性の甲斐性は女性が育てるのがいいというのが、小生の意見
男性社会で女性が苦労するという話の理不尽さは理解できるが、
今まだ同じ土俵での話、男を目標にするのは目標が低すぎる

蟻や蜂の社会生活は君臨するのも戦うのもメスの役割
社会の仕組みを子孫に教え伝えていくのはメスの仕事

今時・・人間のオスにも出来ることまであえてすることはない
だからというわけではないが娘の教育は母親が担うべき
娘は子分や友達ではない

人を育て子供を育てるということは自分を越える女にすること


男類と女類があるとしたら男類は所詮戦うことしかしない

親とも子とも戦うのが男類だ

自分を超えるものにすることは女類である母親しかできないのだ

だから母親を越える女が二代も続くと家も栄える・・・

女三代、女の道を大事にすべし
鰺庵(5.25)



[PR]
by ajiankyoto | 2017-05-24 16:32 | 女紋 | Comments(0)

大津から京へ入る道⑵

b0355451_07070701.jpg
この大津追分の名物に走り井餅というのがある

インターネットで検索すると「走り井餅本家」というのが出てくる

そのHPによれば「走り井」とは、この逢坂山から湧き出す清涼にして冷気凛々たり、とある、井戸の名前であることが分る

餅の方はこの「走り井餅本家」によって製法は守られている、とある

走井茶店は歌川広重(ひろしげ)の東海道五十三次大津に描かれている

茶店の前を牛車が米俵を積んで通るの絵である

それはさておき、このHPがなかなかによく出来たもので、この辺りの歴史に詳しい


小生も実は「車石(くるまいし)」を調べたくて見つけた

このHPによると(説明がないが寛政9年(1797)出版の東海道名所図会)同じような構図ながら牛車(ぎゅうしゃ)が専用通路を通っている。

実は車石というのは舗道石のことであるが、当時の大量輸送に欠かせない牛車の通行のために敷いた石のことである

それだけでなく人や馬の通行する歩道と区別し堀下げて通行の安全も計っていた

これは実は相当な大事業である

しかもこれは日本には数少ない舗道文化である


残された石を見れば轍(わだち)の部分が大きくくぼんでいる事がわかる

賢明な読者はすでにお気づきだと思う

くぼんだレールの役をしている

わが国最初の軌道文化だとも言える

この車石道は、伏見(港)から京へ入る竹田街道にも、下鳥羽や淀(港)から京へ入る鳥羽街道にもあった


この項続く
鯵庵(5.23)



[PR]
by ajiankyoto | 2017-05-23 07:49 | 車石文化 | Comments(0)

レジに傷なし

コンビニ主任のキク子さんから聞いた話である
コンビニレジ横に募金箱があるのご存知の方が多い
ある人は982円の買い物をして18円のお釣りを募金箱に入れて帰る
今回の話の人は982円の買い物に960円しか持ち合わせがないという
普通は品物を1点諦(あきら)めればいいのであるが、この60代老人少しゴネだした
960円にまけてくれ、と22円の値引きを要求したのだ

コンビニには値引きの根拠はない
が、執拗である、他の客さんも並んでいる
その老人それなら募金箱から22円出してくれという
すかさず店員は22円なら私がお貸ししますと言ったが、
今度は借りななければならない理由はないと言い出した
店長が気づいて、ご購入いただかなくて結構です
と言うと話はそちらに変わってくる
ここまで来れば明らかに営業に支障が出る
し、もちろんビデオにも映っている

店長は列を離れてカメラに映らないところへ老人を導いた
店長は1000円札を出してお客様両替させてください、と言った
1000円札をコインばかり960円と両替した
レジに戻ってきて・・
客の老人にはテレや戸惑いがあったかもしれないが1000円札で982円の支払いをし
かつ・・お釣り18円を募金箱に入れて帰った

店員の心は傷ついた
意味が分からないという
何んとか納得しようと努めている
話を聞いたキク子さんにもわからないが
店長が両替してもらって40円の手数料を払っただけのこと・・
というようなことしか言えない

今日のところはこれで済んだ
レジにもビデオにも傷はない
店長は、960円に値引きしなかった代わり22円を募金箱に入れた
その40円は結局募金に変わった
そこまで行くと、落語か大岡裁きである
あの客は何が言いたかったのだろうか
そしてまた今日は何処の店に行くのだろうか

・・・という話である
鯵庵(5.21)

[PR]
by ajiankyoto | 2017-05-21 19:26 | コンビニ | Comments(2)

b0355451_10081290.jpg
「市民たより」に認知症の記事があった
”10年後には65才以上の5人に1人は認知症になると予想されています”とあった
話が始まる
物忘れや散歩で道に迷ったりしただけで、娘が病院に行こうと言いだした
「普通に生活できているのにそんな筈はない」とつい怒鳴ってしまった
病院へ行けばやはり認知症だった、と言う話である

ついでに怒りやすいのもアルツハイマー型認知症の初期症状だとある
「年取ったら誰でも簡単に認知症になるんだから、家族に早く見つけてもらいや」
それだけでいいという気がするのだが、

もう一度同じことを言うが
10年後には65才以上の5人に1人は認知症になると予想されています”というフレーズの根拠が書いてない
5人に1人なら病気として未だかって経験したことのない高率と言える
何故10年後なのか、今55才の人も5人に1人と言うことか?
そもそも、認知症を患う率が5人に1人なのか?
・・・分からなくなってきた
統計と言うものを装っているキャッチフレーズは市民はいただけない
認知症が増えるのは独身が増えてるからではないかと思ったりする
いやいや長生きする人の割合が増えているだけのことではないのだろうか
それなら、(生きている限り)年齢とともに発症率(もしくわ発見率)が高くなりますというだけのことだろう

早期発見が認知症の治癒につながるなら市の健康診断でやってほしい
ひょっとしたら、これから認知症の診断ができるお医者さんを増やしていきますということなのかもしれない
それならそれでいい、その方が大事だ
それほど多い病気なのにしっかり検診出来る専門医は限られる
老人性と病気とは違うはずだ
いくらありふれた病気でも誤診では年寄りは浮かばれない
この頃まるっきりテレビが面白ろなくなった、などとぶったら認知症を疑われるかもしれない

それでも、すぐに病院へ行こうと言うてくれるような家族がいるのは幸せだ
特に、市民たよりに出てくる気の利いた娘がいればなあ
やっぱり娘だけやなー・・うちの”かかあ”や”あの嫁”では無理やなーと思った人の方が多い気がした
小生のことではないので念のため
写真は新緑、いきいきしてたのは全て昔のことです
鯵庵(5.19)


[PR]
by ajiankyoto | 2017-05-19 21:05 | 健康保険 | Comments(2)

大津から京へ入る道⑴

b0355451_17432662.jpg
山城の国と近江の国、山科から大津にいたる国境は逢坂山(おうさかやま)を越える
街道は逢坂山とそのすぐ南に位置する音羽山(おとわやま)の間を通る
往古(むかし)から逢坂の関が設けられ、東国から都への出入り口である
JR東海道線は逢坂山をトンネルでくぐるこの山間(やまあい)を昔の街道に沿って国道1号線と京阪京津(けいしん)線が並んでいる

この山間の峠あたりが逢坂の関が置かれたあたりらしい
京都から行けばこの峠を越えたところが大津の宿
東海道五十三次の53番目の宿場町であり最大の宿場町でもある
行政区域では京津線の追分駅・大谷駅などは大津市になる
京都市と大津市は県境ともども隣接している

逆に言えば北から湖上を来たのも東から陸上を来たのもこの大津で合流し
東海道となって大津宿から峠を越えて追分を越えて西へ進み京都三条に至る
あるいはまた追分から南へ下る(ならかいどう)と伏見や宇治に至る
街道としてはそちらの方が古いかもしれない
が、今回は東海道を進む

この項続く
鯵庵(5.18)

[PR]
by ajiankyoto | 2017-05-18 07:38 | 車石文化 | Comments(0)

小銭入れが邪魔になる


b0355451_17450488.jpg
1円玉がポッケットにあると落ち着かない
時々小銭入れを使うとなおさら1円玉はちょっと邪魔だ
おかげで小銭を小銭入れに入れるのが身につかない
どれぐらいの小銭を持ち歩くのが自分にあっているかを考えたことがありますか

それも、カードの利用で減ってきた
小銭が一番必要な電話やバスや電車など今は小銭の方が使いにくい
小銭を減らすために小銭を使っている時がある
小銭入れを使うために小銭を使ってる人もいる
小銭は邪魔にならないときはあるが、小銭入れは常に邪魔である

立派な財布の中に、小銭が一杯の女性もいる
1円玉ばかりが増えることのないような使い方が必要だ
拙者も1円玉を使おうとしたら1円足らずにまた1円玉が増えた
もちろん1円玉をおろそかにした話ではない
1円を笑うものは1円に泣くと教えられてきた

だがそれは1円玉への愛着を言ったものではない
ともかく格言として説得力が落ちている
それでもキッチリ世の中は1円単位で動いている
1円玉を集めるビジネスがあたれば成功するだろうね
小銭に泣いてた人が小銭に笑うことになるかもしれない

小銭で一杯のバスの車掌のがま口が懐かしい
鯵庵(5.13)

[PR]
by ajiankyoto | 2017-05-16 07:47 | 翁草 | Comments(0)