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ラーメンが庶民の口に入ったのは明治時代に入って浅草の〇〇軒だという
日本で最初にラーメンを食べたのはあの水戸の黄門様光圀公だというのも定説になっていた
料理というものは実はすべてが創作なのだ
そんな中でラーメンの発明なりを話題にしたって仕方がない
せいぜい本家や元祖の話に使うだけだ
・・といいつつも・・
室町時代の京都、三代将軍義満の時代にの麺類「経帯麺」というのが出てくる、らしい
麺にかん水を用いてるので、明らかにうどんと違って、あの中華麺独特の黄色味かかったものである
スープではなくかけ汁だったと思われる
ラーメンが室町時代に都で食されたことは事実である
黄門さんには申し訳ないが、200年以上も時代が遡ったのでは勝負にならなくなってしまった

京都駅近くで2軒のラーメン屋が覇を競っている
不思議なことにここまできた客は行列の長い方に並ぶらしい
この頃は行列が逆転したというもっぱらの噂である
京都市民はそれより昔ながらの大衆食堂の中華そばの方が好だという人が多い
いずれにしろ日本のラーメンは中国から来た人にも異国の味である
もはや明らかな日本食である

経帯麺が室町時代の庶民に受けた形跡はない
文化が継続していないが、だが、日本のラーメンの記録としてはっきりしている
料理には発明はあっても特許はない
現に日本の料理になってラーメンが庶民の味になった
この際、大衆食堂の中華そば、「室町ラーメン」の名で行くか!
鳴かず飛ばずの京都ラーメンも場合によっては入れてやったらいい
京都の人誰か早く登録商標取ってくれ
ラーメンだけに本家?中国にやられる可能性が強い
鯵庵(9.14)


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# by ajiankyoto | 2017-09-14 08:27 | 大衆食堂 | Comments(0)


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西教寺というのは聖徳太子によって創建されたとも言う
良源(元三大師)の庵でもあった
源信(恵心僧都・えしんそうず・1017没)も修行したという
天台宗の阿弥陀如来の念仏道場である
室町時代に比叡山の真盛(しんしょう)上人により中興
信長の比叡山焼き討ちの後、坂本の領主となった明智光秀の援助によって再建された
我々が見てるのはその後の西教寺である

西教寺は開放的なお寺である
事務所の玄関に「戒称二門」(かいしょうにもん)の文字がある
戒とは如来の不思議な力と働きをわが身の中に感じることである
称とはその力によって活かされている喜びを念仏として外に現すことである
努めて自分の欲望を抑えて他の人との和合に心がけることである
真盛(しんしょう)上人の標榜した戒を守り一心に念仏を唱える姿勢を表したものである
この思想から鎌倉時代に至り、法然や親鸞などが育ってくることになる

ここへ来ると大津の大きさが分かる
信長は対岸安土にあって、湖を渡り坂本に上がり、比叡山を超えて京都に入る道を好んだ
最短距離でもあり比叡山延暦寺勢力を牽制出来る
もっももそれと同時に焼き討ちもしてしまった
それも合理的発想である?いずれにしろ信長の上洛ルートである
北陸・関ヶ原越えの東国からは最短距離なのだ
この道を滋賀越えとか山中越えという、当時の主要街道であったが、やがて東海道へ移っていく
信長の時代は坂本が南近江の中心都市だった

寺は坂本から比叡山横川(よかわ)に向かう中腹に立っている
坂本の町と琵琶湖が見渡せる要害の地でもある
延暦寺(えんりゃくじ)、園城寺(おんじょうじ・三井寺のこと)と並ぶ天台宗の名刹である
今は天台宗の一派から独立した天台真盛宗(てんだいしんせいしゅう)の本山である
なお、坂本の西教寺は兼法勝西教寺(けんほっしょうさいきょうじ)ともいう
白河にあった法勝寺(ほっしょうじ)と言うと、応仁の乱の時にほぼ焼失
その後、廃寺同然であったが、乱後約120年の秀吉の小田原攻略の年天正18年に後陽成天皇の命により山を越えた近江坂本の西教寺(さいきょうじ)に併合された
西教寺は明智一族の滅亡や念仏道場という言葉の方が重みがある
鯵庵(9.12)

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# by ajiankyoto | 2017-09-12 07:45 | 親鸞 | Comments(0)

5段階の落ち着き


我々の時の小学校の通知簿は5段階評価だった
1クラスに50人(本当は60人だった)だったから・・
最高の5を貰えるものは3人くらいだった
4は12~13人くらいだと教えられた
3は20人で残りの15~16人が2の評価だった
教育的お情けで登校拒否しない限り1は2にしてくれていた
それでも相対評価である
3だったら親に怒られることはなかったが、4をもらえたら褒められた
4が複数あれば明らかに平均より上にいることの証明になった
個人的には音楽や体育や図工もいつも2だったけど・・大体それぐらいであった

あの時は勉強もしなかったし、その気はなかった
親がそれ以上言うこともなかった
あれから数十年、頑張るところは頑張った
思えば高校受験あたりから、競争を意識させられた
それからずっと競争ばかりだったが・・・
音楽や体育のないや世界へ進めば、複数の4で十分だった
自分らしくなどと・・才能にこだわらなかったのがよかったのだと思う

何度も何度もやってくるチョットした小さな競争に負けなければ・・
くじけて拗ねてしまわなければ、群の中の前の方で一緒に走ることが出来た
この数回の小さな試験の成果でそれから数十年過ごしてきた
その間は五段階評価では4だったと思っている

定年というゴールに入った時はもう順位は気にならなかった
それからの評価は3になった
3を目指しているともいえるし
小学校時の評価に戻ったとも言える
それが自分の本来・本当の実力だともいえる
結局、"おみそ"でさえなければ落ち着く評価だと思える
鯵庵(29.9.10)


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# by ajiankyoto | 2017-09-10 07:36 | おとこ編 | Comments(0)

母の過ごし方

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小生のパートの職場でも豊田代議士似の美人も松井さんによく似た話好きの女性もよく来るが
金を払うところでは大体は挨拶もしない不愛想な女性が多い
先輩同僚の曰(いわ)くでは数十年前の女性運動がやっと実ってきて今若い女性の頭の傘になっているという
半世紀もたってしまったら、そのころの戦士は今頃は大転向して老人ホームで皆さんの世話になりながら楽しく暮らしているかもしれない
そう思えば何よりも我らの世代は転向が得意である
時代の流れは自分らが作っていくもので、踊らされるものではないと腹の底で信じていた

だがしかし、ここにきて女性は意外な頑なさを持っているように思う
それは、女性というのは「謝ることをしないという人が過半数(ほとんど)だ」という
そんな学説?を以前にこのブログで紹介したことがある
そのことと密接にかかわっているように思える
女性は自分だけを肯定して生きていくのをまず覚えた
肉体的性格上、自分や子を守る本能として備わっているのかもしれないが
世間に目を向けてみると・・
謝らないという生き方は、必然的に感謝できない心を作り、
ひいては恩を感じない生き方に継がってしまうということにもなるのだろう
その学説?もそう言うことを言ってるのかもしれないと思った


いやいっそのこと自分だけを肯定することを貫くべきだった
それは学者やアスリートや芸能人には最大の美徳である
だがその人たちはここに至るまでの感謝や恩を口にしない人はむしろいない
それには自分自身を高きにおく精神的強さを兼ね備えて初めて出来るものだからで

世間の化学反応は、いつもマネにマネを掛けることになる
結果マネだけが増殖する
哀しいかな、例えば数十年前の必死の女性運動だって、今はマネの何乗ということになる
はっきり言えば、本家とはまるっきり違うものになっている
気づいたときはカスばかりが体に残って、なお世代交代を続けているのかもしれない
いつまでも続けておれば、結局誰からも優しく親切にされることもなく人生を終えることにもなる
あなたはそれでいいかもしれないが・・でも、娘さんだけは自分を超える女にしなければなりませんよ
・・というのが鯵庵のテーマの一つでもある
鯵庵(9.8)



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# by ajiankyoto | 2017-09-08 10:32 | おなご編 | Comments(0)

妖怪猫又(ねこまた)

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妖怪というか?昔からの化け物に猫又(ねこまた)というのがある
猫は昔から結構多くのものに化ける
その中でも齢をとって尾が二つに分かれて妖怪となるものがいる
人を食い殺して、なんと人間の女に化けているという
作り話ではない作り話だ
ゲゲゲにも出てくるが、猫又というのはあの「徒然草」にすら出てくる
女の中には猫が齢とって女となったものもいるということだ
これが猫又で、作り話だという根拠もない

ある文学者は「女性の9割は謝ることを知らない動物」だと言っていた
この頃、テレビを見ているとその説が正しいように思えてきた
テレビに出てくる女性、AもIもKもTもMもRもYも・・と言えば
アルファベットを並べるくらいは名を上げられるのではないか
正に謝ることのできない妖怪のパレードである
往生際(おうじょうぎわ)の悪いことに妖怪の本性が出ている
ゆえあって小生のシルバーでの仕事をあかす訳には行かないが
私どものお客さんにも・・まあ、割合は別にしてK型もT型も毎日やってきている
あなたの近くにもいないとは限らない

この説が嫌なのは残りの1割の女性について定義していないことだ
それではその1割女性が花かというと、これがまた謝らなくてもいいのに謝ってばかりの女性なのだ
それではいつまでたってもDVも無くならないし、自立もない
こっちは自分で何も決められない女たちだ
人間社会では謝っても謝らなくても・・結果が悪ければ何にもならない
妖怪は人間を羨んで生きているのだ
妖怪の心を持っている人の割合こそ知りたいものだ

結局?女性はそのパワーを上手く正しく使えない人種なのではないかと思っている
猫又という妖怪は年老いた猫が若き女性に化けていることもあるのだ
人と人の間に、男と女の間に不幸を作る妖怪こそが猫又である
世の中は人間の知恵と妖怪の知恵との戦いなのである
猫又が9割はいないとは思うが、見える人には見える
もちろん読者女性のことではない
鯵庵(9.7改)



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# by ajiankyoto | 2017-09-07 08:50 | おなご編 | Comments(0)

夢なんて誰にでもある


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人生相談がやってくれる
この前は"自分らしく生きてるのに幸せになれない・・"だった
そっけない答えをするものだから
今度は"自分らしく生きるにはどうしたらいいのでしょうか・・"ときた
30代も半ばになってデザイナーを目指しているようだが成功しない
このまま夢を追ってデザイナーの道を進むか
自分らしくいきていく夢を捨てて・・結婚して子育てもしてみたい
というのが悩みである

両方の夢をかなえている人がたくさんいますよ、と激励の答えは一応は言わなければならない
されど、結婚というのは予定通り行くとは限りませんよ・・と
そこまでは、人生相談の回答らしいけど・・
相談者と相談者の親は結婚・子育てが誰にでも出来ているように思ってるらしく
せめて、こちらの方こそ難しいですよと言ってやらねばならない

夢なんて誰にでもあるのです
せめて、自分らしい夢にしたらいいのですが
夢であるということは一つの夢でも大変なのに・・
両方の夢をかなえられる人は計算の外です
どっちもつかず・・!?
と言ってやらなければならないのとちゃう
それと、そもそもそんな悩み、10年は遅いかな・・
鯵庵(9.5)



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# by ajiankyoto | 2017-09-05 21:19 | おなご編 | Comments(0)

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大津城は水城であった
本丸が水上に浮かぶようにあった
浜大津は今も大津の中心であるが、大津城の跡というのが正しく分かりやすい

関ヶ原の戦いは慶長5年(1600)年9月、この城は東軍についた
その時の城主は京極高次
西軍に囲まれた大津城はろう城した
が、高次は9月14日に降伏開城した
関ヶ原の戦いは9月15日である、勝敗はその日に決まった
西軍の大津城攻撃の大軍は関ヶ原には間に合わなかったことになった
関ヶ原の勝敗が決まって、家康は京極高次に小浜8万石を与えた
もちろん密約があった
ただ(ひょっとしたら)もう1日でも2日でも開城がおくれていれば・・近江一国の大名になっていたかもしれない

京極家は室町時代は数国の守護でもあった
北近江の守護でもあったが、が戦国期は既に浅井家に国を奪われていた
高次の母は浅井長政の姉であった
本能寺の変では明智方にあった
秀吉に許されて秀吉に仕えた
浅井長政の二女初(はつ)を正室に迎えた
もともと高次と初は従妹同士であった

豊臣家は長女茶々(淀)、東軍の家康の長男秀忠の正室は初の妹三女の江(ごう)であった
西軍とも東軍とも血縁や姻戚の間柄だったのだ
浅井三姉妹は浅井家の血と織田家の血を豊臣家と徳川家につないでいる
並んで京極家とも姉妹の間柄である
浅井長政の子や孫たちの戦いだったと見ることも可能だ
その中の京極高次である

京極家は若狭の小浜へ行き、大津城は廃城となった
南近江の領地支配は瀬田唐橋に近い膳所に城が新しく普請されることとなる
そのことにかかわらず琵琶湖大津の戦略的価値はそのまま引き継がれる
大津は京に隣して東海道の最大の宿場町になっていくのである

結局、浅井家の血は大阪(秀頼)と江戸(家光)へ別れ、15年後の大坂の陣の決着につながっていく
京極家は、四国丸亀藩6万石で明治を迎える事となる
関ヶ原の後のことは皆さんの知ってる通りである
鯵庵(9.3)



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# by ajiankyoto | 2017-09-03 08:11 | 都市 | Comments(0)

おかげさんの文化

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隣国中国や台湾の経済状況は分からないが、会社や経営者の商法はなんとなく分かってきた
それでも、それを知っても隣国に頼らなければやっていけない我が国の経済の方がわからない
儲けさえすればいいというのは今では我が国の経済である
新しく台頭してきた隣国などががそれを真似たとしても文句は言えない
中国の矛盾した新しい資本主義も何のことはない日本の資本主義を手本にしているのだ
我が国も中国に進出したり中国に工場もったりしているのはより以上儲けるために手を組んでいるのだ
儲かるということを知ったらやめられない、そこから出発しているのである
それを資本主義と言う、と言われたらその世界でそれに反論できる人はいない

京都の企業も今は同じである
大坂や京都、江戸時代からの上方の商人はもともと武士に似た士魂を持っていると言われる
その精神が花咲いたのが〝お陰さん″
お世話になった人への感謝であり、利益に対する感謝でもあり、神仏の庇護を得たことへの感謝でもある
儲けが薄くてもお陰さんで・・、と思えば商売はやっていける
武士のいない地では、商人が一番強い精神力を持っていた
行政担当としても商人が高い地位を得られたことはそういう社会性があってこその話である
公の地位である、金持ちとしての地位ではないのが、上方の特色である
それは封建領主のいない大坂・京都の特色でもある
明治になって資本主義が発達しても、商人道から発展した資本主義の訓練をしていたことは士(さむらい)の魂に通じるものがあるのではないかと思っている
今時になってそういうドラマがやけに受けたりするのはそういうことである

ところが、資本主義は成長しするとともに商道は堕落してきた
海外で客の打ちこわしにあっても撤退することもない
一流が行き詰まったら今度は二流が行く
そのあとは有象無象の町工場までが海外に工場を持っている
先進国になったとたん、何のことない大から小まで人件費を値切りたいのだ
それほど払いたくないのだろうか・・??

もちろん江戸時代の町衆や明治の話はそれも今は過去の話でもあるが・・
ちょっと目算が狂えば今度は社員ごと技術ごと外国に身売りする
昔そんな会社に工場建ててもらいたくて何十億円の補助金を出した役所もあるくらいなのに・・
そこに”おかげさん”なんて理念はかけらもない
そんな会社ならつぶしてしもてそのかわり残った土地も金も人も技術も日本に返せ、と言いたくなる
きっと創業者が生きておればそう言うだろう・・な??
鯵庵(9.1)


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# by ajiankyoto | 2017-09-01 09:06 | ご利益 | Comments(2)


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ゲス不倫という言葉が流行った
不倫好きの人のために弁護すれば、不倫イコールゲスということではないのだ
下種がした不倫でということなのである
下種(げす・下衆・下司とも書く)とは振る舞いなどに品性が感じられないことを言う
そういう振る舞いを言うし、そういう人を言う

昔、職場でこの言葉が好きな上司がいた
仕事の謎が解けないときは、下種の勘繰りこそがが当たるというのが持論だった
こちらが下種になって勘ぐれば、相手の狙いや気持ちや腹の底が手に取るように解るという
下種の勘繰りというのは、ひがんで邪推することなのであるが・・
邪推の方が正しいことが多いというのだ
世間は打算と欲の二つで動いている???
「下種の勘繰りよく当たる」という
サラリーマンの哲学の一つだと小生今でも思っている

下種とは仏教用語である
初めて仏に触れたものに仏が種を下し与えることである
なお、やがてその種は熟し最後に花が咲く
このことを「種熟脱(しゅうじゅくだつ)」という、法華経の教えである

それをあえて下世話に持ってくれば、物を考えるのにまた人と付き合うのに高き清きところでは誤りの元になる
心構えの始まりは下種なのである
世間のほとんどはまだこの段階(下種)なのだ
そう思えば解ける話が多い
暮らしもそうだし、仕事もそうだった
テレビで見てる話題もそれなら分かる
世間の商売もそうだし、官僚でも政治家でも同じことだ
そこらじゅう・・下種っぽいのだ
下種の寄り合い、下種の忖度である
下種っぽい世間なら下種の勘繰りの方が当たるのはあたりまえ・・だ

小生に下種の種を植え付けてくれたおかげでこんなブログを書ける
その上司は田舎へ引っ込んで住職がいなくなった寺の守をしていた
「生活が出来なければ坊主も逃げ出す」と言っていた
が、その上司ももはや音沙汰がない
鯵庵(8.29



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# by ajiankyoto | 2017-08-29 08:50 | おとこ編 | Comments(0)

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女は蝶、完全変態
男はトンボ、不完全変態です、幼虫からそのまんま大人になった
その所為かどうかは知らないが、男は思い切りが悪い
いつまでたっても少年だ、大人にもなりきれない、変身も下手だ
それに比べてサナギの時期を乗り越えた女性は思い切りがよい
また、思い切りの良い女性は美しい、だからこそ女性は美しいと言える

例え話ですので許していただきたい
蝶にもトンボにもオスもおればメスもいる、人間ほどあやふやではないと言われそうな気がする
サナギにならなくてもいいものもいるなら何故サナギになるのだろうか??
それはやはり変体の大きさが違うと言うことだろう
幼虫は栄養を吸収するための消火器のお化け、これをイモムシと言う
ある日幼虫から突然サナギ化するが・・
サナギは先に外形が出来るが中はどろどろの状態らしい、それが、中で固まって必要な臓器が新たに作られると言うことだ
サナギを経たあとは子孫を残すための大人の体に劇的に変身するわけである
成長すると言うより変体するというほうがふさわしい
だから変体としてはサナギになるほうが完全変態と言われるわけである

余談ながら、蝶はそれでもまだ不完全な面もある。
裸のままサナギになるが、蛾は繭を作ってその中でサナギになる、これが本当の完全変態だと言われる
それはさておき、アゲハチョウはミカンやサンショ(ミカン科)の木に卵を産む
幼虫は新芽を食い尽くしてある日突然いなくなる
変体が目的である、別のところでサナギになる不思議な習性を持っている
人もイモムシと言われるほども可愛くないが、貪欲に栄養と知識を吸収した結果は、華麗である
蝶としての運命に逆らうことなく華麗な生き様をしているように思わせられる
いろんなことを合わせて考えてもやはり女性を例えるなら、蝶それもアゲハチョウに例えるのが分かりやすく正しいとも思っている
人の生き方はいかな蝶よりも波乱に富んだものだと思う
その波乱のたびごとに成長していく様を期待して述べているのである
蝶は一度きりのサナギだけど、女性は度(たび)ごとにサナギになればいい
それが人の完全変態の目的である
その反対が男です・・

成人の晴れ着や京都へ来てレンタル着物を着せてもらって変身したなど思っている変態(変体)しない女性のことを言ってるのではありません
変態しなければ女性は肉食のまま・・
余分ながら念のために・・
写真はカマキリ(肉食しかしない女性に例えたりする)
鯵庵(29.8.27改)



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# by ajiankyoto | 2017-08-27 08:56 | 女紋 | Comments(0)