雪に変わりがあるのだ

♪富士の高嶺に降る雪も
京都先斗町に降る雪も
雪に変わりがないじゃなし
とけて流れりゃ皆同じ

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日本語の表現の難しさかもしれない
先斗町(ぽんとちょう)に降る雪も富士の高嶺に降る雪も雪に”変わりがあるじゃなし”
では、同じ雪だと言うてるわけである
冒頭の歌詞は間違いだとされながら訂正されることなく続いている
雪に”変わりがないじゃなし”は
”変わりがないわけではない"と意訳すれば、これも同じ雪だと言ってるように聞こえる

でも、雪に変わりは・・間違いなくある
なのに、変わりがないと主張している
・・溶けて流ればみな同じ
こちらが主題なのだ
雪は降ったところでまるっきり違うけれど・・雪は雪だ、とけたらみな同じ水になるのである
水には、雪ほどの差はなく皆同じである・・と言ってるわけである
"雪に変わりがあるじゃなし”では文法はあってても、文学ではなくなる

京都の雪は2センチや5センチでも雪である
それが今年は15センチも積もった
我々が住んでいる都会が、一気に鄙(ひな)になる
鄙になるけど都会の雪は多少美しい
交通も支障が出たり生活は確かにしにくくなるが、はしゃぐ気持ちもある

朝早くから子供たちは雪だるまを作っていた
例年より大きいし、雪がきれいだ
これから先のことは分からないが、鄙の雪は京都の子には一生の思い出になる
やはり、京都先斗町の雪と苛酷な雪国の雪は違うのである
たとえ雪質が違っても、溶ければ同じだという
ほぼ100%がH2Oという化学物質である
姿が違っても違わなくとも水になれば同じだと歌ってると考えればいい
歌詞に関していえばその内どちらでも本当にいいように思えてくる
雪に違いがないというのは明らかに間違いである
今年も冬が去ろうとしている
鯵庵(3.13)

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by ajiankyoto | 2017-03-13 05:00 | Comments(0)

花見小路に思う


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京都の祇園花見小路、旅行者で一杯である
小生も一度くらいは祇園で飲みたいと思う
もちろんお茶屋へ上がって芸者を侍らすのでない限り金さえ払えばいくらでも飲める
この頃の舞妓や若い芸者はお座敷でも上手く会話が出来ないで私語ばかりだと
さる大物評論家の先生がおっしゃっていた
そんな現場に小生が立ち入ることはないが、ある意味で貴重な証言である
旅行者でも「夫婦子供連れで歩くのはやめときなはれ」と言うてやりたい

花街(かがい)は京都の中で他の京都と違うのは不倫が許される街である
「不倫は文化」云々を言った芸能人もいるらしい
浮気は病気である
そんなものでも文化などと言いきれるのはいかな京都でも限られた花街だけである

夜の世界はスマートに金を払って遊ぶところである
お茶屋や料亭に来る芸者はそのための接待の専門職スペシャリストだ
金さえもらえばどこへでも行くというのでもないらしいが
それなら、観光客に舞妓や芸妓の技を見せるものではない
置屋もお茶屋もその生活の場と仕事の場
昼も夜もあれほどの勢いで観光客に歩かれ、店の中を覗かれたのでは
何かと不倫には不便なことである

幕末ならともかく
こんな京都で小股の切れ上がった芸妓衆の高度な接待技術が役に立つような商用などあるのだろうか
言っておくが今の花街は遊郭ではない
もちろん遊女や花魁(おいらん)などいない
でも花街の夜の闇は不倫である、そのための街なのだ
芸者が勝手にお客をとることは出来ない
お茶屋を通さなければ世間の眼にさらされる
それが世間の不倫になる

不倫は不義ではない
花街でも、お茶屋のお世話にならなければ素人ということになる
芸者を連れて昼間にホテルにしけ込んだのでは花街のルールに反する
花街の・・などと言うから分かりにくいのだ
大阪ではそれを現代用語で店外デートと言う
不倫の町でも店外デートはご法度なのだ
祇園で遊ぶ人こそそもそも不倫に金はケチりなはんなや
鯵庵(2.27)





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by ajiankyoto | 2017-02-27 17:16 | Comments(0)

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五条楽園(五条橋下・七条新地)のことを以前に少し書いた
秀吉の時代から続いてきた遊所だったのだが・・
何んと平成22年売春防止法違反で京都府警に主だったお茶屋の経営者が逮捕摘発された
それ以来、ネオンも外して一斉休業のままである
当時大きなお茶屋だけでも十数軒あった、町の人が消え火が消えた
高瀬川も、明らかに二条から五条までの姿とは違う
五条から南、過去の遊所を流れる高瀬川は同じ歴史を持ちながら五条通を境にごろっと変わる
ここは源氏物語の光源氏のモデルだとされる嵯峨源氏の源融(みなもとのとおる)の広大な屋敷河原院の跡である
それでもあれほど観光に手を尽くす京都市の手も入らない

京都の遊郭は明治になって島原が衰退し、売春防止法で五番街が廃業した
時代の中で残った遊所が京都の五花街として芸妓の伝統と京都観光も支えている
だがしかし五条楽園はスマートに変身した五花街にない大正・昭和のロマンを感じさせる遊所独特の建物が今まだ残っている
風呂屋も商店もある、マンションもあれば旅館の営業をしているところもあるし、サラリーマン家庭もあるしもちろん学校に通うこどもたちもいるのは当然である
大きなお茶屋だったところの二階の簾(すだれ)も傷んだままになっているのを除けば一般の住宅街と変わらない

ただ、街そのものは活気もなく閉鎖的な地域として沈んでしまっている
遊郭はずっと職住近接・職住一体の町だったのである
小生風に言えば、職住一体の職をとってしまって住だけになったら暮らしも成り立たないということである
正面通にあった山内任天堂は世界的企業になったが今は十条通りに本社を構えている
五条楽園の歌舞練場だった五条会館は大勢の人が集まることは今となっては消防も許してくれないだろう
五条通近くにあったラーメン屋は今もやっているだろうか
経済活動のない街になってしまうのだろうか
もちろん放蕩や浪費は美徳ではないけれど・・
有形文化財に指定して保存なんてことは所詮他人事だ
お茶屋の建物もそのままだけど、いずれ朽ちていくのを待つだけでは辛い

景観と活性化は二つのキーワードだろう
京都のある大学のチームは真剣になって調査している
生活保護所帯の割合が市内の他の地区に比べて著しく高いということを指摘している
五条楽園は五条楽園でなければ生きていけない街だったのだろうか
休業のままではイメージの改善は難しい
未だ市役所もそれからのビジョンを示すことが出来ない
京都のど真ん中京都駅からすぐの街である
隣の四条河原町や宮川町や祇園は京都一の観光地である
五条楽園だけが過去の罪を背負されたのだろうかと思ってしまう
写真は窓
鰺庵(9.26)

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by ajiankyoto | 2016-09-26 07:53 | Comments(0)

五条楽園は休業中?

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五条楽園の昔は遊郭の歴史である
五条通から南、高瀬川沿いにあった
京都の遊郭の中で五条・六条・七条を冠する鴨川沿いの遊郭が大正時代に一塊になって七条新地と言って商売をしていた
花街である、娼妓も芸妓もいる
お茶屋・置屋・旅館などの揃った歓楽街である
花街と言われたいためか歌舞練場もあった
売春防止法(1958)後も時代に合わせて営業を続けていた
ところが平成22年(2010)秋になって売春防止法違反で主だった役員たちが京都府警に摘発された
それ以来一斉にお茶屋や置屋は休業した、で今も休業のままである
風俗営業法がこの業界の民法なのに、売春防止法という憲法で上げられたのでは仕方がない?
ここはお茶屋さんに上がって芸者(芸子)さんを呼んでもらう仕組みである
古の遊所の様を残している、良く言えば大正ロマンである
近くの祇園や宮川町の芸妓(げいこ)は専門職スペシャリスト・京都観光の花に例えられても・・五条楽園は芸子(げいこ)と呼ばれ明確に一線を引かれたままだったという
いわゆる”ちょんの間”だった、風俗営業法風に言えば、店舗型どちらか言うと熟女系風俗店である
本番云々を名乗ったわけではないので、風営法の枠内であれば今も続けられたかもしれない
現に、大阪では同じような時代錯誤的お茶屋がきっちり営業している、らしい?
が、所詮、風営法の改正に伴って、風俗業界は無店舗型にシフトしている
あの芸子たちは何処へ行ったのだろうか、国際観光都市京都ではしんどい?年令のことも気にしてやらねば?!
今年は平成28年、数年前まで京都にも厳然とあったという事実にはそれなりの意味があるのかも
小生も今時大正ロマン的五条楽園が再開されることは期待しているのではない
もちろん祇園や宮川町のように観光業かと思えるような澄ました花街になってほしいと思うものではない
”たとえいくつになっても女性が自分で自分の体を売ると決めた以上、生活していけるだけの世話は社会的にも必要である”という論である
都である京都や江戸に限らず都市はその機能を果たしてきたというのが歴史である・・
もちろん、あからさまに言うことを共感してもらえるとは思っていない
写真はチョウ絡む
鯵庵(7.1)

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by ajiankyoto | 2016-07-01 06:23 | Comments(2)