ミカンとキンカンの皮

b0355451_09290635.jpg
ミカンを食って皮が残る
その皮を干しているのを見る人も多い
お風呂に入れるという人もいるだろう
昔はこうして入浴剤を作っていた
有用である
「おばあちゃんの知恵袋」と済ましてはいけない

漢方では、ミカンの皮を干したもの、これを陳皮(ちんぴ)という
ミカンの皮には、ポリフェノールの一種、「ヘスペリジン」や「ルチン」が含まれている
ミカンの皮、そのものをジャムにしたりというのもありである
が、若干そのまま食うのは不都合が多い
そこで、この成分を直に吸収できるのが、皮ごと生食することの出来るキンカンなのだ

キンカンは今が旬、梅の花の時期はキンカンが実る時期でもある
一般に出回るキンカンはニンポウキンカン(寧波金柑)という種類である
キンカンは中国原産であるが、日本へ入って来たのは意外と新しく江戸時代文政年間(1826)のことらしい
今は宮崎、鹿児島が主な産地である
特長は、皮に渋みが少なく生でも皮ごと食えることである
のどによいというのは知られるところだが・・
「ペスペリジン」というのは、ビタミンPとも言われる
主に、毛細血管の強化作用が認めれれている
血流改善、中性脂肪の低下、コレステロール値の改善、抗アレルギー作用・・・・云々の効用
メタボ系には懐かしい単語が続く

クックパッドにもキンカンの利用法はたくさん載っている
沢山手に入れば、色々工夫するのがいいが
生食向きの熟した大粒キンカンはやはり生で味あうのが一番いい
皮を食う果物である
小生(メタボ系)は生で食っている
何故か俳句ではキンカンが秋でミカンが冬の季語になっている
鯵庵(3.10)

# by ajiankyoto | 2017-03-10 09:34 | Comments(0)

パソコン出来ますか?



パソコン出来ますか?と問われたのが辛い
答えの難しい問いだ
大体のことを言えば小生らの世代が会社などでパソコンに慣らされた最初の世代だ
その前にワープロというものもあった
古い世代にはワープロ活用世代と言った方が分かりやすいかもしれない
定年前にはデスクの上のパソコンで様々な事務処理を行った
例えば、パソコンを触れますかと問われたのなら、触っていますと答えることが出来る
だから、出来ますかと問われたら、出来るんだけれど・・・?
困っているわけである

小生はと言えば・・
ワードやエクセルだって使っているけれど正しく使っているとは限らない
写真の取り込みも印刷も出来るけど画像の処理まではぼつぼつである
しかし、ホームページは自分で作れる、HTMLやCSSも小学生程度は習った
ただ、そんなこと人にも言えないし今回の役に立たない
いずれにしたって誰もが自分の出来ることだけが出来るのある
答えを迷っていると・・
誰にでも出来るようになってますので心配は要りませんと言う
それぐらいなら出来ると言ってもいい、だから、出来ますかという問いに戸惑う訳である
シルバー(シルバー人材センター)での話である

パソコンで処理しなければならないならやるしかないだろうけど、
システムは(どうせ)いつも未熟なものである
周りを見渡せば余りにも技量の差が大きすぎる
資格は要らないけど、しなければいけないことは範囲は限られる
だから、それに対しては皆、同じスタートだ
理屈と体、理屈より体、この二つで付き合っていくしかない
パソコンという同僚なのだと思うしかない

暫くたって、今度は「もう慣れましたか?」と問われる
「人には慣れました」と答えるようにしている
その中に、パソコンも入っているのである
ビルもキーボードに見える?
鯵庵(3.9)



# by ajiankyoto | 2017-03-08 17:21 | Comments(2)

b0355451_16395265.jpg
西院と書いてなんて読むのだ
という会話が時にある
京都で暮らし始めた人にとってはいきなりの疑問だ
阪急電車で京都へ入ると「さいいん」と読む
嵐電に乗り換えると「さい」と読むのが原因だ

阪急の西院駅とこの嵐電の駅を上下でつなげようという計画が進んでいる
「西院駅周辺地域公共交通総合連携計画」というらしい
阪急の西院駅は昭和6年に開設された(新京阪電鉄)地下駅で、今となっては構造上の課題が多い
一方、京福の西院駅は明治43年の開設でもっと古いが幸いにして路面型である
結果として、阪急西院駅東端の北と南に出入り口が新設され嵐電のホームと上下が結ばれるようになる
阪急は乗客の安全性、嵐電は阪急から嵐山への乗り換え客を大幅に増やすことが出来ると見込まれる
ただ、この計画の中に駅名(読み方)を統一しようなどとは書かれていないことを期待する
やはり「さいいん」であり「さい」である

市バスに乗って阪急電車に乗り換えるのは「西大路四条」である
四条通と西大路通の交差点にあたる
市バスには西院という地名のバス停はない
西大路通は市電道である
四条通の市電は四条大宮から北上する
因みに四条大宮から松尾橋までは無軌条線(トロリーバス)だった
そんなことで市電線の名前を引き継いでいるように思う
もしくは、そういうややこしさを避けて中立を保ったような気がする
いずれにしても駅名だけでも100年近い謂れがある訳で、疑問提供として今のままでいい
地名(住居表示)は一方的に西院(さいいん)である・・
なお、その西院の歴史を遡ったコメントは次回以降にします
鯵庵(3.7)



# by ajiankyoto | 2017-03-07 08:03 | Comments(0)

b0355451_21162365.jpg
ありえないことの例えである
磯野家の脇をがっちり固めているマスオさんが・・
ひょんなことから里へ帰ることになった
もちろん仮定の話である
磯野家は福岡から来た
フグ田家は大阪である
一度も舅や嫁の前で大阪弁も語らなかったマスオさんが??
ついに「里へ帰らせてもらいます」と言った
たとえそうでなかっても、大阪転勤もあり得る訳である
も一度言うが仮定の話である

サザエはどうするのだろうか
大阪へタラオをつれてついて行ける女ではない
タラオはまだ小さい、それでも単身赴任ならあり得るかもしれない
サザエは言うだろう、せめて福岡ならついていくかも
小生の昔の会社では大阪支社勤務になるくらいなら、九州もしくは北海道まで行った方がましだという
ましてや京都などと言ったら、もう、帰り道が遠すぎる、という
送別会では「はよ帰ってこい」と皆が言う送られたものも最後まで大阪弁を通すものだから意外と早く帰れる
もう一つは、悲しいかな奥さんがもたないだから、結局早い目に引き上げてくることになる

家庭がもたなければ仕事する意味がない
波平さんはマスオさんと絶対喧嘩しない
何十年たっても喧嘩したのを見たことがない
それはマスオさんの覚悟である
サザエの覚悟だとみている人がいるがいるが、それは違う
「サザエさん」でマスオさんが主役だといった意味がそこにある
本当に世の中はマスオさんみたいな人が主役である

仕事で失敗でもしたら、いつか「里(大阪)へ帰ります」と言い出すドラマを期待している
マスオさんだって、いつか噴火するというのは当たり前だと思うのだが
東芝がスポンサーを止める時が始まりである
鯵庵(3.5)



# by ajiankyoto | 2017-03-05 21:25 | Comments(0)

梅の花は全国共通

b0355451_08353643.jpg
3月に入って京都の気温も上昇してきた
大阪から来たかいこ氏とともに京都散策を楽しんだ
京都駅から正面通を東へ豊国神社から三十三間堂あたりまで
ぼちぼち観光客も増え始める、そんなタイミングかな
サクラはまだまだだけど、ウメは盛り

写真も趣味の二人だけど、今日はウメの香りを楽しむつもり
東山七条の根来寺智積院は梅の名所でもある
デジカメでウメは難しい、光が通って色が出ない
昔のマクロレンズが一番である
などとしゃべりながら早い目に京都駅前の居酒屋に
出来たら京都の味を楽しんでもらおうと思った
飲み放題でもないのに入った途端に2時間の時間制限を了承させられた
時間が迫るとラストオーダーでせっつかれる
頼んだ料理を十分に堪能する間もなく、払い放題で店を出た
金曜日の晩なら大阪ではそんなもん、と、かいこ氏の話
この頃は長いこと居座る外国人?もいるとか
ひょっとしたら京都のこの店も大阪資本かも

いずれにしろこれも観光関連業者、今の京都の状況でもある
”ごゆるりと”とかあるいは”おもてなし”とか看板だけが京都風で、
また京都の二枚舌と冷やかされそうな気配、恥ずかしくなって二軒目は王将にした
”王将も京都発祥やで”と全国共通のギョーザを味わった次第である
ウメの花だって全国共通、だけど京都のウメを見たいという人には、
ウメの花でもそれなりのシナを作る
おもてなししているのはウメの花だけか・・?



これが1年前、思い立って書いた小生の最初の投稿である
友人かいこ氏を使って(出演していただいて)思いと不満を書いた
私が小生という一人称を使い、かつ題名を鯵庵の・・「京都不都合事情」としたのはこの日の気分だった
それから1年かかって300編近くの悪態を書いた
でも、続けてきてまだ序の口である
歴史を書きたいけどそればかりでは退屈させてしまう
さりとて不都合も悪態も自分で言うほどのことではない
イイネをもらうことの縛りから逃れられなくなっているともいえるし
毎日きちっと食してくれる人もいる
噛み砕いて食ってくれたら滋養になるかもしれない
多くの友人に出演してもらった
女性の持つ神秘的なパワーを応援したい気持ちもブログを続ける動機である
一周年を記念してこの1年ブログに出演していただいた友人たちのプロフールを整理して紹介しようと思っている・・・鯵庵(3.4)

# by ajiankyoto | 2017-03-04 07:55 | Comments(2)

崇徳院の母



後白河院の父は74代の帝鳥羽院
母は藤原璋子(しょうし、たまことも、1101-1145)、待賢門院(たいけんもんいん)である
待賢門院の父は権大納言公実(きみざね)、母は光子、鳥羽院の乳母だった
7歳の時に父を失い、白河院を父がわり、祇園女御を母がわりとして育つ
やがて白河院の孫、鳥羽帝に入内、約1年半の後皇子生む
それが第一皇子であり、すぐに崇徳帝となす
8年後雅仁皇子を、それが後の後白河である
それまでの世は養父白河院の治める時代だった
白河院がなくなって鳥羽院が治天の君となって廷臣を統率
崇徳帝の人生が暗転する
鳥羽院は美福門院(びふくもんいん・とくこ、)を寵愛し、その3歳の皇子に帝位を譲らせた、それが近衛帝である
権勢を失った待賢門院は西ノ京、双ヶ岡(ならびがおか)の寺に入って落飾する
それが法金剛院の再建につながる
数年を経ずして40余歳で亡くなった
今は花園駅の前、関西花の寺、蓮の花咲く時期には境内が一杯になる

その後10年の後、近衛帝が17歳で崩御する
鳥羽院は最後に、後白河を帝位につけて崩御する
院は崇徳院、帝は後白河、母を同じくする兄弟が並び立ったのである
崇徳は自らの皇子を帝位につかせたかったが、鳥羽院はそれだけは許さなかった
崇徳院は自らの院政の継続も期待したかもしれないが、後白河はすでに壮年、しかも弟である
母を同じくする兄弟、しかし父(鳥羽帝)は最後まで自分の子として認めなかった
祖父と待賢門院の子である?そうであったら父系の系統から言えば遠い、その疑念をはらしようがなかった
帝位は時の絶対権力者鳥羽院の血筋でなければならなかったとすれば当然のことだったのかもしれない
この後、すぐに始まるのが保元の乱である
乱は帝位だけでなく、藤原氏の宇治の長者また台頭してきた武士の覇権争いも一緒になっての始まるのである
崇徳院は弟後白河対して「文なく武なく・・」と帝位に相応しくないと明らかに苦々しく思っていた節がある
その「・・武なく・・」と評した後白河帝に、一日の闘いで負けてしまうことになる
物語を読み、歴史の流れを知る我々には分かることだった
崇徳院には分らなかったのは仕方がない
10年前に亡くなった待賢門院は知らなかった方がいいのかもしれない
待賢門院は法金剛院の五位山の背中、花園西陵に鳥羽の皇后璋子として眠る
璋子が生きたのは今から900年も前の話である
写真は法金剛院にて
鯵庵(3.2)





# by ajiankyoto | 2017-03-02 07:18 | Comments(0)

花見小路に思う


b0355451_21544275.jpg
京都の祇園花見小路、旅行者で一杯である
小生も一度くらいは祇園で飲みたいと思う
もちろんお茶屋へ上がって芸者を侍らすのでない限り金さえ払えばいくらでも飲める
この頃の舞妓や若い芸者はお座敷でも上手く会話が出来ないで私語ばかりだと
さる大物評論家の先生がおっしゃっていた
そんな現場に小生が立ち入ることはないが、ある意味で貴重な証言である
旅行者でも「夫婦子供連れで歩くのはやめときなはれ」と言うてやりたい

花街(かがい)は京都の中で他の京都と違うのは不倫が許される街である
「不倫は文化」云々を言った芸能人もいるらしい
浮気は病気である
そんなものでも文化などと言いきれるのはいかな京都でも限られた花街だけである

夜の世界はスマートに金を払って遊ぶところである
お茶屋や料亭に来る芸者はそのための接待の専門職スペシャリストだ
金さえもらえばどこへでも行くというのでもないらしいが
それなら、観光客に舞妓や芸妓の技を見せるものではない
置屋もお茶屋もその生活の場と仕事の場
昼も夜もあれほどの勢いで観光客に歩かれ、店の中を覗かれたのでは
何かと不倫には不便なことである

幕末ならともかく
こんな京都で小股の切れ上がった芸妓衆の高度な接待技術が役に立つような商用などあるのだろうか
言っておくが今の花街は遊郭ではない
もちろん遊女や花魁(おいらん)などいない
でも花街の夜の闇は不倫である、そのための街なのだ
芸者が勝手にお客をとることは出来ない
お茶屋を通さなければ世間の眼にさらされる
それが世間の不倫になる

不倫は不義ではない
花街でも、お茶屋のお世話にならなければ素人ということになる
芸者を連れて昼間にホテルにしけ込んだのでは花街のルールに反する
花街の・・などと言うから分かりにくいのだ
大阪ではそれを現代用語で店外デートと言う
不倫の町でも店外デートはご法度なのだ
祇園で遊ぶ人こそそもそも不倫に金はケチりなはんなや
鯵庵(2.27)





# by ajiankyoto | 2017-02-27 17:16 | Comments(0)

b0355451_09081026.jpg
上巳の節句の大事件と言えば、安政7年(1860)江戸城桜田門外で起こった桜田門外の変
旧暦3月3日上巳の節句の総登城の日だった
ただ、この日はグレゴリオ暦(太陽暦)では3月24日にあたる
東京では異常な大雪だったようだ
その異常さが近江彦根藩15代の名君井伊大老の油断の原因だったかもしれない

江戸時代なって幕府が定めた節日は1月1日と八朔(8月1日)と五節句である
五節句は1月7日(人日)、3月3日(上巳)、5月5日(端午)、7月7日(七夕)、9月9日(重陽)である
幕府の年中行事として極めて重大な日であり、御三家、諸大名の総登城の日でもある
上巳の節句は、それほど重かった
徳川家と幕藩体制を祝う日である
だからこそ、明治6年には廃止された

徳川幕府だけでなく日本の歴史が大きく方向展開するきっかけになった日である
彦根藩邸は桜田門から3~400名メートルの距離である
ここに最大の不覚がある
大老は政治家であって武芸者ではない
10分程の戦いで大老自身は武ばって戦うことなく、また逃げ込むことなく首を取られた
家来たちが守れなかっとしたら仕方がない
それが政治家たる最後の所以である
幕府を守るということの難しさを表現したことになる
近江半国を所領する徳川家の重臣であり幕府の大黒柱であった井伊家の幕末の凋落がそこから始まった
14代将軍家茂の時代、明治維新までの8年前のこと

ついでながら言えば、大昔、NHKで「花の生涯」(舟橋聖一原作)をやっていた
井伊直弼役は2代目尾上松緑だった
8代目松本幸四郎の弟だ
今も何か井伊家のドラマをやっているらしいが・・
歴史的考察については”フィクションだと割り切って見て欲しい”とNHKは開き直っている
文学やフィクションとの区別がわかる人が少なくなってきている時代にはふさわしくないコメントだ
テレビは単に娯楽であることは承知しているが、商業上の視線で過少化して見ることは歴史の価値をマイナスにしてしまう

も一つ、ついでながら言えば、この年アメリカではリンカーンがアメリカの16代の大統領に当選した年でもある
ただ、数年の後、奴隷を開放し南北戦争に勝利したリンカーン大統領も凶弾に倒れた
ちょうど世界が現代に向かって動き出したころのことである
鯵庵(2.25)


# by ajiankyoto | 2017-02-25 07:31 | Comments(0)

人間はもっとやれる?

b0355451_08211089.jpg
市民マラソンが行われて1万数千人ものランニングウエアーが走る
スタッフの数も負けてはいない
沿道もスタッフも声をかける
「ガンバレー」と

何かをする人に、何が応援になるのだろうか?
トイレもほしい、給水もバナナもイチゴも配ってもらえる
声援も欲しいな、そう思えば安上がりな「ガンバレー」の声も聞こえる
頑張ってるんだから・・今、何を頑張れと言うのだろうか?
ただ、ガンバレーの応援は応援してくれる人によって効果が違う

人は一杯頑張っている
その中できっとマラソンだけガンバってる人も多いだろう
頑張らなくていいならマラソンなど出ないと言う
頑張らなくていいなら人生などないだろう
一人で走ってるときは誰の声援もなかったのに・・
なまじっかな声援など要らない?

それでもやはりマラソン走ってる最中に「ガンバラなくてもいいよ」というのはおかしいよね
鯵庵(2.23)

# by ajiankyoto | 2017-02-23 09:34 | Comments(0)

上巳(じょうし)の節句


上巳の節句というのはもともと旧暦3月の最初の巳(み)の日
後、重三(ちょうさん・・三が重なる日)として3月3日に
奈良時代・平安時代ともけがれを除くため人形(ひとがた)を川に流すことから、
後に人形(にんぎょう)の祭りに進化していった
曲水の宴の原型にもなった

江戸時代中期から裕福な庶民(商業人)の財力はやがて頂点に達し、
財を誇りつつ公家の優雅をまねた趣向で家族の厄除けを祈念する行事となり、
女性信仰の雛祭り昇華していった
と言うのが・・定説

庶民にとって女子のご利益を祈念する気持ちの表れが自然に定着したと考えるのが人情の論理
端午の節句(5月5日)と対をなして、子供・家族・社会の平安を願う気持ちで続いている
旧暦の3月3日は今の4月初旬になることが多いが、今年は3月30日になる、ソメイヨシノが開花する時期になる
桃には少し早いかもしれないけれど・・それでも春爛漫である
そんなことから桃の節句と言われるようになった
結局、新暦の3月初めに桃が花が自然に咲くことはない

3月のひな祭りの桃の花を用意するためには大きな温室がいる
しかも、切り花用の樹形に育てなければならない
どんなに上手く栽培しても切り花の桃の花に実を成らすことは出来ない
花としての桃である、桃にとっても花だけの人生(?)である
だからこそ、桃の花は邪気を払う
3月の桃は、そんな花だと思って見てやらねばならない
鯵庵(2.21)



# by ajiankyoto | 2017-02-21 17:36 | Comments(0)