羅城門から東寺へ

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今回は京都の入り口の案内です
都の入り口、朱雀大路の南には羅城門があった
羅生門(芥川龍之介原作・大映京都1950)と言う古い映画が有名で羅生門と思ってる人も多い
平安京の堂々たる楼門ではあるが早くに荒れて倒壊した
内裏に一番遠いところにあるのが羅城門だから都が荒れれば門も荒れる
しかも、平安京は都に壁がないのだからこの門も交通上の役割としては少ない
この羅城門の上にあってこの門と都を守っていたのが兜跋(とばつ)毘沙門天
毘沙門天は、仏法を守護する四天王の一つである武神で多聞天のことである、が独尊としては毘沙門天と言われる
兜跋と言うのは中央アジアにかってあった兜跋国(とばつこく)のことらしい
羅城門の東・西に作られたのが東寺・西寺、平安京の官寺である
西寺は古くに廃寺になったので残っているのが東寺と言うことになる
東寺は空海が入って(823)栄えてきた

作家司馬遼太郎は京都の寺々を歩くときここ東寺の御影堂(みえどう)で待ち合わせ、ここを出発点にするのがふさわしいと書いている
ここは空海が住まいとしていたところである
今でも空海に毎朝食事を差し上げている
羅城門の上にあった毘沙門天はこの御影堂に隣接した毘沙門堂に祀られている
足利尊氏が西国から戻って来た時、この東寺に入って京都を料理した
秀吉の都市計画では、京都の街のお土居はこの東寺を南端にしている
羅城門跡や西寺跡はお土居の外であった
当然、東寺は西国やなにわへの街道の出発点でもある
国道171号線や1号線を走ってくると東寺に達し、京都の街に入ったことになる
京都駅が隣だ
テレビドラマで東寺の塔と駅前の京都タワーを写せば京都が舞台だという合図になるという根拠の一つです
写真はロームのビルと京都タワー
鯵庵(7.15)



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# by ajiankyoto | 2016-07-16 07:31 | Comments(0)

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日本全国津々浦々、そこの食文化があるわけである
たしかに京都に住まう人が〝今晩のおかず″を考えることは、大げさに言えば京都の文化でもある
京都という町は海産物に限らず野菜だとて100%の消費都市である
ただのおかずなのだけど・・
〝おばんざい″と言えば、造語ながら〝野菜ひとつ無駄にしない″という意味を込めてあると言うことも出来る
なおもその中で突出したいと思えば、謂れや言葉の装飾も必要である
〝おばんざい″も〝おまわり″もそういうものだが、ただ足が地面につかない言葉の代表である
しかもその線に乗れば、延長線上に”京料理”とついてくる
”京料理”は和食であると連想ゲームが進めば”料亭の京料理″が我が物顔で出てくる
古都京都ででいい掛け軸の前で京料理を食ったら一味も二味違うかもしれないが、それは現代生活ではギャップが大きすぎる
「和食(文化)」と言うのが無形文化遺産になった
日本人のつつましやかな日々の暮らしが誉めていただけたと思ってもいい
京都の庶人も毎日衣食住の暮らしの中で生きている
そのとたんに京都の料亭の主人や花柳界やらがしゃしゃり出て遺産や文化を独占するのはルール違反である
いつも京都の料理屋が前に出すぎるとそれも観光業になってしまう
美味しいんだろうけれど料亭の主人たちの客を選ぶあの高慢さが鼻につきだした
何の個性もない回転寿司屋に庶人の食文化を奪われそうだ
写真は旅先で気に入って買ってきた花差し
鯵庵(7.15)
おてしょうの文化
日本にいて和食を食ったことがない

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# by ajiankyoto | 2016-07-15 07:35 | Comments(0)

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小生子供の頃、父親に毎週映画館に連れていかれた、昔、京都に新京極や西陣には何十軒もあったと思う
一番記憶に残っているのは鞍馬天狗シリーズ
あの松島トモ子ってすごかった、今いくつだろう?
知ってる?ライオンかヒョウに襲われる前の方が大女優だったの
娯楽はそれしかなかった、でもみんな繁華街に出ていた
子供の教育上悪いというような繁華街はなかったように思うのだが・・?
庶民の子供は映画と繁華街に育てられた?!
お笑いと映画しかなかったが、映画は途中でフィルムが切れてなおらないことがあった
その時小生の父は悔しがった
自分が言えないことを映画がしていてくれてた・・?

昭和33年子供ながら大人の映画を見た
それが松竹映画「太閤記」、木下藤吉郎は高田浩吉だった、信長は松本幸四郎(初代鬼平)だった
大名になった藤吉郎が母をお城に向かえる場面が記憶に残っている
吉川英治の原作の筈、藤吉郎はこまねずみのように働く明るい青年であった
出世していく藤吉郎の明るさは歌う映画スター高田浩吉と重なる
戦国時代なのに江戸時代のような飾った駕篭が出て来たり、底抜けに明るい映画だった
秀吉は天正元年に信長から浅井長政が支配していた北近江を与えられ長浜に城を築いた
37才で信長配下で約12万石相当の大名になった
天正と言う年号は近畿での信長の覇権が固まった年である
その後の歴史を知っている我らは戦国時代の終わりが明らかに見えた年であると思えばいい

小生、サラリーマンしているとき、仕事と言うものは″こまねずみのように”働くものだと上司に言われた
もちろん、こまねずみのようにとは朝から晩まで休みなく働くということである
この頃、ふと少し気になることがあって調べてみると
コマネズミとはハツカネズミの変種、突然変異で耳の中にある三半規管が働かず平衡感覚が異常になったもの、それを固定したものと言うらしい、マイネズミ(舞うネズミ?)とも言う
自分の尾を追いかけてぐるぐる回る習性がある
皆さんが思っている、垂直の車をよじ登るように一日回して齷齪(あくせく)している状況を言うのではなさそうである
コマネズミは独楽(こま)のように水平にぐるぐる回るからコマネズミと言うらしい

映画の藤吉郎は歌で出世した訳ではないが・・
でも小生・・高田浩吉のように歌もない
その上藤吉郎みたいに母を迎えに行けないような男だったら、ただのコマネズミと言われても仕方がない
写真は独楽、自分で漆を塗ってやろうと試みたが・・
鯵庵(7.12)

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# by ajiankyoto | 2016-07-12 07:06 | Comments(0)

アニメ「サザエさん」の主役はマスオさんである、と言うと一応異論が出る
いや波平だという人もいるし、やっぱりカツオだという人もいる
サザエは所詮狂言回しである、だから、そんなに大した女には作っていない
新しい家族のあり方として”妻の家族と同居する”というパターンを作った
妻の家族との距離感が異様に接近している風潮を先取りしたのがアニメ番組としての成功の基だと思っている
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大阪育ちのマスオさんが一度も大阪弁を語らない
もちろん、博多育ちの波平さんやサザエも博多弁を語らない
東京に出てきた途端に東京に帰化している
徹底的に家族平和を求める家族を描くようになったのはスポンサー東芝の戦略である
数十年も前に始った長谷川町子女史の「サザエさん」という風俗(風刺も)漫画は朝日新聞の販売促進であった
女性原理で家庭を作っていくとこうなりますということが受けた訳である

〝アカンもんはアカン″のやけど、
だからと言ってほとんどの人は、家で言えないようなことを会社でも社会でも言えるはずがないのではないだろうか
家でも会社でも戦わない論理は平和主義の女性原理から来たものである
日本の女性は昔からそんなこと折込済みだったのだ
男どもは甘えて威張ってればいいのに、急に理解のあるようなことを言う
そんな男の相手をすることは日本女性にとって物足らないことなのに、気の利いた女性は決して言わない
今のアニメの脚本では、その役をしているのがマスオさんでありその反対をしているんが波平さんであると思わそうとしている
ただ、マスオさんは磯野家ではない、磯野家の平和には貢献するが、それでは大阪人フグ田家の明日が見えない
せいぜいカツオへの影響力だけだ、その点は波平さんよりは強いだろう
ただ、家でもう一人の母親みたいな男の背中ばかり見せられたタラちゃんは不幸である
かくして男性原理は廃れ、男も女も女性原理的平和主義と平等主義で生きていくことになる

ならばと言うことで波平さんを前時代のがんこ親父に作ろうとしている
が、作中、波平さん自体が出来が悪く軟弱である
小生の友人、口の悪さで有名であったが、口癖が”軟弱やな”であった
小生もやっとわかってきた
会社でやったことのない頑固おやじを家族にやらしてもらうことは軟弱の極まりである
これも女性原理である
フネさんは絶対に主役にならないことを信条としている
だから、家庭調和と言うのです
そのかわり日本女性はこんなものでいいのです、とばかり言っているのです
それでは新しい親を超えるいい女性が育たないのだ
親を超える子供に育たないことを心配している

言いかえれば白物家電の世界です
日本の技術史では、洗濯機も冷蔵庫も必要に応じて出来て来たことを強調しているが、電化製品を家庭に普及させるのは別の戦略がいる
家族は家電製品の進歩に合わせてのみ進化していきましょうねと言っている
原作の持っている風刺と言うものが一切消えてしまった
これが白物家電主義かと思いながら毎日曜見ている
写真は野菜
鯵庵(7.11)


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# by ajiankyoto | 2016-07-11 07:48 | おなご編 | Comments(0)

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隣国中国や台湾の経済状況は分からないが、会社や経営者の商法はなんとなく分かってきた
それでも、それを知っても隣国に頼らなければやっていけない我が国の経済の方がわからない
儲けさえすればいいというのは今でも我が国の経済であるし、新しく台頭してきた隣国などががそれを真似たとしても文句は言えない
生徒が先生の真似をするのは当然だし、それが手本と言うものだ
中国の矛盾した新しい資本主義も何のことはない日本の資本主義を手本にしているのだ
我が国も中国に進出したり中国に工場もったりしているのはより以上儲けるために手を組んでいるのだ
儲かるということを知ったらやめられない、そこから出発しているのである
それを資本主義と言う、と言われたらその世界でそれに反論できる人はいない

京都の企業も今は同じである
大坂や京都、江戸時代からの上方の商人はもともと武士に似た士魂を持っていると言われる
その精神が花咲いたのが〝お陰さん″
お世話になった人への感謝であり、利益に対する感謝でもあり、神仏の庇護を得たことへの感謝でもある
儲けが薄くてもお陰さんで・・、と思えば商売はやっていける
武士のいない地では、商人が一番強い精神力を持っていた
行政担当としても商人が高い地位を得られたことはそういう社会性があってこその話である
公の地位である、金持ちとしての地位ではないのが、上方の特色である
それは封建領主のいない大坂・京都の特色でもある
明治になって資本主義が発達しても、商人道から発展した資本主義の訓練をしていたことは士(さむらい)の魂に通じるものがあるのではないかと思っている
今時になってそういうドラマがやけに受けたりするのはそういうことである

ところが、資本主義は成長しするとともに商道は堕落してきた
海外で客の打ちこわしにあっても撤退することもない
一流が行き詰まったら今度は二流が行く
そのあとは有象無象の町工場までが海外に工場を持っている
ひどい時は途上国を援助すると言って金儲けに参加する
先進国になったとたん、何のことない大から小まで人件費を値切りたいのだ
それほど払いたくないのだろうか・・??

もちろん江戸時代の町衆や明治の話はそれも今は過去の話でもあるが・・

ちょっと目算が狂えば今度は社員ごと技術ごと外国に身売りする
昔そんな会社に工場建ててもらうために何十億円の補助金を出した役所もあるくらいなのに・・
そこに”おかげさん”なんて理念はかけらもない
そんな会社ならつぶしてしもてそのかわり残った土地も金も人も技術も日本に返せ、と言いたくなる
きっと創業者が生きておればそう言うだろう・・??
写真は信号機、たのむで
鯵庵(7.8)


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# by ajiankyoto | 2016-07-08 07:24 | Comments(2)

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都の葬送地であった鳥辺野の話の続きである
http://ajiankyoto.exblog.jp/25896143/
鳥辺野の入り口にあってこの世とあの世を分けるのは六道珍皇寺
千本えんま堂と同じく冥界で閻魔大王とあってきたという小野篁(たかむら)を祀っている
http://ajiankyoto.exblog.jp/25795669/
閻魔大王の君臨する冥界を臨むことは出来ないが、鳥辺野はこの世の幽界である
だから、庶民はお盆の前にここまで死者の魂(精霊)を迎えに来るのである
この六道珍皇寺門前近くに「子育て幽霊飴」の本舗がある
日本全国にある飴買い幽霊伝説の一つである
「にっぽん昔ばなし」にも載せられた、
死後の女が子を産むという話である
一文銭を持って6日間飴を買いに来る女があり、7日目は銭がない
女の衣装と交換に飴を上げた、不思議に思って後をつけていくと鳥辺野の新しい墓で赤子が泣いていた
死んだ女が幽霊になって墓の中で生まれた子に飴(水あめ)を上げて育てていたという話である
子は後に名のある高僧になるという伝説である
落語にもある、上方落語でも『幽霊飴』という噺になっている。
上方2代目大坂生まれの桂文之助(ぶんのすけ)が噺に仕立てた
ただ、落語ではその墓は近くの高台寺になっている
子育て飴であるから「子を大事(こをだいじ)」で高台寺という落ちのためだと思う
桂米朝が解説している

高台寺は徳川政権下で北政所(きたのまんどころ)寧々が夫秀吉の菩提を弔いながら余生を暮らした庵が始まりである
若干の余談を言うと、関ヶ原の闘いの裏の舞台である
自ら面倒を見た尾張時代からの豊臣恩顧の大名を家康方につかせたと、司馬遼太郎の小説で読んだ
秀吉の霊魂をお守りするのは霊代(やくざ映画では”れいだい”と言っているが、”たましろ”という方がふさわしい)である寧々という一人の尼であるというのが根拠である
秀吉の官僚より秀吉の霊代を大事にした家康の勝利であったと・・
とすれば、今でも”秀吉と寧々”と言う夫婦の魂魄はやはり高台寺の一室にあることになる
通り一つ入ると高台寺裏には広大な墓地が広がる
東大谷から高台寺の界隈も鳥辺野と同じく葬送の地であった
そんなことに関わらず高台寺から清水寺への坂道は今日も修学旅行生と着物を着た外国人で溢れている
ソフトクリームと人力車のストリートになってしまった

なお、文之助は引退(大正9・1920)後京都高台寺境内に甘酒茶屋(後の「文の助茶屋」)を経営した
小生は高台寺界隈が京都東山を代表する観光スポットに躍り出てくるきっかけを作ったのは残念ながら秀吉寧々夫婦の魂魄ではなく、「子育て幽霊飴」とこの落語家2代目桂文之助ではないかと思っている
写真は千手観音、ハス
鯵庵(7.7)
『親鸞は鳥野辺に眠る』http://ajiankyoto.exblog.jp/
「閻魔大王は地蔵菩薩の化身」http://ajiankyoto.exblog.jp/

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# by ajiankyoto | 2016-07-07 08:29 | Comments(0)

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「東京の下町のおばさん」が言う
「わたしゃもうテレビは観ないよ」だって、「・・今は東京の人が出てないもの」だって
少し突込みを入れさせていただきます
いつの時代にテレビに東京の人ばかりが出てたのでしょうか??!!
昔、テレビには東京の人ばかりが出ていたという根拠が分かりません
その心は何でしょうか、ひょっとして芸人連中のこと言ってるのではないのでしょうか
こんなこと言って芸になるのは・・内海桂子師匠ぐらいなら分かる

東京は日本の首都、全国から人が集まって来る
人の増える歴史を歩んできた町、それを都と言います
そして、勝ち残った者が住民として暮らしている街
言うてみれば昔の京都(ただし、秀吉の時代まで)
国の政治をするところが首都といわれる
当然、国会議員だけでなく、大会社も、商店も、放送局も、当然毎日テレビに出ている芸人もが暮らすのが都である東京である
野心と向上心を持った人たちが、テレビで毎日ピエロ役をやりながら・・成功すれば東京人になっていくのです

それとも、吉本の芸人を大阪の人間と決めてかかってるのじゃないですか?
京阪神の人間は皆野球しか分からない阪神ファンだと思い込んでるのと同じことです
品性と感性は都市として皆持っています
都市は全国にありますが、それが一極集中のこの世の中、東京だけが移民の大都市です
近頃、そのことを身をもって示してくれた人がいるではないですか
あの混同さん、別の名を舛添さんって言ったかな?
受験戦争に勝った時から東京人を目指して一途にここまできたあの人も、吉本の芸人と同じじゃないですか

それにあれほど毎日テレビに出てたじゃないですか
知事が東京の人でなければ誰が東京の人なのでしょうか?
しかも、その尊大さもすっかり吉本芸人顔負けじゃないですか
サラリーマンだってクラブのホステスだって同じこと”売れるものは皆売り”ます
何んとか滑り落ちなければ、いずれいつかは「東京の下町のおばさん」のように東京人になっていくのです
こんな話は全国共通だっせ、どこにでもありまんがな

でも、下町のおばさんってことわるところが臭い
こんな人に限ってひょっとしたら、山の手の上流階級文化人かも?
それなら失礼しました
写真は孫娘のサイコロ、1が出たら上がり(東京)と教えている
鯵庵(28.7.6)

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# by ajiankyoto | 2016-07-06 06:00 | 都市 | Comments(0)

祭/蘇民将来の子孫也

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大いなる昔ばなし
あるところに住む兄は貧しく弟は富む
ある夜旅人に宿を請われた富める弟は惜しんで宿を貸さず、貧しいながら宿を貸してもてなしたのは兄だった
旅人は武塔神(むとうしん)だった
後に八人の王子を連れて、富貴なる弟の一族をことごとく滅ぼす
が、ただ一人弟の家に嫁いでいた兄の娘は、言われる通り腰に茅の輪(ちのわ)をつけていたので難を免れた
兄の名は蘇民将来(そみんしょうらい)
無塔神が言う、〝われはスサノオなり、後の世に病気があれば、蘇民将来の子孫と言って茅の輪を腰につけておれば免れる″と
これが祇園祭の〝茅まき撒き″のいわれ
無塔神も蘇民将来も何に由来した神か不明らしい
平安時代から各地で信仰の対象となっていた
牛頭天王(スサノオノミコト)信仰にはこの蘇民将来という護符が配られる
祇園祭りでは「蘇民将来之子孫也」と書いた〝厄除け粽″が昔は山鉾の上から撒いていた
粽は〝茅(ちがや)まき″であり、茅とはイネ科のカヤ(ススキ)のことである
水に強いことから茅葺(かやぶき)、や菅笠(すげがさ)などにも用いられる
夏越の祓いの茅の輪くぐりの茅である
祇園祭のちまきは正に〝茅巻″であっておもちなど入っていない
厄除けのお守りですので、端午の節句の粽と違って食えませんので注意
そうなんよ
7月に入れば祇園祭が始まってます
祭りは参加することに意義がある?関わり方は色々です
でも心配いりません、最後は観光客になればいい席で見れます
写真は7月の夜のユリ、時にむせる
鯵庵(7.4)


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# by ajiankyoto | 2016-07-04 06:05 | Comments(0)

五条楽園は休業中?

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五条楽園の昔は遊郭の歴史である
五条通から南、高瀬川沿いにあった
京都の遊郭の中で五条・六条・七条を冠する鴨川沿いの遊郭が大正時代に一塊になって七条新地と言って商売をしていた
花街である、娼妓も芸妓もいる
お茶屋・置屋・旅館などの揃った歓楽街である
花街と言われたいためか歌舞練場もあった
売春防止法(1958)後も時代に合わせて営業を続けていた
ところが平成22年(2010)秋になって売春防止法違反で主だった役員たちが京都府警に摘発された
それ以来一斉にお茶屋や置屋は休業した、で今も休業のままである
風俗営業法がこの業界の民法なのに、売春防止法という憲法で上げられたのでは仕方がない?
ここはお茶屋さんに上がって芸者(芸子)さんを呼んでもらう仕組みである
古の遊所の様を残している、良く言えば大正ロマンである
近くの祇園や宮川町の芸妓(げいこ)は専門職スペシャリスト・京都観光の花に例えられても・・五条楽園は芸子(げいこ)と呼ばれ明確に一線を引かれたままだったという
いわゆる”ちょんの間”だった、風俗営業法風に言えば、店舗型どちらか言うと熟女系風俗店である
本番云々を名乗ったわけではないので、風営法の枠内であれば今も続けられたかもしれない
現に、大阪では同じような時代錯誤的お茶屋がきっちり営業している、らしい?
が、所詮、風営法の改正に伴って、風俗業界は無店舗型にシフトしている
あの芸子たちは何処へ行ったのだろうか、国際観光都市京都ではしんどい?年令のことも気にしてやらねば?!
今年は平成28年、数年前まで京都にも厳然とあったという事実にはそれなりの意味があるのかも
小生も今時大正ロマン的五条楽園が再開されることは期待しているのではない
もちろん祇園や宮川町のように観光業かと思えるような澄ました花街になってほしいと思うものではない
”たとえいくつになっても女性が自分で自分の体を売ると決めた以上、生活していけるだけの世話は社会的にも必要である”という論である
都である京都や江戸に限らず都市はその機能を果たしてきたというのが歴史である・・
もちろん、あからさまに言うことを共感してもらえるとは思っていない
写真はチョウ絡む
鯵庵(7.1)

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# by ajiankyoto | 2016-07-01 06:23 | Comments(2)

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御所の前から嵯峨方面に行くには今は丸太町通りが伸びている
都が盛んな頃は二条から西の京、太秦、常盤を経て嵯峨広沢の池まで続く古道があった
もっと行けば、愛宕へ通ず、愛宕から丹波の周山にぬける街道でもある
京福電鉄の北野線の線路をこえる前、この街道に面して六地蔵の一つの常盤地蔵がある
ゆったりしたお寺ではないが、六角の地蔵堂が真正面にある
壁が黒塗りのせいで少し違風ではあるが、寺の入り口には「唯一全国地蔵本尊根本霊場常盤山源光寺」とある
京都検定の参考書にはこの寺あの後白河法皇の帰依を受け全国の地蔵の総本山と言う
それにしても、訪れた人もそんなことは想像も出来ない小さな静かなお寺である
8月22・23日の六地蔵巡りの謂れの日にはお参りが出来るとあるのは間違いはなさそうである
六地蔵参りには同好の研究会もあるようだ、京都検定でもないと忘れられる??
小生の自転車京都探訪ではこの道を嵯峨方面に道なりに行けば広沢の池に達した
また、京都に戻るとこれも道なりに西の京を経て千本旧二条に達する
「千代の古道(ふるみち)」と言われる古(いにしえ)の道は都の中心地(朱雀大路と二条大路)を起点とした嵯峨野への最短距離の道とすべきである、と言うのが私の説?である
この道は狭い道である、ここに六地蔵の一つがあるとすれば、
この愛宕に至る街道こそ千代の古道とすべきではないかと思っている
嵯峨野の入り口梅宮大社のところから北上する道も捨てがたい
困ったことに千代の古道の定義と存在が明確でない
その上、各地元が連続性がないまま方々に道標の石柱を建ててしまった
決定打がなくなっている
小生の説も”・・と言われている”と・・言い続けたらその内らしくなってくる
京都検定は試験だから早く正解を作らなければならないのは分かるけどね
写真は青ホウズキ
鯵庵(6.30)


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# by ajiankyoto | 2016-06-30 07:49 | Comments(2)