祭/鉾建てか鉾立てか

b0355451_07181236.jpg
先日前祭りの鉾建てに遭遇した、せっかくのことなので見学させていただいた
もちろん祇園祭の山鉾、大きな鉾は重さ12トン、高さは25メートルもある
山鉾はほとんどの部分を毎年組み立て、終われば分解するわけである
従って大小さまざまな部材を釘を使わず荒縄だけで縛って組み立てるのが特徴である
この人たちを建て方と呼ぶが、親方他、数十名での作業である
20数メートルの真木(しんぎ)を取り付けるのは本体も真木も横向き(水平な状態)で作業する
親方どなる、「こら、頭(あたま)、頭もっと右、頭上げて、ぼさっとしてんと頭の下に頭入れてつっかいを入れんかい・・」と言うような指示
頭(あたま)とは一番先を担当する人のことと真木の先端を言ってるようだ
その度に、真木の先を支えてる若手が真木の右に行ったり左に行ったりうろうろしている
多くの見物の前で割の悪い三枚目である

この作業、梁の片方を橋脚に埋め込む片持ち梁と同じことである
真木はしなりながら途中に何カ所か支保工で支えている
真木の太いところを本体にわら縄で縛っていくのは伝統技法であり、数人のベテランが手際よく作業している
でも周りで真木を支えたり、交通整理したり、クレーンやウィンチで引っ張ったりしているのはどうも親方と一緒に仕事しているメンバーとは違うようだった
初めて鉾建てに参加したりすれば、”あたま、あたま”と言われたって何のことか分からなかったはずだ
支える道具もやり方も鉾によって違う
傍で見ていると、自分の頭(あたま)で真木の頭(あたま)を支えろと言うようにも聞こえた
それを親方である大工方の頭(かしら)が言うのだから頭(あたま)だらけの話に聞こえた

工事中の高速道路で架設作業中の橋げたが崩れ落ちるような事故が相次いだ
ダジャレではない、大工事になればなるほどは仮設工事が出来と安全を左右する
鉾建ては練習も出来ない、そのくせ失敗も許されない作業なのだ、なんぼベテランと言ったって1年に一遍だけのことなのだ
おそらくその親方は、ただその真木の先を担当する若い人の名を知らなかったのだと思う
明確な指示こそ作業の安全につながると言う言葉を思い出した
しかも支保の設置が作業の成果と精度にすこぶる影響がある
伝統技法に目が行きすぎて仮設の安全性ががおざなりにならないことを祈る
平たく言えばここも安全第一なのだ

その日のうちにウインチやクレーン車を使って横になっていた鉾が立った
夕方になる前には四条通りや室町通りには数基の鉾が立っっていた
一日だけのことであるが骨格だけの山鉾は一度見学しておく価値はある
小生、この日の作業は”鉾建て”と言うより、”鉾立て”という方がしっくりくるように思った
水平の鉾を垂直にすることがこの日の祭りであり神事でもある
山鉾の美しさはまっすぐ立って揺れる真木にあり、その高さにある
写真はヒオウギ、祇園祭の花である
鯵庵(29.7.13改)


[PR]
by ajiankyoto | 2017-07-13 20:25 | | Comments(0)

祭/蘇民将来の子孫也

b0355451_16031991.jpg
大いなる昔ばなし
あるところに住む兄は貧しく弟は富む
ある夜旅人に宿を請われた富める弟は惜しんで宿を貸さず、貧しいながら宿を貸してもてなしたのは兄だった
旅人は武塔神(むとうしん)だった
後に八人の王子を連れて、富貴なる弟の一族をことごとく滅ぼす
が、ただ一人弟の家に嫁いでいた兄の娘は、言われる通り腰に茅の輪(ちのわ)をつけていたので難を免れた
兄の名は蘇民将来(そみんしょうらい)
無塔神が言う、〝われはスサノオなり、後の世に病気があれば、蘇民将来の子孫と言って茅の輪を腰につけておれば免れる″と
これが祇園祭の〝茅まき撒き″のいわれ
無塔神も蘇民将来も何に由来した神か不明らしい
平安時代から各地で信仰の対象となっていた
牛頭天王(スサノオノミコト)信仰にはこの蘇民将来という護符が配られる
祇園祭りでは「蘇民将来之子孫也」と書いた〝厄除け粽″が昔は山鉾の上から撒いていた
粽は〝茅(ちがや)まき″であり、茅とはイネ科のカヤ(ススキ)のことである
水に強いことから茅葺(かやぶき)、や菅笠(すげがさ)などにも用いられる
夏越の祓いの茅の輪くぐりの茅である
祇園祭のちまきは正に〝茅巻″であっておもちなど入っていない
厄除けのお守りですので、端午の節句の粽と違って食えませんので注意
そうなんよ
7月に入れば祇園祭が始まってます
祭りは参加することに意義がある?関わり方は色々です
でも心配いりません、最後は観光客になればいい席で見れます
写真は7月の夜のユリ、時にむせる
鯵庵(7.4)


[PR]
by ajiankyoto | 2016-07-04 06:05 | Comments(0)