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元弁護士が火薬に火をつける役までした
早く切れと世間が言ってくれてたのに・・
詐欺師に騙された、その後も続く
妻の代わりに謝ってるつもりです
つもりなのですが伝わらない
謝らない妻を守るのが男です、と勘違いしている
あの時謝らない妻を謝らせらせればも少し長続きしたかもしれないのに・・
と気付くには今回まだ少し時間がかかることになった

女を謝らせるような男になってはいけません
これが親の遺言だった?
それ字が違うのちゃう
女を誤らせない男にならなければなりません

謝るということは心をともなった礼儀であるはずだ
惻隠の情とは親が子を思う時の気持ちである
時に武士の情けとも言い、時に忖度とも言う
たとえご政道だって同じである・・
平たく言えば謝ってすむことがないわけではない
日本には謹慎という温かい言葉もある
それも礼儀の一つである
日本で長いこと暮らすイギリス老人が言っていた

始めは何のこと言ってるのか分からなかった
選挙も台風も一過、小生の話し相手が今日も公園に来た
日本語が上手だ、この頃分かりかけてきた
騎士道・武士道ともに廃れて、今や日本の婦人道も腐ると言っていた
鯵庵(10.23)



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# by ajiankyoto | 2017-10-23 21:32 | 翁草 | Comments(1)

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「がんもどき」は「雁擬き」と書くが、あまりしっくりこない
近畿地方では”ひろうす”と言うとあるが、これも同じである、インパクトがない
何んとしても語源の意味を説明したいようだが、何を聞いてもしっくりこない
嵯峨の釈迦堂近くの有名豆腐屋は観光の客も多い
店前で豆腐を手で食っていた食通も時々見られるが、それならがんもどきの方がいい
「油はいいのを使ってます」とちゃんと広告している
一つ200円(スーパーの倍ぐらい)ほどで買える、京都豆腐の″がんも″ならいい土産になるのと違ぃまっか
京都は粗食文化の町である、歴史的にも公家も武家も商家も庶人もずっと食事は粗末だった
精進料理も懐石料理も粗食文化である、その粗食の味を古い京都の人は知っていた

一方、実は日本全国、豆腐の国であった
そんな中で考え出されたものが、がんもどきでもある
豆腐に・・人参・牛蒡・木耳・かじめ・山芋・百合根・銀杏などが入っている
全て、主要食材である、それを油で揚げる、それをまた煮て食えばまさに一等賞である
粗食と言えば貧しいと思うのは貧しさしか知らない心である

粗食でいいんだと思えば、料理は工夫次第なのだ
そうして発展したのが料理文化なのだ
がんもどきは粗食の中でもぜいたく品であるのかもしれない
京都の人はだから”がんも”と言った方に愛着を感じている

豆腐やがんもどきを買いに嵯峨まで行く人はいない、町内の豆腐屋のが一番旨い
世の中”もどき”ばかりのこの世の中で裏切らない”もどき”が”がんもどき”である
がんもどきの”もどき”は謙遜語の”もどき”である、これがもどきの擬きたるゆえんである
と言うのが小生の論である
これとは反対に、選挙が終わっても世の中の"もどき"はまだ続く
鯵庵(10.22)


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# by ajiankyoto | 2017-10-22 09:58 | 京都の水 | Comments(0)

誤算なのか違算なのか

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実は集団行動が苦手な人ほど集団行動が好きなのだ
小さい時から勝手な行動をし学校にも行かず、
それが個性だと言っておだてられたけど、
だからと言って個性で飯を食うほどにはなれなかった
気がつけばそんな群れから離れ、離れまいとしている
小さい時に大きかった集団はいつかいくつかの群れになって、
下級の自分の群れからも置いていかれる
集団行動についていけないのだ

集団行動こそがメンドクサイ
群れることとは違う
30歳・40歳になってさえもまだおみそに気づかない
人生は誤算だらけであるが・・違算ばかりではいつか生きていけなくなるよと
気がつけばそんな群れから離れ、離れまいとしている

子供のおみそはガキ大将の群れについていけばいい
大人のおみそはガキ大将がいない
おみそが群れている
でも伝染病にでもかかれば、自分の群れからも置いていかれる
今こそ個性的に生きはじめるときになって今度は一人が怖い
モラルの群れからも置いて行かれる
それもおみそという

いいんだよ、いいんだよ、幾つになってもおみそはおみそなのだ
小生だっては言わざるを得ない
人生は誤算だらけであるが・・違算ばかりではいつか生きていけなくなるよと・・・
鯵庵(10.20)

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# by ajiankyoto | 2017-10-20 21:41 | おとこ編 | Comments(0)

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つい、「面倒くさい」と言ってしまった
年令的にぼちぼちそんな表現も許されるかなと思った次第である
この面倒くさいという言葉、なんとも便利な言葉である
いい職業を持つ30代の女性、〝仕事をしたいときに恋愛をすると煩わしいことが多い、恋愛も結婚も結局は面倒くさい″と
一番面倒くさいは仕事だと思うのだが、そうでもないらしい
仕事にかまけて家庭を顧みもしないという企業戦士が活躍した時代はずっと前に過ぎてしまったと思っていたら、そうでもないみたいである

男性A君が同じようなことを言っている
大学を上手く卒業して、上手く就職も出来たとして、
"家庭を持つだけの力を得るのにこれからでも10年はかかりそうだ、だから今は恋人も面倒くさい"と言う
自分のペースに合わせてくれるならばいいがそうでないなら一人でいる方がいいと言う
小生、茶化すのではないがそれも真理だと思う
ただし、友人や人生の伴侶を得るのに計算は不要である
公式と言うものがないのだから・・自分都合の計算式なら計算しない方がましである
加減のいい人との付き合いというものは存在しない

都合通りでないのが人生だと思う
それは本当に面倒なことなのである
都合通りでないということが面倒くさいというのだが、
都合通りでないということが得難いものなのだ
"一人でいる楽しさ″を味あうのには彼女も彼はまだ若すぎる
今はメンドクサさを味わうのもメンドクサイ
気持ちが分かるような気もするが
鯵庵(10.19)



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# by ajiankyoto | 2017-10-19 07:47 | おなご編 | Comments(1)

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10月に入って最低賃金の改定があった
大阪府は時間給909円、京都府は856円になった
ともに20数円は上がった
全国の平均は848円であるから、京都府も平均を上回る・・・
小生このブログを始めたころ、そのころ身に染みたことの一つがこの最低賃金なのである

65歳を過ぎてハローワークに通った
有効求人倍率は上がった上がったと言いながら、ハローワークのパート勤務はほぼ最低賃金だった
ハローワークで見た求人の主は最低賃金にこだわっていた
いつまでたっても求人に成功しない雇い主ばかりだった
小生は最低賃金に不満があった訳ではなかった
適当な勤務時間を希望していたし
サラリーマンを辞めた次の年、健康保険が月にん万円と言われて、それぐらいは稼がなければという事情はあった
その時、最低賃金というもの仕組み組みを知った
この最低賃金制度は、一方、生活保護との整合性を配慮せよとなっている
言い換えれば生活保護水準を意識したものだということだ

少ない求人なら若い人に譲ってやりたかった
だが、年寄りが出来る仕事(年令不問)を譲って貰たったくらいでは生活できない、というのが次の壁だった
上限と下限を決める制度に整合性は要らない
労働の対価を生活水準(最低の生活)を根拠に定めることが害をなしている
あるいは、生活保護基準が最低賃金を一律に下げてしまっているように思う

最低賃金の下限は生活保護基準なのだ
問題はそれが実際には上限になってしまっていることだ
働いて賃金もらって税金も健康保険も医療費も払うなら、
生活保護で医療費の給付(現物給付、ただのこと)も受けた方が割がいいのに決まっている
一度生活保護を得られたらもう最低賃金の労働に帰ってくることはないのは理解できる
当たり前だ、プライド捨てて働いても実際は生活保護を超える収入などないのだ

来年あたりから本格的な賃金上昇局面になるという学者もいる
そもそも賃金を経済で説くということが迷路になっているのではないか
いずれにしろ最低賃金の動きを見ればわかることだ
最低賃金しか払えませんというような商売なら・・
働く人にとってはやめてしまってもそれほど困らないという理屈になる
もちろん、働く人が困らないなら・・そんな店、客にとっても何も困らない
会社や商売するのは勝手だけど、無視してもいい要らない会社や店がほとんどなのだ
それは実業とは言わないのとちゃうか、小生でもわかった
鯵庵(10.17)




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# by ajiankyoto | 2017-10-17 10:00 | ハロー・ワーク | Comments(0)

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国際観光都市などと言われることはほとんどの市民が嫌ってます
それでも国際的にはまだ知名度が低いなどと観光協会や市役所が煽ってます
京都のいいものが全部なくなっていきます
京都に暮らしていることが嫌になる日が増えてきてます

春・秋のシーズンはバスもタクシーも一杯です
渋滞ははなはだ激しいし、そんなところに車自慢のマイカーがどこまででも入ってきます
歩くのも難しいのにそこを時代錯誤の人力車までがうろうろします
こちらは静かに歩いているつもりなのに頭の上であの外国語会話が飛び交ってます
あの国の旅行者のことを時々悪く言いますが、京都では我が国の人も皆、あの国の人のマネをします

そうでなくても皆が修学旅行生のようです
「京都で暮らしていると毎日が旅行みたいでイイですね」
と女学生が言ってくれました
これぞディスカバージャパンですね
もちろんハイと答えました
皆さんは見ることのない路地のサクラもモミジも見ることが出来ます
素直な可愛い人には優しく答えます
"大人の女"になったらもう一度京都に来て下さいね、と
違った京都が見えてきます
出来れば京都でお暮らしなさい、とも・・

あの国の人は神社の裏まででもどこまででも入ってきます
我らは路地で暮らしています
ただ、路地の裏までいつか入ってこられるかもしれません
それが怖い日々です
鯵庵(10.14)


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# by ajiankyoto | 2017-10-14 22:17 | 都市 | Comments(0)

「憎まれてまだ世にはばかる」に続く
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昼飯にさる中華屋に入って驚いたことがある
それがまた同年輩である
一人でビールや酒を呑んで中華を食っている人に挟まれたことがある
カウンターで両側に大食漢の同年輩に挟まれると席の幅は狭い
必要以上にゆっくり食事する様子はそしり食いの様であった
夜勤明けの労働者でないのは誰にでもわかる
たとえそれがデカダンスであったとしても、客の若きサラリーマンやあるいは安い時間給で働く店員から見てどう見えるのだろうか

ごめん、今時デカダンスは使わない
朝から一日街歩きの文化人風老人
昼間からビールで食らう今は遊び人風老人
その他にも、株屋の前で数字の掲示板を見つめて一日過ごす人もいる
この頃のメーデーやデモで大多数を占める元気な老人たち
これ皆街で出あう同年輩である
この中にはそれでも職を探してハローワークに通う人もいるかもしれない
いずれにしろつい数年前まで都市の経済を支え会社の中で必死で働いて来た人であろう

しかしである、その人それぞれの実際の境遇や懐具合はそこからは何も見えやしない
今までの稼ぎや年金や貯蓄の額とも無関係である
それは「生き方の趣味」の問題である
現在(いま)も違う以上に、過去も違う、もっとそれ以上に先のことも違うだろう
ただ、間違いなく、同じような人生(老後)を暮らすことはないように思う

家族にも社会にも何の役割もなくはばかるその姿のまま、あと何年暮らさねばならないのだろうか
不幸でもないのに人を羨ましく思って暮らすのは嫌だ
やはり不健康で長生き出来ない人もいるだろうし
長生きしたとしたら一人で施設で暮らしているかもしれない
ここまで来て犯罪者に転落する人間もいる
何か絡まっているように見えるけど碇(いかり)ほどのものじゃない
60歳を過ぎればアンカーのない小舟なのだ
おそらくイソップ童話の結果とはきっと違うだろうけど、
それが誰にも本人にも分からないのが人生なのだと、思えてくる
鯵庵(10.13)


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# by ajiankyoto | 2017-10-13 14:14 | おとこ編 | Comments(0)


この頃街中を歩くと同年輩によく出合う
都会は今はガードマンの時代だ
道路工事に限らずパチンコ屋でもスーパーでもお寺でもそこらじゅうガードマンである
よく見ると、それこそ同年輩が多い
ヘルメットをかぶって少し顔も汚れているが、手入れされた髭の似合う紳士が多いことに驚く
ハローワークに行けばすぐにわかるが、この年代、簡単に採ってもくれないし、簡単に勤まらない
この世代ではガードマンの仕事につけるのはエリート的存在なのだ
人に接するわけだから欠陥ある人間では勤まらないのは当たり前だ

同年配の輩(やから)とは昭和20年前後から20年代の生まれというところ
帽子をかぶってリュックを背負って、いかにも街中をぶらぶらしている
もちろん結構いいものを着ている
まー恐らく定年を暫く過ぎて、しかも、仕事は何もしていない
広義で言えば団塊の世代とも言う
団塊の世代はそもそもその言葉が嫌いだけれど、それに代わる有効な単語がない
小生もその仲間だというのに、そんなぶらぶらしているオッサンを見るとこの頃鬱陶しい(うっとうしい)と思ってしまう
"憎まれ者世にはばかる"という言葉がある
実は"憎まれてこそ世にはばかる"というのが正しいのではないか?
今もって世にはばかる輩も、今頃になって世にはばかる輩も同じである
若い人の目から見れば腹立たしく感じるかもしれないと、この頃思っている

(後編に続く)
鯵庵(10.12)

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# by ajiankyoto | 2017-10-12 08:55 | おとこ編 | Comments(0)

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〇〇ブログは時々おかしくなる
原因は容量不足だと思う
せっかく見つけたブログに「イイネ」しようとしたら
「登録」してくれという
それはいいのだが汗をかいて登録が終わったらそのブログを見つける方法がない
やっと見つけて「イイネ」をと思ったら今度は「like」なっていつまでたっても反応しない
と、多くの人に苦情を言われている

abcさんも言っていた・・裏技を使って"プロフィール”に入っても同じこと
会社は分かっていないのか、分かってても改良しないのか
なんやかやで小生も、写真のサイズを小さくするプログラムを買ってきてやっている
小生思う、〇〇ブログはケチなんだよな
混んでると時間がかかりすぎる
小さな店に並ばせて喜んでいる店と同じ

運営会社はそんなこと知らないと言ってる?
自分のブログの状態(設定)を知らない人も多いぐらいだから
こっちのせいと思う人が多いので
不都合があっても白状しないのだろう
現にその内なおっている・・のだ
インターネットの世界でそれをするのは不都合だと思うよ
それじゃブログ文化は広がらないと思う
今更、よそへもいけない
どうすればいいのか何かいい方法を正直に教えてください
不都合事情をブログに書いている小生としては言わなければならない
これは”排除”されてもいいけど、他のは消さないでよ
鯵庵(10.11番外)

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# by ajiankyoto | 2017-10-10 19:55 | 翁草 | Comments(2)

トイレには悪魔もいる


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サラリーマン二人がトイレで小用を足しながら上司の悪口を言ってたらその上司が扉の中で聞いていたなんて笑い話がある
就活生二人が会社の面接である会社を訪れたら女性がトイレの掃除をしていた
こんな時、馬鹿が掃除の女性を蔑んだ会話をした
その悪態を後ろから注意した人がいて、「君ら後であおう」と言った
それがこの会社の社長だと知って、嬉しかったと掃除の女性がブログに書いていた
その就活生二人はその後の面接でさぞ驚いただろうというそんな話である
だが、この話は社長が水戸黄門的で悪人がはっきりしすぎて男性作者の教訓風作り話であることは容易に分かる

就活中は最後まで我を出すな、そのために皆と同じスーツを着ているのだ、という程度の教と思えばいい
しかし、よく考えればこの二つの話には共通点がある、そうだ、それぞれ二人の会話だということである、口の軽さのその怖さなのだ、トイレに一緒に入った油断だと思う方が現実的だ
トイレには一人で行こう、そして黙って用を足して出てくればいい
時々トイレであった人に会釈する人がいるが、要らざることだ
小便かけられることもあるぜよ

男は用を足すとき安心感と時に高揚感がある、その後ろ姿は隙だらけである
男性は生理的に・・特に出すときにはそう出来ている?!
だから、掃除中のトイレには入らない方がいい
トイレの掃除は神様に好かれる仕事である、だがトイレ掃除しながら不満と悪態をついているおっさんに水をとばされたことがある
トイレにも恨みがあるのだろう、トイレには必ず悪魔がいると喚いてた

あの二人組のなれの果てだろうか、いや違う、今時そんな小うるさい社長の会社一つしくじったって恨みもあるまい
小生が社長なら採用してやって彼ら二人に3年ぐらいトイレ掃除させるのだが・・
それぐらいのことをすればどちらかは出世していずれ小うるさい社長を継いでくれるかもしれない
それをトイレの神様と言う
今日は上手く落とせなかった
最後の一滴が分からないのと同じだ
頻尿鯵庵(29.10.9
改)


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# by ajiankyoto | 2017-10-09 20:57 | おとこ編 | Comments(2)