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カメラのオートフォーカス機能も今は当たり前である
今も昔もピントを合わす理屈は変わって無いような気がするが、
今みたいに勝手にレンズがくるくる回る方の理屈がわからない
写真を始めたころ、先生がいないので職場のカメラ好き先輩に写真を見てもらったら、期待に外れて「
皆、ピンボケやんかと・・」とボロクソに言われた
レンズというものは必ず焦点が合うところがあるのだが、自分が狙ったところにあっていないことになる
屁理屈をいえば本当はその画面の中でピントがあっているところがある
人間の顔は目に合わせと言われる、眼球の表面にピントを合わせということである
が、鼻が高い人の鼻先にピントを合わすとピンぼけ写真となる筈であるが、が見ることは出来る
光学的にピントが合ってるのは点であるが、写真にしたときその点の前後にはピントがあっていると見られる範囲と言うものがある
それを被写界深度と言う、それを上手く利用するのが写真の第一歩である
小生の先輩が言っていたのはそのことである

当時、マニュアルカメラだから、カメラのせいではなかった
ならばどう違ったのかと言うと、それは絞り値が違ったのである
絞り値が違ったのは、シャッタースピードが違ったからのである
シャッタースピードが違った原因は、その頃からやけにフイルムの感度があがってきたからだ
カメラの歴史は250年になる、だが、カメラの基本は昔と変わっていない
基本は変わっていないのにどんどんどんどん進化している印象を持っている
それは、ピンボケを少なくする技術なのだ
シャッタースピードをを早くしたり、フィルムの感度を上げるのも目的は同じである

俄然、デジタルカメラの一番得意のとこなのだ
レンズを短くしてレンズ径を小さくして、そのかわり感度を高めていけばピントが合う幅(被写界深度)が長くなるという理屈なのだ
カメラは元来軍需品なのだ、スパイは大きなカメラを必要としないのはそういうことだ
今のデジタルカメラの完成度も高くなってきた
これからの機能は今度は反対の方向(大きくて重くて不便ながら・・)に進んでいる
そうしないと昔みたいに多くのレンズを必要としないからである
そんなこと(歴史)知らないで進んで来た人には、そういう使い方は面倒である、だから、今度は手ぶれ防止がいる理屈だ
最後に残された課題はカメラマンの老化?
本当のピンボケの原因はやはり年令だったのか?
そういえばシャッター押すのにも体が震えている

京都の街角で日本製の大きなデジタルカメラを持った若い人に声をかけると多くは外国人だった、スパイのように写真を撮りまくる
日本の工業製品でまだしばらく底堅いのはデジタルカメラであると思う所以である
写真は愛器ニコンS2(1954)、フィルム巻き上げがついた
鯵庵(11.12)


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# by ajiankyoto | 2016-11-12 06:59 | Comments(0)

自分の駅で降りただけ

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小生今はと言うと・・
サラリーマン社会の枠からはみ出してしまって
戻ることの出来ない現役の世界を過去として暮らしはじめている
素人間でもある
社会は席を譲ることで成り立っていたのかもしれない
退職だってそうだが、逆に大昔採用され新入社員にもなれた
その後の昇格・昇任だって枠のある限りまた空いた席のある限りにおいて、譲られてきた
譲られたことに気づかなくとも、譲られたことは一方で同時に譲ることでもあった
特に私たちの世代は、いつも枠の内の数を意識させられてきた

だが、退職してしまってからは少し違う
例えが悪いが、席取りゲームからはみ出したようなもので、取り合いすべき席は無い
そうかと思うと座布団だけを持たされたような世界だ
自分で勝手に枠外の好きなところへ座れと言うことであろう
一つの役割は終えたけれど、その後の役割は全くもって漠然としている
五木寛之は“林住期”とも言っていたが、やはり今まで以上に無常である

電車の席と同じである
空いていている限り自分が座っていい
しかし、降りるときに席に未練を持つ人はいない
乗客にはそれぞれ行く先がある、乗り換えも自由である
が、何を言われなくともそれぞれ自分の駅で降りる
せっかく取った席だからと言って、そのために次の駅や終点まで行く人がいる筈が無い

小生は電車を降りた
これからまだ先に行く人にとっては、それはただの空席に過ぎない
変に礼など言われたら困る、そのかわり降りたからと言っても自分の座布団だけは持っている
どこかに座るところを見つける、さ
それでも、これからも何度も自分の意思で行きたい方の電車にも乗るし、自分の駅で降りる
そうなんだ、全くもって自分の駅で降りただけのことである

写真は「団塊の世代」昭和51年(1976)に発行された、私が読んだのは昭和55年(1980)、その時もう30歳を過ぎていた、そうだそれからだ、死ぬまで競争かもしれない宿命を感じた
鯵庵(11.10)



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# by ajiankyoto | 2016-11-10 07:23 | Comments(0)

大人の恋は他人の関係


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今回は新聞の人生相談記事からです
大人にも恋はあるのかと問われれば?
「思春期の」、とか、「青春時代に」という言葉が前にきたら・・
その時は、恋をしなくなったときが“大人”と言うことになる
だから、大人は恋しない
でも「若いときと同じように」といわれたら・・
特定の異性に対して、自らを好もしく思って欲しいと願う心があるとしたら、
やはりそれは恋と言ってもええやんか

そんなことなら何歳になっても(ある程度)日常的であるはずである
困ったことにそれでは世間に恋だらけになる
あるかないかと言えばあるが、するかしないかと言えば、必ずしもするとは限らない
新聞の人生相談で読んだ話である
”60歳を超えて夫が亡くなって子供も大丈夫だから、昔好きだったけど親に反対されて結婚出来なかった人”を探したいだって・・
回答者の弁、年月は戻したらダメだよ・・新しい友達を作りなさい
回答者優しいね、もっとキツイ目の方が親切だと思うけど・・まあ、小生もそう思う
成長しない恋はダメ、年寄りには年寄りなりの新たな恋なら賛成なんだが・・

大人の恋は、既に恋ではないかも知れない
大人の心情はピュアの状態ではないのが普通である
恋は汚れる、年とって分かることの一つである
好きとは別もん?別の日に回答者が言っていた
「人を愛することが出来ない人にも恋はある、だから恋は怖い」
そんなこと早く言ってよ、若い時に言ってよ
いやそれより若い人に言ってあげてよ
”人を愛することが出来ない人も恋はする”
私は、・・って、私は好もしく思ってくれる人だけが好きである
こんな性根がダメだったのだろうな


金井克子「他人の関係」
作曲川口真
作詞有馬三恵子
♪初めての顔でお互いまたも燃えるの
♪大人同士の恋はいつも自由でいたいわ・・
と結論
同感?改めて聞きたいと思ったら、ネットでどうぞ


写真は持ち手の欠けた醤油甕、今頃恋しても使い道がないって
鯵庵(11.9)

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# by ajiankyoto | 2016-11-09 08:07 | Comments(0)

数も信仰

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先日かいこ氏とお参りした三十三間堂のこと
軒端間の距離は150メートルある、その中に中央に本尊、1千体の金色の仏が整然と並ぶその様は信心や知識がなくとも確かに心打たれる
後白河院
の時代(1165)に仏師康朝・運慶らが造ったと年表にある
下世話であるが、千手観音は仏師にとっても一番難しい観音様だと言われる
もちろん全て一体ごとの手作りというもので、それぞれお顔の表情も違う訳である
頭の上に10の頭、左右の手は42本、2本は合掌しておりその他はさまざまなものを持っている
40本の手はそれぞれ25本に匹敵するという、しかも、その手の先には全て目がついている
それゆえに三十三間堂では”十一面千手千眼観世音(じゅういちめんせんじゅせんがんかんぜおん)”と言っている

平安期の最後には観音信仰が流行った?数の信仰である
一体でも寺のご本尊になるような仏が1000体もあることがありがたいのである
お顔は11で1000体、それが33の化相を示すと33万、お手は1000本で1000体、100万の目と100万の救いの手がある訳である
地獄の苦悩にあるできるだけ多くの人をなお一人でも多く救うことにあったとするが・・?
今、参拝者は仏が並ぶ前を薄暗い中お堂の中をを一方通行で進む
しかし、三十三間堂の前扉を開き跳ね上げると、東に向いた朝の光が千体の金にあたる構造になっている
後ろの扉を開けると仏に後光がさす、多くの仏が金のシルエットで見える、そういう効果を計算した構造になっているのに気づかされる
後白河院の殿の一角に院の住まいに向いて院のために作られたものなのだ
当時の仏教の世界は極彩色あるいは金ぴか、これでもかこれでもかという数の論理である
権力のあるものほど救われるものだったのだ

その様を想像すると当時の観音信仰の姿が見えるような気がする
ただ、この信仰は強大な権力と強大な情熱と資力を持った発注者と、
無限の能力を持った制作者があった場合に限られる
平安時代末期になって個性的な強力王権を持った帝王が続いた
白河帝であり鳥羽帝である、そして後白河帝である
ここは後白河院の院政の地である
院政の最期の勝者、後白河院が武士の勝者、平清盛を働かせた
が、平家貴族集団を滅ぼした後白河院は、今度は鎌倉の武士政権と戦わざるを得なかった
京都朝廷の王権と院政の終わりの地でもあった
後白河院の御陵もこの地にある
だから遺産なのだろう
鯵庵(11.8)

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# by ajiankyoto | 2016-11-08 07:59 | Comments(0)

焼酎好きの一つ覚え

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焼酎好きと焼酎を飲むととりあえず講釈が始まる
「焼酎の湯割りはお湯を先にいれるんだぜ」と
実はいつもいつもその話になって、聞いてる方には少し面倒だ
おそらくどっちでもいいのだろう
反論を上げれば、焼酎の量を先に計量する方がより確実だし、現にお店ではそうしている
また小生の友人の法善寺横町のお好みやの店長は熱いお湯を後に入れた方が辛口(ドライ)になるという、そんな理屈もあるらしい
焼酎の風味を楽しみたいなら後先よりも銘柄次第で、お湯の温度とか割合の方が響きそうな気がするのだが

鹿児島育ちの友人は、焼酎の本場鹿児島では湯割りは飲まないという
焼酎は水で割って、なお一晩おいた上ゆっくり温めてお酒のように好みの温度で飲むという
割るのでなく燗をして飲むのが王道だと
小生がそこで割り込む
逆さ水って知ってるか?、熱湯を冷ますのに水を加えるのは当たり前
それを、水に少しずつ熱湯を加えて適当な温度のお湯を作ることを「逆さ水」と言う
お湯が後、その方が合理的なんだけど、これは湯灌(ゆかん)の時のお湯の作り方だとされて、ふだん逆さ水をすると不幸になる・・なんて言う
だが、産湯(うぶゆ)はそうしたというベテラン助産婦さん(昔は産婆さんと言った)の過去の証言もある
その方が安全度が高いのかもしれない

そやけどお湯割りと言う限りは焼酎が本体でお湯が後と違うか、と
言葉のまやかしである、どっちが先でも味わいに差が出る根拠はない
話のおもろないやっちゃなと、話が終わりかけるが
割り方は6対4それとも4対6、どっちが多いねん?とまた始まりかける
私は4分4分(しぶしぶ)がいいと言うことにしている
かくして・・やっと本題に入っていくのである
写真は京都タワー、京都駅前の居酒屋の市民のための発展を期待している
鯵庵(11.7)


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# by ajiankyoto | 2016-11-07 06:55 | Comments(0)


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コマーシャルに突っ込むンやったらドラマに突っ込まな
コマーシャルのナンセンスは理解できても
ドラマになったら真面目に見てる
ナンセンスな刑事ドラマばかりになった
そんな草分けのドラマ
役作りなど何の関係もないような刑事ドラマが
家内が好きで昼からと夜と2回も見る日もある
1時間番組がスペシャルになったら
2時間喋りまくってる
チェスの上手いそんな刑事おるかな
「僕にはそう思えてならないのですが・・」
現実だったら辟易する
男のしゃべりはやはりみっともない
わたしゃその間にブログの下書きする
これもその一つだ
テレビに浸ってしまったら老化が早くなるような気がする
皆さんご注意ください
全編個人の感想です
鯵庵(11.5)

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# by ajiankyoto | 2016-11-05 07:26 | テレビ | Comments(0)

住職は何をすればいい?

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お寺には住職やその家族がいる
大きなお寺になれば僧職にも階層があるし、職員もいる
その職員の中でも様々な雑用を行うものを寺男と言う
戒律が厳しいところでは多くの雑用を修行としてやる場合もあり得る
歴史的には平安時代の僧兵も僧ではなく寺男だという

封建制度の身分制度の時代であれば明確に下男・下女の身分である
現代のお寺であれば拝観の受付や庭の手入れや掃除などのや事務がある
墓地があれば墓地の清掃などもその業務である、雑務に従事する
宗教心が必要な訳ではないが、宗教心がないというのは違う気がする
名のある庭園も数ある花の寺も実は仏の心なのである
花を育てるというのは仏の道なのである
お寺がそれを忘れかけているだけである
ひょとしたら本堂なみに仏に近い場所なのかもしれない

ケチなところでは檀家に奉仕させることを当たり前としている
檀家に植木屋でもおればそれは助かるが、商売でやっている人はただではやらない
そんな庭仕事をまとめて造園業者や派遣業者に頼っている
それでもそんなことできるのは観光寺院だけである
多くはそんな面倒をやめて全部駐車場にするところもある
無粋な看板の中に土塀すら邪魔にするほど車が止まっている佛のいない敷地空間が増えている
檀家もなくかつ布教などに携わったことのない宗教関係者がたくさんいるのが京都である
なまじっか本山の大学を出て世間と交わってるものだからすっかりミーハーである

観光寺は宝物殿で学芸員にご本尊の守をさせたりしている
ならば同じように花の世話は寺男にさせればいい
住職は何をすればいいって・・
そら家族を大事に幸せに暮らせばいい
そのためにお寺を継いだのだから
せめて花一杯の寺にするのもいい方法だと思うのだが
鯵庵(11.3)

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# by ajiankyoto | 2016-11-03 07:39 | ご利益 | Comments(0)

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11月に入って恒例の「秋の古本まつり」に行って来た
10月の末から文化の日まで一週間近く百万遍の百万遍知恩寺境内で行われている
目的は1冊500円程度の古本であるが、今日はたまたまお寺の人の誘いで大殿に上がらせてもらったわけである
それで、浄土宗の声明(しょうみょう)と薩摩琵琶を聞かせてもらった

百万遍とは念仏を百万遍唱えるという意であるがお寺の名でもある
京都大学の工学部と今出川通りを挟んだ向かい側になる
法然は浄土宗の宗祖、その法然が最初に始めた寺の伝統をとって知恩寺と言う
知恩とはそのまま恩を知るということである、教団の本山知恩院と同じ意味である
琵琶はというと・・若き薩摩琵琶の奏者北原香菜子さんが作った「法然上人御一代記」を自ら語ったものである
北原さんは九州佐賀の生まれ、2011年法然上人の800年忌の頃からこの琵琶を奉納している

法然上人は讃岐から帰ってその数か月後に京都東山大谷の地で没した
法然はまた浄土真宗親鸞の師でもある
それぞれ既成宗教組織の迫害で流された
歴史は奥深いものであるが基本は政治や権力の推移をなぞったものである
800年も前の人たちであるが、その中で有数の聖人が宗教人として残っている
法然や親鸞という人は釈迦やキリストのように、その人の存在が宗教的意味を持つ

「南無阿弥陀仏」と声を出して称えるという行為の意味は未だ色あせていない
それ以外に往生しようがないのである
法然上人が熊谷次郎直実に説くその一言を琵琶で語るのが女史である
北原香菜子さんは京都の由緒のあるお寺のお堂で見てもなお美人である
目をつむって聞くのはもったいないと思う
楽器琵琶は100年を超える桑の木で作られるという、しかも弦は蚕の糸絹糸である
京都の酒月桂冠のワンカップを琵琶や木々の精に供える人でもある
琵琶に巡り合ったことがよかったと祝福できる人である
鯵庵(11.2)



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# by ajiankyoto | 2016-11-02 07:12 | 往生 | Comments(0)

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思えば、昔は仕事中にタバコを吸えたし・・、
カッコのつけ方次第では悪ぶる(煙に巻く)のに丁度いい小道具であった
悪人に他人への迷惑を説くのは、説得力がない気もするが
人に悪いのなら自分にも悪いかもしれないと思いだしてやめた訳である
”くさい きたない カッコ悪い”と女性と子供が嫌な顔をしているステッカーを見かける
このステッカー、何故か西日本に多いらしい

小生遅ればせながらではあるが、こんなステッカーより先にはやめた
吸い続けていたら、身内にもあんな顔をされるのだろうな

逆に女性の喫煙率がのびているともいわれる
今を生きる50代の京の女性がいる
タバコがやめられないという
気づかいは十分できるし、エチケットも守れる
決して迷惑をかけたり、不快感を与えたりしない件(くだんの)の彼女、小生は汚いとも思わない
論理的な考察の出来る珍しい女性だから、敢えて言えば自分で欠点を作っているのかもしれない
それぐらいの悪ぐらいはある方がいい
ことが終わってのタバコは男女の差はないと歌謡曲にもある

現代には50代は間違いなく女盛りであるが、一方間違いなく美貌の曲がり角である


”くさい きたない カッコ悪い”という標語には恣意的な脅し文句が入っている

確かにタバコいは匂いはある、確かにヤニや吸い殻は汚い、しかし、カッコ悪いとは限らない
カッコ悪いというのが個人の感想なら、”カッコいい”と言うのも個人の感想だと主張してもいい

タバコを吸うのがカッコ悪いというのは根拠が薄い

もともとこのステッカーがカッコ悪いじいさんを描いてるのは卑怯だと言う

カッコ悪いじいさんだからカッコ悪いのだ

言い換えれば、カッコよくタバコを吸える人がいてもいい

タバコが仮に悪であっても、悪が全てカッコ悪いというのはヒステリックな論理である

他人の健康に害をなすことはもっと世の中に多くある
自分にとっては仕事が健康に一番悪いのは昔からだし、男女の差はない
だがしかし、仮に1箱千円にもなるとさすがにコストが合わない
その時は、やっぱり健康のために生きる、と件(くだん)の女史も言う

不思議なことだが、タバコに関して語るときは皆論理的でなくなる

それとタバコ産業が未練たらしいのは別の話だ

タバコのやめ方というつもりで書きだしたのだが・・それはまた次回以降で

鯵庵(11.1)


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# by ajiankyoto | 2016-11-01 07:38 | 翁草 | Comments(0)

このブログにふさわしくない点もありますが、
この世とあの世のことです
仏教用語では此岸(しがん)・彼岸(ひがん)と言うのでしょうか
この世のことも説明されないまま、あの世のこと言われても困りますが・・、
この世からあの世は私らには見えてません
この世があるようにあの世があるのではないということは私にもわかります
だが、あの世からこの世がどう見えているかということは分らない

もし、あの世からはこの世があって見たければ見えますよと言われたら、
あの世の私はその後の残した妻のことは別にしても、子や孫の姿は見たいと思います
出来れば家が残っていてほしいです
それは私が本当に凡人だからです
しかし、姿は見えても心は見えません
凡人にはこの世で見えなかったものが見えるはずがありません

仮にですが、あの世からこの世は見えていると教えられたら
私だけでなくこの世の人の生き方は大きく変わっていたと思います
だが先祖が見ているわけでもなし、恨みあるものが見ているわけでもない
しかも、見ているとしても何のシグナルも送って来ないなら同じことです
と、自分で自分にうそぶいてきました
自分が行き詰ってるのは天罰ではなくまさに自分がまねいたことなんです

仮に本当に死んだ父親の今の言葉を本当に聞けたら、

間違いなくその霊媒師には畏怖の念でのめり込みます
本当の父ならきっと生きてる時と違うことを言うと思います

だから先祖の霊だって何もしないなら恐れることはありません
今までどおり生地(ハギレ)のまま生きていけばいいのです
実はあの世から私を見ているのは先祖でもな怨念でもなく恨みでもなく仏の目です
それは自分の目かもしれません
あの世のことは知りません

この世は今もこれからも狂宴つづきです・・今はだから良くも悪くも救われているのです
鯵庵(10.30)


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# by ajiankyoto | 2016-10-30 17:43 | 後生 | Comments(0)