鳥羽地蔵と文覚上人

b0355451_21482249.jpg
平安京の朱雀大路の羅城門からほぼ真南に下る街道が鳥羽道である
今なら、九条通りから新千本通にあたると思っていい
この鳥羽の街道沿いにあるのが京都六地蔵の一つで鳥羽地蔵といわれる地蔵尊である
平安時代に地獄と行き来したと言われる公卿の小野篁(たかむら)が、地獄で地蔵菩薩が地獄に落ちて苦しんでいる人の救済にあたっている姿を見て帰り、人々に知らしめるため六体の地蔵菩薩を彫った
平安時代も後期になって後白河上皇が平清盛や西光法師に命じて六つの街道の出入り口に六角の地蔵堂を建て安置したとされている
ここの寺伝によればあの文覚上人の開基であるという
保元・平治の乱のあの時代のことである
文覚上人とは、平家物語の主役の一人でもある、院の北面の武士だった遠藤盛遠(もりとう)のことである
鳥羽の地は白河・鳥羽と続く院政の中心地、豪壮な鳥羽離宮が営まれていた
この寺には自分が横恋慕で殺した袈裟御前の首塚があるとされている
盛遠と袈裟御前は実はいとこなのである、袈裟の母にせまった、ええ方法ではあるが、そもそも横恋慕は大変に迷惑なことである
袈裟御前によって自分の罪の重さを教えられた盛遠はこの事件で出家した
袈裟の母も、袈裟の夫もみな出家した、地獄の恋の行く末である
出家したぐらいで罪が無くなる訳ではない、出家しただけでは救われなかった盛遠は地獄で地蔵に教えられたのだろう、だからこそ気迫のある法師になったのだろう・・生きながらのこんな地獄を救えるのは地蔵菩薩だけである
京都市が建てた寺の表札には「悲恋の物語」とあるが、せめて「悲劇の物語」とすべきである
また、近くには恋塚寺もある、横恋慕は恋なのか?
それとも今なら警察沙汰か
文覚はどう見ても骨太な武士だった、やがて頼朝に挙兵を促し空海の神護寺を再興するだけの政僧になる
すっかり地蔵菩薩の話が文覚の話になってしまったが、ここの地蔵はそう覚える方が早い
やはり、文覚だって隠棲してしまったのでは歴史に残らなかったはずだ
写真はヤマアジサイ
鯵庵(6.12)


# by ajiankyoto | 2016-06-12 07:14 | Comments(0)

親鸞は鳥辺野に眠る

東山通り五条の大谷本廟の脇の細い道を上がっていくと清水寺へ出られる
清水寺の眼下、ここから泉涌寺の下・今熊野観音寺のあたりまで鳥辺野と言われた平安京の葬送の地だ
都の中での埋葬は許されない、庶民はここまで持ってきて屍をほって帰るのである
昔はよほど高貴な人でないと火葬にはされなった
この鳥辺野の清水寺へ登りかけたところに親鸞聖人の御荼毘(だび)所がある
親鸞は流罪になるも北陸・関東を転々として京都に帰って1262年に90才で亡くなった
南無阿弥陀仏の念仏を唱えることによって小人・凡人でも往生できるという
悪人であっても阿弥陀如来の本願により救われるという浄土真宗の教義を打ち立てた
御荼毘所は深い崖と擁壁の下にあり粗末なものであった
入口も分かりにくいし他宗派の墓地の中を進まなければならない
この清水寺へ行く道は少し急だが鳥辺山の裾を通る、墓地の関係者に限らず小生も含めて地元の人の知る道でもある
清水寺の下は葬送の地であったということは、観光客と観光バスでにぎやかな参道を行ったのでは分からない
初めてこの地に火葬場が出来た
明治6年に出来た大谷派本願寺と本願寺派本願寺、いわゆる東西本願寺の火葬場であった
京都市がこれを引き継いで花山中央斎場を運営するのは昭和7年のことである
火葬は仏教による葬法であるが、衛生的であるゆえに庶民にも受け入れられてきた経緯が見える
「墓地・埋葬等に関する法律」は昭和23年のことであるまだ70年は立っていない
ところで、歌舞伎の演目に「鳥辺山心中」というのがある
新作、岡本綺堂の脚本である
筋立てに無理を感じるが、つまらぬ短気な男も今の盛りの役者が演じると歌舞いて見える
武士も遊女も祇園の浮世を一歩踏み出せば鳥辺山である、という状況設定が効いている
当時はほぼ土葬、周りは亡霊だらけである、斜面に谷一面に土饅頭に卒塔婆の立つ地であっただろう
まさに足を踏み入れたらもうそこは霊界である
死のうと思わなければ怖くて入れそうにない
心中の屍は鳥や野犬が群れると知って見なければ意味が分からない
いつ頃から今の様な石碑の群れになったのだろうか?
今なら一度歩いてみるといい
そう紹介したいわけであるが去年(2015)の台風11号でこの鳥辺山の裾ががけ崩れでが大きくえぐられてしまって、今は五条坂大谷本廟から清水寺へは行けなくなっている・・
写真は鳥辺山、大谷本廟墓地
鯵庵(6.10)

b0355451_08002694.jpg

# by ajiankyoto | 2016-06-10 08:07 | Comments(2)

レンタル着物は行く

b0355451_07352777.jpg
京都の街を着物姿の二人連れ・三人連れが歩く
中には舞妓姿も見られる、この頃はペアで着物というのも増えてきた
日本の・京都の・着物の文化が復活か?と思わせられる
しかし、そのほとんどが旅行者で、しかも海外から旅行者だ
中国のガイド本には「正真正銘の舞妓に変身できる」とあるらしい
が、「正真正銘」は誇大であることは誰にでもわかる
本当の舞妓さんの”憧れてもらうようなものやありまへんえ”と聞こえた
現に仕事の生き帰りに袖を引っ張り、帯を引っ張る事件も多くなってきてる
屋外での花嫁写真も増えてきた、群がって撮影してる人も外国人だった
それはさておき、リサイクルの概念は着物の文化特有のものである
古くから京都の都には古着問屋が発達していた
そんな文化が今時の産業になって、レンタル着物になった
レンタル着物も増えたけど客も増えた
レンタル用の彩やかな柄が一気に増えた
だが、極端に季節外れだったりすると逆に旅行者が可哀そうに見えることもある
馬子にも衣装とさえならない
そこらじゅうの店先でソフトクリームを売ってるのと理屈に差はない
復活したものがあったとすれば観光地に似合うというだけの文化である
人力車のいなせなお兄さんが声をかけるには丁度いい文化である
外国人相手の商魂がより一層着物文化を薄っぺらなものにしなければいいのだが
経済が自然を壊したように観光が文化を壊すかもしれない
現に着物は伝統産業の名のもとに衰退してしまった
着物を着るのが恥ずかしいという市民も増えている
男も女もこのレンタル着物の波が着物文化にとどめをさすかもしれない
着物を着て街を歩くと割り引いてくれるというけれど、レンタル着物ばかりではね
写真は京都タワー
鯵庵(6.9)


# by ajiankyoto | 2016-06-09 07:39 | Comments(0)

b0355451_20520705.jpg

家の中に1円玉が増えると認知症の疑いがあると・・という話をする人の話を前にした
日常生活の中にそれらしき症状が現れるものだから、家族の早期発見が大事なことは確かである
件の講師も、80歳前半の人(もちろん生存者)の大体5人に1人だと言っていた
それでも年齢が上がれば割合は進むことになる
他の手引き書でも、認知症の発症は80才以降の年齢で急に上昇し95才以上までなると大体5人に4人にもなる
深刻な数字である
もちろん、認知症と言っても色々な種類があり、どこまでのことを言ってるのか分からない場合もある
現実に、アルツハイマー型の認知症は認知症全体の半分に過ぎない
その他のものについてはあなたも名前も知らないというのが現実だろう
早期に適切な診断がなされないと適切な対処が出来ないのは当たり前である
気になることの一つに、医療体制の都市と田舎の差である
また、治療法が少ないこともこの病気への理解を浅はかなものにしているのではないか
そんな正確な知識は家族にだって求めるのはほぼ無理である
認知症のことも知りたいし語りたいのも事実だが、この件については明らかに経験不足である
ともかく、こんな深刻なこと、風評だけはやめようと思う
この講師の話で納得できたことも沢山ある
ボケと認知症の最大の違い
認知症の人の最大の特長は「自分に不利なことは一切認めない」ということだった
この言葉が今、小生の中で尾を引いている
本当にただのボケだったらいいのだが・・
余禄だが、講師の話は時節柄テレビで見た東京の政治家のことを予見していたような気もしてる
一気に病気が進んでるが、そちらの方ははたしてどういう診断が下るのだろうか?
写真は愛宕念仏寺の羅漢、ボケないぞと祈っている
鯵庵(6.8)


# by ajiankyoto | 2016-06-08 08:16 | Comments(0)

そら豆スープもいける

b0355451_07593942.jpg
今年も沢山のそら豆を収穫できた
小生ではない、小生が何も手伝わない家内の菜園のことだ
スナップエンドウ・エンドウと続いてそら豆だ
いつもゆがいてビールのあてに食ってるばかりでは面白くないので、そら豆スープを注文した
我が家の定番メニューにないので例によってクックパッドからレシピを引っ張ってきた
そら豆のスープ、ベースはこれも採れたばかりのタマネギのバターいためである・・・この季節にこれは旨い
少し変えれば離乳食にも病人食にもなる
自分が美味しいと思わないのを子供に食わしてはいけない
ただし、ゆがいたそら豆をビールも飲まない孫娘に食えと言うのもおかしいだろう
そら豆スープなら爺さんにも合わせられるし孫娘にも合わせられる
美味しけば母親も勉強する気になるかもしれない
クックパッドを覗くと、そら豆スープだけで100件も載っている
創意・工夫型の女性(?)が沢山いるのに驚かされる、しかも、知性的である
このブログで「料理のレシピに企業秘密はない」と言うこともあながち間違いではない
まさに、そこからスタートなのだ
料理のほとんどが創作なのだから
創作料理なんて看板はたいてい嘘である、プロは創作を売りにしない
並ばされて高い金払ろてベンチャラまで言わんでも、あなたの奥さんが創意工夫の料理長
ただし、その気になってくれればだけど
味覚は仏の与えてくれたもの、料理は修行にもなる
無眼耳鼻舌身意(むーげんにーびーぜっしんにー)・・、舌は味を捕えて心へ運ぶ・・
一人者のあなたでもできる・・六根清浄、ボケ防止にもいいと思うよ
写真は自家製のそら豆、出来がまばらです
鯵庵(6.7)


# by ajiankyoto | 2016-06-07 08:23 | Comments(0)

思ったほどのことはない

b0355451_05453505.jpg
みんなが知っていることでないと自慢はできないが、
みんなが知っていることでは自慢にならない
"何でも京都が一番やと思ってるから、自慢してない様でみんな自慢になっている、道を聞いただけでも京都自慢の押し売りに会う、京都の人はそこを上手く使う”と感心してくれた大阪の友人がいた
京都という名前がメガトン級だから、知識のおすそ分けと言って教えてやろうとするのだろうか
旅の目的も色々あるはず、観光客ばかりではないのに勉強が足らなかったら嫌われるとも・・
一昔前サラリーマン時代、東京の本社の人を案内したことがある
世界遺産と言うブランドものにしか興味がなかった
しかし、こちらがガイドとしての勉強不足を謙遜したとたん、「案内してくれるぐらいのことなら中学校で習ったわ」と変な慰めにあった
やっぱり、東京でいい大学を出ている人は違う
確かに教科書に載っている仏像を見て、教科書どおりや感心してる修学旅行生もいる
京都が中学校の教科書のままならどこ行ってもわび(詫び)・さび(錆び)になる
件の本社の人、そのくせ夜に飯を食ったら芸者か舞妓が来るもんやと思ってる
どこに行っても何を食っても結局は銀座以下だと慰められた
こっちは自前やで、本社から来るなら経費も持って来いと言いたくなった
「京都は生きてる町」やでと反論すると、ついに″遺産で生きてる町″だと揶揄された
もう京都だけには行かないという人も多い
外国人ばっかしやし、やかましいし、不親切やし、何でも高いし、観光都市でも何でもないやんか
その上、テレビとも本とも違うし思ったほどのことはない、と言う結果になる
だからこそ、おもてなしのついでにちょこっと教えてやろうとするとまた嫌がられる
どこまで行っても結果の見えてる話なんだ
写真は二ホンアマガエル
路地住人鯵庵(6.4)

# by ajiankyoto | 2016-06-04 05:46 | Comments(4)

白峯神社の二つの顔

b0355451_21103587.jpg
例によって白峯神社にも中学生の修学旅行のグループがタクシーの運転手やボランティアガイドの案内でお参りに来ている
白峯神社は神社自ら「スポーツの守護神」と名乗っているのでそのご利益を期待しているのだろう
今出川通、堀川を東へ少しである、この社地は公家の飛鳥井家の邸宅があったところらしい
飛鳥井家と言うのは蹴鞠の宗家だったのでその蹴鞠の神様(精大明神)をもお祀りしている所以でサッカー、バレーボール、野球とかの球技、果てはそれが拡大してスポーツ全般という拡大を見せているわけである
幾分ご利益も誇大広告気味であるが、由緒と言うのは誇大と同義だから仕方がない
だからこそ、日本代表やJリーグの必勝祈願のボールなどが収められている
だからこそ、中学生もクラブ活動などで球(たま)を触っていると寄りなさいと言われるのだろう
元の地主に気を使っているのが白峯神社のご祭神である
主祭神は鳥羽帝の弟一皇子で75代崇徳帝である
保元の乱(1156)で皇位継承の争いで後白河天皇側に大敗し、讃岐に流され無念うちに没した
恨みの対象は同母弟後白河帝とその一党と京の都である
後白河院は今様(当時の歌謡曲のようなもの?)が死ぬほど好きであった
後白河院政は源平・鎌倉時代までの時代を作り出す強大なものであったことを考えれば、
和歌でしか秀でることのなかった崇徳院にとっては勝ち目のない争いだった
この話で避けて通れないのが崇徳院は74代鳥羽院の子でなく72代白河院の子であるという話
当時からそう言われていたとある
藤原氏と源氏と平家を4つ巴で戦った時代のきっかけを作っただけかもしれない
明治帝が父帝考明帝の意思として遠く讃岐で白峯大権現として祀られていた崇徳院の霊魂を慶応4年(明治元年・1868)の新しい京都に迎え守り神白峯宮とされたのである
だが、皆その頃から東京へ行ってしまったのでは讃岐も京都もさほど差のない話である
官幣大社とした、明治帝のお気持ちはまだ京都にあった
時代が進んで、いつ頃から本殿にボールを飾るようになったのか知らないが、蹴鞠の奉納はともかくとしてスポーツの神様ばかりがもてたのではまたまた崇徳院の怨念が爆発しそうな気がする
崇徳院としてみれば悪いけどサッカー少年やバレー女子ばかりでは浮かばれない
今も四国八十八カ所八十一番の白峯寺で白峯大権現として祀られている
京都の人もそうでない人も是非ともそちらでも参ってほしい
写真は球
鯵庵(6.3)



# by ajiankyoto | 2016-06-03 07:13 | Comments(0)

b0355451_20034375.jpg
クレジットの明細を見て使ってないウィルスソフトの請求に気づいた
購入の覚えがない、今までこんなことはなかった、で、クレジット会社と購入先に問い合わせた
丁寧に対応してくれた、が、5年前にパソコン買ったときソフトのCDも一緒に買った
その時にインターネットで、メールアドレスとともに自動継続に登録していた
ウィルスソフト、今は別のものを入れている、メールアドレスも変わっている
ソフト会社は今回、期限が切れたためにメールで連絡したが返信がないので延長契約に同意したということで手続きをしたという
商品購入でNOと言わなければYESとみなすというのはおかしな話だ
クーリングオフには応じると言うが、そもそも商品の案内も届いてないのに
更新の契約は解除に応じますということになった
来月以降、クレジット会社を通じて返金できるようにするというので
つい、いつになく文句を言わずにありがとうとオペレーターの女の子に言ってしまった
携帯電話会社もこの手をよく使う
こちらが何も言わなければ自動継続だ
契約には期限があるが、自動継続にすればほぼ無期限と同じになる
互いに、手間が省ける思っていた
だが、毎回最初と同じ契約をしていることになって、会社にとって都合がいい仕組みになってたりする
ソフト会社も携帯電話会社も契約期間はもともと自分の都合で勝手に決めている
2年前より10年前、10年前より20年前の契約者が不利になる仕組みなのだ
閑話休題
確かに今は命も自動延長なのだが・・
縁起の悪い話で申し訳ないが
この広い世の中、持ち主は幽霊だけど自動継続でせっせと金だけ引き落とされてるなんて話がないわけではない
このウェブ関係の世界も、クレジットでないと支払が出来ないのが多い
内緒の携帯番号ぐらいはともかくとして、内緒の金融取引や内緒の銀行口座など気を付けた方がいいのでは
持ち主が急に幽霊になっても携帯電話は生きてるし、パソコンにはそのことが分からないのだ
例えば、このブログ、がんばって500編位は目標にしている
途中で倒れたら、誰にも何にも分からず・・やがて本当のデジタルゴミになってしまうのだろうね
それは構わないけど、しかし小生が幽霊でも毎月クレジットで銀行口座があるうち引かれていくのだろうね、パソコンはまだ働いている
パソコンの中だけのデジタル遺産と言うらしい・・
1年も更新がなかったら自動で自動延長タイムリミットでせめて無料コースに変えてゴミ箱に入れて欲しい
冗談じゃなくてそんなシステム考えてよ
年寄りは何はともあれ身辺整理が大事と言う話です
鯵庵(6.2)


# by ajiankyoto | 2016-06-02 07:57 | Comments(3)

トイレには悪魔もいる

b0355451_09115141.jpg
サラリーマン二人がトイレで小用を足しながら上司の悪口を言ってたらその上司が扉の中で聞いていたなんて笑い話がある
就活生二人が会社の面接である会社を訪れたら女性がトイレの掃除をしていた
こんな時、馬鹿が掃除の女性を蔑んだ会話をした、その悪態を後ろから注意した人がいて、「君ら後であおう」と言った
それがこの会社の社長だと知って、嬉しかったと掃除の女性がブログに書いていた
その就活生二人はその後の面接でさぞ驚いただろうというそんな話である
だが、この話は社長が水戸黄門的で悪人がはっきりしすぎて男性作者の教訓風作り話であることは容易に分かる
就活中は最後まで我を出すな、そのために皆と同じスーツを着ているのだ、という程度の教と思えばいい
しかし、よく考えればこの二つの話には共通点がある、そうだ、それぞれ二人の会話だということである、口の軽さのその怖さなのだ、トイレに一緒に入った油断だと思う方が現実的だ
トイレには一人で行こう、そして黙って用を足して出てくればいい
時々トイレであった人に会釈する人がいるが、要らざることだ
小便かけられることもあるぜよ
男は用を足すとき安心感と時に高揚感がある、その後ろ姿は隙だらけである
男性は生理的に・・特に出すときにはそう出来ている?!
だから、掃除中のトイレには入らない方がいい
トイレの掃除は神様に好かれる仕事である、だがトイレ掃除しながら不満と悪態をついているおっさんに水をとばされたことがある
トイレにも恨みがあるのだろう、トイレには必ず悪魔がいると喚いてた
あの二人組のなれの果てだろうか、いや違う、今時そんな小うるさい社長の会社一つしくじったって恨みもあるまい
私が社長なら採用してやって彼ら二人に3年ぐらいトイレ掃除させるのだが・・
それぐらいのことをすればどちらかは出世していずれ小うるさい社長を継いでくれるかもしれない
それをトイレの神様と言う
今日は上手く落とせなかった
写真はツユクサ、最後の一滴が分からない
頻尿鯵庵(6.1)


# by ajiankyoto | 2016-06-01 09:17 | Comments(2)

昼飯の恨み

b0355451_10022529.jpg
サラリーマン時代から昼飯は一日の楽しみであった
会社におれば街角の弁当屋さんやコンビニにもお世話になった・・
外出の時は早い目に混まないうちにと、どこへでも入れそうだが、昼飯ゆえの予算もある
予算相応で、量も味も値段もメニューも適当な店にそう簡単にあたることはない
うろうろしただけで地雷を踏んでしまうことがある
そんな時は、一日を捨ててしまったような気がした
大げさなようだが、昼飯は明日の昼まで食い直しが出来ないのだ
結局は味と値段の分かっている有名チエーン店に入ってしまう
街歩きしているとそれは今でも同じである
牛丼なり、ラーメンなり、うどんなりを店で食うことを「外食」と言う
外食するを英語で言うと”eat out"という
それを食わないで持ってかえれば、”take out"も出来ますとある
コンビニ(あるいはスーパー)は外食産業ではない
そのコンビニの店内で買ったものを食うと業界和製英語でイートイン(eat in)と言う
テークアウトの反対だからイートインと言うことになったようだ
客からいうと同じような外食(イートアウト)なのだけど、イートインと言う奇妙なことになっしまった
外食はイートアウト10%
店で食わず持ち帰ればテークアウト8%
持ち帰らず店内コーナーで食うイートイン8%
街角弁当屋の場合は英語で何と言うの??ひょっとしたらテークイン??
屋台は何と言うのだろうか??
旅館の部屋で食えばどうなるの??
ケータリングなんて言葉も出てきたが日本語で何と言うの??
英語も和製英語も混ざっていて何んとも難しい
実はこれ消費税の話をしているつもり
でも、G7サミットで話し合って消費税UPが流れたみたいだ
まあ、しばらくこの意味のない勉強は忘れとこ
サラリーマン時代の食い直しもあきらめることとする
下流化していく老人にとってはイートインコーナーのコンビニが増えて欲しいのは言っておきたかった
写真はタマネギ、新タマネギの収穫だ
下流傾向の鯵庵(5.29)


# by ajiankyoto | 2016-05-29 06:16 | Comments(0)