「かけ」の語源


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そば屋らしいソバは400年前の大坂の陣に始まる
攻め手の兵や人夫などが戦いの合間に食した、と言われる
元来ソバはソバギリなのである
別の器に入れたツユにソバをつけて食う
それは面倒とそばにツユをかけてしまった、それはぶっかけだった
その内、寒い時に温かいツユをかけてくようになったというのが"かけ"である
全く、時代劇の二八そば・・寒い時は・・鬼平犯科帳の時代である

空海は四国で生まれた人である
我が国にうどんを伝えたと言われるが
製粉技術はそれから後のことになる
うどんはそばに比して歴史も古く、食い方にそうこだわらない
要は団子なのだ
団子の食い方と同じだけの食い方があるという人もいる
どちらも食されていたが・・元禄時代以降に醤油が江戸に出回り始めた
ソバも美味しくなったというのが"かけ"の原点である

それなのにソバは食い方がうるさくていやだ
盛りソバでないとソバでないというのは単に蕎麦屋の都合だ
そう思っていたら、この頃全国版うどん屋の繁盛でうどんも"かけ"と呼ばれる
最近のうどんチエーンは牛丼屋に負けずメニューが増えている
昔ながらのこちらのうどん屋はうどんとそばが同居することが多いけれど
ソバは"かけそば"といったけど、うどんは"素うどん"使い分けていた

仮にラーメン屋に行ったらメニューも見ずにラーメンというのが正しい
そば屋に行ったら"かけ"という勇気を持ってほしい
同じこと、うどん屋で"素うどん"と言える勇気が必要なのだ
素うどんの素(す)とは一番おいしい、店の力が分かる味なんだ
うどんよりソバの方が高級だというイメージを作らなければならかった江戸の文化が今も尾を引いている

デパートの食堂にはかけそばがなかった
なお、本文とは無関係ながら、森永とか森友(盛り)で騒いでいたらいつか加計(かけ)になった
謝るつもりもあるなら、夫婦のけじめはつけないとね
鯵庵(6.22)



by ajiankyoto | 2017-06-22 09:52 | 飲食業 | Comments(3)

京都のカラス

お巡りさんが何人も出てきている
子供達は通行止めだ
何んとカラスが通行人を襲った
その加害者がまだ電柱の上から下を見ている
真昼間の犯罪である
カラスは雑食で賢い
田舎でも都会でもはびこった
だが、人を襲うのは余り聞かなかった
鴨川近辺ではトビが弁当を狙って急降下してくる
カラスも周りにいる
が急降下の芸はないながら、賢いカラスがそれを真似たのかもしれない
立ち食い人種が増えてカラスが学習したのかもしれない
しかし、餌を襲うのと人を襲うのとではまるっきり違う

京都では今年はまともにツバメを見ていない
関係しているかもしれない
ツバメにとってはカラスはもともと天敵である
人間を恐れないカラスがいたらツバメも巣を守るすべはない
お巡りさんが今はカラスを見張っているが、武器はない
そこまで来たら、人がツバメを守ってやれなくなっているということだ

カラスだって人を恐れていた
悪いことをするとしても人の目を盗んでである
カラスもここで生きてるわけだから・・
人間社会のルールを守れる限りは許される場合もある
生存のための動物の進化は人間の比ではない
世代交代が進めば、やがて人を襲う遺伝子を持ったカラスがはびこるだろう
人の目を盗むのと人を襲うのには大きな隔たりがある
夕方遅くまで鳴いている声は不気味であるが・・
多くの人がその違いに気づくのにはまだ間があるかもしれない
カラスに限らず、必ずこんな風にした人間がいる
京都もやがてカラスの街になろうとしている?
鯵庵(6.20)







by ajiankyoto | 2017-06-20 06:33 | 都市 | Comments(0)

クルミの殻は固いけど


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7~8年も前になる、小生がお世話になっていた会社のことである
会社を揺さぶる事件があってその結果経営が苦しくなった
銀行の融資を受けるためにいわゆるリストラが行われた
小生は年齢対象外だった
不思議なことに働き盛りを中心に行われた
我々技術担当の部署に勤務し、資料の整理を担当していた一般職員だった
仕事ぶりは、素直にして正直、こんな人が娘だったらと思うぐらい人気者だった
結婚しても子供が出来ても彼女だけは勤めを続けていた
ニックネームはナッツといった、胡桃(くるみ)の殻は固いけど、中身はナッツだ
その来海(くるみと読む)さんにばったり会った
大阪に出た時に時間調整に馴染みだった本町のドトールに入った時である
相変わらずのショートヘアーの涼やかな服装で人を待っていたのが来海さんである

〇〇さん(小生のこと)、どうしてますか?ということで
小生は兎も角として・・そちらこそどうしている???と
退職の後、やはりリクルート会社も女性の職場は世話してくれなかったようだ
ずーっと自分で探してパートで働いているとのことだ
近所のスナックにも勤めたことがある、と

彼女、辞める前に下の子まだ小さかった?
そのことを言うともう小学校に入ったという
相変わらずの笑顔で何でも明るく話してくれる
数年前に離婚した、
今は旧姓に戻っていると、さりげなく・・
ただ言葉の端々に生活の自信に溢れている
自分で自分のことを決められる女性が小生は好きだ
自分で決めたからこそ話すことが出来る、覚悟が持てる

多くの優秀な男性社員がリストラ退社後、転々としているのを知っている
若いうちに退職金をもらってしまうと、一番大事な勤勉さを失ってしまうからだ
家族が先にダメになってしまうこともある
技術職は前の会社のプライドが邪魔をすることもある
彼女は本来やめなくてもすんだのだ
当時、彼女が最後に手を上げて辞めると言った時
何人も辞めさせていた課長があわてて止めに入ったぐらいだ
そんな話をすると、実はめったにない割増の退職金がもらえるチャンスを失いたくなかったと言って笑った
そうか、たとえ先のことが分からなくとも、自分で決めたことにしたのだなと思った
昔から絶対に、他人の所為にしない、そういう人なのだ
仕事でそのことに助けられた人が多い

(以下、付録)
小生、今は仮名で世捨て人風にブログをやっていると話してしまった
実は齷齪(あくせく)、ネタに困ってる
くるみさんのイメージをネタにしてもいいかと言うと
しっかりアドレスを記録し、弾む声で読者になると言ってくれた
これがまずその第一である
上を向いて咲くのはスカシユリ
鯵庵(6.19)

by ajiankyoto | 2017-06-19 06:23 | おなご編 | Comments(0)

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暦の話の前提にもう一度解説が入るのでご辛抱願いたい
ただ、これだけ知っていれば後のことはたいてい理解できる
太陽暦の19年は6939.6・・・日、月の満ち欠けのサイクルで235にあたる
29.53・・×235で6939.6・・で同じ
235ヶ月は19年+7ヶ月であるので太陽暦の19年に7度(約2.7年に1度)閏月を入れればほぼ解消できると言うことになる
これは、紀元前433年にメトンというギリシャの数学者が発見していたものである
これが旧暦の閏月である

2012年に閏3月があり約2年半後の2014年9月に閏9月が入った
そのまた約2年半後の今年2017年の5月に閏5月が続く
太陽暦の今年6月24日は旧暦であれば閏5月1日でもう一度5月が続く
だから今年(平成29年)は夏が来るのが遅くて長いと言うわけではない
そういう人が必ず本を書いているから注意が必要である
むしろ旧暦の季節感が余りにもズレて来たのを一気に修正していることなのだ

旧暦での暮らしとはどんなものだろうか
そんなズレに悩んでいたと思う
日々を暮らす人
月を暮らす人
年を暮らす人さまざまだったのだと思う
天候は摩訶不思議な現象だったろう
二十四節気が言われている限り地球が太陽をぐるっと回っていたことは知っていただろう
暦は共通語である
季節は人それぞれの言葉の感じ方でよかった
俳句のように静かに暦と季節の両方を見ていたものもある
それでなくともたしかに旧暦での季節感を楽しんでいたような気がする
鯵庵(6.16)

by ajiankyoto | 2017-06-16 07:07 | | Comments(0)

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本山なら宿坊(ホテル)を経営出来る
塔頭寺院ならそれなりに墓地の守や幼稚園経営でやっていける
観光寺院でなければ経営も出来ない
とすれば、俗世間に自ら近づいて入っていかなければ生き残れないことになる
どこが悪いのだと開き直らなくてもいい
宗教を広めるには俗化する宿命は避けられない

由緒や祈りも現在進行形ならお寺の生活も現在進行形なのである
・・と言えど、軒を連ねて俗なものが並んでいる街が京都である
ただの民家となすべきではないと
もともと寺は檀家があって、大檀家が国や豪族であれば公務員然と暮らすことが出来た
だから、堕落したとも言える
他人のために祈ることを忘れた
廃仏毀釈の憂き目にあった
肉食妻帯は以前からだとしても、家族を養っていかねばならなくなったら、俗そのものなのだ
それから150年、一度緩めたものが締まることのないのが世の常のことである

さりとて時代を戻せたとしても同じこと
今時、人より犬が好きなボンさんもいる
ぼんさんって近所の人、普通の人、俗な人・・
京都ではそれでも何百年とそれで付き合ってきた
それが「坊んさんが屁をこいた」である
ボンサンガヘヲコイタ、ボンサンガヘヲコイタ・・・・
子供達も肌で知っているし、親も止めることはない
それを見てボンさんがにっこりしているというのが本当の京都ともいえる

我が家のタヌキも目が霞んできた
鯵庵(6.14)

by ajiankyoto | 2017-06-14 18:37 | ご利益 | Comments(0)

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「だるまさんがころんだ」・・知っていると思う
が、京都・大阪の子供達は「ボンさんがへをこいた」が強い
鬼ごっこなどで十の数を数える文句である
お姫さんでも糞もすれば屁もこく訳だから、坊主(ボンさん)が屁をこくぐらい何でもない
そんな恐れ多いこと・・と思う人は京都にはいない
京都は各宗派の本山が並んでいる
門跡寺院は京都だからこそであり、その他の寺も由緒を書くことでは負けない
観光寺院であってもなくても寺には住職がいる
ずっと昔、明治5年に太政官布告が出た
「自今僧侶の肉食妻帯蓄髪勝手たるべし」とある
が、そもそもこんな布告を出さなければならないほど僧侶の日常は俗化していたとされる

800年前の親鸞ほどの人間がいる訳でなし・・
しかし、この布告によって一層仏教戒律は骨を抜かれた
出家も在家も全く同じことになってしまった
ボンさんに家族が出来て家族のためにお寺を経営し財産を守る
財産を子に継いでいく・・というならお店(おたな)と同じだ
大きさから言えば商売人以上の経営センスが必要だろう
それはそれでいいのだが、お寺が修行の場でなくなった

息子は本山系の大学でさえあれば入学も卒業も出来る
娘を幼稚園からキリスト教系の私学に入れてよその親と同じレベルで教育を語ったりする
ちょこっと楽屋裏(がくやうら)をのぞき見すれば、高級車があったり、その横に子供の三輪車がおいてあったりする
家族があればなまめかしい洗濯物も干さねばならない
このお寺の跡継ぎのお嫁さんは宗教家と一緒になったという認識がない
現世は多様である・・ご住職にとってはこれも修行かもしれない

それにしても廃仏毀釈、時々廃仏稀釈になってるので注意
(後編に続く)
鯵庵(6.12)

by ajiankyoto | 2017-06-13 06:37 | ご利益 | Comments(0)

おとこ編②/桃太郎

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何が日本の少年たちの願いだったのだろうか

今と違うのは仲間と遊ぶことに飢えていたことだと思う
だから、次々に知恵が湧いて出てくるわけである
独り遊びでは、限界がある
そもそも独りではリーダーになれない
二人でも三人でもいい、三人寄れば一つの軍であると、三国志は語る
劉備を兄として三人の義兄弟の契りができる
艱難辛苦のはて劉備玄徳が蜀の国の皇帝になるまで三人の血盟は続く
悠久の中国を舞台に雄大な遊びの物語が完結したような印象を受ける

子供の頃、体は大きいが同じく〝あおっぱな″を垂れた餓鬼大将がいたが、それでも同じことである
遊ぶことを真剣に考えた結果、自ずとそのガキ大将にみなついていったのである
遊ぶという同じ目的の元に集合して、より楽しくするための仕掛けである
それがガキ仲間のリーダーだった
ついていったからとて不足はないし、工夫次第ではいつでもリーダーにはなれる・・わけである
それは、遊びだからでもある
小生は言う、その時に訓練しておかねばならなかった

三国志と比するのはおかしいけど、桃太郎はイヌ・サル・キジを連れている
明らかに親分・子分の間柄である
それは黍団子(きびだんご)を与えるということで、鬼退治は主人(?)桃太郎の目的である
見返りが黍団子とは限らない・・それは金銭であったり、出世であったり、たとえば庇護や保護であったり・・自分が必要とするものを得るために結んだ関係といえる
あるいは昔のやくざの関係かもしれない
イヌ・サル・キジにだって明らかに遊び以上の仕事感が存在する
実はこちらのほうが表社会でも裏社会でも、実生活の9割を占める関係だと拙者も思う
結局こちらのほうを大事にしなければほとんどの人が生きてゆけない

男社会ってアナゴみたい?
鯵庵(6.11)


by ajiankyoto | 2017-06-11 09:00 | おとこ編 | Comments(0)

乙女には水無月

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京都では6月に入った途端、町内の和菓子屋でも「水無月」「みな月」を売りだす
水無月は水の月、旧暦の6月のことを言う
旧暦だったらたしかに夏の気でむんむんするときである
水無月(みなづき)とは外郎(ういろう)に小豆のせ、三角形が特徴の菓子である
白いういろう(外郎)部分は氷に見立てたものと言う
宮中では氷、庶人は水無月の菓子と言うところである
涼しさを楽しむだけでなく「夏越の祓い(なごしのはらい)」の神事に関わっている

実は京都人は自分のところで作ることが出来た
格好のいいものでなかったかもしれないけれど、食い応えのあるおやつだった
あのボリュームには意味があったのだろうね
魔除けだとしたら意味が分かる
やっぱりこれもクックパッドにもちゃんと載っています
上手に出来るかどうかは別にして、

季節のことが出来るお母さんはきっといいお母さんなんでしょうね
日本の少年・少女にはお好みの味だと思う
お母さんの水無月で育った乙女はいいお母さんになれるはずです
写真はみなづき
鯵庵(29.6.10改)

by ajiankyoto | 2017-06-10 07:00 | ご利益 | Comments(4)

ちょろいもんだ

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世間はテレビだと思っている人がいる
テレビやテレビコマーシャルばかり見ていたら
きっと人生なんて楽しいことばかりだろうね
そりゃー心地よいことが一番だけど

いつか
あんな仕事がしたい
・・・
運転しなくてもいい車が欲しい
髪の毛も増えるし
少しの勇気でキレイになる
スマホは乗り換えなければ損をする
歴史はゲームで勉強できる
戦場へ行く間もない戦場カメラマン
老人施設は極楽に近い
幾つになっても生命保険に入れる
他ほか
へー?来年の就職は売り手市場だなんて

テレビは都市(まち)や田舎(いなか)もない
あんな暮らしが出来る
あんな人生が私に出来る
人生なんてちょろいものだと思うだろうね
老いも若きも
鯵庵(6.9)


by ajiankyoto | 2017-06-09 06:45 | テレビ | Comments(0)

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地元新聞によると淀城址公園の地元(淀観光協会)が、外来種アカミミガメの駆除に乗り出したようだ
その心はというと、かって堀にあったハスの花を復活したいらしい
アカミミガメの食害が原因の一つだ
淀城は水城である
巨椋池の出口にあたりここから淀川となって大阪に下る
大阪へ下るその要の位置に当たる
秀吉の時代、巨椋池は伏見城の巨大な堀であり、その堀端に淀城が存在した

巨椋池には数十種の名のあるハスが咲いていたと言われ、その中でも「淀姫」と名づけられたハスがある
そのハスを淀城址公園に復活させたいという・・
巨椋池がほぼ干拓された姿しか知らない我々には、
淀城と淀城下が水面に浮かぶようにあったなどとは信じられないはずだ
それが、歴史というものの楽しみ方の一つである

アカミミガメは特定外来種である
繁殖力が強く、それゆえに影響が甚大である
以前、「寂しき淀城は今月また選挙」という題で不倫代議士が辞めた後のことを書いた
どこからか来た人が地元の期待を背負って代議士となる
しかもその妻もはるかなる東北の選挙区の代議士をしている
その中でたまに地元選挙区に帰ってくるのは不倫のためだという
何もせずに辞めてしまった
アカミミガメには悪いと思いつつ、このことをアカミミガメに例えたつもりだった

かっての水の都、淀・納所の街の水路は河川改修で水は動かないし吐けるところがない
日本中のハスが今、激減している中で、淀にハスの花の復活は嬉しいことだけど・・
ハスがアカミミガメを食うことはないのだから勝負はアカミミガメの方にある
だからまたぞろハスの下にアカミミガメがまた繁殖するのでは困る
代議士さんのことではないが、また同じようにはびこる
現に水の中は既に特定外来種ばかりになっている
鯵庵(6.7)

※6月11日の淀城に応援に行くつもりだ


by ajiankyoto | 2017-06-07 21:33 | 京都の水 | Comments(3)