b0355451_20104823.jpg
三条カルチャーで室町芸能史の講座を持つスーパー講師が講座の最初にいつも言う

覇権が京都を去って、もう400年
安土桃山時代は京都の最後の花だった
天下を分けた関ヶ原(1600)は、徳川の覇権を固め江戸を都にした
新しい権威を打ち立てていくには自分の地盤のある関東の方がいい
大坂夏の陣(1615)から20年、参勤交代の制度(1635)は徳川の覇権がゆるぎないことと、
江戸が都ですよと日本全国に教えたことになる
それから300年、庶民は京都が都であるということも都があったということも知らなかった
かって都のあったという意味では、その時京都は奈良と同じく古都となった
古都というのは首都でなくなったという意味である
でも、それが今の京都の原型なのだ
応仁の乱の後の京都が今の京都の原型なのだ
京都は平安絵巻ではないのだ
また、わびさびの都市ではないのだ
戦国時代に日本にただ一つだけの都市機能を有した町だった
結局そのまま哀愁のある一地方都市になったのだ

古都というのは生きてる都市でもあるに続く
鯵庵(9.29)

[PR]
by ajiankyoto | 2017-09-29 20:16 | 都市 | Comments(0)

酒の飲める女は器量よし

b0355451_20001239.jpg
今宮神社のあぶり餅の項で登場願ったスーパー講師の続きである
女史は「鬼平犯科帳」と「あぶり餅」が好きだと言ったが、もう一つ好きなのが京都の日本酒である
ちょい昔、地酒ブームがおこって、日本中のお酒が見直された
美味しい地酒は美味しいし、美味しくない地酒は美味しくない
こんな簡単な理屈があんたらにはわからへんのという
いい酒を造るのはいい材料といい技術者が必要なのはわかるやろ
それさえあれば何でもできるのとちゃうで・・
水も空気も歴史もが材料や
そやけどいい水と空気さえあれば美味しい酒ができるという誤解が地酒ブームを引き起こした
と女史は言う

御所の堺町御門を下ったところに「キンシ正宗」の「堀野記念館」というのがある
スーパー講師に案内されて京都市中の酒造りの歴史を一緒に見学してきた
約240年前天明元年(1781)ここで松屋久兵衛が蔵を開いた
その時の蔵と店と井戸が残っていてそれが今は記念館になっている
酒蔵は厚さ50センチの土壁て出来ていたため当時のものが残された
また、ここの水「桃の井」は往年の名水である
今も飲むことができるということで水を飲みに行った
この付近に御所の前に何十軒もあったのだという
隣は豪商白木屋だった

試飲させてもらいながら、240~250年前と言うと・・・、と得意の講釈が始まった
鬼平こと長谷川平蔵が京都西町奉行であった父や家族と1年足らずを京都で暮らした頃だ
ちょうど池田や伊丹の京都の美味しい透き通った酒が江戸でもやっと飲めるようになったころだ
まだ江戸には田沼政治が続いていた、江戸へ帰って父の蓄えを費やして放蕩している頃には上方のいい酒を飲んでいた筈だ
それでいて田沼に見いだされ、出世していく
それからも酒を飲みながら仕事が勤まったのは清酒ゆえだということだ
庶民が飲む濁り酒では仕事も寿命も持たない、清酒はびっくりするほど切れのいい酒だったのだ
都市には酒が必要である、中でも清酒は都市文化を支えるものである
朝廷の文化にも、町衆の文化にも、それよりもっと歓楽街や遊郭は酒の文化である
酒の質によって歓楽街にも上下があった
酒の悪い遊郭は没落した、花街という京都に残った遊郭は京都の酒が支えてきたのである

清酒が出来たゆえ女性も酒を楽しむことができるようになったという
京都の女はよく酒を飲む、確かに清酒ならいい女にも似あう
男と女を取り持つものになり得たのである
水商売で酒を飲まなければならない人は飲めない仕草を売りにする
スーパー講師のように自分の力で酒を飲める人に意外と京女を感じる
大胆にして上品、楚々として情が濃い、そのくせキレがいい
酒の飲み方でその人の生き方が分かるという法則は女性にも適用されるようだ
写真は誰?キンシ正宗のポスター女優である・・鰺庵(9.28)

[PR]
by ajiankyoto | 2017-09-28 10:17 | 女紋 | Comments(0)

敗者の歴史


b0355451_19565706.jpg
昔、ある偉い人(官僚)の京都案内をしたことがある
観光地案内に加えて歴史の話をしたら・・
京都の歴史は中学校で習ったからいいと言われた・・
大学の受験勉強をちゃんとした人はさすがに京都の歴史くらいは今でもそらんじてると・・
観光と歴史は別のものだというガイドは要らなかったのだ
何故か悔しかった、けど・・あれからほぼ30年、やっぱり京都は彼の言うような京都になってきている

学校で習った歴史は、ほとんどが政治史、権力の推移をなぞってます
そういうことですので勝者の歴史、結果だけの世界
敗けたほうの歴史というものは埋没している
勝者の歴史はヒストリー、一方敗者の歴史はストーリー、物語という
hiがあるかないかと誰かが言っていた、これ受け売り

ただ、勝者の歴史は文字で残された
敗者は文字で残すことを許されなかった
語り継ぐことによってのみ許された、本来のそれが物語である
と小生は思っている

ただの物語であってもそこには表面の歴史に負けない理(ことわり)がある
理屈っぽいのも理(り)だけど、あなたに少しでも納得してもらえるのも理(り)
目が曇り耳が濁る世相にこそ、その理(り)というものが大事なのだ
そんなこと、東京の官僚やあの国の人たちに言って何になる?
人力車の兄ちゃんの解説の方が面白いって
そんな理屈っぽいガイド、今はなおさら無用である
鯵庵(9.27)

[PR]
by ajiankyoto | 2017-09-27 13:55 | 京都の水 | Comments(2)

検事とその妹

誰がそんなこと言ってるのか知らない
民主党が政権を担っていた時に言われた
民主党の最大の弱点は高学歴だということだ
それ以外のものを排除する精神構造しかもっていない
寄り合い所帯だから上手く行かないのではない
学歴偏重で何もかもうまくいかないのだ
b0355451_17410514.jpg
それはさておき、我が国で司法試験に合格するということは古き中国のあの公務員試験科挙と同じことなのだ
合格さえすれば支配階級になれる
今の日本にも司法試験合格者だけの言葉と世界があるのである
弁護士が政治家になって政治家を辞めても弁護士になる
政治が出来るのは司法試験合格者でなければならないと思ってる人たちの集団がいる

鯵庵は勝手に今、愛唱歌「検事とその妹」の歌を思いだしている
♫泣くな妹よ妹よ泣くな・・
♫泣けば幼い二人して故郷を捨てた甲斐がない・・
歯を食いしばってせめて兄だけでも世に出ていってほしい
でも、あれから数十年、その人たちの成れの果てを見ているようで寂しい

同じ司法試験合格でも、検事をしていた方が政治家に向いているらしい?
国家試験を通った弁護士が悪徳弁護士で金儲けする構造もおかしい
法律は自分たちのためにあると思って勉強してきた人ばかりでは困る
改めて、正しく生きる人のために仕事してもらうためには・・更新試験も必要?・・・弁護士がこの国を食ってしまう
鯵庵(9.26)



[PR]
by ajiankyoto | 2017-09-26 10:18 | 翁草 | Comments(0)

祇王と仏御前(後)

b0355451_17114074.jpg
祇王、仏御前のこの話はたとえ再現フィルム風に作っても下手な役者が演じたのでは駄目である
現代を生きる人は仏の前でも差別されてきた女性ということを体現しないからである
平安時代の宗教観は貴族による貴族のものである
現代人の知らない宗教観だと思う
清盛は天下の貴族であるが祇王も仏御前も庶人である
貴族社会の庭から自ら逃れて祇王らが隠れ住んだというのは寺ではない
隠れ住むのである
しかしながら、いずれにしろはるかなる嵯峨野の山奥である
祇王寺そのものは明治になって謂れにより再建されたものである
今であっても、物見遊山だけでは足が届かない地である

論調を変えます
平家物語というのは、源氏が天下を取り戻す物語なのであるが
珍しく敗者の平家に目を向けたものなのである
二十歳そこそこの白拍子が芸能人として女として最大の評価を得て
権力者の気ままゆえの浮き沈みをまた二十歳そこそこで感じる
その逃げ道が貴族社会から逃れることであり出家であり念仏を一念とする世界である
今まで以上の長き人生を念仏だけで生きていくのと決めることなのだ
それでも往生は唯一の求める道なのだ

それが物語である
それでも何でそんな祇王の話が平家物語の冒頭に出てくるのかと言えば、女人も往生出来るという概念を訴えたいからである
この時期になって法然上人が古い殻を破って唱えた念仏往生を表しているという
祇王も仏御前もさりとて善人でもない、ましてや悪人というまでのこともない
善行・悪行よほどのこともないまでも、ただただ、往生するためには念仏一途の姿なのである
それが、既存の天台や真言の教義から超えてでてくる法然(1133-1212)の念仏思想である
平安時代に天台教義の根元である良源(元三大師912-985)や源信(恵心僧都942-1017)らが往生のあり方を唱えた
鎌倉時代に入ってより明確に庶民の宗教としての存在を明確にしてくる
それが念仏であり阿弥陀如来の力をすがる思想である
阿弥陀如来信仰はやがて親鸞によって体系化されることになる

平家物語は善人悪人平等の法然の新しい浄土思想が背景にあるというのが、我がスーパー講師の力説するところである
祇王寺は苔の色
鯵庵(9.25)





[PR]
by ajiankyoto | 2017-09-25 07:53 | 往生 | Comments(0)

b0355451_20293950.jpg
あなたの家に、この頃1円玉増えてませんか?と問われた
あとしばらく8%のややこしい数字で行くのだから急に減ることはないやろ
消費税の話かと思ったら、違った
専門医が極端に少ないもんだから、認知症の発見が一番の課題だという
講師曰く、認知症になると、家の中に1円玉が増えるという
認知症になると片づけや掃除が出来なくなる、また食べることが唯一の楽しみになるということらしい
その辺はなんとなく分かるような気がする
でもちょっと待って、それが診断なの??認知症ってそんなもんなの??

講師いわく、お金を正確に払えなくて大きな札でお釣りをもらうようになるからだという
小生、使うよりたまる、1円玉を毎日持ってかえってくる、毎日増える・・
もっぺん待ってよ、それが認知症?!
小生の部屋は足の踏みどころない、昼飯と晩酌が楽しみで生きている
その上、1円玉はめんどくさいから持ち歩かない、家に貯まってる
これみな認知症の症状だったの・・????
これから先は民間療法??

優しくしてくれる人は気が弱い、おとなしくしてる人は後ろめたいことがあると決めてるような話だ
レジで並んでる後ろの人のことも考えずに1円玉を一つずつ出してる老熟女も認知症診断からいえば逆に大丈夫かもしれない
いつでもポケットに1円玉を持って出るなら、30円分くらい必要だ
それが出来なければ小生これから、コンビニやスーパーでは「釣りはいらないよ」言うことにしようかな
鯵庵(29.9.25改)

[PR]
by ajiankyoto | 2017-09-25 06:40 | 往生 | Comments(2)

祇王と仏御前(前)

b0355451_20394007.jpg
平家物語巻第一「祇王」による
「萌え出ずるも枯るるも同じ野辺の草 いずれか秋にあわで果つべき」
祇王(ぎおう)が西八条の清盛の館を下がる(去る)時の歌である
正直なところと言えば新しく自分代わって寵を受けることになった佛御前(ほとけごぜ)への妬みだと思う
「佛もむかしは凡夫なり 我らもついに佛なり いずれも佛性具せる身を へだつるのみこそかなしけれ」
と清盛と佛御前の前で舞った
強烈な嫌みだったけど、結果は二度目の憂き恥(うきはじ)だった
祇王二十一歳尼になる、妹妓女十九歳、母四十五歳ともに髪を剃り、
"一向専修(いっこうせんじゅう)に念仏(ねんぶつ)して後世(ごせ)を願うこと哀れなり"とある
栄華を手に入れた人ゆえの恥である、憂き恥だった

ところが
「娑婆(しゃば)の栄華(えいが)は夢の夢、楽しみ栄えて何かせん・・、」
仏御前は語る
この度、地獄に沈んだら、輪廻転生とは言えど未来永劫浮かび上がる事難かるべし、一旦の栄華を誇って後生のことを忘れた生き方の哀しさに気づいて・・哀しくてと
既に尼の姿になって自分が蹴落とした祇王の前に現れた
ともに念仏して、一つ蓮の上の身となりたい・・苔の上にても念仏し往生(おうじょう)の素懐(そかい)を遂げたいと思う
それを祇王が受け入れるわけである
・・
大河ドラマ的ではなく歴史は再現フィルム的に見るべきである
大事件なのである
時の太政大臣清盛の寵愛の白拍子が、栄華の頂点にある芸能人が、一瞬にして何もかもほって蹴落とした女とともに念仏一途の生き方に帰依するのである
僧(ほぼ公務員)の修行をしなくとも、髪を落として念仏三昧の人生はおくれるのである
往時、女人は宗教の埒外であった
だから、女人でも往生できるというもう一つ大事なことを物語の最初に言ったのである
かくして、平家物語は「往生」という当時(鎌倉時代)最新の宗教観によって構成されることになる
写真は祇王寺にて
(この項続く)
鯵庵(9.23)



[PR]
by ajiankyoto | 2017-09-23 20:45 | 往生 | Comments(0)

豆腐と油揚げ

b0355451_08385430.jpg

豆腐は日本に伝わって後、室町時代の後半に広まったものと思われる
江戸時代に入って凍り豆腐(高野豆腐)なども現れる
江戸時代豆腐屋は職人分類では豆腐師と呼ばれた
作り置きに向かないので、種々職人の中でも朝が早いのがこの仕事である
それだけでなく庶民の日常に欠かせない栄養源でもある
江戸では豆腐は統制価格であったともある

もちろん現代も日本中で欠かせない食材であるが、遠くまで食いに行くほどのものではない
日本全国美味しい豆腐が存在する
町内の豆腐屋さんの応援をする方が文化的だ
京の町でも豆腐屋が町に売りに出るのももちろん残っている
種々の豆腐料理が普及した、もちろんおからも油揚げも豆腐である
小生はは少し肉厚の油揚げを炙ったものが大好物である
がんもどきのことは以前にも書いた

湯葉やおからの料理も京・大坂で栄えた
豆腐類は精進料理には不可欠なものである
寺院だけでなく公家や武士も必要な栄養を確保するものであったが、やがて庶民にまで広がって行ったのが懐石料理であるといわれる
昔から京都の寺院の中には参拝者を宿坊に泊める、この時寺院料理が提供される
寺院と料理屋(仕出し屋)との結びつきは歴史が古く、そんな謂れが豆腐料理店となった
それがまた観光と結びついたのが現代の現状である
紅葉のシーズンに向けて湯豆腐屋が手ぐすねを引いている
湯豆腐は茶店の始まりでもあった

今は、家で食うのが一番である
余談ながら、京阪地区の豆腐屋は〝とーふー″のラッパは使わなかった、鐘である
が、その区別も滅びつつあるように思う
鯵庵(29.9.23改)


[PR]
by ajiankyoto | 2017-09-23 13:55 | 京都の水 | Comments(0)

衣笠丼の行くえ

b0355451_17435617.jpg
京都の大衆食堂では衣笠丼(きぬがさどん)という
衣笠とは京都の地の名である
金閣寺のある山や左大文字の山のあたりだと思えばいい
衣が笠にように山にかぶっているという意味である
その山にちなんだ地域メニューが衣笠丼である
甘く炊いた油揚げと青ネギを卵でとじたものだ
卵でとじるところがキツネ丼との一番の区別だと思えば間違いがない
山椒で食す
そもそも廉価にして味のよい・・丼である
油揚げと九条ネギと卵と言えば京都食品の王道である

ある店で通ぶって衣笠丼を頼んだついでに、
「京都も衣笠丼を出す店も少なくなったね」とお追従を言ってみた
給仕取締役のおかみさんから「そうでもないですよ、どこでもやってますよ」という返事が返ってきた
たしかに大衆食堂なら昔は何処でもやっていた
もともと材料はどの店にもあるもの
特に油揚げの味に左右されるが、京都は豆腐屋の街なのである
油揚げの素朴なおいしさの中に暮らしがあるくらいだ
食堂の腕が発揮できるのは出しと炊き加減だけのことである

そこら中定食屋がはびこって、そんな衣笠丼をメニューに出さない食堂が多くなったのが不思議だったのだろう
その言葉の裏こそ、京都のおなご、おかあちゃんの京都風の自慢だったのだろう
昭和の時代、京都の職人が昼に、しかも仕事の手を休めて食うのにふさわしいランチである
と、すれば今はそれが廃っていくのも当たり前かもしれない
京都の庶民の味を守りたいおかあちゃんの言葉に聞こえた
それが証拠に料理係の息子さんも衣笠丼と聞いたとたん一言いいたくてうずうずしていた・・
ようにも見えた
鯵庵(9.21)



[PR]
by ajiankyoto | 2017-09-21 17:48 | 大衆食堂 | Comments(0)

人間は、特に庶民は統計の上でなど生きていない
この老後というカテゴリーでくくっても、中には別荘を買った人もおれば、それでなくとも500万円の車を買った人も、1000万払って世界一周の旅をした人も含まれる
いいんだよ・・ただはっきり言って統計の中に入ってほしくないのだ
月25万円という夫婦所帯の平均支出と言ったってところで、平均とは何の意味もないのである

小生の先輩は1戸建て自慢の家を処分して、介護付きの養護施設に入所した
一生そこで暮らせるかもしれないが、帰るとところがなくなった
それは離婚した奥さんも同じことだろう
結果として介護を社会に頼むことによって家族は大きな資産を失った
都市住民の唯一最後の財産は家だし、最後の買い物は老後施設だろう
やっと自分の家を売って施設に入らねばならなくなってもったとしてもだ
それでも国の統計では支出も収入も平均をはるかに超える幸せかもしれない
老人の不動産処分にひょっとしたらバブルの再来を期待する不動産屋だっているかもしれない??
ただ、くどく言えば都市と田舎では大きな差がある
老後破産や、生活保護という反対因子も浮上してきている
人生はここにきてセーフかアウトの二つしかなくなる
離婚や病気はセーフからアウトへ変わるきっかけにもなる
それでも基本的な医療や介護制度は円熟してきている
ただ、介護を受けるための単価は今後も少し進めば暴騰するだろう

老後に収入を超える生活は出来ないのは当たり前だ
年金生活をするということはそれぞれの隠遁生活をするということなのだ
娑婆(しゃば)にありながら娑婆の消費生活から離脱することだ・・
それでないと暮らしていけなくなると気付くべきだ
隠居だと思っていたら隠遁だった
なまじ予定より長生きすればなおリスクが増大する
アウトかセーフか毎回ベースを踏みながら生きていけと言う警告だと思うべきではないか
鯵庵(9.20)

[PR]
by ajiankyoto | 2017-09-20 11:33 | 往生 | Comments(0)