小銭入れが邪魔になる


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1円玉がポッケットにあると落ち着かない
時々小銭入れを使うとなおさら1円玉はちょっと邪魔だ
おかげで小銭を小銭入れに入れるのが身につかない
どれぐらいの小銭を持ち歩くのが自分にあっているかを考えたことがありますか

それも、カードの利用で減ってきた
小銭が一番必要な電話やバスや電車など今は小銭の方が使いにくい
小銭を減らすために小銭を使っている時がある
小銭入れを使うために小銭を使ってる人もいる
小銭は邪魔にならないときはあるが、小銭入れは常に邪魔である

立派な財布の中に、小銭が一杯の女性もいる
1円玉ばかりが増えることのないような使い方が必要だ
拙者も1円玉を使おうとしたら1円足らずにまた1円玉が増えた
もちろん1円玉をおろそかにした話ではない
1円を笑うものは1円に泣くと教えられてきた

だがそれは1円玉への愛着を言ったものではない
ともかく格言として説得力が落ちている
それでもキッチリ世の中は1円単位で動いている
1円玉を集めるビジネスがあたれば成功するだろうね
小銭に泣いてた人が小銭に笑うことになるかもしれない

小銭で一杯のバスの車掌のがま口が懐かしい
鯵庵(5.13)

by ajiankyoto | 2017-05-16 07:47 | 翁草 | Comments(0)

がんこ氏の場合⑶

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ブログにふさわしくない話を続けます

がんこ氏は言う
わが国の救急体制と脳の外科医に助けられた
救急病院の外科医は激務だ
入院していた時によくわかった
少しの差であっち側へ転んでいたかもしれない、と思うとぞっとする
それは当直医の差でもある
その怖さが改めて襲ってくるという

わが国で、タイミングよく高度な外科手術や先進医療を受けられる人はどれほどいるのだろうか
医療が高度すぎて、あまりに多くの費用がいる
たとえば保険をしっかりかけておくことはできる
しかし、それだけではダメである
具合悪くなればすぐに有名病院に雲隠れ入院できる政治家以上の力がいる
しかもである、そんな悠長な話ではない
なんぼ救急体制が整っても、なんぼ名医にコネがあっても、倒れた時に家族がそばにいなければ・・と言うこともある
一人で暮らすリスクは限りなく大きい

愚痴っているのではない
日本の医療の水準と日本の健康保険の制度は、もうすでに享受している
現にがんこ氏自身が命拾いをした
ハッキリ言うと普通の人間にはこれ以上の幸運を求められないのではないか
テレビで見た有名外科医の活躍を見てそう思う
日本の名医はこちらがいくら調べても向こうから寄って来てくれないし、来られてもこちらにそれだけの経済力はない
恐らく迷うばかりである

だからこそ平等に得られる医療行為を越えれば自分の力のみで生き延びていくことが大事なのだと
高い志を持っている日本一の医者にかかれば場合によっては治るかもしれない・・という我欲を捨てなければならない
それは不老長寿のような秦の始皇帝的な永遠の欲に近い
仙人にもなれない我々は世の中が平等ではないと知ることが出来るくらいの人生経験はある
だからこそ平均的寿命が絶対的多数の人生なんだと悟らされるという
今は素人間で生き抜かなければならない人ばかりに囲まれていると、がんこ氏は言うのである
あなたはどう感じますか?

この項続く
鯵庵(5.9)


by ajiankyoto | 2017-05-09 04:00 | 健康保険 | Comments(0)

がんこ氏の場合⑵


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ブログに向かない話を続ける

実は・・と、がんこ氏語る
車椅子1年ぐらいで奥さんが耳元で囁くようになった
〝別れてくれ、別れてくれ″と
奥さんに甘えてばかりのがんこ氏には最初は何を言われているかも分からなかった
しかし、奥さんの気持ちがそうであるなら仕方ないと思うようになってしまった
男の気持ちである
1年や2年で別れたわけではない
がんこ氏が自分一人でも暮らせるまでの回復を待ってである
病気しなければそう思うことはないけれど、今なら自分も、杖ついても自立できる
長い間こんなわがままを許してくれただけでも感謝する気持ちが先になってしまった
昔は助けたけど、これからも助けられるとは限らない
しかし別れてしまったらこちらは助けない
男としての結論だった

ほぼ、年令並みの健康を取り戻しつつあるがんこ氏、寝たきりになることが一番怖かったという
血管の病気はどちらに転ぶか、だと
がんこ氏はこちら側に転がって今がある
動けることが嬉しい、と言っていた
仮に寿命というものがあっても、戦争(わが国ではあまり現実性はないが)や事故だってあるし、不摂生がなくとも大病を患うこともある
それでいながら、ここまで来られたのは車に例えれば心臓というエンジンがよかったのではないかという意味のことを言った
ならば修理してまだ使えるうちは何度でも修理して使うべきであると・・

人生の終末をどう過ごすか、と言うことを思わせられる日々だという
奥さんの方の寿命が長い
今はよくても離婚の夢も破れやがて齢とって腐ることもある
極端な言い方をすれば、別れてから年をとっても夫婦一緒に年をとっても、どちらか先に死ぬ訳だから結末は同じことだと言える
自分の家で一人で暮らす人もおれば、自宅を空にしてここで暮らす人もいる
この施設にだって・・自宅を売って来た人もいる
生活保護で最後にここで暮らす人もいる
やっと安住の地を得たという人もいるし、何故に自分はこれほど程不幸なのかと毎日心ざわめく人もいる
ここへ来れば過去のことは同じになってしまう、思わせられるとがんこ氏は言う

この項続く
鯵庵(5.6)



by ajiankyoto | 2017-05-06 06:48 | 健康保険 | Comments(0)

カバンが小さくなった

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カバンを持つほどの写真はやめたので、カメラかばんも要らなくなった
会社も終わって一番要らなくなったのはカバンである
簡単なことであるがビジネスがないのだから
昔のカバンで一番大きな皮のカバンが今は非常持ち出し用になっている
記念に頂戴した上等のアタッシュケースは一度も使っていない
二度と使うことはないだろう

退職後に買ったファッション性の豊かなカバンもこの頃は使う用がない
旅行カバンも型が古い?旅行に行かないのだから使うこともない
カバンを買ってまで旅行に行こうとも思わない
しからばという・・と、実はやはりリュックサックが一番重宝する
オールマイティながら、目的別に用意している
街歩きと、シルバーのパートと別で使っている
忘れ物をしない手でもある

携帯電話は1台しかないので仕方がないが・・
カメラも薬も小銭も鍵も、ICカードやノートも鉛筆もおやつも別々に入れている
リュックさえ持って出れば・・そう迷うことがないし、帰ってこれる
要は、忘れ物がなく帰ってこれるわけである
思えば忘れ物ばかりの人生だった
それでもカバンは人生の友だった
今でもであるが、中身が変わってきた

最初に入れたのは親に作ってもらった弁当だろう
教科書より重かった、会社の書類も入れた
出張の時は書類をほって子供の土産を入れたこともある
カバンに入るだけのものを入れたらカバンを持てなくなったということもある
マイホームを建てたころ、やけにカバンは重かった
人生は重荷を背負って生きるがごとしというのは実感だ
重荷は全てカバンに入っている
リュックに代わったが、ひと頃より軽くなったような気がする
これからは自分が重荷になってくるのだろうか??
鯵庵(5.2)


by ajiankyoto | 2017-05-02 07:20 | 翁草 | Comments(0)

桜の葉か桜餅の葉か

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年中あるのだが、この時期になるとつい手が出てしまう
桜餅である
桜の葉を塩漬けにした風味が特長である
実はこの餅も関東風(長命寺もち)と近畿風(道明寺もち)という区別がある
こちらのものは道明寺粉というのを使う
水に浸したモチ米を干して、荒く砕いたものを用いるのが特徴である

しかも、形が違うのも面白い
京都では桜の葉の香りを大事にする
このサクラの葉の塩漬けはオオシマザクラの葉を用いることが多い
新鮮な葉をその日のうちに塩漬けにする
静岡県のある町が環境省の「かおり風景百選」にこの時の香りと風景が選ばれている
もちろんそういう産業として成り立っている程の需要がある

京都のそれぞれの店の桜餅の葉がどこからきているかは知らない
かなりの高級品だから葉っぱくらいいいものを使ってるはずだと感じている
嵐山の渡月橋のたもとに桜餅の茶店がある
ここの桜餅は他の店の桜餅とまた違っている
真っ白な道明寺餅を大きな桜の葉2枚で上下をくるんである
小生はこの桜餅が鄙(ひな)びていて好みである
他に餡でくるんだものもあるが、いずれにしろ桜の風味が一杯である

このサクラの葉の香りはクマリンである
「春に桜湯を飲む」でも述べた
塩漬けにして作り出される自然の香り成分である
桜餅の香りはこのクマリンである
嵐山は京都の観光地として余りに有名である
山と川しか眺めるものがないのにシーズンになれば京都の人は近づけない程の人が来る
観光地として何でもある、が
ひょっとしたら嵐山らしいというのはこの桜餅だけかもしれないと思ったりする
写真は友人かいこ氏と写経に行った大覚寺
鯵庵(4.11)

※「春に桜湯を飲む」の記事中、灯油にクマリンを添加してるわけを読者から尋ねられた・・クマリンはある紫外線に照らすと蛍光反応がある。揮発油は油種によって税金が違う。灯油にクマリンを1ppm程度添加していると、灯油を混ぜた軽油などを識別できる。脱税防止が目的・・ということです(鯵庵)

by ajiankyoto | 2017-04-11 12:00 | 翁草 | Comments(2)

春に桜湯を飲む


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"桜湯"で検索したら全国の銭湯が出てきた
欲しかったテーマは桜の塩漬けである
大体は五分咲きくらいの八重桜の花を梅酢と塩で漬ける
検索の結果、クックパッドにも作り方が載っていた
"お湯を注いで簡単出来上がり"と載っていたのには驚いたが、
もちろん桜湯のための桜の塩漬けの作り方も載っていた
上手に作ればお湯を注いだ時に花がきれいに開く・・

花が咲かなければ出来ないのだが、
京都の有名漬物店では春の前から店に並ぶ
それならお湯を注ぐだけでいい、簡単すぎる料理(?)だ
飲むのも簡単でいい、作法がある訳ではない
桜餅の桜の葉と同じで塩漬けにすることによって香りが出る
その天然の成分がクマリンである

かすかな香りを楽しむものである
クマリンは老化防止に結構な効能があるようだ
あなたはもう間に合わないかもしれないが、
お見合いや結納の時にはお茶に変えて用いる
老化防止に効くというなら、もっと早く飲んでおくのだった
が、これは飲みすぎは毒
クマリンには蛍光反応があることから税別のため灯油にも添加しているらしいのは驚く

今年は、せめて・・八重桜が咲いたら作ってみますか
梅干しの梅酢があればなお自分の家の味が楽しめますよ
花を二度見る方法だと思えば楽しめる
写真は大阪の造幣局桜の通り抜け(今年は11日から)
鯵庵(4.10)

by ajiankyoto | 2017-04-10 08:29 | 翁草 | Comments(0)

看取り率?

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どこで死にたいかって?
そんなこと聞かんといてーや
病院が8割、自宅や老人施設が約2割である
自宅や施設で死にたいと希望している人は6~7割であるのに・・
国の統計である

現在の状況でこれぐらいだとすればあと10~20年後を予定している我らの時代はどうなっているのだろうか
不安になるのは当然である
国は何とか20年後には現在の2割を4割ぐらいに引き上げたいと目標を定めている
だがこれは場合によってはあきらめる他ないような数値だ
もう数年でやってくる団塊世代の後期高齢化
在宅医療体制や老々介護の実態がここ数年で解決できるとは思えない
何よりも余りに多くの老人に対して病床や介護人員の不足がやってくる
20年後なら達成できるかもしれないとしたら
・・それは団塊の波が行ってしまってからのことであろう

そんなことより、在宅での看取り経験が日本でなくなっていると専門家は指摘する
病院であろうと自宅であろうと老人用の施設であっても、家族があって初めて出来る相談である
これまでは"自宅や施設で"というのがキーであるが、これからは"家族の介護"がキーだろう
介護が出来なければ、病院が施設になり、自宅が施設になってくる
結局は施設で・・寂しくということになる
どこで死にたいかと言われても
既に住んでいるところの地域差の方が大きくて、結局は自分で選ぶことは出来ないのだ
統計結果はそんなことも示している

夫婦でこの問題を考えると
後になるか先になるか
それによって違ってくるのではないかと実感している
先に死にたいとは必ずしも思わないが・・、後になってしまえば多くのことをあきらめざるを得ない
自宅で看取られて死ねるなんて幸せは僥倖と言うに等しい
いずれにしても自分のことである
率とか割合ではない
地域差も他人のことも関係ない
はっきり言えば0か100かの世界である
看取り率は一度限りなく0に近づくと考えていた方がいい
鯵庵(2.14)

by ajiankyoto | 2017-02-14 17:32 | Comments(0)

耳のさわり

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陰口たたく人がいる
陰口は悦楽的である
ひどい人は今まで仲良くしていた人が居なくなるのを待って始める
自分が嫌われることはわかっても、ついはまりそうになる
いくつになってもである
いや、齢とともにそうなっていってるのかもしれない

陰口は嫌われますよと言ってくれる人もいない
だから嫌われもん同士の陰口は止まらない
毎日の退屈も、陰口仲間がおれば過ごせるかも
相手に聞こえないところで言うから楽しいのだ
聞こえたらどうしようと思う前に今が楽しいのだ
万が一には本音で言うて何が悪いと言うだろう
が、やはり自分の発言だとだけは知られたくない
陰口はやはり不毛な性根である

だが、陰口たたかれるのも、自分にとって最大の情報である
責任のない発言ゆえである
その効きめはなんとベンチャラの百倍
陰口が聞ける人間にもならなくては・・
自分の陰口は自分の滋養、それも修業
出来れば目の前で優しく言ってよ
それじゃ陰口にならないって、面白くもないって
男と女も老いも若きも
やはり人に嫌われたいなら、陰口たたくのが一番、効果てきめんである
鯵庵(2.4)




by ajiankyoto | 2017-02-04 10:10 | Comments(0)

老人性悪態

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「マイペースで頑張ります」とのご挨拶
イイネを言ってやりたいのだけど
厳密に言うと正しくない
マイペースは頑張らないことなのだから
そんなことでいいなら何も頑張る必要はない
「頑張らなくてもいいように今のうちに頑張る」
と言うのなら正しいのかも
ついつまらないことを思ってしまう
青年にはマイペースは似合わないぞ
そういう嫌みを言うのは一種の病気である
「老人性悪態」症と言うらしい?
大丈夫面と向かっては言わない
悪態はつくけど悪意はない
鰺郎(1.3)

by ajiankyoto | 2017-01-03 17:02 | Comments(0)

鯵庵は上から目線?

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ブログを始めるにあたってどの目線にするかをまず考えた
日常の実感には日常の目線が必要だが、
それでは歴史の感想を語りたいときは空虚になる
自分の住んでる京都の街のことも語りたい
が、稚拙な観光行政を語るときは市民としての感慨が起きてしまって自然に嫌みなことにもなる
しかしながらどうせ出来ることは、所詮エッセイもどき、駄文にしても浅はかである
ただ、謙遜・卑下ばかりしていたのではブログとしての値打ちもない

長い会社時代には地位に応じた立場があった
定年後嘱託になってただの素人間になった時
大昔の部下たちの語り合いが耳に入ってきた
上司のことを「上から目線」と言う
「部下持つ身なら上から目線は当たり前やんか」とはその時もう言えなかった
そんな生温い会社だからおかげで出来の悪いサラリーマンが勤まったともいえる

本当はサラリーマン時代のことを書きたかった
それしか知らないのだから、それなら書けるから・・・
でも、またもまだまだ、気を使ってまだ上から目線って言われるのだろうな
と言う訳で、半分開き直っている訳である
この頃のサラリーマンはセクハラ・パワハラ・・そうでなくば上から目線と険しい語彙を平気で使う

残念ながらそんな単語は、素人間には関係がなくなってしまった
だから、全編のテーマは「老い」である
人が老いると三つものを失うという
「体力」「仕事」「異性への愛」である
失って初めて気づくことばかりである
自己主張するのに矛盾を気にしては出来ない
”武士も食わねど高楊枝?”
悪いけど「老い」をテーマにする限りここでは堂々と上から目線も続けるつもりである
実生活と同じならブログはやらない
3月に始めたブログも12月に200編になった
上手く撞けないと余韻も残らない

出来れば来年もお付き合いを・・
今年はまだ倒れなかった鯵庵の〆である(12.31)

by ajiankyoto | 2016-12-31 12:00 | Comments(4)