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女性の体の美について考えてみると、そのみなもとは二足歩行にあると感じる
人間に最も近いとされる類人猿と遠くの昔に分枝したときから、その隔たりの一番大きな点は、体軸が真直ぐ垂直に伸びた直立二足歩行にある
骨格そのものは、まだ、中途半端な形を残しているともいわれるが・・
二本足で立ってかつ暮らすにはそれを補うための筋肉が必要である
そのため足と上体を支えた機能的な臀部を持つことが不可欠なことである
ここが大事!
それが腰や大腿と独立した部位として人間の尻を形作っているのだから
ついでながら言えば、直立歩行によってなんと乳房の位置が腹から胸に移動したぐらいである

サルは膝を90度に曲げることで立つことは出来るが、長時間続けることが出来ぬばかりか、運動能力には著しく欠ける、歩き走るときは四足に戻る
また座る芸をするサルもいるが、尻の形は座るためには尖っていて不安定である
人間はちゃんと立つことが出来、ちゃんと座ることも出来るのです
だから、人間にとっての正常位は、人間ゆえの正常位なのです
しかし、二足歩行を常態とするためには、立つ座るだけでなく、歩き走るときもその前進(または後退も)のために腰に負担をかけている
その腰を全身機能として支えていくのも臀部の役割である

そこにその骨格と筋肉の二足歩行進化の美の造形と個体差があるというのが小生の論である??(もっと分かりやすく言って欲しい・・自分で考えろ!ちゅうの)
物事を一度裏から見る癖もここにあります
ただ、後ろ姿の美しい人を見つけたら必ず前に回って眺めてみるといい
この件に関しては保証する
写真は臀部風景(大阪新世界にて)
(29.7.2改)

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# by ajiankyoto | 2017-07-02 20:28 | おなご編 | Comments(0)

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7月の2日は半夏生(はんげしょう)である
太陽黄経がちょうど100度の瞬間、の日を言う
国立天文台の「暦要項」にも堂々と載る雑節(ざっせつ)の一つである
季節の移り変わりを知るための暦日である
夏至を過ぎて概ね11日、・・田植えも終わって暫くの頃である
梅雨の最末期で実は毒気の多い時期で、それぞれの地方でそれなりの風習が残っている

昨年のブログでは勧修寺のハンゲショウのことを書いた
困ったことにこの時期が見ごろである
今年は小生の生活の中に半夏(ハンゲ)が入ってきた
体調が悪いわけではないが、何故か舌の付け根に口内炎・舌炎が出来る
口内炎は辛い、しかも舌の付け根に出来ると痛いしうっとおしい
口内炎は診療科目がはっきりしていないが今年は歯科で処方してもらった

やっと処方されたのが
半夏瀉心湯(はんげしゃしんとう)なのである
瀉心とはみぞおちあたりのつかえをとることを言う
この場合の半夏(ハンゲ)とは勧修寺のハンゲショウではなく・・
畑の雑草としてよく見られるカラスビシャクの地中の球茎を乾燥させたものである
半夏の他に黄芩(おうごん)や黄連(おうれん)などなど調合されたものである
もちろん製剤されたものは健康保険が適用される
が、ちょっとの期間飲んだとて効き目の分からない話である

飼い猫が口内炎でやせてしまったという話を聞いたことがある
人間の口内炎の特効薬はない
このあたりになると日本の医学も結構アバウトだなと思う
ただ、国立天文台の暦で言うのはこの生薬になる半夏のことなのである
誤解なく・・と言いながらいつもこの時期この話題が好きである
タイミングがここまであえば、季節感を語る限りどちらでもいいことかもしれない
鯵庵(7.1)


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# by ajiankyoto | 2017-07-01 07:00 | | Comments(4)


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契約中の客に迷惑電話をかける神経が理解できない
家にも、めったにかかってこない小生の携帯にもよくかかってくる電話なのだ
光回線だ・・いつまでたっても客の拡大に明け暮れている
それは仕方ないが、すでに契約済みの人に新しいサービスを勧めているのだ

「既に契約してます」というと「契約者にお得なサービスのご案内をしている」という
「もうそれは結構です」というと、その「不要な理由はどういうことか」と聞き返してくる
(これは迷惑電話ではない、どこで何を聞いたか知らないが、こんないい話に乗らないあなたは馬鹿だ)と言いたげだ
こっちははっきり言って、(いかな大会社でもこれ以上の深い付き合いはしたくない)の一点なのだ
毎回こういうセールスに乗せられてここまできたが、結局乗り替えごとに損をしている
が、契約が長期間になればもっと損をする
日本を代表する大会社にしては、商売の王道から外れている

しかも、新しいサービスというのはマンション暮らしのサービのようだ
通信業の本業から離れてしまっている
たとえ、本当にいいサービスであっても通信会社の思惑は契約者の囲い込みだろう
また、新たな思惑違いのトラブルのネタになるだけだ
世間に苦情が広まらないうちに契約してしまいたいのが本音だろう
通信事業者の契約者に対する一番のサービスは値下げだろう
あれほどの店舗を抱えても多くの会社が空前の利益を上げているのだ
多くの家庭が家計の支出の内、通信費が税金を超えてしまっている
そのことの異常さが今の世の異常さなのだ

毎日休みなく電話をかけるのも仕事だろうけど・・
出来れば、最後まで恨み言も聞けるような仕事をするべきである
そうでなければ自分が何をしてるのか最後まで分からない
その時はまた新しいものを売りこんでいるってというのでは虚職である
通信業は虚業になってはいけない業種だ
ずっと昔の電電公社の民営化の痛いつけを国民が払っているようにも思えたりもする
鯵庵(6.29)

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# by ajiankyoto | 2017-06-29 19:00 | 都市 | Comments(2)

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学校で習ったクラーク博士の〝ボーイズ、ビー、アンビシャス″は「少年よ、大志を抱け」と訳される
アンビシャスとは野心・野望を持つ状態を言う形容詞だ
少年よ成功のためには野心的であれ、と訳されたのでは後世に残らなかった?かも
だがクラーク博士の教えを受けなかった小生は博士の人柄も知らない
そんな私には後の訳のほうが、教訓としては少し具体的である
一般論ではあるが・・人生で成功したと思えることは得がたい経験である
そこには何かしら成功の秘訣がある筈であるが、自分のように上手くやれとはいいづらい
人を踏み台にして手柄を独り占めにしてなおリスクは会社に被ってもらって成功しました、と内心思っている人はたくさんいる
時々聞く〝皆様のお陰です″というのはむしろ正直な話であるとも言える

小生の世代は、子どものときから偉人伝を読んできた
偉人というのはもちろん世のため人のために、且つ傑出した人を言う
それは夢を持つだけでは駄目である
使命感に殉じる努力と精進のみならず、自分の幸運というものを作り出す能力がいる
それこそが野望である
〝恐れずにリスクをとろう″と言った現代の偉人がいる
それもノーベル賞をもらった人には正解だが・・
彼らの中でも、恐れずにリスクをとって成功する人は恐らく100人に1人もいないだろう
ほとんどの人がそれで失敗する
それがリスクというものであり、それこそが野望の果である

何度失敗してもくじけないでやる気持ちを持つためには希望も必要だがもっと必要なのは野望である
現代では大きな野望のみが小さなリスクに勝つというのが正しい
そんな時に現代の政治家を思い浮かべてはならない
大阪や東京の知事くらいはまだまだ野望の途中だ
たとえ総理大臣でも秘めた野望がばれたらおしまいになる
そんな下卑た例ばかりでは若い人への教訓にならないのが困ったことである
偉人伝は昔話になってしまったのか
男たちの時代は終わっているのだろうか?
"少女たちよ、成功のためには野心的であれ”
写真は達磨寺
鯵庵(29.6.28改)


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# by ajiankyoto | 2017-06-28 10:14 | おとこ編 | Comments(0)

愛を手に入れる方法

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愛を手に入れる方法はない?
キレイになることだと思う
キレイになる方法が間違っていると愛を手に入れることはできない
幸せなのか不幸なのか、思い方次第だがやはり不幸は不幸である
キレイにも幸せにも循環というものがある
循環に乗らなければいつまでも幸運や愛を手に入れられないのだ
愛は売っていないがキレイになる方法は売っているのだ
それを宝石だとか化粧だとかと思うと、本物が手に入らないのだ

親からの愛で子供時代を過ごしてきた
青年期になって急に男として女として値踏みされる世界に放り込まれる
愛を得るために何が大事なのかを学習していないのだ
愛は売っていない、そのことに戸惑うのである

キレイになる方法はいろいろあるが
男は自分を洗うことだ
女は自分を磨くことだ
いずれも少し時間がかかる
年をとるとともにキレイになることが出来たとしたら
必ず愛を与えることが出来る

いい人と付き合いたまえ
上手くすれば愛を得ることもある
愛とはそれほどのものだ
急ぐことはないが
方向は間違ってはいけない
鯵庵(29.6.26)





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# by ajiankyoto | 2017-06-26 19:59 | 大人の恋 | Comments(0)

逢坂山の関跡の休憩所で見た車石の図を簡単にスケッチしました
一つの石は30センチ掛ける60セントほどで厚みも20センチ以上
これを車輪の幅に合うよう2列に並べたものである
別の文献によると軌道の幅は4尺5寸(136.3センチ)
溝は半円形に穿ったものや牛車の通行で自然に出来たものもあるらしい
石材の違いによる?
江戸時代中期これを大津から三条大橋まで約10キロ、5、6万個も敷き詰めたものである
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舗道は古代ギリシャやローマでも当然のように文明の象徴でもある
舗道の厚みは日本の現代の車道と同規模だも言われる
ある研究者によると、文明国でありながらわが国の江戸期は舗道の文化が発展しなかった
それは日本人は昔から牛や馬を去勢して使うのを好まなかった
馬は何とか調教によって使いこなせるが、力は強いが牛は使いにくかった
牛車の牛が大暴れするのを平安時代の昔から経験している
だから都市では馬や牛を使う交通手段は危険なものとして禁じられていたことによる、とある
乗り物は駕籠であり、荷物は大八車である
ほぼ人力に頼る交通文化だったといわれる
それが舗道(ペーブメント)が発達しなかった理由だということだ
この項続く
鯵庵(6.25)




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# by ajiankyoto | 2017-06-25 17:23 | 都市 | Comments(0)

おとこ編③/おみそ

蛇足ながら、そう思えば「リーダーシップ」という言葉も曖昧だ
時々事業に成功したカリスマ風経営者にリーダーシップが云々などというが
成功とはある意味では不遜にして強引な力技であり
強運を持ち合わせて始めて叶うものである
ガキ大将のリーダーとして仲間を楽しませてやる豊かな精神性とは少し距離があるような気がする
成功者がのカリスマ性は認めるが必ずしもいいリーダーだったとは限らない


国語辞典には載ってないが〝おみそシステム″という言葉がある
〝味噌っかす″ともいう
こちらは辞典に載っている
子供でもまだ半人前の子供を言う
鬼ごっこをして遊ぶとすると、その子を鬼にしないように遊ぶわけである
その子を鬼にしたのでは鬼ごっこが永遠に終わらない
誰もつかまらなくって鬼ごっこにならないわけである
それでも仲間には入れてやる
子供は仲間を拒まない、みんなが遊べるように考えるわけである
それを〝おみそシステム″という

大人の世界に置き換えることが出来ない
味噌っかすと言われて喜ぶ人はこの世の中には居ない
大人の世界では、本人に気づかせてはならないことの一つだ
が、本人が気づかなければならないことの一つでもある
子供の"おみそ"は、群れることや、つるむこととは違うのです
相手の立場を理解した関係なんです

男の子を育てるお母さん、ご主人ばかり見ていると分からないことが多いですね
余計なことを言いました
鯵庵(6.24)




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# by ajiankyoto | 2017-06-24 07:00 | おとこ編 | Comments(0)

「かけ」の語源


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そば屋らしいソバは400年前の大坂の陣に始まる
攻め手の兵や人夫などが戦いの合間に食した、と言われる
元来ソバはソバギリなのである
別の器に入れたツユにソバをつけて食う
それは面倒とそばにツユをかけてしまった、それはぶっかけだった
その内、寒い時に温かいツユをかけてくようになったというのが"かけ"である
全く、時代劇の二八そば・・寒い時は・・鬼平犯科帳の時代である

空海は四国で生まれた人である
我が国にうどんを伝えたと言われるが
製粉技術はそれから後のことになる
うどんはそばに比して歴史も古く、食い方にそうこだわらない
要は団子なのだ
団子の食い方と同じだけの食い方があるという人もいる
どちらも食されていたが・・元禄時代以降に醤油が江戸に出回り始めた
ソバも美味しくなったというのが"かけ"の原点である

それなのにソバは食い方がうるさくていやだ
盛りソバでないとソバでないというのは単に蕎麦屋の都合だ
そう思っていたら、この頃全国版うどん屋の繁盛でうどんも"かけ"と呼ばれる
最近のうどんチエーンは牛丼屋に負けずメニューが増えている
昔ながらのこちらのうどん屋はうどんとそばが同居することが多いけれど
ソバは"かけそば"といったけど、うどんは"素うどん"使い分けていた

仮にラーメン屋に行ったらメニューも見ずにラーメンというのが正しい
そば屋に行ったら"かけ"という勇気を持ってほしい
同じこと、うどん屋で"素うどん"と言える勇気が必要なのだ
素うどんの素(す)とは一番おいしい、店の力が分かる味なんだ
うどんよりソバの方が高級だというイメージを作らなければならかった江戸の文化が今も尾を引いている

デパートの食堂にはかけそばがなかった
なお、本文とは無関係ながら、森永とか森友(盛り)で騒いでいたらいつか加計(かけ)になった
謝るつもりもあるなら、夫婦のけじめはつけないとね
鯵庵(6.22)



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# by ajiankyoto | 2017-06-22 09:52 | 飲食業 | Comments(2)

京都のカラス

お巡りさんが何人も出てきている
子供達は通行止めだ
何んとカラスが通行人を襲った
その加害者がまだ電柱の上から下を見ている
真昼間の犯罪である
カラスは雑食で賢い
田舎でも都会でもはびこった
だが、人を襲うのは余り聞かなかった
鴨川近辺ではトビが弁当を狙って急降下してくる
カラスも周りにいる
が急降下の芸はないながら、賢いカラスがそれを真似たのかもしれない
立ち食い人種が増えてカラスが学習したのかもしれない
しかし、餌を襲うのと人を襲うのとではまるっきり違う

京都では今年はまともにツバメを見ていない
関係しているかもしれない
ツバメにとってはカラスはもともと天敵である
人間を恐れないカラスがいたらツバメも巣を守るすべはない
お巡りさんが今はカラスを見張っているが、武器はない
そこまで来たら、人がツバメを守ってやれなくなっているということだ

カラスだって人を恐れていた
悪いことをするとしても人の目を盗んでである
カラスもここで生きてるわけだから・・
人間社会のルールを守れる限りは許される場合もある
生存のための動物の進化は人間の比ではない
世代交代が進めば、やがて人を襲う遺伝子を持ったカラスがはびこるだろう
人の目を盗むのと人を襲うのには大きな隔たりがある
夕方遅くまで鳴いている声は不気味であるが・・
多くの人がその違いに気づくのにはまだ間があるかもしれない
カラスに限らず、必ずこんな風にした人間がいる
京都もやがてカラスの街になろうとしている?
鯵庵(6.20)







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# by ajiankyoto | 2017-06-20 06:33 | 都市 | Comments(0)

クルミの殻は固いけど


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10年も前になる、小生がお世話になっていた会社のことである
会社を揺さぶる事件があってその結果経営が苦しくなった
銀行の融資を受けるためにいわゆるリストラが行われた
小生は年齢対象外だった
不思議なことに働き盛りを中心に行われた
我々の技術の部署に勤務し、資料の整理を担当していた一般職員だった
仕事ぶりは、素直にして正直、こんな人が娘だったらと思うぐらい人気者だった
結婚しても子供が出来ても彼女だけは勤めを続けていた
ニックネームはナッツといった、胡桃(くるみ)の殻は固いけど、中身はナッツだ
その来海(くるみと読む)さんにばったり会った
大阪に出た時に時間調整に馴染みだった本町のドトールに入った時である
相変わらずのショートヘアーの涼やかな服装で人を待っていたのが来海さんである

〇〇さん(小生のこと)、どうしてますか?ということで
小生は兎も角として・・そちらこそどうしている???と
退職の後、やはりリクルート会社も女性の職場は世話してくれなかったようだ
ずーっと自分で探してパートで働いているとのことだ
近所のスナックにも勤めたことがある、と

彼女、辞める前に下の子まだ小さかった?
そのことを言うと
まだ、その下にもいる、という
結局、3人?ひょっとしたら4人?
相変わらずの笑顔で何でも明るく話してくれる
数年前に離婚した、
今は旧姓に戻っていると、さりげなく・・
ただ言葉の端々に生活の自信に溢れている
自分で自分のことを決められる女性が小生は好きだ
自分で決めたからこそ話すことが出来る、覚悟が持てる

多くの優秀な男性社員がリストラ退社後、転々としているのを知っている
若いうちに退職金をもらってしまうと、一番大事な勤勉さを失ってしまうからだ
家族が先にダメになってしまうこともある
技術職は前の会社のプライドが邪魔をすることもある
彼女は本来やめなくてもすんだのだ
当時、彼女が最後に手を上げて辞めると言った時
何人も辞めさせていた課長があわてて止めに入ったぐらいだ
そんな話をすると、実はめったにない割増の退職金がもらえるチャンスを失いたくなかったと言って笑った
そうか、たとえ先のことが分からなくとも、自分で決めたことにしたのだなと思った
昔から絶対に、他人の所為にしない、そういう人なのだ
仕事でそのことに助けられた人が多い

(以下、付録)
小生、今は仮名で世捨て人風にブログをやっていると話してしまった
実は齷齪(あくせく)、ネタに困ってる
くるみさんのイメージをネタにしてもいいかと言うと
しっかりアドレスを記録し、弾む声で読者になると言ってくれた
これがまずその第一である
上を向いて咲くのはスカシユリ
鯵庵(6.19)

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# by ajiankyoto | 2017-06-19 06:23 | おなご編 | Comments(0)