盗人の理

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泥棒が盗んだ金を元手に足を洗う
これは足を洗うことではない
盗人の理という

盗人に一番大事なのは"けじめ"である、
と雨引(あまびき)の文五郎は言って死んだ
小汚い盗人でも粋(いき)でなければならない
というのが彼の論理だ

いかに金に色がついてないからと言って
盗んだ金を貯めて、貯めた金で余生を送るなんて
泥棒の風上にも置けないという・・
テレビドラマ鬼平犯科帳の世界である
原作では矮躯・馬面で出てくる
かっこはそれほど良くないのがカッコいい

捕捉
雨引とは文五郎が常磐(ひたち)の国雨引観音のある村の生まれであるとしている
ちなみに雨引観音の雨引とは雨乞いの霊験あらたかな山号にちなんでいる
嵯峨天皇の雨乞いの写経が残されているようだ
鯵庵(4.22)



# by ajiankyoto | 2017-04-22 09:00 | 翁草 | Comments(0)

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昨年急死した友達がFACEBOOKに出てきた
「今日は〇〇さんの誕生日です、誕生日のメッセージを送りましょう・・」
おせっかいなFACEBOOKは知っているが、やはりなかなかにおせっかいである
つい、ポチッと送りそうになる
見て見れば去年の更新以降そのままである

小生もホームページもある
ブログもある
FACEBOOKもLINEもある
しかもいくつかは有料でもある

ひょっとしたら彼はFACEBOOKを消さなかったのかもしれない
あるいはそういうことが出来る人が周りにいなかったのかもしれない
FACEBOOKは別にしてもホームページなど消すのは管理者しかできない
果たして死期を知ったからと言って適切にそんなことできるのだろうか

FACEBOOK友達も、彼が死んだことも知らない人の方が多い
それでいいのかもしれない
証(あかし)なのだろうか、人玉(ひとだま)なのだろうか
拙者は?どうするつもりなのだろうか
確かに急に考えがまとまらない
鯵庵(4.20)




# by ajiankyoto | 2017-04-20 06:05 | 翁草 | Comments(0)

嫁が来ない?

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家内の友人が来ていた
話が佳境に入った頃に小生が帰ってきて一緒にビールを飲むことになった
再婚したいという
理由は・・嫁が来ないという
嫁が来ない?男の話ではない

相手はというと、これからだという
何だ・・離婚してから独り暮らしが3年になると言う
子供も孫もあっちへついてしまった、と言う
「あっちへつくならもう来なくていい」と息子に言うたら
嫁が来ない
そして息子も孫も来なくなったと言う

罪なく家を出たのに子供たちが味方してくれない
男の子はと信じるものがあったのに・・そのことがむなしかった
嫁が決めることに夫(息子)や子供(孫)が唯々諾々と従う
そんな力が嫁にあったのだろうか・・と今更思い知らされたという
そんな主旨だ

相談に来ていたわけではないので答えは要らない
仕事もしてないみたいだし食っていけてるのだろうか
ならばまあ再婚には賛成である
でも、孫もおるわけだし、親子の縁は切りにくい
将来のもめ事も無くしておく必要もある
そういっても大金持ちに当たる確率は極めて低いし
もともと、男と女が一緒に暮らすとなれば賢さは必須だ
一時の寂しさだけでは禍根を残す

小生の初夢艶福指数(←クリックで開けます)を披露したくなったが・・
年上の男性を意識した式は女性には失礼な式でもある
歳の差が艶福だというのは偏った考え方である
互いの利害が一致することが世間の定理ではあるが
どちらかが幸せですということだって互いの幸せでもあるのである
若い人には分からないかもしれないけど
この熟女にもまだわからないだろう
離婚は最後に一人で死ぬことに等しい
人生など所詮、打算、・・と覚悟なのだよ
それでも"万事塞翁が馬"とも言う
女性を相手にすると・・歯切れの悪い話である
写真はラッパばかりが大きくなったスイセン
鯵庵(4.18)

# by ajiankyoto | 2017-04-18 09:35 | 大人の恋 | Comments(0)

古木は枯れ木なのか

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退職したばかりの頃は毎日よくジムに通ったり元気そうだったのにと・・
今は何んの目的もなく家でゴロゴロ、と娘さんが嘆く
嫁に行かない娘に嫌がられて説教されると60代後半に達したお父さんも嘆く
娘は毎日仕事が忙しいので鼻息が荒い
母親は役割を放棄して毎日外出している
洗濯機も触らないお父さんに母親の代わりに物を言う
娘はまだ言う
せめて尊敬出来たころの父親に戻ってほしい
それもまた母親の口真似だ・・

長い間仕事して退職してまだ元気な父親がやけにもならず
酒も飲めないので仕方なく家にいるだけだ
せめて家族でもあればすることもある
何もしないでゴロゴロしているのと、家にもいないのも同じことだ
仕事をしなくなった途端に枯れ木扱いだ
花が咲かない古木だ
娘さんには悪いが、ぐずぐずしてるのともあまり変わらない
若木と古木では古木の方が花がきれいなこともある
そうでない場合もあるが・・
花が咲かなくなったら急に尊敬できないのと言う
せめて尊敬出来たころの父親にもどってほしい・・と言うのは間違いである

新聞の人生相談に出ていた話題だ
女性が情緒的なことをいう場合は、情緒に深みがない場合が多いのは知っている
母親譲りでオヤジも可哀そうだね・・みんなこんなもんかね
気をつけやなアカンね
友人とそんな話をしていたら
そんなようなオヤジが、言うとこがないのでブログを始めたという友人の友人の話があった
あまりに小生に似たような話なので、ちょっとその後が言い辛かった
写真はだるま寺にて
鯵庵(4.16)

# by ajiankyoto | 2017-04-16 09:09 | 翁草 | Comments(0)

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毎日思ってるわけでもないが
苦しみがないわけではない
ほとんどのことはそればかり考えても仕方がない
と思っている
いつも思ってることは
いつも思っていても仕方ない
やらなあかんことも仰山ある
やれることはしてやりたいが
今の力ではやりきれない
遠くが見えても飛べないこともある
親や子の家族の痛みは自分の痛みである
子は親から癒してもらえるが
大人になれば親にも子にも癒しはない
これこそ意気地なしかも
大きな声を出して叫んでも喚いても
そんなことになったって
喚くわけにもいかん
誰も聞いてくれる筈もない
鰺(4.15)

# by ajiankyoto | 2017-04-15 19:18 | 翁草 | Comments(0)

またまだ、研修中です

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4月に入って巷でも人の異動が感じられる
アルバイトが変わったとか、今まだ研修中だとか
どちらかというと先のある話が多い
小生のパート先でも同じである
春は春である、もっともなことである

それにしても若い人が朝早くから夜遅くまで働いている
それほど賃金が高いとは思えない
若い時の貧しさなんて・・そんなものなんともない
我々だって若いころは、、、と続きそうだ
しかし、それは違うと思うし、やめておこうと思う

人は苦しさに耐えなければならない時期はある
それは仕方がないだろう
辛抱ってなんともない、自分の力で将来を切り開いて行け!!!
そうなんだけど
それは成功して初めて言えることである

小生この頃思う
彼ら彼女らは何度チャンスを失ったのだろうか
成功した人の話が教訓になるのは自分が成功した後である
成功とは人を最低賃金で使う経営者になることだろうか
その反対側で若者たちが現実の厳しさと挫折を味わっている
新卒採用でなければ浮かび上がることすらできない社会になっている

先に希望がなくても頑張らなければならない人にとってはきっと空しい春なんだろうと思う
せめてそんな若い人たちの気持ちを救ってやれる経営者は出てこないのだろうか
早くに人生を諦めなければならない人生なら哀しすぎる
まるで時代が逆戻りしているような気がする
鯵庵(4.13)

# by ajiankyoto | 2017-04-13 12:00 | ハロー・ワーク | Comments(0)

桜の葉か桜餅の葉か

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年中あるのだが、この時期になるとつい手が出てしまう
桜餅である
桜の葉を塩漬けにした風味が特長である
実はこの餅も関東風(長命寺もち)と近畿風(道明寺もち)という区別がある
こちらのものは道明寺粉というのを使う
水に浸したモチ米を干して、荒く砕いたものを用いるのが特徴である

しかも、形が違うのも面白い
京都では桜の葉の香りを大事にする
このサクラの葉の塩漬けはオオシマザクラの葉を用いることが多い
新鮮な葉をその日のうちに塩漬けにする
静岡県のある町が環境省の「かおり風景百選」にこの時の香りと風景が選ばれている
もちろんそういう産業として成り立っている程の需要がある

京都のそれぞれの店の桜餅の葉がどこからきているかは知らない
かなりの高級品だから葉っぱくらいいいものを使ってるはずだと感じている
嵐山の渡月橋のたもとに桜餅の茶店がある
ここの桜餅は他の店の桜餅とまた違っている
真っ白な道明寺餅を大きな桜の葉2枚で上下をくるんである
小生はこの桜餅が鄙(ひな)びていて好みである
他に餡でくるんだものもあるが、いずれにしろ桜の風味が一杯である

このサクラの葉の香りはクマリンである
「春に桜湯を飲む」でも述べた
塩漬けにして作り出される自然の香り成分である
桜餅の香りはこのクマリンである
嵐山は京都の観光地として余りに有名である
山と川しか眺めるものがないのにシーズンになれば京都の人は近づけない程の人が来る
観光地として何でもある、が
ひょっとしたら嵐山らしいというのはこの桜餅だけかもしれないと思ったりする
写真は友人かいこ氏と写経に行った大覚寺
鯵庵(4.11)

※「春に桜湯を飲む」の記事中、灯油にクマリンを添加してるわけを読者から尋ねられた・・クマリンはある紫外線に照らすと蛍光反応がある。揮発油は油種によって税金が違う。灯油にクマリンを1ppm程度添加していると、灯油を混ぜた軽油などを識別できる。脱税防止が目的・・ということです(鯵庵)

# by ajiankyoto | 2017-04-11 12:00 | 翁草 | Comments(2)

春に桜湯を飲む


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"桜湯"で検索したら全国の銭湯が出てきた
欲しかったテーマは桜の塩漬けである
大体は五分咲きくらいの八重桜の花を梅酢と塩で漬ける
検索の結果、クックパッドにも作り方が載っていた
"お湯を注いで簡単出来上がり"と載っていたのには驚いたが、
もちろん桜湯のための桜の塩漬けの作り方も載っていた
上手に作ればお湯を注いだ時に花がきれいに開く・・

花が咲かなければ出来ないのだが、
京都の有名漬物店では春の前から店に並ぶ
それならお湯を注ぐだけでいい、簡単すぎる料理(?)だ
飲むのも簡単でいい、作法がある訳ではない
桜餅の桜の葉と同じで塩漬けにすることによって香りが出る
その天然の成分がクマリンである

かすかな香りを楽しむものである
クマリンは老化防止に結構な効能があるようだ
あなたはもう間に合わないかもしれないが、
お見合いや結納の時にはお茶に変えて用いる
老化防止に効くというなら、もっと早く飲んでおくのだった
が、これは飲みすぎは毒
クマリンには蛍光反応があることから税別のため灯油にも添加しているらしいのは驚く

今年は、せめて・・八重桜が咲いたら作ってみますか
梅干しの梅酢があればなお自分の家の味が楽しめますよ
花を二度見る方法だと思えば楽しめる
写真は大阪の造幣局桜の通り抜け(今年は11日から)
鯵庵(4.10)

# by ajiankyoto | 2017-04-10 08:29 | 翁草 | Comments(0)

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「京都で生きる」で書いたMさん、ブログを始めてからしばらくたつ
小生も機会あるごとに目を通している
仕事や暮らしの日常の中に、街や人を見る女性の目が光っていて、参考になる
東京のサラリーマン男性と一緒になって子供と一緒に大阪転勤についてきて、おかげ(?)で大阪で離婚
両親のいる東京に帰るかと思いきや大阪の社宅を出るついでに京都で仕事を見つけた
今は、京都で大学生と高校生の子供二人を育てている
小学校から京都の私立に通っていた長女が気丈にも「お父さんがいなくとも京都でならやっていける」と言った
それなら自分も二人の子供と暮らしていけると思った、と言う

京都人になろうと思ったら思い切れたと言う、不思議な力を持った人だ
自然の黒髪もさることながら、きれいな標準語に周りの誰も気づかない
溶け込むように目立たない
もちろん旅行者みたいな東京育ちのアクも嫌味もない
教養の都で培った教養は腐らない?京都も昔はそんな香り高い人を育てていた町だったんだろうと思った
その一方で都の修羅場を引き受けてくれているのが東京である
元のご亭主はこちらでの仕事も上手く行かずに修羅場の東京へ帰って行った、ということらしい・・

街というのは人を受け入れてくれるところのことである
逆に言えば受け入れの下手なのが田舎だともいえる
人生の節目に住むところを選べるということはそう何度もあることではない
その中で都市の持っているイメージは重要だろう
ただ、自分に本当に自分にあうのだろうか、それは分からない

MさんとMさんの娘さんが京都を選んだのは、京都に通学していただけのことかもしれない
新しい暮らしの場所が必要だっただけのことのかもしれない
そんなときに、東京も大阪も、温かく受け入れてくれるいい街だ
しかし、同じ都市でも京都は京都の方から寄ってきてくれる街だ
街には、向こうから近づいてきてくれる街というのがある
というようなことが書いてあった
人は街をさまよっている
ただ、花を求めてさまよってるのではない
人生の転機にこそあいたいそんな街が沢山ある国が豊かなのだろう
鯵庵(4.8)



# by ajiankyoto | 2017-04-08 08:23 | 都市 | Comments(0)

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京都の街中の小さな商店街で魚屋をしている淀屋(仮称)さん夫婦
朝早くから中央市場での買い出しに始る
もちろん三枚にも下ろしてもくれるし刺身もある
ある時から唯一の従業員が辞めて、そのかわり奥さんが店に出ることになった
しぶしぶのところもあったが土地柄奥さんの方が受けがいい
おかみさんぶりで商いも上手い
そのうちお客さんの希望を聞いて魚を煮たり焼いたり、ウナギもアユも仕入れてきたり
ちょっとしたことは仕出し屋みたいに適宜やってくれることようになった
正月前など大忙し、場所柄もあるがそんなこんなで他の店をよそ目に今も繁盛している

魚屋は新鮮さが命、そればかりで商売していたおやっさんの時代は利幅が薄い
おかみさんが加わってから、売り物が増えて客が増えてロスが少なくなった
それだけで商売が上手く行くとは限らないが、おやっさんはますますいい魚を選んで買ってこれるようになった
刺し身の活きがいい、直前にさばいて、しかも欲しい時にバイクで配達してくれる
あそこの魚はいいという評価を落とさなくて続けられたわけである
おやっさんは、活きのいい品物を提供したいという論理、おかみさんはみんなに喜んでもらえるものを提供したいという論理

あくまでも商売の上ではあるが、おやっさんの論理は良いものと悪いものを区別したい男性原理
一方おかみさんは何でも受け入れることのできる女性原理、だが、その特徴はおやっさんの論理を抱擁しているところにある
許容力の論理と言ってもいいのではないか
男性だから男性原理、女性だから女性原理という訳ではない
世の中はまま反対のこともある。

たとえば、おやっさんがそのまま続けていたら・・
イイものはいいダメなものはダメという論理を持ちこたえられなくなった時
結局はあそこの魚は鮮度が落ちたなあ・・と言われるようになったかもしれない
鮮度と美味しさは比例するとも限らない、料理人並みの理屈を言うのは魚屋の堕落だ
女性原理のまねをしても上手く行くということでもない
ならば、ということで・・そこはおかみさんの仕事
だからと言っておかみさんが仕切っているのでもない
淀屋はおやっさんとおかみさんがいて成り立つ訳である

そういえばいかにも無難な結論・・?
実は包容力だけでなく知恵や力のない論理は女性原理でもないのである
今回はそれを言いたかった
鯵庵(29.4.5)

# by ajiankyoto | 2017-04-06 08:00 | 女紋 | Comments(0)