b0355451_09013597.jpg
つい一週間前には4羽のヒナの黄色い嘴が見えていた
梅雨が明けて30度を超える毎日が続いている
バーさんが巣から落ちた1羽を見つけた
バケツに入れてしきりに話しかけているが、もちろん野鳥の雛に餌をやることは出来ない
普通なら下にもハンターが待っている
雛が誤って落ちることはない筈
巣が襲われた形跡はない
兄弟たちに落とされたか?あるいは親鳥に落とされたのかもしれない
この夫婦、番(つがい)になるのが少し遅かったのかもしれない
この頃は気温は35度に達する
雛も上手く体温調節できるわけではない
落ちた雛ばかりを見ているが、兄弟たちだって息絶え絶えのはずだ
巣にはいつも間にか4羽が2羽になっている
残された者の生きるチャンスが拡大した訳だ
この時に餌を運ぶ親も大変だし、未熟な親には想像もしなかった日本の暑さだろう
春から一番に育ったヒナたちはもう大人と区別がつかない
南に旅する時期までには十分な体力と飛行技術がいる
この雛たちは間に合うのだろうか
それどころか親鳥たちも自分の体力を戻さねばならない
いつ放棄するかである
バーさんは雛を戻してやってくれと言うがダメだと言った
バーさんにとっては寝覚めの悪いことだろう
巣立つ前に一度巣から落ちれば親も見向きもしない
それが野生なのだから
落ちた雛のことを考えるのは人間だけだからだ
写真は落ちたツバメの子、この時はまだ口を開けていた
鯵庵(8.2)
「ツバメは日本から来る」はこちらをクリック
「若きツバメは♂」はこちらをクリック


[PR]
# by ajiankyoto | 2016-08-02 07:10 | Comments(0)

b0355451_07051851.jpg
東山安井の金比羅さんはもっぱら“悪縁切り”を売りにしていた
アベックが知らずに参ったあとすぐに別れることになったと言う苦情が来る(?)くらいの効き目あり、なんてなことが京都案内の本の定番フレーズ
訪れてみるとこのごろは「悪縁を切り良縁を結ぶ」とも書いてある
せっかくのご利益、「悪縁切り」パワー一本で行ったほうがいいような気がする
良縁を結ぶくらいの平凡なご利益なら昔は町内のおばさんでも出来た
それでなくとも隣は京都市中の唯一の昔からのホテル街、京都の人はたいてい一度や二度はお世話になっている
良縁結びのご利益はそちらで、切れなくなったら隣の安井の金比羅さんへという設定です

悪縁は良縁の成れの果て、良縁を結ぶということは悪縁の種を作っていることになる
神様に代わって言うと、縁は早い目に「結ぶ」ということ、「結ぶ」ということはほどきやすくということだ
そういうことか、ほどけなくなったものが悪縁、ほどけなくなったら切るしかないという訳です
そんなこと小生の野良作業用ロープワークの本には当たり前のように書いてある、ただ切ればそのロープは二度と使えません
二度と使えなくてもいいから切ってしまってくれと言うのが願いなら聞いてやってほしい
神社の元の祭神は崇徳上皇(崇徳院)、怨念の神様です
崇徳上皇を怨念の別格本山とするのは京都の人の気持ち、この神社にすがる人も多い
神仏分離後安井神社と言う、昔から金比羅権現を祀ってきたので安井の金毘羅さんという

悪縁は男と女だけでない、上司と部下、経営者と雇い人様々である
親と子もだろうか?
″結婚するまで私を苦しめた母親〇〇〇子を絶対に許さない、死ぬまで苦しんで苦しんで苦しんで苦しんでください、今日で親子関係は終わりです、もう二度と来世も出会いたくない、私を苦しめた分以上に苦しい人生を送ってください、さようなら(原文のママ”)
親子は自分で結んだ縁ではない、でも親子の縁が切れたらと思う人も多い
悲しいけどこれは切ってやってほしい、と思わせられる絵馬があった
こんな親をやっていませんか、そんな人が来るべきです
写真は祇園の曖昧宿
鯵庵(8.1)
「曖昧宿はファッションの先駆け」はこちらをクリック
崇徳院・・「白峯神社は二つの顔」はこちらをクリック



[PR]
# by ajiankyoto | 2016-08-01 07:08 | Comments(0)

黄檗山萬福寺・無常迅速

京都からこの頃外国人で混むJR奈良線に乗る
伏見稲荷が人気らしい、多くの人が降りる
幸運なことに黄檗(おうばく)まで行く人は少ない、黄檗には萬福寺がある
江戸時代に中国から来た隠元が開いた禅宗寺院である
建築だけでなく今も修行や読経には中国風を残しているといわれる
回廊に掲げられた大きな魚板が看板である、開ばんと言う(ばんの字は木偏に邦と言う字を書く)
その他にも数か所巡照板が下げられていた、これも寺での日常の合図に使う、
説明書きには朝夕起床・就寝の合図にこれを打って一山の僧が唱えるとある
謹んで大衆に白す
生死事大にして
無常は迅速なり
各々宜しく覚醒すべし
謹んで放逸する事勿れ

これが5行で書かれているので板の真ん中が窪んですり減っている
その字こそ「無常迅速」(うーじゃんしんそ)である
人生は短く、思いがけずに早くに死が訪れるかもしれない・・と言うことだろう
しかし、どうすればいいのだろうか
無常迅速、時、人を待たず・・と言うのも禅語にはある
早く言ってほしかったナァ、今になって、そう言われても小生も困っている
今日は、数十人の一団が作務衣を着せられ修行に取り組んでいた
黒い靴が下駄箱に並べられていた、会社の研修だろう、今なら真冬よりは楽かもしれない
萬福寺では修行僧は通路の真ん中を歩くことは出来ないと聞いた、両側をきちっと並んで歩く
真ん中や先頭を歩くことが出来なければ、
せめて、道を歩くときは人の邪魔をしないように教えてやってほしい、と思った
この内何人今日の道を歩いて行けるのだろうか?
セミの声も無常迅速と聞こえたら研修の成果あり?
もちろんこの時期研修中のサラリーマン諸君に応援している
写真は件の巡照板
鯵庵(7.31)
b0355451_08471783.jpg


[PR]
# by ajiankyoto | 2016-07-31 08:15 | Comments(2)

b0355451_17563370.jpg
京都の餃子が売りの中華屋でラーメンセットを頼むと、ラーメンに焼き飯と餃子がついてくる
焼き飯が来てラーメンが来る、しばらくして餃子が来ることが多い
調理時間の差だろう、だけど時たま餃子が先に来る
どちらにしても大した時間差がなければ味わえる

少し前にA市で「ラーメン餃子事件」というのがあった
餃子を先にと注文したのに、ラーメン食い終わるまで餃子が出てこない
ということで店に絡んで居座った、警察が出てくる騒動となった
やはりラーメンと餃子だけなら餃子が先だろうと小生も思う
当たり前なんだがラーメンは注文ごとに一杯ずつ作る
餃子の遅い〇〇では勢いがないが、作り置きはほどほどにしなければならない
この業界の常識としては同時に提供するのが本来であるとも言うが・・
だから定食と言わなくてセットと言うと友人が語っていたのを思い出した
そんな場合、餃子を先に頼んで頃合いを見てラーメンを頼むのが客の作法だとも言う
だから、餃子を先にと言ったと言うが、店は聞いてないという
おそらくこの店ではそういう注文には応じないつもりなんだろう
ビールを飲むような人は心得ているとも言う
大層に言えば順番にこだわるのもアイデンティティ?だと思う

餃子を焼くことはそう難しいことではないが、タイミングよく提供するにはそれなりの知恵がいる
この頃は若手が任されていたりする
注文の予見が出来ないし、出来ても勝手が出来ない
せかすとあわてて生焼けが来たりする
早めに仰山焼いて怒られた経験があるのだろう、注文がある程度揃うまで焼き始めない奴がいる
そんなことを見ると、餃子の管理は店長がするべきものだと思った
従業員としての心理を考えれば、これからも早くなることはない
この頃、餃子を頼むと「出来た順番にお出ししていいですか」とすかさず有無を言わさず断るようになっている
それは違うと思うのだが・・そもそも出来るんじゃなくて作るんじゃろが
店で出来ることは焼き加減とタイミングだけである
店長さん、私の店じゃないですよ、あなたの店ですよ
写真はオニユリと私
鯵庵(7.30)


[PR]
# by ajiankyoto | 2016-07-30 06:59 | Comments(0)

日本一稲荷社のご利益⑵

b0355451_06442478.jpg
この頃JR奈良線稲荷駅の混雑が異常である
何故かここ数年、外国人観光客の人気第一にあげられている伏見稲荷大社
何よりもご利益(ごりやくと読みます・・)がスーパーなのだと思う
しかも年中無休24時間営業、拝観料が要らないのサービス精神が人気の理由だと述べているものもある
そのせいかアジアの大国からの観光客も増えた
神仏混淆の歴史を持つ、神仏分離後官幣大社となる
もちろん全国稲荷神社の総本社でもある、お正月初詣でも京都一である

ただ、祭りの日でもない平日であってもここに降り立つと大変な喧騒の中に放り込まれる
外国人の家族連れが多い、何でも歩きながらの立ち食いだ
大きなカメラで記念写真の取り合いばかりである
未開の国に旅行(経験はないが)しているみたいだ
そこらじゅうが雑で不潔で騒がしくて、その上得意の我が物顔
世界を支配しようという大国の意気込みがぶつかっている
しかもそれに参道の食堂や出店などが一生懸命媚びを売っている
日本の神々はいつも門前の賑わいを微笑ましく思ってるはずだと思いつつも・・

日本の神は整然・清浄・静寂の中に存在する
神に姿はなく、我々に祈りがなくては見えない
精進あるものにのみ神のご加護がある
門前ではそんな言葉が虚しく感じられる
「なにゆうてんのん、”おこしやす”とゆうてるのはあんたの方やんか、キィー」(外国語をあの辺の言葉に訳しました)と言う声が聞こえてきそうだ
おこしやすと言うてるのは神様なのだろうか、参道の商売人なのだろうか、市長なのか、市民はまさか?・・誰が言ってるのかはっきりしてほしいと言いたくなる

ご利益安売りの神社が増えてきた、だが京都の祖霊の稲荷神社では市民はつらい
もともと言いなり神社だって??そんな失礼なこと小生は言わない
出入り自由で真夜中でもお参りできます、稲荷大社は稲荷山全体がご神体で特に心の広い神社です
それが裏目で・・その内、ポケモン何とかの騒ぎにも侵略されるでしょうね
外国人旅行者×ポケモンゲームの破壊力は想像を超えるでしょうね
見えないけれど神はいる、それを忘れると、その時はいつか神様も怒りそうで・・怖い
ご利益の大きさは神の力の大きさの筈ですから
″日本の神は怒らない″と学んできた人たちが今京都にたくさん来ている
異様な町京都です
京都に暮らしていて京都に暮らしていることが嫌になる一瞬です
写真は稲荷社
鯵庵(7.28)


[PR]
# by ajiankyoto | 2016-07-28 06:54 | Comments(0)

日本一稲荷社のご利益⑴

b0355451_20574256.jpg
京都から木津(~奈良)を結ぶ線をJR奈良線と言う
実は京都から稲荷(いなり)駅までは旧東海道線であった
東海道線が大正10年に現在のルートになるまで、稲荷駅から稲荷山の裾をぐるっと回って山科勧修寺(かんしゅうじ)方面へ出ていた
と言うことで「稲荷」駅は明治12年開業の歴史のある駅である
その目の前にあるのが京に都が来る前からある伏見稲荷である
鳥居前が大整備されて駅からそのまま上げっていける
駅が出来た当時は官幣大社稲荷神社であった、と言うことで駅名も稲荷と定められた

元山城盆地の大豪族秦(はた)氏の本拠地であった
平安京の時代になって、この地は京の東縁に連なり深草(ふかくさ)と呼ばれていた
「うずらの里」と言われていたとある
時代が下って明治・大正は深草村であったが、昭和6年に京都市に編入された
その時に元城下町伏見市と一緒になって伏見区と名乗った訳である
戦後になって、社名を伏見稲荷神社とした
既に伏見区だったから伏見を冠したが、深草の地にあった由緒からいえばどうしようもない寂しさがあるようである
今でも伏見区と言うと人口・広さともに全国有数の区であり、分区の話がいつも出る
仮に分区すればこの地が伏見を名乗ることはない
稲荷山は東山連峰の名峰である
京都と伏見とは別の歴史を持つ街であり、深草も伏見とは別の生い立ちの町なのである

とすれば、困るのは伏見稲荷である
これほど有名になった名前を変えるわけにはいかんやろうね
当時の東海道線が稲荷山をぐるっと回って山科に出ていたのは京都の地形を知ると納得出来るような気もする
深草の少将が小野小町を訪ねた伝説のルートであり、
自説ではあるが大石内蔵助が山科から伏見の町はずれ橦木町(しゅもくちょう)の遊所に通った街道といえば理解しやすいかもしれない
今は名神高速道路が通っている
国鉄開業当時の稲荷駅のランプ小屋が鉄道記念物で近代化産業遺産(H20)にも指定されている
もう一つ、この地がうずらの里と言われていたのを知れば
ここ門前の名物が″うずらの焼き鳥”であることも残していかなければならないかもしれない
(この項続く)
写真は義経号
鯵庵(7.27)


[PR]
# by ajiankyoto | 2016-07-27 07:43 | Comments(0)

あおっぱな物語

b0355451_20130062.jpg
子供の頃の遊びは色々あった、単純だけど知恵はあった
皆が貧しい時代だった、教育も満足ではなかったが、何より食べるものも豊かではなかった
青い塩辛い鼻汁を覚えてる?透明な水っぽい鼻水ではない、味のある“はな”なんです
親が編んでくれた毛糸のセーターの袖がはなをこすり付けてテカテカだった
″あおっぱな”は栄養に問題があったなどという学者がいるが、学者でなくともそんなことわかってる
当時栄養に問題のない子など我々の近くにはいなかった

子供の遊びに関しては貧乏も栄養も関係ない
要は遊びにも飢えていた
後は知恵とリーダーの存在だった
今と違うのは仲間に飢えていた、独り遊びでは、限界がある
そもそも独りではリーダーになれない、三人寄れば一つの軍であると、三国志でも言っている
子供の頃、体は大きいが同じく〝あおっぱな″を垂れた餓鬼大将がいた
遊ぶことを真剣に考えた結果、自ずとそのガキ大将にみなついていったのである
遊ぶという同じ目的の元に集合して、より楽しくするための仕掛けである
それがガキ仲間のリーダーだった
ついていったからとて不足はないし、工夫次第ではいつでもリーダーにはなれる・・わけである
それは、遊びだからでもある。

蛇足ながら、そう思えば「リーダーシップ」という言葉も曖昧だ
時々事業に成功したカリスマ風経営者にリーダーシップが云々などというが・・
成功とは不遜にして強引な力技であり、かつ強運を持ち合わせて始めて叶うものであろう
リーダーとして仲間を楽しませてやる豊かな精神性とは少し方向が違う
カリスマ性は認めるが必ずしもいいリーダーだったとは限らない
あおっぱなガキ大将とは違うものだと思う
何処へ行った!!あおっぱなガキ大将!
我らの子の頃には間に合わなかった、せめて孫のためにも一度登場してくれないか!
写真はあおっぱな地蔵?
鯵庵(7.25)

[PR]
# by ajiankyoto | 2016-07-25 06:53 | おとこ編 | Comments(0)

桃園に帰った桃太郎


b0355451_11385382.jpg
岡山に帰った元同僚S君から桃が届いた
岡山の「紅清水」と言う品種だった
今年の満開日は4月6日だったと便りにある、ということは満開から3か月ちょっと(100日くらい)で丸丸の桃になることを知った
油断なく桃という商品を育てるのは並みの労力ではないだろう
植物繊維も多く女性の便秘には一つで十分効き目がある
他にカリウムやカテキンも多く、高血圧や糖尿病の予防にもいいとされている・・桃は邪気を払う

三国志は桃園での誓いで始まる
劉備玄徳(りゅうびげんとく)を兄として三人の義兄弟の契りができる
三人寄れば一つの軍であると、三国志は語る
艱難辛苦のはてが蜀の国の皇帝になるまで三人の血盟は続く
悠久の中国を舞台に雄大な男の遊びの印象を受ける
岡山県は桃太郎の伝説の世界だが、三国志に比べると極めて現代的だ
それはそうだ、三国志の方がはるかな昔ばなしだ
桃太郎はイヌ・サル・キジを連れている
親分・子分の間柄であるが、それは黍団子(きびだんご)を与えるということで成り立っている
現代的に言えば見返りが黍団子とは限らない・・それは賃金であったり、褒美であったり、出世であったり、たとえば庇護や保護であったりする
見返りがあれば主人桃太郎の目的に従う・・イヌ・サル・キジには仕事感はあるが血盟もなければ雄大さもはない

彼と一緒のサラリーマン時代を振り返ってみるチャンスになった
たまたまであるが・・サラリーマンでよかったと思っている、本当は我が社にも桃太郎みたいな大小の主はいるのだけれど、そこまで近づけなかった
雇われている我々、本当はイヌ・サル・キジ以下だったのだろうけど、劉備・関羽・張飛で鬼退治しているような錯覚を時に感じられる仕事だった
錯覚はあくまでも錯覚ではあるし、その上経費も使えない出世も出来なかったけれど40年近く勤めて人に罪はしなかった
無能だったかもしれないが無用ではなかった(ほんまかいな?)
人は自分のために働くが、それが人のためになっていると思える仕事は少ない
鬼に雇われたイヌ・サル・キジはかわいそうだ
社会的役割のない会社で歯を食いしばって働いている人の方が多いのだろうと思う

彼は、実家の都合で少し早く辞めた、彼の家族にとっても大変なことだったろう
あれから10年やっと岡山の生産者の一人として名前が出せるようになってきたという
そこまでなれば、桃太郎だろう
サラリーマンをやめて、その後に犬を連れて桃太郎の役が出来ることは幸せなことだと思う
時々猿に桃を食われることがあるのはこの際愛嬌として堪忍したってほしい
我らの世代は体が動くうちは何かしたいと思っているものが多い
土地を持たないサラリーマンなら市民農園での菜園のまねごとが精一杯である、桃太郎型の余生とは言えない
我が家の庭の花桃にも実はついたがやっとピンポン玉ぐらいである
桃を送ってもらったこともあるが、桃太郎じいさんのこれからを祝福したい
写真は岡山の桃
鯵庵(7.19)


[PR]
# by ajiankyoto | 2016-07-19 07:19 | Comments(0)

青春からずっと忘れ物


b0355451_09581126.jpg
この頃家を出る時の忘れ物が多くなった
二度も取りに帰ったこともある
忘れ物をしないようにと思うと、他のものを忘れたりする
財布や携帯電話や鍵など忘れなければ何とかその日は過ぎる
それと忘れ物に気づかなければその日は過ぎる
忘れ物でも帰ってくるまで気付かなかったらそれは要らなかったものに近いのだが・・
と言うことでリュックにしたら、リュックが一杯になってしまった
それでも今までも忘れ物ばかり
忘れ物があると思って家を出るようにしている
♪青春は忘れ物、過ぎてから気がつく・・と言う歌があった
長い人生ならもっとあっても不思議ではない
余韻も足跡も残せないかもしれない人生、取りに帰ってくるほどのものはないか
写真は青春の忘れ物
鯵庵(28.7.18)

[PR]
# by ajiankyoto | 2016-07-18 06:51 | 翁草 | Comments(0)

b0355451_17440145.jpg
1年間ハローワークに通って12か所紹介をしてもらった
その内面接に至ったのが4か所だった
7か所はすぐに履歴書が送り返されてきた
書類選考はいたしませんと言うところも数カ所含まれている
パートながらもそれなりの人生経験を買ってもらえるかと期待したところほど厳しかった
最後(最初の採用)のところは15人の募集だった
当然期待していたが、ここは人事の責任者もいなかった
面接もほどほどに明日から来ると言うのが普通だと言われた
それでも採用されたことに違いはない

結局、40代・50代・60代、3人の男がハローワークの紹介で来て、ほぼ10日で皆辞めた
「軽作業」でなかったのは仕方がない・・
しかし、ここで1か月も勤めることが出来たとしても、勤めれば勤めるほど失うものが大きすぎる
せめて早く辞めて出直すしかないと先のない小生でも思った
募集の数も異様であるけど、定着率も異様である
会社から言えば、ハローワークの世話で来る人は定着率が悪いというかもしれない
ひょっとしたら先にハローワークにそんな苦情が入るかもしれない
パートの人は既に悲しい覚悟をしている、定着率は労働環境によるのは当然のことだ

「したい仕事が出来るわけはない、パート勤務と言ったって厳しさは一緒だ、金をもらうということはそういうことだ、最低賃金で守ってやっている、みんなそれに耐えて頑張っているんだ」と会社の声とも世間の声とも分からない冷たい叱咤が聞こえてくる
”意欲のない奴”と思われると、どんどん労働環境の悪い職場に追い込まれてくる可能性が高い
小生も、結局やっと紹介してもらったパートの尻(けつ)を割った、次回からハローワークには行きづらい

民間のネットの求人情報ではここの会社は定着率の良さが自慢だと書いてあった
会社が言うのは勝手だけど、異様な募集の数や定着率だけでもハローワークが気をつけてくれれば少しは良くなるかもしれない、と思っている
まだまだ求人ばかりが増えて有効求人倍率が大きくなっていくかもしれない
役所は、それでもこの頃大阪・京都の求人が増えているのは外国人観光客(インバウンドと言うらしい)の増加のおかげだと分析して得意になっている
なら、いっぺん0にしてみたら・・
もう別の統計手法が必要かもしれないと小生でも気づく
パート勤務体験記はこれで終わることにする
山を目の前にして登山口で引き返してきた小生が大きなことを語ることは出来ないのかも
こちらではそれを゛ケツワリ”と言う
今月から月4万円の国民健康保険料、絶対に銀行引き落としにはしないぞ
写真は猿3匹落とす(家内の作)
鯵庵(7.17)


[PR]
# by ajiankyoto | 2016-07-17 07:31 | Comments(0)