老いる前の老後


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”老後の暮らし方に結婚がある”と言ってある女性作家が結婚した
"60代になると老後しかない"と言ってるようではあるが、逆にまだ"現役"だと言ってるようでもある
ただし、この場合の老後とは明確に定義されたものではなく、"やがて来る"と言う意味に近い

誰でも老いる限り老いて後の老後は必ずやってくるわけである
老後は多様である
それよりも貧富の差の方が気になる
人によっては若い時のままであり
人によっては転落している
他人から見ればシルバー一色に見えるかもしれないが、赤や黄や青やもっと多色である

60代になって初婚だとすれば最初から枯れるわけにはいかない
ゆったりとした老後を得るためには老後への蓄えの一つとして結婚もある
老後という言葉を使える人はそれだけでも仕合せである
老いるということを語れるということである
老人化の過程を一つの人生と考えることが出来ているということだろう
老後が人生の暇つぶしだったり時間つぶしだったら人生が不甲斐ないことになってしまう
と、思いませんか
写真はシャクヤクの蕊
鯵庵(5.26)

by ajiankyoto | 2017-05-26 14:21 | 大人の恋 | Comments(0)

女三代の家

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子供は社会が育てるもの
男性は最後に社会に育てられなければ社会に入っていけない、社会と家を守るのが目的
女性もそうなんだけど、女性の甲斐性は女性が育てるのがいいというのが、小生の意見
男性社会で女性が苦労するという話の理不尽さは理解できるが、
今まだ同じ土俵での話、男を目標にするのは目標が低すぎる

蟻や蜂の社会生活は君臨するのも戦うのもメスの役割
社会の仕組みを子孫に教え伝えていくのはメスの仕事

今時・・人間のオスにも出来ることまであえてすることはない
だからというわけではないが娘の教育は母親が担うべき
娘は子分や友達ではない

人を育て子供を育てるということは自分を越える女にすること


男類と女類があるとしたら男類は所詮戦うことしかしない

親とも子とも戦うのが男類だ

自分を超えるものにすることは女類である母親しかできないのだ

だから母親を越える女が二代も続くと家も栄える・・・

女三代、女の道を大事にすべし
鰺庵(5.25)



by ajiankyoto | 2017-05-24 16:32 | 女紋 | Comments(0)

大津から京へ入る道⑵

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この大津追分の名物に走り井餅というのがある

インターネットで検索すると「走り井餅本家」というのが出てくる

そのHPによれば「走り井」とは、この逢坂山から湧き出す清涼にして冷気凛々たり、とある、井戸の名前であることが分る

餅の方はこの「走り井餅本家」によって製法は守られている、とある

走井茶店は歌川広重(ひろしげ)の東海道五十三次大津に描かれている

茶店の前を牛車が米俵を積んで通るの絵である

それはさておき、このHPがなかなかによく出来たもので、この辺りの歴史に詳しい


小生も実は「車石(くるまいし)」を調べたくて見つけた

このHPによると(説明がないが寛政9年(1797)出版の東海道名所図会)同じような構図ながら牛車(ぎゅうしゃ)が専用通路を通っている。

実は車石というのは舗道石のことであるが、当時の大量輸送に欠かせない牛車の通行のために敷いた石のことである

それだけでなく人や馬の通行する歩道と区別し堀下げて通行の安全も計っていた

これは実は相当な大事業である

しかもこれは日本には数少ない舗道文化である


残された石を見れば轍(わだち)の部分が大きくくぼんでいる事がわかる

賢明な読者はすでにお気づきだと思う

くぼんだレールの役をしている

わが国最初の軌道文化だとも言える

この車石道は、伏見(港)から京へ入る竹田街道にも、下鳥羽や淀(港)から京へ入る鳥羽街道にもあった


この項続く
鯵庵(5.23)



by ajiankyoto | 2017-05-23 07:49 | 車石文化 | Comments(0)

レジに傷なし

コンビニ主任のキク子さんから聞いた話である
コンビニレジ横に募金箱があるのご存知の方が多い
ある人は982円の買い物をして18円のお釣りを募金箱に入れて帰る
今回の話の人は982円の買い物に960円しか持ち合わせがないという
普通は品物を1点諦(あきら)めればいいのであるが、この60代老人少しゴネだした
960円にまけてくれ、と22円の値引きを要求したのだ

コンビニには値引きの根拠はない
が、執拗である、他の客さんも並んでいる
その老人それなら募金箱から22円出してくれという
すかさず店員は22円なら私がお貸ししますと言ったが、
今度は借りななければならない理由はないと言い出した
店長が気づいて、ご購入いただかなくて結構です
と言うと話はそちらに変わってくる
ここまで来れば明らかに営業に支障が出る
し、もちろんビデオにも映っている

店長は列を離れてカメラに映らないところへ老人を導いた
店長は1000円札を出してお客様両替させてください、と言った
1000円札をコインばかり960円と両替した
レジに戻ってきて・・
客の老人にはテレや戸惑いがあったかもしれないが1000円札で982円の支払いをし
かつ・・お釣り18円を募金箱に入れて帰った

店員の心は傷ついた
意味が分からないという
何んとか納得しようと努めている
話を聞いたキク子さんにもわからないが
店長が両替してもらって40円の手数料を払っただけのこと・・
というようなことしか言えない

今日のところはこれで済んだ
レジにもビデオにも傷はない
店長は、960円に値引きしなかった代わり22円を募金箱に入れた
その40円は結局募金に変わった
そこまで行くと、落語か大岡裁きである
あの客は何が言いたかったのだろうか
そしてまた今日は何処の店に行くのだろうか

・・・という話である
鯵庵(5.21)

by ajiankyoto | 2017-05-21 19:26 | コンビニ | Comments(2)

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「市民たより」に認知症の記事があった
”10年後には65才以上の5人に1人は認知症になると予想されています”とあった
話が始まる
物忘れや散歩で道に迷ったりしただけで、娘が病院に行こうと言いだした
「普通に生活できているのにそんな筈はない」とつい怒鳴ってしまった
病院へ行けばやはり認知症だった、と言う話である

ついでに怒りやすいのもアルツハイマー型認知症の初期症状だとある
「年取ったら誰でも簡単に認知症になるんだから、家族に早く見つけてもらいや」
それだけでいいという気がするのだが、

もう一度同じことを言うが
10年後には65才以上の5人に1人は認知症になると予想されています”というフレーズの根拠が書いてない
5人に1人なら病気として未だかって経験したことのない高率と言える
何故10年後なのか、今55才の人も5人に1人と言うことか?
そもそも、認知症を患う率が5人に1人なのか?
・・・分からなくなってきた
統計と言うものを装っているキャッチフレーズは市民はいただけない
認知症が増えるのは独身が増えてるからではないかと思ったりする
いやいや長生きする人の割合が増えているだけのことではないのだろうか
それなら、(生きている限り)年齢とともに発症率(もしくわ発見率)が高くなりますというだけのことだろう

早期発見が認知症の治癒につながるなら市の健康診断でやってほしい
ひょっとしたら、これから認知症の診断ができるお医者さんを増やしていきますということなのかもしれない
それならそれでいい、その方が大事だ
それほど多い病気なのにしっかり検診出来る専門医は限られる
老人性と病気とは違うはずだ
いくらありふれた病気でも誤診では年寄りは浮かばれない
この頃まるっきりテレビが面白ろなくなった、などとぶったら認知症を疑われるかもしれない

それでも、すぐに病院へ行こうと言うてくれるような家族がいるのは幸せだ
特に、市民たよりに出てくる気の利いた娘がいればなあ
やっぱり娘だけやなー・・うちの”かかあ”や”あの嫁”では無理やなーと思った人の方が多い気がした
小生のことではないので念のため
写真は新緑、いきいきしてたのは全て昔のことです
鯵庵(5.19)


by ajiankyoto | 2017-05-19 21:05 | 健康保険 | Comments(2)

大津から京へ入る道⑴

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山城の国と近江の国、山科から大津にいたる国境は逢坂山(おうさかやま)を越える
街道は逢坂山とそのすぐ南に位置する音羽山(おとわやま)の間を通る
往古(むかし)から逢坂の関が設けられ、東国から都への出入り口である
JR東海道線は逢坂山をトンネルでくぐるこの山間(やまあい)を昔の街道に沿って国道1号線と京阪京津(けいしん)線が並んでいる

この山間の峠あたりが逢坂の関が置かれたあたりらしい
京都から行けばこの峠を越えたところが大津の宿
東海道五十三次の53番目の宿場町であり最大の宿場町でもある
行政区域では京津線の追分駅・大谷駅などは大津市になる
京都市と大津市は県境ともども隣接している

逆に言えば北から湖上を来たのも東から陸上を来たのもこの大津で合流し
東海道となって大津宿から峠を越えて追分を越えて西へ進み京都三条に至る
あるいはまた追分から南へ下る(ならかいどう)と伏見や宇治に至る
街道としてはそちらの方が古いかもしれない
が、今回は東海道を進む

この項続く
鯵庵(5.18)

by ajiankyoto | 2017-05-18 07:38 | 車石文化 | Comments(0)

小銭入れが邪魔になる


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1円玉がポッケットにあると落ち着かない
時々小銭入れを使うとなおさら1円玉はちょっと邪魔だ
おかげで小銭を小銭入れに入れるのが身につかない
どれぐらいの小銭を持ち歩くのが自分にあっているかを考えたことがありますか

それも、カードの利用で減ってきた
小銭が一番必要な電話やバスや電車など今は小銭の方が使いにくい
小銭を減らすために小銭を使っている時がある
小銭入れを使うために小銭を使ってる人もいる
小銭は邪魔にならないときはあるが、小銭入れは常に邪魔である

立派な財布の中に、小銭が一杯の女性もいる
1円玉ばかりが増えることのないような使い方が必要だ
拙者も1円玉を使おうとしたら1円足らずにまた1円玉が増えた
もちろん1円玉をおろそかにした話ではない
1円を笑うものは1円に泣くと教えられてきた

だがそれは1円玉への愛着を言ったものではない
ともかく格言として説得力が落ちている
それでもキッチリ世の中は1円単位で動いている
1円玉を集めるビジネスがあたれば成功するだろうね
小銭に泣いてた人が小銭に笑うことになるかもしれない

小銭で一杯のバスの車掌のがま口が懐かしい
鯵庵(5.13)

by ajiankyoto | 2017-05-16 07:47 | 翁草 | Comments(0)


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犬を飼って犬と暮らしていると、犬を家族のように思ってしまう
犬が飼い主を家族のように思うからこそ犬もかわいくなるのは当然だ
そこまでは人ゆえの優しさだと言えるのだが・・
犬との関係と人との関係を見誤ってしまうことになる
飼い犬が死んだら哀しいが、人との哀しさには無関心になってしまう
重大な誤りを犯すこともある

訓練すれば犬は人に従ってくれるが、
人はいかに訓練しようともあなたに従ってくれない
そこには人の意思というものがある
待てと言われれば待っている間何もしないのが忠犬である
犬はある程度の状況判断は出来るがそれでも教えられたことしかできない
だから、間違いが少ないかもしれない
忠犬はいても名犬が少ない所以でもある

人間と犬との関係はそれでいいが・・
人間は忖度(そんたく)出来る動物である
かくして小生のブログにも流行語が入ってくることになる
・・ああいうのを忖度と言ってしまうと
・・忖度というのが、犬的行動に近いのではないかと思ってしまう

確かに犬でも主人のために・・と思うだろう
しかし、官僚という小役人は自分ためにだけ忖度の技を使うから
主人にとっても時に都合悪いことになる
忖度というのは人と人と中での重大な美徳である
その技(わざ)を自分のためだけに用いるから
稀代の教育者もどきに付け込まれ手を噛まれたりする

昔、存在したオオカミの群れにはそういうこともあったかもしれない
だが犬には必要のないものなのだ
惻隠(そくいん)の情や忖度(そんたく)は他人をおもんばかる人間同士の機微だったのに・・
愛犬家の中には犬の気持ちを忖度している
人間との関係と犬との関係を時に区別つかない人もいるようだ
鯵庵(5.14)


by ajiankyoto | 2017-05-14 20:18 | 翁草 | Comments(0)

がんこ氏の場合⑷


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ブログにふさわしくない話を続けます
人間の想像力には大きな限界がある
立派な子がおってもおらなくても同じことなのだ
も一度話をがんこ氏に戻すと・・自分で決められるものは自分で決められるうちに自分で決めたいと言っていた
壮年期の息子さん家族に自分の最後を相談することは無理だろう
人間の想像力には大きな限界がある
明日起こるかもしれないというだけで、考えたくもないことを考えることは出来ない
思いついたことをそう簡単に口に出すことは出来ない
ましてや奥さん(息子さんにとっては母親)のことも考えなくてはならない立場に追いやった
子供なら自分のことは自分でやれたらそれで十分なんだけど、自分だってやっと自分が見えてきた
自分の死に方は自分で考えるしかない、と言うのが結論だ

親子が別に暮らすことには慣れている
そんな世代でもあった
でも、夫婦が別に暮らすことは今まで考えたことがなかった
結局は奥さんは家を失った
哀しいかな、自分の死のことをゆだねることは出来ない
とりあえずは自分の葬儀ではあるが、がんこ氏にはこだわりはない
遺言(ゆいごん・法律的には〝いごん″と読む、嫌だね)など書く気はさらさらない
財産は死ぬまでに使ってしまうつもりだが、長生きすれば足らないかもしれない
たとえ借金でも相続は発生する、その多くは事務手続きである
それでもめるならもめればいい、そう思うことにした

子供が大人になるまでの親の義務は当然であるが、成人すればそれからも解放される
子供の立場で言えばその逆もまた当然でもある
自分らもそう思ってきた
家の単位は二人、一人では単位に満たない
家を失ったのはがんこ氏も同じことだった
淋しくはあるが、それが一人で暮らすということだと小生も思う
心配してもしなくとも、ほとんどの人がそこへ行くことになる
この項続く・・・
鯵庵(5.13)


by ajiankyoto | 2017-05-13 08:32 | 健康保険 | Comments(0)

湖岸の観覧車


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10数年前まで琵琶湖大橋の西側に巨大な観覧車が回ってたことを覚えている人も多いと思う
びわ湖タワーという遊園地の、「イーゴス108」という名前だった
108というのは高さのことで、出来上がった時は世界一の高さだったようだ
高さは変わっていないが営業運転を止めてからは久しい
平成25年に解体工事が始まって、今はベトナムの遊園地で動いているようだ
今は115メートルある?少し台を上げたようだ

日本遺産というものがあるのを知っているだろうか
世界遺産の日本版みたいなものである
文化庁が定めている
平成27年の4月に「琵琶湖とその水辺環境ー祈りと暮らしの水遺産ー」が認定された
観覧車が無くなってからしばらくしたタイミングで認定された

琵琶湖岸堅田の地は古くから琵琶湖の要の地である
私は堅田の地形が好きだ、内湖のある風景こそが遺産に相当すると思っているが
その内湖も住宅に挟まれてかろうじて存在している
住宅のためなら何でも出来る、という行政姿勢の結果だと言える
そんなことだからか??
堅田の浮御堂も堅田の港の木造灯台も
「琵琶湖とその水辺環境ー祈りと暮らしの水遺産ー」の構成に含まれていない

そのことは残念なことである?
残念なのは滋賀県か大津市かはたまた堅田で暮らす人か?観光客か?それは知らない
琵琶湖と一緒に栄え、琵琶湖の水と一緒に暮らしてきた人の歴史が消えてしまったのは事実である
琵琶湖漁業が盛んな堅田の港も港は立派だけど廃てられた漁船だらけである
山やお寺ばかりが景色ではない
ならば、あの観覧車が残っておれば・・・
ひょっとしたら堅田湖岸が滋賀県の日本遺産に含まれていたかもしれないと思ったりする
今回は少し古い写真を使いました
鯵庵(5.11)


by ajiankyoto | 2017-05-11 17:52 | 京都の水 | Comments(2)