b0355451_09415511.jpg
京都市内は盆地の北端、〝どこから見ても山が見えるのは安心感がある″と続く
この安心感はまず狭さなんだろう
関東平野にある東京では山が見えないとも言う
それに比べて京都は狭い盆地であるのは述べたところ・・、多くはそういう意味で語られる
安心感の本当の理由は、それは街割りが碁盤の目のような条坊制の名残りにある
通りが直線に通っているから道の向こうの屋根の上に山が見えるわけである
山の形は東西南北で違うし、今自分がどちらの方角で山にどれだけの距離にいるかということが理解できるわけである
本当は南には山が見えない、市中で山が見えなければ南に向いている訳である
四方本当に山が見えたら値打ちがなかったろう
だから、〇〇通〇〇下ると言われたら山の見えない方に歩いていけばいい
東入ル、西入ルと言うことが成立する

と言いながら、実は碁盤の目の街割りは相当に崩れている
大きな通りでしかそれも感じられなくなって来ている
分かった人が京都に来てなお驚くことは、不思議なほど微妙に崩れていることだ
京都の1200年の歴史はこの碁盤の目(条坊制)の崩れ方にある
平安京の道路は今より数倍も広かった
政権が乱れるたびに実は公道が侵されていった
市街地は左京(東)半分になったし、御所も東へ大きくずれた
その上秀吉は時の市街地を洪水防止のために"お土居”を築き大改造を行った
お土居の中の京都は3分の1の大きさになった
今の京都の街中の通りはそれがベースになっている
平安京の姿はもはや消えてしまって、お土居の外は一面の田園だった
徳川体制になってお土居は壊たれたが、京都には覇権がなく街の発展は終わっていた
それが維新の時まで続いた

明治以降の大膨張は、市電を走らすことが都市計画だった
それが京都の町割りを決めた、それが道幅を決めた
市電が通る道でも平安京の道路の広さに及ばない
細い道が微妙に曲がっていて山が見えなくなっている
山が見えても屋根より低い
そんな街でも京都は盆地
山が見えれば、おおよその天候の予測がつく
夏の夕立もそうであるが、この頃の冬の時雨も山の方を見ていれば当たる
それだけでも知っておれば旅行者の安心にはなるかもしれない
鯵庵(30.1.4②)

[PR]
# by ajiankyoto | 2018-01-05 08:47 | 京都の水 | Comments(3)

錦小路の屋台

b0355451_09141955.jpg
錦小路(にしきこうじ)というのは四条より一筋北になる
平安時代には具足小路(ぐそくこうじ)と言っていたが、後、錦小路に改められる
具足が訛って"くそ小路"とも言われた、とある
四条より一筋南が綾小路(あやのこうじ)と言っていたのでそれに因んで錦になったという
秀吉の都市計画の時に寺町に歓喜寺(かんきじ)が移され、その鎮守社として天神を祀る社が建てられた
それが錦天満宮である
お寺の方は明治の神仏分離の時に東山五条に移転、天満宮だけが残った
街中の神社であるが、この境内に「錦の水」が湧いている

錦天満宮から西へ続くのが錦市場
錦市場は市場ではなく商店街である
錦市場のホームページによると、錦市場は開業以来400年になるという
大阪夏の陣の年である
江戸幕府が名実もに全国を支配した年である
元和元年(1615)徳川幕府から魚問屋の称号を許される
この地下水と直接的にかかわっている
江戸期から昭和に至るまで京都の中央市場の役割を担ってきた
約390メートル、幅3メートルでほぼ大丸百貨店まで続く
鮮魚・肉・鳥・野菜・漬物・乾物と食材を扱う店が多い
実は、それ以上に多いのが外国人観光客
国内旅行の観光客を大事にしていたら、ここのところ外国人観光客で歩けなくなってきた
今やアジアを代表する観光屋台商店街になってしまった気がする
商店街の人は本当にどう思ってるのだろうか?

ようく見れば毎年少しずつ店舗が入れ替わっている
修学旅行生に優しい京都の町ではあった・・
修学旅行の女子があそこの焼いたイカが美味しそうだったと友達につぶやきながら歩いてた
今は歩き食いの外国人グループが大きな荷物と子供連れで追い上げてきている

京都には行儀という言葉がなくなってきた、伏見稲荷門前と錦市場はそのストレスのメーターである
小遣いに限りある修学旅行生にとっても波が荒い商店街になってしまった
市民も波が荒いのと活気とはずいぶん違うと気付きだした
特に彼の国の人たちは他国の文化を破棄する力を持っている
その内錦小路は"くそ小路"に戻るかもしれない
でも、今のうちに一度は覗いてやってください
鯵庵(29.1.3)


[PR]
# by ajiankyoto | 2018-01-03 15:00 | 京都の水 | Comments(0)

年賀状の小さな夢


b0355451_09223316.jpg
年賀状が毎年減ってきている
友人から年賀状交換の中止を宣言する年賀状が届いたりする
それでも正月1日及び2日には返事を書くのが忙しい
ただ、相手からの年賀状がないときは書きようがないので・・まーそういうような形で結局は減っていくという結果である
2日の配達がなくなっているので、ちょっとモチベーションがしぼんだ
正月が元日だけで終わってしまうという感覚だ

年賀状を買いに行ったとき、お客さん、今は「官製はがき」とは言いませんと言われた
くじがついて切手を貼らなくていいから「完成はがき」と言うのと違うの?
そういえば官製はがきも”年賀状も出すが暑中見舞いも出す”から”年賀状だけ”になり、その年賀状も"年賀状をいただける人だけ”になってしまった
もちろん相手のご家族の幸運・幸福は祈りはするが取り立てて長々挨拶は要らない
「謹賀新年」だけで十分に通じる
年賀状が情報源(もしくわ情報発信)である時代も超えてしまったのかもしれない

いつも付き合いが絶えない友人とは「今年からは年賀状出さないよ」とあらかじめ言い合ったりしている
そのくせ、長い電話をくれたり、メールで思うところを送ってきたりする
考えてみれば忘年会をやる前に書いた年賀状が正月に来るというのもおかしな話である
孫が拙い字で書いた年賀状が届いてお年玉を送るような「年賀状の技」も期待できなくなっている
そんな素朴な技よりもっと、もっと手っ取り早い効果的な技が満ち溢れている
一層のこと正月に書くように風習を改めた方がいいのかもしれない
年が明けてこそお年賀だという本来の風習を壊したのも官製の年賀はがきかもしれない

日本郵便は毎年減っていく年賀状の売り上げを防ぐことは出来ない
10円サービスは日本郵便には痛いことも痒(か)いこともないのだから・・
しかも、日にち限りでは買いだめ効果も発生しない、ほぼ効果を打ち消す
寒空で年賀はがきを売らされる郵便局員の懐の方を心配してやるぐらいのものだ
年賀状文化を作ってきたのが郵便事業である
それを最後まで文化として大事に育てていくという基本努力を忘れたのだろう
それともそれが郵政民営化の効果なのかもしれない
減るのはかまわないが無くさないで欲しい、と密かに願う

年賀状だけで付き合ってる友人がいっぱいいる
やはりそれまでなくしてしまうべきではないと思っている
いずれ「友あり遠方より来る・・」である
今は年賀状だけだが、いつでもこちらに旅すれば寄ってもらえるだろう
その時こそ観光客でない京都の旅をおもてなし出来るわけである
かくして、この歳になってこそ年賀状だけで済む付き合いのありがたさを感じている
鯵庵(29.1.2)

[PR]
# by ajiankyoto | 2018-01-02 09:26 | 翁草 | Comments(2)

鯵庵は上から目線

b0355451_11005381.jpg
ブログを始めるにあたってどの目線にするかをまず考えた
日常の実感には日常の目線が必要だが、
それでは歴史の感想を語りたいときは空虚になる
自分の住んでる京都の街のことも語りたい
が、稚拙な観光行政を語るときは市民としての感慨が起きてしまって自然に嫌みなことにもなる
しかしながらどうせ出来ることは、所詮エッセイもどき、駄文にしても浅はかである
ただ、謙遜・卑下ばかりしていたのではブログとしての値打ちもない
と、揺れる

長い会社時代には地位に応じた立場があった
定年後嘱託になってただの素人間になった時
大昔の部下たちの語り合いが耳に入ってきた
上司のことを「上から目線」と言う
「部下持つ身なら上から目線は当たり前やんか」とはその時もう言えなかった
そんな生温い会社だからおかげで出来の悪いサラリーマンが勤まったともいえる

本当はサラリーマン時代のことを書きたかった
それしか知らないのだから、それなら書けるから・・・
でも、またもまだまだ、気を使ってまだ上から目線って言われるのだろうな
と言う訳で、半分開き直っている訳である
この頃のサラリーマンはセクハラ・パワハラ・・そうでなくば上から目線と険しい語彙を平気で使う

残念ながらそんな単語は、素人間には関係がなくなってしまった
だから、全編のテーマは「老い」である
人が老いると三つものを失うという
「体力」「仕事」「異性への愛」である
失って初めて気づくことばかりである
自己主張するのに矛盾を気にしては出来ない
”武士も食わねど高楊枝?”
悪いけど「老い」をテーマにする限りここでは堂々と上から目線も続けるつもりである
実生活と同じならブログはやらない
おととし3月に始めたブログも去年の12月までで350編になった
元日の今日はパートです
どこに行っても鐘は上手く撞けないと余韻も残らない

出来れば今年もお付き合いを・・
鯵庵(30.1.1②)

[PR]
# by ajiankyoto | 2018-01-01 05:00 | 翁草 | Comments(6)

京都のおけら

b0355451_20055135.jpg
おけらというのがある
この〝おけら″というのは、キク科の植物である
小生のポケット図鑑によれば、〝古名をウケラと言い万葉集にも登場する、若芽は人気のある山菜の一つ云々・・″とある
この植物の根を乾燥させたものをおけら(白朮・はくじゅつ)として、漢方の生薬として用いられている

八坂神社の新年行事・朮(おけら)参りというのもこれだ
おけらを燻(くす)べたご神火から火を竹製の火縄にいただいて持ってかえるという風習である
火種が消えないようにくるくる回しながら持ってかえってご燈明に灯したりする
乗り物に乗って持ってかえるのは無理だ
元来ご近所の人たちの特権である
八坂神社でも1年の最初の行事が「白朮祭」とある
お場合によってお屠蘇を振る舞っていただけるかもしれない
おけらは健胃などに薬効があるようだ、屠蘇散(とそさん・お屠蘇のこと)にも含まれている

年末のこの時、錦市場や四条大橋、祇園の界隈もほぼ外国の人だ
初詣くらいせめて静かにと思うが、きっとまた、お正月からまた喧騒が続くだろう
何でこんなことになってしまったのだろうか
おけらにも白朮(はくじゅつ)と蒼朮(そうじゅつ)というのがあって、効き目が似ているからと言って国内では混用されていると本には載っていた
元来漢方はあちらのものだけど・・今の中国産の生薬は日本人の体には合わないかもしれない
そんなことがいっぱい起こっている
そんなことあんなことを知っておけら参りのニュースを見ることも大事なんですよ
来年も上から目線を宣言します
いいお年を・・
鯵庵でした(29.12.31)

[PR]
# by ajiankyoto | 2017-12-31 08:08 | 翁草 | Comments(4)

b0355451_19512554.jpg
明治30年、京都鉄道が二条・嵯峨間で開業した
この後3年後には京都・園部間が開通した
京都鉄道会社は民営鉄道、二条駅舎が本社を兼ねていた
今は梅小路公園にある旧二条駅舎として残っている

時の社長は田中源太郎、亀岡の生まれ
今観光客がトロッコ列車として楽しんでいるのがこの京都鉄道が難工事の上に建設した線路
決してトロッコのための線路ではない
この線が国鉄になったのは明治42年(1907)のことだ
この区間保津峡の新線複線化は開業から100年たった平成元年のことである
100年もの間、京都から丹波への山陰本線として活躍したことを思えば、
当時の行政・経済界と鉄道土木の意気と技術の高さの方に驚く

が、まだ旧の山陰本線を走っているとき、この嵐山渓谷嵯峨第2隧道(トンネル)付近の鉄橋上で大惨事が起こった
大正11年(1922)4月3日午後5時過ぎ園部発京都行き(機関車1両・貨車9両・客車7両の編成)が脱線
多くの死傷者を出した

この列車に乗り合わせた初代社長で羽織袴白足袋をはいて二等車に乗っていた田中源太郎も列車ともども渓谷に転落投げ出された
と当時の新聞にある
保津川の船頭が嵐山から救援に向かったが流れが逆で難航したという話が当時の新聞ものっている
これが嵐渓列車転覆事件の一部である

田中源太郎は旧亀岡藩時代の名家に生まれ・・彼の生家が今亀岡の「楽々荘」になっている
明治の京都の経済界で活躍した実業家である
政治家としても京都府会議員や衆・参の両議院も勤めた
70歳を前に因縁の鉄道事故に遭遇した
その後暫く下流で水死体が発見された
が、袂に石が入れられていたという怪情報がある
これもまた100年近く前の事件である
鯵庵(29.12.29)

[PR]
# by ajiankyoto | 2017-12-29 16:49 | 京都の水 | Comments(2)

山城の国葛野郡秦氏


秦(はた)氏は開拓技術に優れ桂川の水利土木技術で農業や養蚕、機織、酒造など中国大陸の文明技術を持っていた
松尾社(まつのおしゃ)や伏見の稲荷社(いなり)を氏神とし、広隆寺(推古11年、603)をも建てた
政治的にも京都派朝廷とのかかわりは極めて密接であり、それが平城京から平安京への遷都という大事業を支えた
秦氏の山城での文化が、平安京の中で磨かれ普及し日本の文化の基(もと)となった
多くの京都の地の人のルーツであるだけでなく、日本人の血のルーツにも深く関わっている
一説によれば当時の日本現住民の2倍もの色んな民族が弥生期の日本列島に渡来したともある
古代史が好きな人にとってはまだ多くの興味深い謎がある

日本の農業は弥生時代に稲作が始まって飛躍的に進展する
生産は自らの消費のためだがやがて蓄積となり貨幣制度が発展するとそれが富の差となる
渡来人の大集団秦氏は桂川に堰を作り流域の田畑に水を配り、村落に定着していった
その時代に大規模耕地整理の技術がすでにあった
そこは渡来人の文化だった
この地に都が出来てもそのままの形がそれから続くことになる
むしろ、それが都の経営を支えていたと思うべきである

支配する権力が多くの富を持てば水利技術もなお活用できる
言い換えればそれから日本全国、土地を得て開墾することが富につながるという稲作農業を本とした国土経営の形が出来た
その後時代がいくら変わろうとも、政権がいくら変わろうと米作高による富(土地の支配)を基本として日本人の意識が生まれてきたのだと思える・・のだ
鯵庵(29.12.27)



[PR]
# by ajiankyoto | 2017-12-27 01:00 | 京都の水 | Comments(0)


b0355451_07262455.jpg
あくまでも個人的好みではあるが、内山理名はやはり女優だと思う
テレビには向いている、美人である・・やや完璧に近づいている
小生昔から好きである
割りに人気が低迷型だった
美人で気が強いが壊れやすい女性を演ずることが多かった

この前(TBS月曜名作劇場「確証」)、刑事の役をやっているのを見て、驚いた
役としては捕まる役より捕まえる役の方がいいに決まっている
そんな役柄も出来るという評価を得たのならそれはそれでいい
小生にはそこまでのことは良く分からないし、これからのことも良く分からない
テレビ「嫌われ松子の一生」では少し美人過ぎたきらいがある
あれからもう十年になる

各局の看板ドラマが沈んでいるのは芸が出来ない女優が多いせいであるのは皆が思うところである
そんな時に芯のある女性を演じることのできる数少ない女優だと思っている
今のところ刑事役にお祝いしているが、ここはひとつテレビを見させる女優に脱皮してほしい
え・?映画でも主役やってるって?
え・?NHKにも出てるって?
それは、知らん・・かった
そこまでは、知らんかったな・・・
最初に言った通り・・あくまでも個人の感想である
鯵庵(29.12.26②)

[PR]
# by ajiankyoto | 2017-12-26 20:07 | おなご編 | Comments(0)

リニアと新幹線

b0355451_21243772.jpg
近頃の京都本には自虐的なネタが多い
亀岡は京都か?宇治は京都か?とか宇治市と滋賀県大津市とではどちらが都会かと言うようなことがテーマになったりする
リニア新幹線の計画があった
名古屋~大阪のルートは奈良の方を通るようだ
京都としては何とか京都市を通過させたいという運動をまだしている
京都は既に日本列島の軸が通っている
今更、トンネルばかりのリニアが街中に入ってこられても困る
何度も言うが京都は都市である、観光地ではない、観光で一番になる必要はない
奈良より京都だと主張する根拠が分からない
それどころかここはしっかり先輩古都を立てるべきところだ

北陸新幹線のルートも決まった
京都からは南周りで大阪へ行くという
新幹線などどこを通っても同じであるが、駅が出来るということなら話は別である
何んと京都から京田辺を超えて大阪府域の松井山手へぬけてから大阪へ行くという
奈良線から学研都市線ルートへワープする
京都府は学研都市の開発に失敗したともいえる
JRも学研都市線の伸びが悩みになっている
街を作るのはJRではないが、鉄道以外にインパクトのある手段がない
・・のでは仕方がない
その代わりと言う訳でもないが、リニアのことはもう言わないというのが京都の生き方かな
鯵庵(29.12.25)



[PR]
# by ajiankyoto | 2017-12-25 09:38 | 都市 | Comments(0)

らしさを求めて

テレビでは横綱の品格が言われている
横綱らしさが求められているし
それ以外に理事長らしさも、理事らしさも、親方らしさも
相撲取りの世界だから相撲取りらしさも大事だろう
b0355451_09443247.jpg
日本の土木ゼネコンは大林・鹿島・清水・大成(あいうえお順)に代表される
この4社だけでも年間数兆円の受注額になる
それだけの公共事業費が彼らによって配分されるのだ
星の数ほどある日本の建設業の頂点にある
横綱なのである、しかも下位の大関以下とは勝負にすらならない大横綱である
リニアの工事でまたゼネコンの罪が問われている
らしさを大事にすることを宣言し、また国民が監視している中での出来事である

建築の世界でも同じことをしている
スーパー5社の中で仕事を取り合ったり譲り合ったりする
いかな大企業でも効率のいい仕事でないと利益が上がらないという
その効率の一番の敵が競争入札なのである
業界が組めば、その効力を粉砕することすらできる
受注調整をしたことを公正取引委員会にこのゼネコンが自首した
早ければ罪が許されるという不思議な制度だ
ただいずれ、全国の公共事業から指名停止の処分を受けることになる
が、またこれで、全国の大きなプロジェクトが軒並み遅延することになる
その影響こそ大きい

横綱が処分されたのでは相撲興行が成り立たないという
仮に横綱が拗ねたら横綱らしさからまた遠のく
相撲はスポーツでもなくただの興行だ
らしさというのは皆で作ってきたものだ
「らしさ」の反対語はいつも「話し合い(談合)」か「八百長」だ
ルールの作り方を間違えれば同じことだ
人気が覚めたとしてもその理由が分からないことになるだけだ

相撲はそれでも構わないのだ
相撲ファンも日本は土木国家であることはもっと知るべしである
日本の国技は土木の方である
ゼネコン4社が拗ねたら国の浮沈にかかわる
だがしかし、そう思って4社の人が今でも高をくくっていることを何とかする必要がある
どの業界も横綱の品格など持っていないことがばれだした
相撲は我々にそれを見せてくれているのかもしれない
鯵庵(29.12.23)




[PR]
# by ajiankyoto | 2017-12-23 06:51 | 偽装 | Comments(0)