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千本閻魔(えんま)堂は高野山真言宗の寺、千本鞍馬口を少し下る、
京都の3大葬送の地・蓮台野(れんだいの)の入り口にある
近くまで行けば商店街の裏から迎え鐘の音が聞こえてくる
ここへきてお盆に精霊を迎えるには、まず水塔婆を買う、水塔婆に迎えたい精霊の名前を書いてもらう、線香で煙で水塔婆を清める、地蔵の池に水塔婆を流す、その後に迎え鐘を水塔婆の数だけ鳴らすという順番らしい
わざわざ迎えに来るのは迎えたい精霊があるからである・・

水塔婆に戒名を書いてもらって、で1枚当たり600円ぐらいの計算か?
5、6枚持っている人が多く、一家族あたり3000円ぐらいの計算か?
一方、お寺はこの7日から10日の期間は迎え鐘の音×600円ぐらいで皮算用しながらお勤めしてくれる
千本通に入り口が面している、今日は車でお参りも出来るようだが、日常のお寺の収入源は月極駐車場のようだ
この時ばかりは家族総出だ、手伝いの人も多い
お寺の子供と思わしき小学生の女の子がおばあちゃんの指示を受けて手伝いを頑張っている
後継者候補の一人だろうか?とりあえずお盆の小遣いはたんまり貰えそうだ

亡くなった人の初めてのお盆は初盆(はつぼん)とか新盆(にいぼん)とか言う、出来るだけ親族皆が寄って灯りをともしお供えをして故人を偲ぶのが優しい過ごし方だ
しかし、密やかに一人してお参りしたい人もいるだろう
太鼓を打ちながら般若心経を唱えてくれる
新盆なら閻魔大王の前で特別に祈祷もしてもらえる
もちろんその時はご住職の出番である
小生は心ばかしのお賽銭で迎え鐘2つだけつかしていただいた
それでも音色に遜色はなかった
京都の盆の始まりは俗っぽいのが特徴だ
(次回に続く)
写真は千本えんま堂の空
鯵庵(8.11)
「閻魔大王は地蔵菩薩の化身」はここをクリック
「五条坂の陶器祭り(京都の盆の暮らし方①)」はここをクリック
「京の七夕(京都の盆の暮らし方②)」はここをクリック


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# by ajiankyoto | 2016-08-11 13:47 | Comments(0)

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現代の京都の行事に「京の七夕」と言うのがある
有名な仙台の七夕を模しているようでもあるが、この場合の根拠は月遅れ(8月7日)で七夕を楽しもうと言うことになる
祇園祭の行事が終わってお盆の行事が始まるまでの間を狙っている
市はしきりにPRしているが、観光局が主体であるだけに目的が見えているようでもある
数カ所を会場にしているため近所の人やアベックの夕涼みをにはいい
市民にとっては祇園祭も終わり、後はお盆の行事や帰省と言うこと時である
しかしながら、いにしえは七夕も祇園祭もお盆も同時進行の一連の行事だったのだ
そう言われればこちらの方が古式に則っていると言える

お盆に関してはここ京阪地区では月遅れ(8月15日・旧暦ではない))で行う
お盆の行事は13日から16日に行われる、13日夕刻に先祖の霊を迎えて14・15・16日と死者の霊と一緒に暮らす、16日にその霊を送り返すというのが基本的日程になる
この間、殺生や生臭いものを避け仏前に夏野菜を備えたりするのはその気持ちの表現である
ただ、家族の夏休みでもある

明治5年(1872)太陽暦の採用で少しながら混乱が生じた
そのまま新暦(太陽暦)で7月15日をお盆とするところもある
「新暦」で、「旧暦」で、「月遅れ」でと選択肢がある
不思議なことに正月は「新暦派」であり盆は「月遅れ派」となった
お盆は「国民の休日」ではないからだ?
「7月7日の七夕」は新暦派であり、「京の七夕」は月遅れ派であり、「伝統的七夕」は旧暦派である
「祇園祭り」は新暦派であり、「中秋の名月」は旧暦派であり、その中でお盆の行事だけが月遅れ派である
人によっては季節感にずれを感じる人もいるが、それしか知らない人が増えればすぐに定着するものだ

今は企業の夏休みや終戦記念日などの年中行事が密接に重なって帰省ラッシュになるくらい、ほぼ全国的に月遅れのお盆が定着している
お墓や家族が郷里にあればもちろん京都を留守にするのも京都人のお盆である
家族一緒に暮らしたい日本の年中行事であるのも京都も同じである
墓参りを名目にした家族の夏休みであればこそ、どこにいてもお盆が最も仏に近い時期となる
親(先祖)の顔を見に行くのも仏事なのである
写真はほうずき、今年はいい色がついた
鯵庵(8.10)


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# by ajiankyoto | 2016-08-10 07:20 | Comments(0)

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京都の盆は五条通の陶器まつりで始まる
陶器祭りから北へ少し歩くと六原に至り六波羅蜜寺の前を通って以前に書いた幽霊飴の店から松原通りに出る
あの世とこの世の境にあるのが六道珍皇寺(ろくどうちんのうじ)である

生きることと死ぬことを繰り返すのが輪廻転生(りんねてんしょう)、その流転(るてん)する道が六道(ろくどう)、現実には生きることと死ぬことの分岐点でもある
都を出て鳥辺野(とりべの)へ向かう道筋に置き換えこのあたりを六道の辻という
都の住人は遺骸をここまで運ばれてきて来て、あるものは土に埋められ、あるいは打ち捨てられて貴賤にかかわらずいずれも土と水に戻っていく
これから先は野辺(のべ)の地、冥土(めいど)、冥界(めいかい)である
この松原通(昔の五条通だった)からこの葬送の地への入り口にある寺である

お盆とは、盂蘭盆会(うらぼんえ)のこと、仏事である
先祖の霊や新しくなくなった人の精霊が帰ってくると言うので、送ったところまで迎えに来るわけである
それが迎え鐘である、たいてい8月の7日に始って10日まで、その間地獄に届けと鐘を打つ(引く)人で縁日のように賑わう
何のことはない、陶器祭りもその日に合わせて行われている
五条坂は清水焼の窯元が多く、陶器祭りは全国の個性的な窯元数百店が両側に並ぶ
京阪五条から五条坂大谷本廟の前までそういうことで、小生も往復約1キロ汗をふきふき・・湯割りにもビールにも使えそうな器を見つけて買ってきた
奈良県生駒市の奈廬窯(なるがま)さんだった、色と手に馴染むいい形だった
ここで買った陶器には精霊がついてくると言う人もいる
安かったが、上手く使えば死ぬまでは使えそうだ

日本人は陶器が好きだ、焼き物の美しさは造形美である、造形ゆえに壊れやすい
実用品の陶器なら20年も割れることなく使えたらそれでいいだろう
と言うのは、結婚20年は磁器婚式(じきこんしき)と言うようだ
陶器にとって一番怖いのは夫婦喧嘩である
が、仕舞っておっても割れるときは割れる、せいぜいすり減るまで使って割れたら仕方がない
その時は新しいものを買いに五条坂へ来ればいい
精霊も一緒に持ってかえればいい
磁器婚式なら二度出来る人もいるだろう
どっちみち最後は新しい陶器(骨壺)にお世話にならなくてはならない
お盆の話題である、場合によっては次回に続く
写真は盆の空
鯵庵(8.9)

「親鸞は鳥辺野に眠る」はこちらをクリック
「鳥辺野/上方落語の幽霊飴」はこちらをクリック


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# by ajiankyoto | 2016-08-09 08:27 | Comments(0)

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つい、年齢ゆえに「面倒くさい」と言ってしまった
小生の場合はほんまメンドクサイわ
この面倒くさいという言葉、人によっては世代によってはなんとも便利な言葉である

30代の女性が(アラサーと言っていた)数人がラジオの特番で語っていた
〝仕事をしたいときに恋愛をすると煩わしいことが多い、恋愛も結婚も結局はメンドクサイ″と
一番メンドクサイのは仕事だと思うのだが、そうでもないらしい
仕事にかまけて家庭を顧みもしないという企業戦士が活躍した時代はずっと前に過ぎてしまったと思っていたのだが・・
今の彼女たちは会社の中で、セクハラ、パワハラのネタ探しをしていると退屈しないらしい
もちろん進行役の女性アナウンサーもそうだから仕方ないとは思いつつ、座談会は終始その話だった

誰かが言っていた、仕事の楽しさというのは本当は「禁断の木の実」だと
この時代、人に言える仕事があるだけで十分人生の勝者であり得る
実はそれが一番の自慢なのだろうと小生も思った
それは誰にでも得られるものではない
奥深く楽しいものであるのを見つけてしまった、女性戦士もなまじ地位などがともなうと、時にエクスタシーを感じてしまうらしい
そうなれば口々に恋愛も結婚も要らない(二の次)というのもあり得る
恋愛も結婚も出来ないのではない、メンドクサイと言うのだ
そらそうだ、恋愛(セックスの)でエクスタシーを感じるまでには今から心を入れ替えても何年もかかる
女性の一生は男性に比べてストレス要因がはるかに多いという
その分、神は女性に多くのエクスタシーを感じられるように作った
メンドクサイと言ってしまっては余りにもったいない

この話を聞いていて・・″面倒くさいの反対語はエクスタシーだ”という気がしてきた
全国放送の電波にまでのってしまったのではもう仕方がない・・また仕事エクスタシーの金縛りにあってしまうだろう
今は夏だからいいけど、人生夏ばかりではない、それでは人生の四季を楽しめない
まさに夏の夜の怪談だが、それにしては暑苦しい時間だった
写真は紅蜀葵、夏の盛りは夏の終わり、血(動脈)の色が透けて見える
サービスで小生の好きな俳句を
紅蜀葵(こうしょっき)わが血の色と見て愛す(岡本差知子)
鯵庵(8.6)それでも明日は立秋

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# by ajiankyoto | 2016-08-06 06:21 | Comments(0)

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ハンミョウと言う昆虫、オサムシ科の甲虫、2センチちょっとぐらいで林の縁、少し湿ったところにいる
見たことがある人は少ない、と思う
幼虫は地面に穴を掘って他の小さな虫を食う、幼虫の時から肉食系である
それはいいのだが、アスファルトの舗装をされてしまうとお手上げである
これほどの奇麗な昆虫を見たことがない、群青色である

10年以上も前に奥嵯峨の後宇多天皇陵の池のほとりで初めて見た
宝石のような小さな虫が私を振り返って誘っている
追いかけると2メートルほど先に飛ぶ、そこでまた小生を振り返って誘う、また追いかけると飛ぶ
別名ミチシルベ、ミチオシエなどと言う
結局小生の腕ではフィルム1本使っても写真に出来なかった
その後、御陵の前のこの池の改修が行われた、池の睡蓮も減ったけどハンミョウも見られなくなった
と言うことで残念ながら小生の写真ストックにはない

幼虫から肉食系であることはひょっとしたらつらいことである
肉食系であるからそれらしきものに飛びついて子供にも釣られた
我らの世代の田舎育ちであったなら、ハンミョウ(幼虫)釣りをしたことがあるかもしれない
漢字で当てると斑猫、マダラ猫と書いたりする
英語ではタイガービートルと言う
そう、肉食の虎のような虫と言うことである

一時、肉食系とか草食系とか言う言葉が流行った
けれど人間は雑食性である、それゆえに生き残った
阪神タイガースは球団ではめずらしく肉食系かもしれない
人間のように雑食性でないということは滅びやすいということでもある
小生の人生は好きなもんだけ食ってきた雑食だった
だが、肉食のタイガービートルのファンでもある
鯵庵(28.8.5)



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# by ajiankyoto | 2016-08-05 06:00 | 翁草 | Comments(0)

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京都市内は盆地の北端、〝どこから見ても山が見えるのは安心感がある″と続く
この安心感はまず狭さなんだろう
関東平野にある東京では山が見えないとも言う
それに比べて京都は狭い盆地であるのは述べたところ・・、多くはそういう意味で語られる
安心感の本当の理由は、それは街割りが碁盤の目のような条坊制の名残りにある
通りが直線に通っているから道の向こうの屋根の上に山が見えるわけである
山の形は東西南北で違うし、今自分がどちらの方角で山にどれだけの距離にいるかということが理解できるわけである
本当は南には山が見えない、市中で山が見えなければ南に向いている訳である
四方本当に山が見えたら値打ちがなかったろう
だから、〇〇通〇〇下ると言われたら山の見えない方に歩いていけばいい
東入ル、西入ルと言うことが成立する

と言いながら、実は碁盤の目の街割りは相当に崩れている
大きな通りでしかそれも感じられなくなって来ている
分かった人が京都に来てなお驚くことは、不思議なほど微妙に崩れていることだ
京都の1200年の歴史はこの碁盤の目(条坊制)の崩れ方にある
平安京の道路は今より数倍も広かった
政権が乱れるたびに実は公道が侵されていった
市街地は左京(東)半分になったし、御所も東へ大きくずれた
その上秀吉は洪水防止のために"お土居”を築き大改造を行った
お土居の中の京都は3分の1の大きさになった
今の京都の街中の通りはそれがベースになっている
平安京の姿はもはや消えてしまって、お土居の外は一面の田園だった
徳川体制になってお土居は壊たれたが、京都には覇権がなく街の発展は終わっていた
それが維新の時まで続いた

明治以降の大膨張は、市電を走らすことが都市計画だった
それが京都の町割りを決めた、それが道幅を決めた
市電が通る道でも平安京の道路の広さに及ばない
細い道が微妙に曲がっていて山が見えなくなっている
山が見えても屋根より低い
そんな街でも京都は盆地
山が見えれば、おおよその天候の予測がつく
特に夏の夕立、冬の時雨は当たる
それだけでも知っておれば旅行者の安心にはなるかもしれない
写真は四条通の御旅所
鯵庵(8.3)


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# by ajiankyoto | 2016-08-03 05:33 | Comments(0)

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つい一週間前には4羽のヒナの黄色い嘴が見えていた
梅雨が明けて30度を超える毎日が続いている
バーさんが巣から落ちた1羽を見つけた
バケツに入れてしきりに話しかけているが、もちろん野鳥の雛に餌をやることは出来ない
普通なら下にもハンターが待っている
雛が誤って落ちることはない筈
巣が襲われた形跡はない
兄弟たちに落とされたか?あるいは親鳥に落とされたのかもしれない
この夫婦、番(つがい)になるのが少し遅かったのかもしれない
この頃は気温は35度に達する
雛も上手く体温調節できるわけではない
落ちた雛ばかりを見ているが、兄弟たちだって息絶え絶えのはずだ
巣にはいつも間にか4羽が2羽になっている
残された者の生きるチャンスが拡大した訳だ
この時に餌を運ぶ親も大変だし、未熟な親には想像もしなかった日本の暑さだろう
春から一番に育ったヒナたちはもう大人と区別がつかない
南に旅する時期までには十分な体力と飛行技術がいる
この雛たちは間に合うのだろうか
それどころか親鳥たちも自分の体力を戻さねばならない
いつ放棄するかである
バーさんは雛を戻してやってくれと言うがダメだと言った
バーさんにとっては寝覚めの悪いことだろう
巣立つ前に一度巣から落ちれば親も見向きもしない
それが野生なのだから
落ちた雛のことを考えるのは人間だけだからだ
写真は落ちたツバメの子、この時はまだ口を開けていた
鯵庵(8.2)
「ツバメは日本から来る」はこちらをクリック
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# by ajiankyoto | 2016-08-02 07:10 | Comments(0)

黄檗山萬福寺・無常迅速

京都からこの頃外国人で混むJR奈良線に乗る
伏見稲荷が人気らしい、多くの人が降りる
幸運なことに黄檗(おうばく)まで行く人は少ない、黄檗には萬福寺がある
江戸時代に中国から来た隠元が開いた禅宗寺院である
建築だけでなく今も修行や読経には中国風を残しているといわれる
回廊に掲げられた大きな魚板が看板である、開ばんと言う(ばんの字は木偏に邦と言う字を書く)
その他にも数か所巡照板が下げられていた、これも寺での日常の合図に使う、
説明書きには朝夕起床・就寝の合図にこれを打って一山の僧が唱えるとある
謹んで大衆に白す
生死事大にして
無常は迅速なり
各々宜しく覚醒すべし
謹んで放逸する事勿れ

これが5行で書かれているので板の真ん中が窪んですり減っている
その字こそ「無常迅速」(うーじゃんしんそ)である
人生は短く、思いがけずに早くに死が訪れるかもしれない・・と言うことだろう
しかし、どうすればいいのだろうか
無常迅速、時、人を待たず・・と言うのも禅語にはある
早く言ってほしかったナァ、今になって、そう言われても小生も困っている
今日は、数十人の一団が作務衣を着せられ修行に取り組んでいた
黒い靴が下駄箱に並べられていた、会社の研修だろう、今なら真冬よりは楽かもしれない
萬福寺では修行僧は通路の真ん中を歩くことは出来ないと聞いた、両側をきちっと並んで歩く
真ん中や先頭を歩くことが出来なければ、
せめて、道を歩くときは人の邪魔をしないように教えてやってほしい、と思った
この内何人今日の道を歩いて行けるのだろうか?
セミの声も無常迅速と聞こえたら研修の成果あり?
もちろんこの時期研修中のサラリーマン諸君に応援している
写真は件の巡照板
鯵庵(7.31)
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# by ajiankyoto | 2016-07-31 08:15 | Comments(2)

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京都の餃子が売りの中華屋でラーメンセットを頼むと、ラーメンに焼き飯と餃子がついてくる
焼き飯が来てラーメンが来る、しばらくして餃子が来ることが多い
調理時間の差だろう、だけど時たま餃子が先に来る
どちらにしても大した時間差がなければ味わえる

少し前にA市で「ラーメン餃子事件」というのがあった
餃子を先にと注文したのに、ラーメン食い終わるまで餃子が出てこない
ということで店に絡んで居座った、警察が出てくる騒動となった
やはりラーメンと餃子だけなら餃子が先だろうと小生も思う
当たり前なんだがラーメンは注文ごとに一杯ずつ作る
餃子の遅い〇〇では勢いがないが、作り置きはほどほどにしなければならない
この業界の常識としては同時に提供するのが本来であるとも言うが・・
だから定食と言わなくてセットと言うと友人が語っていたのを思い出した
そんな場合、餃子を先に頼んで頃合いを見てラーメンを頼むのが客の作法だとも言う
だから、餃子を先にと言ったと言うが、店は聞いてないという
おそらくこの店ではそういう注文には応じないつもりなんだろう
ビールを飲むような人は心得ているとも言う
大層に言えば順番にこだわるのもアイデンティティ?だと思う

餃子を焼くことはそう難しいことではないが、タイミングよく提供するにはそれなりの知恵がいる
この頃は若手が任されていたりする
注文の予見が出来ないし、出来ても勝手が出来ない
せかすとあわてて生焼けが来たりする
早めに仰山焼いて怒られた経験があるのだろう、注文がある程度揃うまで焼き始めない奴がいる
そんなことを見ると、餃子の管理は店長がするべきものだと思った
従業員としての心理を考えれば、これからも早くなることはない
この頃、餃子を頼むと「出来た順番にお出ししていいですか」とすかさず有無を言わさず断るようになっている
それは違うと思うのだが・・そもそも出来るんじゃなくて作るんじゃろが
店で出来ることは焼き加減とタイミングだけである
店長さん、私の店じゃないですよ、あなたの店ですよ
写真はオニユリと私
鯵庵(7.30)


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# by ajiankyoto | 2016-07-30 06:59 | 大衆食堂 | Comments(0)

あおっぱな物語

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子供の頃の遊びは色々あった、単純だけど知恵はあった
皆が貧しい時代だった、教育も満足ではなかったが、何より食べるものも豊かではなかった
青い塩辛い鼻汁を覚えてる?透明な水っぽい鼻水ではない、味のある“はな”なんです
親が編んでくれた毛糸のセーターの袖がはなをこすり付けてテカテカだった
″あおっぱな”は栄養に問題があったなどという学者がいるが、学者でなくともそんなことわかってる
当時栄養に問題のない子など我々の近くにはいなかった

子供の遊びに関しては貧乏も栄養も関係ない
要は遊びにも飢えていた
後は知恵とリーダーの存在だった
今と違うのは仲間に飢えていた、独り遊びでは、限界がある
そもそも独りではリーダーになれない、三人寄れば一つの軍であると、三国志でも言っている
子供の頃、体は大きいが同じく〝あおっぱな″を垂れた餓鬼大将がいた
遊ぶことを真剣に考えた結果、自ずとそのガキ大将にみなついていったのである
遊ぶという同じ目的の元に集合して、より楽しくするための仕掛けである
それがガキ仲間のリーダーだった
ついていったからとて不足はないし、工夫次第ではいつでもリーダーにはなれる・・わけである
それは、遊びだからでもある。

蛇足ながら、そう思えば「リーダーシップ」という言葉も曖昧だ
時々事業に成功したカリスマ風経営者にリーダーシップが云々などというが・・
成功とは不遜にして強引な力技であり、かつ強運を持ち合わせて始めて叶うものであろう
リーダーとして仲間を楽しませてやる豊かな精神性とは少し方向が違う
カリスマ性は認めるが必ずしもいいリーダーだったとは限らない
あおっぱなガキ大将とは違うものだと思う
何処へ行った!!あおっぱなガキ大将!
我らの子の頃には間に合わなかった、せめて孫のためにも一度登場してくれないか!
写真はあおっぱな地蔵?
鯵庵(7.25)

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# by ajiankyoto | 2016-07-25 06:53 | おとこ編 | Comments(0)