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看取り率?

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どこで死にたいかって?
そんなこと聞かんといてーや
病院が8割、自宅や老人施設が約2割である
自宅や施設で死にたいと希望している人は6~7割であるのに・・
国の統計である

現在の状況でこれぐらいだとすればあと10~20年後を予定している我らの時代はどうなっているのだろうか
不安になるのは当然である
国は何とか20年後には現在の2割を4割ぐらいに引き上げたいと目標を定めている
だがこれは場合によってはあきらめる他ないような数値だ
もう数年でやってくる団塊世代の後期高齢化
在宅医療体制や老々介護の実態がここ数年で解決できるとは思えない
何よりも余りに多くの老人に対して病床や介護人員の不足がやってくる
20年後なら達成できるかもしれないとしたら
・・それは団塊の波が行ってしまってからのことであろう

そんなことより、在宅での看取り経験が日本でなくなっていると専門家は指摘する
病院であろうと自宅であろうと老人用の施設であっても、家族があって初めて出来る相談である
これまでは"自宅や施設で"というのがキーであるが、これからは"家族の介護"がキーだろう
介護が出来なければ、病院が施設になり、自宅が施設になってくる
結局は施設で・・寂しくということになる
どこで死にたいかと言われても
既に住んでいるところの地域差の方が大きくて、結局は自分で選ぶことは出来ないのだ
統計結果はそんなことも示している

夫婦でこの問題を考えると
後になるか先になるか
それによって違ってくるのではないかと実感している
先に死にたいとは必ずしも思わないが・・、後になってしまえば多くのことをあきらめざるを得ない
自宅で看取られて死ねるなんて幸せは僥倖と言うに等しい
いずれにしても自分のことである
率とか割合ではない
地域差も他人のことも関係ない
はっきり言えば0か100かの世界である
看取り率は一度限りなく0に近づくと考えていた方がいい
鯵庵(2.14)

by ajiankyoto | 2017-02-14 17:32 | Comments(0)

耳のさわり

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陰口たたく人がいる
陰口は悦楽的である
ひどい人は今まで仲良くしていた人が居なくなるのを待って始める
自分が嫌われることはわかっても、ついはまりそうになる
いくつになってもである
いや、齢とともにそうなっていってるのかもしれない

陰口は嫌われますよと言ってくれる人もいない
だから嫌われもん同士の陰口は止まらない
毎日の退屈も、陰口仲間がおれば過ごせるかも
相手に聞こえないところで言うから楽しいのだ
聞こえたらどうしようと思う前に今が楽しいのだ
万が一には本音で言うて何が悪いと言うだろう
が、やはり自分の発言だとだけは知られたくない
陰口はやはり不毛な性根である

だが、陰口たたかれるのも、自分にとって最大の情報である
責任のない発言ゆえである
その効きめはなんとベンチャラの百倍
陰口が聞ける人間にもならなくては・・
自分の陰口は自分の滋養、それも修業
出来れば目の前で優しく言ってよ
それじゃ陰口にならないって、面白くもないって
男と女も老いも若きも
やはり人に嫌われたいなら、陰口たたくのが一番、効果てきめんである
鯵庵(2.4)




by ajiankyoto | 2017-02-04 10:10 | Comments(0)

老人性悪態

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「マイペースで頑張ります」とのご挨拶
イイネを言ってやりたいのだけど
厳密に言うと正しくない
マイペースは頑張らないことなのだから
そんなことでいいなら何も頑張る必要はない
「頑張らなくてもいいように今のうちに頑張る」
と言うのなら正しいのかも
ついつまらないことを思ってしまう
青年にはマイペースは似合わないぞ
そういう嫌みを言うのは一種の病気である
「老人性悪態」症と言うらしい?
大丈夫面と向かっては言わない
悪態はつくけど悪意はない
鰺郎(1.3)

by ajiankyoto | 2017-01-03 17:02 | Comments(0)

鯵庵は上から目線?

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ブログを始めるにあたってどの目線にするかをまず考えた
日常の実感には日常の目線が必要だが、
それでは歴史の感想を語りたいときは空虚になる
自分の住んでる京都の街のことも語りたい
が、稚拙な観光行政を語るときは市民としての感慨が起きてしまって自然に嫌みなことにもなる
しかしながらどうせ出来ることは、所詮エッセイもどき、駄文にしても浅はかである
ただ、謙遜・卑下ばかりしていたのではブログとしての値打ちもない

長い会社時代には地位に応じた立場があった
定年後嘱託になってただの素人間になった時
大昔の部下たちの語り合いが耳に入ってきた
上司のことを「上から目線」と言う
「部下持つ身なら上から目線は当たり前やんか」とはその時もう言えなかった
そんな生温い会社だからおかげで出来の悪いサラリーマンが勤まったともいえる

本当はサラリーマン時代のことを書きたかった
それしか知らないのだから、それなら書けるから・・・
でも、またもまだまだ、気を使ってまだ上から目線って言われるのだろうな
と言う訳で、半分開き直っている訳である
この頃のサラリーマンはセクハラ・パワハラ・・そうでなくば上から目線と険しい語彙を平気で使う

残念ながらそんな単語は、素人間には関係がなくなってしまった
だから、全編のテーマは「老い」である
人が老いると三つものを失うという
「体力」「仕事」「異性への愛」である
失って初めて気づくことばかりである
自己主張するのに矛盾を気にしては出来ない
”武士も食わねど高楊枝?”
悪いけど「老い」をテーマにする限りここでは堂々と上から目線も続けるつもりである
実生活と同じならブログはやらない
3月に始めたブログも12月に200編になった
上手く撞けないと余韻も残らない

出来れば来年もお付き合いを・・
今年はまだ倒れなかった鯵庵の〆である(12.31)

by ajiankyoto | 2016-12-31 12:00 | Comments(4)

私の林住期?

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林住期とは生きるための仕事からリタイアして、人生とは何かを思考する季節・・・と作家の五木寛之が「百寺巡礼」で書いている
さて、これからは趣味も楽しみたいがどれも中途半端だし、病気にはなりたくないが先のことは分からない
家族のことも同じで、心配の種は尽きないが、いまさら零に戻すことも出来ない
多くの人たちと同じように特別な幸運は望むべくも無いが、いつか帳尻があったら人生“可(よし)”とするか
という気分である
たしかに、過去に誇りたいものもある、しかし、思えば過ちも無いわけではない
いいことだけを思い出すのも楽しいかもしれないけれど、過去を美化していくことは、それも一つの老化現象だと思う
どんな鋭利な頭脳の持ち主も意識しなければ老人化は防げない
いい思い出だけを語るなら、いっそのこと何も語らない方がいい・・のではと思ってしまう
結局今までのもので誇るべきものは何もないが、それでも今までと同じように生きていかねばならない

仕事もないと落ち着かない、社会との付き合いである
何も出来ないが何もしないよりはマシだろう
勿論その程度のことで何か見返りを期待しているのでも無い
いつまでも出来るとは思わないし、もっと何かをするかもしれない
社会の邪魔はしないつもり・・
やらしてもらっている間は世の中への義理も感じるのだが・・
他人に分かってもらわなくとも差し支えはない

この件に関しては未完成につき、予告なく変更する場合があります
写真は柿紅葉
鯵庵(10.18)

by ajiankyoto | 2016-10-18 07:24 | Comments(0)