嫁が来ない?

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家内の友人が来ていた
話が佳境に入った頃に小生が帰ってきて一緒にビールを飲むことになった
再婚したいという
理由は・・嫁が来ないという
嫁が来ない?男の話ではない

相手はというと、これからだという
何だ・・離婚してから独り暮らしが3年になると言う
子供も孫もあっちへついてしまった、と言う
「あっちへつくならもう来なくていい」と息子に言うたら
嫁が来ない
そして息子も孫も来なくなったと言う

罪なく家を出たのに子供たちが味方してくれない
男の子はと信じるものがあったのに・・そのことがむなしかった
嫁が決めることに夫(息子)や子供(孫)が唯々諾々と従う
そんな力が嫁にあったのだろうか・・と今更思い知らされたという
そんな主旨だ

相談に来ていたわけではないので答えは要らない
仕事もしてないみたいだし食っていけてるのだろうか
ならばまあ再婚には賛成である
でも、孫もおるわけだし、親子の縁は切りにくい
将来のもめ事も無くしておく必要もある
そういっても大金持ちに当たる確率は極めて低いし
もともと、男と女が一緒に暮らすとなれば賢さは必須だ
一時の寂しさだけでは禍根を残す

小生の初夢艶福指数(←クリックで開けます)を披露したくなったが・・
年上の男性を意識した式は女性には失礼な式でもある
歳の差が艶福だというのは偏った考え方である
互いの利害が一致することが世間の定理ではあるが
どちらかが幸せですということだって互いの幸せでもあるのである
若い人には分からないかもしれないけど
この熟女にもまだわからないだろう
離婚は最後に一人で死ぬことに等しい
人生など所詮、打算、・・と覚悟なのだよ
それでも"万事塞翁が馬"とも言う
女性を相手にすると・・歯切れの悪い話である
写真はラッパばかりが大きくなったスイセン
鯵庵(4.18)

by ajiankyoto | 2017-04-18 09:35 | 大人の恋 | Comments(0)

古木は枯れ木なのか

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退職したばかりの頃は毎日よくジムに通ったり元気そうだったのにと・・
今は何んの目的もなく家でゴロゴロ、と娘さんが嘆く
嫁に行かない娘に嫌がられて説教されると60代後半に達したお父さんも嘆く
娘は毎日仕事が忙しいので鼻息が荒い
母親は役割を放棄して毎日外出している
洗濯機も触らないお父さんに母親の代わりに物を言う
娘はまだ言う
せめて尊敬出来たころの父親に戻ってほしい
それもまた母親の口真似だ・・

長い間仕事して退職してまだ元気な父親がやけにもならず
酒も飲めないので仕方なく家にいるだけだ
せめて家族でもあればすることもある
何もしないでゴロゴロしているのと、家にもいないのも同じことだ
仕事をしなくなった途端に枯れ木扱いだ
花が咲かない古木だ
娘さんには悪いが、ぐずぐずしてるのともあまり変わらない
若木と古木では古木の方が花がきれいなこともある
そうでない場合もあるが・・
花が咲かなくなったら急に尊敬できないのと言う
せめて尊敬出来たころの父親にもどってほしい・・と言うのは間違いである

新聞の人生相談に出ていた話題だ
女性が情緒的なことをいう場合は、情緒に深みがない場合が多いのは知っている
母親譲りでオヤジも可哀そうだね・・みんなこんなもんかね
気をつけやなアカンね
友人とそんな話をしていたら
そんなようなオヤジが、言うとこがないのでブログを始めたという友人の友人の話があった
あまりに小生に似たような話なので、ちょっとその後が言い辛かった
写真はだるま寺にて
鯵庵(4.16)

by ajiankyoto | 2017-04-16 09:09 | 翁草 | Comments(0)

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京都の街中の小さな商店街で魚屋をしている淀屋(仮称)さん夫婦
朝早くから中央市場での買い出しに始る
もちろん三枚にも下ろしてもくれるし刺身もある
ある時から唯一の従業員が辞めて、そのかわり奥さんが店に出ることになった
しぶしぶのところもあったが土地柄奥さんの方が受けがいい
おかみさんぶりで商いも上手い
そのうちお客さんの希望を聞いて魚を煮たり焼いたり、ウナギもアユも仕入れてきたり
ちょっとしたことは仕出し屋みたいに適宜やってくれることようになった
正月前など大忙し、場所柄もあるがそんなこんなで他の店をよそ目に今も繁盛している

魚屋は新鮮さが命、そればかりで商売していたおやっさんの時代は利幅が薄い
おかみさんが加わってから、売り物が増えて客が増えてロスが少なくなった
それだけで商売が上手く行くとは限らないが、おやっさんはますますいい魚を選んで買ってこれるようになった
刺し身の活きがいい、直前にさばいて、しかも欲しい時にバイクで配達してくれる
あそこの魚はいいという評価を落とさなくて続けられたわけである
おやっさんは、活きのいい品物を提供したいという論理、おかみさんはみんなに喜んでもらえるものを提供したいという論理

あくまでも商売の上ではあるが、おやっさんの論理は良いものと悪いものを区別したい男性原理
一方おかみさんは何でも受け入れることのできる女性原理、だが、その特徴はおやっさんの論理を抱擁しているところにある
許容力の論理と言ってもいいのではないか
男性だから男性原理、女性だから女性原理という訳ではない
世の中はまま反対のこともある。

たとえば、おやっさんがそのまま続けていたら・・
イイものはいいダメなものはダメという論理を持ちこたえられなくなった時
結局はあそこの魚は鮮度が落ちたなあ・・と言われるようになったかもしれない
鮮度と美味しさは比例するとも限らない、料理人並みの理屈を言うのは魚屋の堕落だ
女性原理のまねをしても上手く行くということでもない
ならば、ということで・・そこはおかみさんの仕事
だからと言っておかみさんが仕切っているのでもない
淀屋はおやっさんとおかみさんがいて成り立つ訳である

そういえばいかにも無難な結論・・?
実は包容力だけでなく知恵や力のない論理は女性原理でもないのである
今回はそれを言いたかった
鯵庵(4.5)

by ajiankyoto | 2017-04-06 08:00 | 男と女 | Comments(0)

母親みたいな男

〝アカンもんはアカン″のやけど、だからと言ってほとんどの人は、家で言えないようなことを会社でも社会でも言えるはずがないのではないだろうか
会社の延長が家ではなく家の延長が会社になっているのではないか
家でも会社でも戦わない論理は元来平和主義の女性原理から来たものである
日本の女性は昔からそんなこと折込済みだったのだ
男どもは甘えて威張ってればいいのに、急に理解のあるようなことを言う
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そんな男の相手をすることは日本女性にとって物足らないことなのに、気の利いた女性は決して言わない
家でもう一人の母親みたいな男の背中ばかり見せられた子供たちこそ不幸であり、かくして男性原理は廃れ、男も女も女性原理的平和主義と平等主義で生きていくことになる
それが不幸だと言っているのではない
ただ、それでは新しいいい女性が育たないのだ

写真はだるま寺(京都)にて
鯵庵(4.4)



by ajiankyoto | 2017-04-04 07:29 | 男と女 | Comments(0)

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薄幸の役を演じる女優さんがいる
女優さんだから役にふさわしい雰囲気が必要だ
ドラマとしては美人でなくてはならない
女優が本当に薄幸かどうかは別の問題であることは当然である
美人であるのに薄幸であることがドラマである

ふてぶてしく生きている人が不運なことになったとしてもそれを薄幸とは言わない
それは欲張りである
不運なことは認めてもらえても世間の同情を得られることは少ない
多くの人が知るとおり美人と「幸せ度」は"ほぼ"正比例する
不運である美人を世間はほっておかない
苦情があるかもしれないが、歴史的に証明されている定理の一つである

「強くなければ女でない」というテーマで先に言ったことだけど
やはり女の敵は女なのだ
美人でないのに幸せだと女性に嫌われる
自分より不幸になってくれる同性が多いほど幸せなのである
美人は美人であるだけで元来幸せなのである
それ以上にまだ幸せがついてくるとある女史は嘆いていた
もちろん自虐的な冗談なのだけど、ここで一緒に笑っては誤解される
そんなことでくじけていては女を張っていけないというのが正しい

女性に幸せをやれる男性が男だろう
そういう男に会えたらそれは幸せだろう
幼き時から可愛いと言われ、自分は美人側だと信じて来た人は
美人は美人であるだけで幸せであるという都合のいい定理だけにはまってしまって
男を見る目が養われないという反対の宿命を負っている
美人も幸せも定義できないものだから結局ドラマのような話でないと理解できないことになる
世の中の定理には全て裏が用意されているのである
鯵庵(3.25)

by ajiankyoto | 2017-03-25 12:00 | Comments(0)

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自分を嫌いになるという精神構造は若い時にはよくありました
そういうことも自己愛が裏に潜んでいたのかもしれません
人生のスタートは実はナルシズムだという話を聞いたことがあります
日本語の水仙は水辺に咲く仙人という中国の名前のままです
ニホンスイセンは新春早々に簡素にして気高い香りの花を咲かせます
それでいて実は有毒植物です
特に球根(鱗茎・りんけい)には人が死に至る毒を持っています
この項の表題は有名な一休和尚の漢詩の題になった一節です
スイセンの香りに似ていると例えられます
ナルシズム、自己愛というものはこの香りと全身に毒を持っているところから来たのではないかとも思ったりします
ギリシャ神話では少年の神であった
現実にはナルシズムは世の女性の方ではないかと思う

多くの園芸品種のあるスイセンは多くの香りが存在するが、スイセンの香りは相当に幅広い
その中でスッキリした甘さのニホンスイセンの香りはヒヤシンスやジャスミンやロウバイなどの類似の成分が含まれる
が最近の研究では特徴的な成分には抗酸化作用、メラニン生成抑制作用の他にストレス軽減効果や催眠効果もあるという
催眠効果は古くから知られていたが、線香や香水だけでなく化粧品材料としても利用されているわけである
ニホンスイセンは空気のまだ冷たい時期に群生して咲く
香りに敏感な人は冷気の中に感じることのできるかすかな霊気かもしれない
何のこともない
一休宗純が言っていたのはそういうスイセンの持つ催眠効果だったのかもしれない
ナルシズムで片づけてしまえるものではないのは明らかだ
鯵庵(3.24)


by ajiankyoto | 2017-03-24 08:16 | Comments(0)

強くなければ女でない

化粧せんでもええ人も化粧する
化粧したらええ人も化粧する
化粧しても仕方ない人も化粧する
みんなが化粧したら
化粧で順位は変わらない
化粧せんでもええと思う人からやめてやらんとね
でも化粧の下は仮面だって・・

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女性の敵は女性
長い間男の敵は男だったのだから当たり前だ
女性がが男性を敵として戦うなら
先ず女を倒してからでないと危ないよ
女性は強くなければ生き残れない
写真はただのデコポン
鯵庵(3.15


by ajiankyoto | 2017-03-15 07:48 | Comments(0)

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京都のある先生の持論だけど、日本の社会制度は女性原理で出来ているという、そもそも、男性的だと思っていたことが実は女性原理の表現だったりするという
その元は・・、先の敗戦の時に日本の家長制度に女性が虐げられていると占領軍が理解していたことが大きな誤解であったと言っている

ここからは小生の論、つまらんたとえ話をする
どこにいても「アカンもんはアカン」と言い切れる男性が何人いるだろうか
外では会社では男らしく立派なんだが、・・という人もいるかもしれない
それが、妻にも、子供にもきちっと言えるだろうか
それより妻や子供を本当に守れているのだろうか?
自分の配偶者を”奥さん”と言う男性が20年前から出てきた
20年前はそれでもジョークとしてもパイオニア的存在だった
密かに出世が出来ない男性の代名詞に使っていた
が、この頃見ているとテレビでも沢山出てきた
ニューファミリーの2乗と我らニューファミリー世代がからかっていたけれど地位が逆転した
そう言われていることに抵抗のない女性が増えたということだろう
女性の賢さはいつも数の問題だ
バカである方が受ける風潮に抵抗するのには女性原理が邪魔をする
無理して損することないやんか、と女性陣が団結する
貰えるものなら貰っとけばいい
男は優しい方がいいやんかとまた団結する
強いゆえに優しかった男は夜も蚊帳の中に入れてもらえない

日本は狩猟民族に戦争で敗けた
狩猟民族が農耕民族の男の立場を正しく理解できなかったのは仕方がない
という話は理解できる
いやむしろ占領政策としては効果的だったと言えるのではないかと思う
ただ、それまでの日本女性の出来の良さを誤解していたというべきではないだろうか
誤解を正さないのはそれが女性原理である
誤解は何時か正さなければならないというのが男性原理なんだけど・・
せっかくの家庭平和、今となっては壊したくないよな・・それを余生原理(小生の造語)と言う?
写真は叶和貴子、小生の好みで本文とは関係ない
鯵庵(11.14)


by ajiankyoto | 2016-11-14 06:11 | Comments(0)