敗者の歴史


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昔、ある偉い人(官僚)の京都案内をしたことがある
観光地案内に加えて歴史の話をしたら・・
京都の歴史は中学校で習ったからいいと言われた・・
大学の受験勉強をちゃんとした人はさすがに京都の歴史くらいは今でもそらんじてると・・
観光と歴史は別のものだというガイドは要らなかったのだ
何故か悔しかった、けど・・あれからほぼ30年、やっぱり京都は彼の言うような京都になってきている

学校で習った歴史は、ほとんどが政治史、権力の推移をなぞってます
そういうことですので勝者の歴史、結果だけの世界
敗けたほうの歴史というものは埋没している
勝者の歴史はヒストリー、一方敗者の歴史はストーリー、物語という
hiがあるかないかと誰かが言っていた、これ受け売り

ただ、勝者の歴史は文字で残された
敗者は文字で残すことを許されなかった
語り継ぐことによってのみ許された、本来のそれが物語である
と小生は思っている

ただの物語であってもそこには表面の歴史に負けない理(ことわり)がある
理屈っぽいのも理(り)だけど、あなたに少しでも納得してもらえるのも理(り)
目が曇り耳が濁る世相にこそ、その理(り)というものが大事なのだ
そんなこと、東京の官僚やあの国の人たちに言って何になる?
人力車の兄ちゃんの解説の方が面白いって
そんな理屈っぽいガイド、今はなおさら無用である
鯵庵(9.27)

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by ajiankyoto | 2017-09-27 13:55 | 京都の水 | Comments(2)

視角50度の都市

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時代劇の楽しみ方の一つでもある
小生が鬼平や秋山小兵衛を好きなのは読者さんの知るところである
どちらも江戸の文化を表現したものである
田沼意次(たぬまおきつぐ)から松平定信(まつだいらさだのぶ)が幕府政治の首班を勤める時代である
もっとも江戸文化の爛熟期と言える時代である
庶民も生き生きしていた
その気になれば庶民も文明文化というものを享受できるのが平和である
そんな時代だと思って見ている
不思議なことはその撮影が京都の撮影所で行われていることだ
京都は時代劇の装置がたくさん残されている

もちろん明治以降の京都は全国のどこよりも時代を先取りするものが多かった
東京は明治以降、明治以降の新しい文化に覆いつくされたのに比して
京都は政権の名目も失うことによってそこで止まってしまったものがある
それは、やはり古典的江戸時代文化なのである
もっと言えば、江戸時代の京都が最も京都らしい時代だったのではないかと思う
その遺産があちこちに残っている
そう考えるべきではないだろうか

ただし・・それはきわめて断片的である
だから、写真や映画のロケに向いているのだろう
大覚寺での時代劇ロケに出くわしたことがある
人間の目に馴染むような描写をするそのカメラの画角は40度から50度位である
カメラの画角はカメラの映る範囲だけが時代劇であった
その角度に主人公や通行人やバックの建物などが上手くはいればいい映像になる
残りの角度がスタッフや見物人やビルや電柱の生臭い現代である
しかもこま切れ映像を繋げて時の流れまで連続して見せてしまう

しかし、人間の眼は首を回せば最大360度である
この頃そう思って時代劇を見れるようになった
今の、京都観光と同じではないか
現実と実生活の中に点在する非現実的な江戸空間を探しているような気がする
それが京都の魅力だと言ってしまえばそれまでだが・・
たった50度の世界に過ぎないとも言えるのではないか
だが皆が同じ50度を見ていたのではいつか京都も飽きられる
再放送ばかりの京都観光になってしまうとすれば哀しいことである
鯵庵(5.30)



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by ajiankyoto | 2017-05-30 05:30 | 都市 | Comments(0)

何でも聞いてください

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ボランティアで子供たちに環境のことを教えるいわゆる出前講座を担当したことがある
「何を聞いてもいいよ」と言ったら、「一番困った質問ってどんなん」という質問があった
答えられなくって「今みたいな用意してない質問」と答えた
専門用語を使わずに簡単に言うのはそのことを覚える以上に難しい
相手の知識レベルを図らなければならない
先生から、そのことはまだ○年生には教えていませんと、専門的なダメがとんできたりする・・
先生だって分からないこともあるが、ともかく子供たちには嘘を教えてはいけない
どの世界でも期待している質問が飛び出せばあたりである

「何んでも聞いてください」と言う声を傍らで聞いたことがある
若い二人女性の観光客をを乗せた人力車の兄さんだった
ご苦労なことであるが、何でも聞いてくださいとまで言うには・・
少々おこがましいのではないかとと思った
でも京都クイズみたいに何でも答えるというのではないのだそうだ
相手に合わせて答えることが大事だそうな
それが上手な人が人気があるようだ

初めて京都に暮らして、アルバイトで人力車を引く
もちろん京都のことも歴史のことも、旅の雑誌も勉強するが
同じように女性週刊誌のネタも勉強するらしい
お客さんである彼女らに分かり易い話に変えなければならない
硬派はNHKの大河ドラマの本一冊で大抵はクリアーできるという
それが京都土産である

実は喜んでいるお客さんの方が値踏みされているのである
そんな土産でいいならお安いことである
旅というのは学ぶことであった、筈である
昔は命かけてするものであった
今時、大層な土産は要らんようだ
いい土産を持ってかえってください
京都はあなたの旅の舞台装置です

京都には沢山のカモが飛んでくる・・
鯵庵(12.26)




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by ajiankyoto | 2016-12-26 12:00 | Comments(0)

京都の本は京都で売れる

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京都の本屋には京都の本が一杯です
春はお花見特集、夏は祇園祭、初冬の紅葉まで毎月特集です
お寺は時期に合わせて特別公開、神社でもライトアップやコンサートも開かれます
が、雑誌の出版に合わせて予定を決めなければならないのはお寺さんでも手に負えないところもある
この時期になれば、グルメ系も増えてくる
その点、クリスマスやお正月にやってくる女性の観光グループの増を狙った企画に見えます
お正月前にも一度大きな波が来ます、年中行楽シーズン
ところが意外にも京都の本も京都特集も京都で京都の女性に売れるみたいです
キャッチフェーズは京都に浸りたい

実はこの時期京都観光に一番のせられてるのは京都の人みたいです
たとえ、恋人同士でなくとも何かと京都知識は必要
皆が知ってることは知っとかなくちゃ、本を買って何処へ行こうか一夜漬け
何が美味しいのか、並んでる店は何処か
本をもって店に並んだのでは旅行者に間違われるよ
昔から宿題は教科書より虎の巻の方が役に立った・・・

後は本当に京都の女になること
急がなくてもいいです、熟女になるまでになれたらでそれでいいです
それには教科書もないし、虎の巻きもない
京女(きょうおんな)とは京都で働いて京都で暮らしていこうと固く決めた人のことですから
冬の京都は寒いよそれでも一日体験コースでは京女にはなれません
写真は尼の下駄
鯵庵(12.1)

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by ajiankyoto | 2016-12-01 08:12 | Comments(0)

人こそ花なのだけど

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このシーズンは京都を離れるのが一番だ
一日観光客になるのもいいが、ただ人の少ないところがいい
それでは自分の町内の公園で過ごすのと変わりがない
そう言う訳にはいかんというのを行楽と言う
この時期老いも若きも一億総行楽である
特に天気がいいとなおさらである
そんな時は京都を離れるチャンスである

外国語は嫌だね、でもまだ意味が分からないだけましともいえる
こんなけ顔が似てるのに言葉は音楽以上に分からない、しかも不協和音だ
だけど日本の言葉も嫌だね、知ったかぶった旅行者はもっと嫌だね
京都の歴史って中学校で習ったわ・・??
ワビとサビと新撰組やろ・・??
世界遺産だけ回るわ、ええ?宇治にも大津にもあるの?大津いうたら滋賀県ちゃうの!
明けても暮れても観光地の値踏みばかり
そんな旅行者の会話が聞こえないところへ、京都を離れるのが一番である
こんなのが耳に障るというのかな
こんな時こそ学びたいね、知りたいね、人に会いたいね

実は人こそ花なのである、ただ、花にも色々ある
小生も本当は花より人が好きなのである
春の花には浮かれてしまうことがあるのに
晩秋の紅葉には沈むこともある
眼耳鼻舌身意(げんにびぜつしんい)である
六根清浄(ろっこんしょうじょう)
紅葉のこの時期・・
眼も喜び、舌も喜ぶが、なぜか耳だけが喜ばない
写真は里の晩秋、カラスウリ
鯵庵(11.28)




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by ajiankyoto | 2016-11-28 07:05 | Comments(0)

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もう観光地京都を見てしまって、見るとこがないと堂々と言う人が増えてしまった
京都嫌いは構わないのだけれど、市民にしてみれば見てしまったと言われるのはつらい
大したおもてなしも出来ないけどそれじゃうち(我が家)へ泊まってくださいと言いたくなる(言いたくなるだけ)
見るところがないというけど、見るべきところは何処だったのでしょうね

京都はすでに観光客の数には不自由していません
でも、それだけではやっていけないのがビジネスです
鉄道だってホテルだってレストランだって土産物屋だってそうなんです
失礼ながら観光寺院だってそれが経営の上で効果的なことを知ったわけです
業者が用意してくれるものは言い換えればそれは多数という名の客が教えた答えなんです
京都の観光業者の気質は京都に来る人(もちろん京都の人も含めてです)の一番多い期待を反映したものだと思います

実は業者も学んでいるのです
特に観光業というのは、結局は一番多い悩みを探してその答えを用意するのを業とするものです
読みが当たれば商売が成り立つわけです、毎年その繰り返しで学習した結果なんです
そんな京都が嫌いだという人も増えてきました
この頃やっと旅人の大多数が実は個性的な少数派だとわかってきました
それでも、市役所も観光業者も犬が羊を追うように群れを見てるわけです

そこが落とし穴なんです
観光業は観光客それぞれの期待には永遠に応えられない業種なのです
割り切れない一人一人の割り切りを合算して加重平均したものしか用意してくれないのです
″皆が行きたくて誰もいないところ”を観光業者に探してもらうなんてものは大きな矛盾です
が、結局はあなたの思いとはミスマッチの結果に終わります
それはもはや旅ではありません
人生でも同じようなやってませんか、そっちは精神科の問題ですけど
店や業者は割り切れない多数の一見さんを相手にそれで商売が出来るのですが
市長や市民までが群ばかり見て浮かれてしまっては気付けないことになります
写真は杖と壺、壺が大きくて杖立てに使えない
鯵庵(8.22)


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by ajiankyoto | 2016-08-22 07:41 | 都市 | Comments(2)