BSで「鬼平犯科帳」を見ている
八代目松本幸四郎である、初代の白鸚(はくおう)である
還暦まで91本の鬼平を演じた
東宝の作品である
池波正太郎はこの幸四郎をイメージにして小説を書いた
小太りの感じである
もう一人の小太りが木村忠吾である
古今亭志ん朝が演じている
うさぎ顔の女好き、うさ忠という鬼平にへばりついても憎まれぬ同心役である
小説やドラマの狂言回しの役どころである
古今亭志ん朝は珍しい落語名人だったが、このあたりのドラマ出演がいい滋養になったのだろう
息子に忠吾と名付けたとどこかに書いていた

仮にあなたならどんな役をやりたいかと聞かれればであるが
拙者は木村忠吾である
鬼平も盗人の親分も勤まる筈がないし、どう探しても、出来るとすればやはり忠吾しかないだろうね
だが、実際は役どころとしては一番難しいらしい
「気が弱いのに明るい」という性根を演じることは難しい
志ん朝はよく演じていたと思う
気が弱いことも明るいことも間違っても軽いことではない
どの役でも、命を懸けて生きている様を演じなければならない
下手すれば自分など端役すら勤まらないと思わせられる

鬼平犯科帳は歌舞伎でもなければ、劇画でもない
幸四郎も歌舞伎を演じているのではない
し、志ん朝も落語を語っているのではない
それが、ドラマなんだろう
人生の中で本当に演じられるものでないとドラマにはならないと思う

それから20年の後にその幸四郎の次男中村吉右衛門が鬼平犯科帳の人気を不動のものにした
それは、吉右衛門が鬼平の息子長谷川辰三を演じていたことにもよる
やせて尖った辰三であったが、いい親子の機微がドラマにも出ていた
歌舞伎ではないドラマだった
それはやはり幸四郎が息子吉右衛門を鬼平の役が出来る役者に育てたいと思ったのだと思う
残念ながら、小太りの名人志ん朝のうさ忠の後がいない
鯵郎(2.16)

by ajiankyoto | 2017-02-16 08:27 | Comments(0)

鬼平の老い

b0355451_11315252.jpg
テレビで「鬼平犯科帳」が始まったのは昭和44年(1969)、鬼平は最も鬼平らしい松本幸四郎だった
それが丹波哲郎になり、中村錦之助になり、今は幸四郎の次男二代目中村吉右衛門になった
今は、とは言ったけれど吉右衛門鬼平になって28年になるということである
テレビのシリーズは平成13年に終わっているが、なかなか毎年スペシャル版で続いている
予告によるとこの冬に最後の放映になるということだ

実在の鬼平こと長谷川平蔵は8年も火盗改メの職を続け数え年50歳の時に亡くなった
活躍は40代の時である
二代目吉右衛門は今や人間国宝であるし、齢72歳である
小生、吉右衛門鬼平に関しては見逃すまいと再放送、再々放送を見ている
原作者池波正太郎に何度も声をかけられても、吉右衛門がなかなか鬼平を演じなかったのは小説の味と歴史上の人物その実年齢を気にしていたという
だからこそ、今から15年前、平成13年(2001)にレギュラーシリーズを終えている

富士真奈美が最初に演じたおまさも、吉右衛門と一緒に梶芽衣子になった
これも4代目である
小生らにとっては梶芽衣子は日活の「女囚さそり」の印象が強烈である
東映でも頑張っていたが、鬼平のおまさで息が長くなってしまった
役どころでは30過ぎである、少し色が黒いが黒くてぱっちりとした目とおちょぼ口が特徴の江戸の女である
良く似合っていた、そのおまさであるが・・
おまさも歳をとるが、梶芽衣子も歳をとる
大河ドラマとちっがって役どころとしては、その後28年は限界を超えてしまった

木村忠吾の古今亭志ん朝は吉右衛門とは共演していない
吉右衛門と一緒に始めた相模の彦十、3代目の江戸屋猫八はもう15年の前に亡くなっている
ここまで人気番組になったら仕方ないかもしれないが
適役役者が死んだり年をとってしまっては仕方がない
再放送を見ていて、作品の年代はおまさを見ればわかる
鬼平では本当におまさは主役なのである
梶芽衣子のファンとしてはかえって辛くなってくる
「女という生きものは、みな一色のようでいて、これが違う。女に男なみの仕事をさせたときにちがってくるのだ」
と鬼平は言うが

吉右衛門は早くから辞めたいと言ってたようだ
舞台ならともかく画面いっぱいに老いが映るテレビドラマではそうだろう
当時の40代はもはや初老だったというけれど今の初老とはやはり違う
懐メロだって、いつまでも出来るものではない
ゴルゴ13と同じ顔をした劇画が存在するだけでも嫌だったのに
今度、いかれたテレビアニメも来年から始まるという
男盛りに働いて死んだ鬼平を描きたかった池波正太郎が生きていたらこんなことにはならなかったのに・・
再放送も小説もこれからも読めるのだから、精一杯ここらでいいのではないか
吉右衛門シリーズの江戸風景は全て京都と京都近郊ロケだった
写真は平成4年頃放送の鬼平とおまさ「夜鷹殺し」から
開始4、5年後、おまさが熟し一番きれいだったころ
鯵庵(11.29)




by ajiankyoto | 2016-11-29 07:29 | Comments(0)

酒の飲める女は器量よし


b0355451_20001239.jpg

今宮神社のあぶり餅の項で登場願ったスーパー講師の続きである
女史は「鬼平犯科帳」と「あぶり餅」が好きだと言ったが、もう一つ好きなのが京都の日本酒である
ちょい昔、地酒ブームがおこって、日本中のお酒が見直された
美味しい地酒は美味しいし美味しくない地酒は美味しくない
こんな簡単な理屈があんたらにはわからへんのという
いい酒を造るのはいい材料といい技術者が必要なのはわかるやろ
それさえあれば何でもできるのとちゃうで・・
水も空気も歴史もが材料や
そやけどいい水と空気さえあれば美味しい酒ができるという誤解が地酒ブームを引き起こした
と女史は言う

御所の堺町御門を下ったところに「キンシ正宗」の「堀野記念館」というのがある
スーパー講師に案内されて京都市中の酒造りの歴史を一緒に見学してきた
約240年前天明元年(1781)ここで松屋久兵衛が蔵を開いた
その時の蔵と店と井戸が残っていてそれが今は記念館になっている
酒蔵は厚さ50センチの土壁て出来ていたため当時のものが残された
また、ここの水「桃の井」は往年の名水である
今も飲むことができるということで水を飲みに行ったこの付近に御所の前に何十軒もあったのだという
隣は豪商白木屋だった

試飲させてもらいながら、240~250年前と言うと・・・、と得意の講釈が始まった
鬼平こと長谷川平蔵が京都西町奉行であった父や家族と1年足らずを京都で暮らした頃だちょうど池田や伊丹の京都の美味しい透き通った酒が江戸でもやっと飲めるようになったころだ
まだ江戸には田沼政治が続いていた、江戸へ帰って父の蓄えを費やして放蕩している頃には上方のいい酒を飲んでいた筈だ
それでいて田沼に見いだされ、出世していく
それからも酒を飲みながら仕事が勤まったのは清酒ゆえだということだ
庶民が飲む濁り酒では仕事も寿命も持たない、清酒はびっくりするほど切れのいい酒だったのだ
都市には酒が必要である、中でも清酒は都市文化を支えるものである
朝廷の文化にも、町衆の文化にも、それよりもっと歓楽街や遊郭は酒の文化である
酒の質によって歓楽街にも上下があった
酒の悪い遊郭は没落した、花街という京都に残った遊郭は京都の酒が支えてきたのである

清酒が出来たゆえ女性も酒を楽しむことができるようになったという
京都の女はよく酒を飲む、確かに清酒ならいい女にも似あう
男と女を取り持つものになり得たのである
水商売で酒を飲まなければならない人は飲めない仕草を売りにする
スーパー講師のように自分の力で酒を飲める人に意外と京女を感じる
大胆にして上品、楚々として情が濃い、そのくせキレがいい
酒の飲み方でその人の生き方が分かるという法則は女性にも適用されるようだ
写真は誰?キンシ正宗のポスター女優である
鰺庵(10.2)

「火盗改め鬼平の京都」はここをクリック



by ajiankyoto | 2016-10-02 08:25 | Comments(0)

b0355451_09164690.jpg

テレビ「鬼平犯科帳」のエンディングにインスピレーションの曲にのせて風鈴売りが歩く江戸の夏のシーン
確かにまともな茶店の作りである
江戸という新しい都は世界有数の大都市、鬼平が活躍するのは松平定信の寛政の改革の時期である
ドラマにも生き生きした江戸文化が表現されている
中央集権国家(武家政治の)の首都として爛熟期(らんじゅくき)を迎えている様のその映像が、京都の街で作られている
さすがの松竹でも東京のスタジオでは〝江戸文化の池波時代劇″が撮れないという
当時の江戸は水の都、その江戸の季節風景は京都にしかないというその矛盾は、京都の街が今でも持っている不思議な力の一つである

ここは今宮神社の参道である、両側には同じような茶店が一軒ずつあって、本家争い?の元祖だ
何しろ平安時代からあるという話だから、茶店と言っても時代劇にもってこいの風情、なかなかのものである
どちらもあぶり餅、一方は「一文字屋和助」1000年〝血續・二十五代″Hさん、

一方は「かざりや」創業400年〝本家・根元″Oさん
血續対根元、ともに言葉と宣伝では一歩も引かぬ勢いが京都らしい
メニューはあぶり餅のみにしてともに一人前500円、定休日はともに水曜日、客引きのために通りの真ん中の石畳みは踏まない、共栄繁盛の見事な調和である
歴史京都らしいと言えばそうかも、どっちの贔屓しようとここまでくれば楽しい本家争いのルーツであるが、2代3代では真似が出来ないはず
喧嘩していればともに終わっていたはず、やはり京都の町人は喧嘩しない?ひょっとしたら、そんな家訓があるのかもしれない
そうでなくってもつぶれることもなく、さりとて大きくもならず、茶店が茶店のまま1000年も続けられたとしたら、善と悪では解けないものがある

「何百年も向かい合わせで店やってて娘も息子もおったやろうに、間違い(恋)の一つもなかったんかいな?」とこんな微妙な関係が何百年もバランスよくは続かんはず、絶対に喧嘩してるはず・・・と素朴な質問を店の人にぶつけた女傑がいる
こんな質問に答える京都人はいない・・今宮神社の信仰が続いたということだろう
ただ、そこまでの歴史があれば、大体権利を振りかざして商売の拡張を図るのがふつうである
現に京都のお茶屋は北野のみたらし団子屋から始まって、遊郭から今は花街上七軒として格式高く?生き残っている
団子や餅を食わすということは相当なサービス精神が必要である、それが水商売である
あぶり餅しかないということがよかったのかもしれないと思う
しかも二軒というのが味噌かもしれない・・と、その女史の論である<
写真はあぶり餅”いちわ”の暖簾
鯵庵(9.16)

「娘の書いた絵馬を見たい」はここをクリック

「娘の書いた絵馬を見つけた」はここをクリック


by ajiankyoto | 2016-09-16 07:41 | Comments(2)

最初は嵯峨の奥の広沢の池のほとりにセットが建っていたらしい
そこから少し奥へ進むと大覚寺がある
この大覚寺の大沢の池に百姓家が建つと撮影が始まる
池波正太郎のもう一つのシリーズが「剣客商売」である
鬼平にしろ剣客商売にしろあの江戸情緒が京都でしか撮れないのも不思議なものである

剣客商売は愛読書でもあるが、テレビも好きである
主人公は秋山小兵衛という小柄な老人
特に二代目又五郎(1914-2009)の演じる秋山小兵衛(昭57年(1982)放送)が好きである
脇役ながらも鬼平シリーズでもいい役をしている
二面性のある悪役をさせればきっちりはまる
秋山小兵衛は見るからに弱弱しい外見の老剣客である
この時代(設定は田沼時代)に剣客であるだけを売りにしているわけである
この秋山小兵衛、枯れた風貌ながら、憎いことにおはると言う若い百姓娘を可愛がって隠居暮らしをしている、その味がこのドラマのポイントである

読者は、北大路欣也やあるいは藤田まことをイメージするかもしれない
それはそれで味がある配役であるが、原作とのギャップが大きい
北大路欣也や藤田まことでは大柄すぎるし、いかにも強そうだ、しかも精力絶倫と言うイメージが拭えない、豪傑なってしまう
特に北大路の風貌はいまや父親市川歌右衛門である、貫禄がありすぎて(肥えすぎて)役の幅を超えている、いいものを食いすぎたイメージは小兵衛とは逆である
小説ながら秋山小兵衛は生死の境を越えてきた、清濁などいとも容易く併せ呑める器量である、それが枯れかけた小柄な体の中に凝縮された剣客でなければならない
作者は二代目又五郎のイメージをモデルに凄い技を持った人間が枯れると言う到達点を書きたかった
剣客商売と言うテレビ時代劇は、二代目中村又五郎という旨(うま)みで食するものである、そうでないと池波小説でなくなる
b0355451_08121836.jpg

写真は鬼平犯科帳「寒月六間堀」の市口瀬兵衛役の又五郎、平成9年頃鬼平最後の出演か?*テレビ再放送画面から
歌舞伎役者二代目中村又五郎は吉右衛門と同じ播磨屋一門、テレビで初めて秋山小兵衛を演じた時は60代後半の頃、数年前に94歳で亡くなられた
昭和の役者でもある、生前は人間国宝でもあった
再放送でもビデオでも二代目又五郎の秋山小兵衛は見れないのが残念だ
鯵庵(8.9)

by ajiankyoto | 2016-09-09 08:28 | Comments(0)

b0355451_07572319.jpg

鬼平犯科帳、BSでずっと再放送をしている
平成元年7月に始った第4代目の鬼平役吉右衛門シリーズがいい、その「五月闇」は非業に密偵の伊三次が死ぬ
小生が師事(?)するカルチャーのスーパー講師(女性)が好きなのが鬼平の密偵伊三次
小説「鬼平犯科帳」の主人公は鬼と言われただけのことがあって盗賊にもモテる
小生も小説の密偵の中で作者が力を入れている伊三次(いさじ)という男が好きだ
伊三次には泥棒としての業と男としての業が合わせ描かれている

伊三次は捨て子である、小説によれば伊勢の関宿の宿場女(女郎)たちに育てられた
10才で油屋に奉公にあがるが・・・、それしか生きていく道がなく、捨て子の素性でやがて悪の道に入る
悪の道は仕方がないことながら、それゆえの業を持っている
伊三次の20代は盗賊の配下だった
29歳のときに盗賊の女房と逃げる、その女を殺す
その後鬼平に拾われ、密偵を勤める

役宅の長屋で寝起きする、きびきびとした動きが出来る一方、地面を這いながらで一人で生きてきた男を描いている
人が好きではあるが人とは〝つるまない″男である
あるいはそのときそのときを生きていくことに精一杯であるが、変体が下手な男である・・が、生き抜ける力は持っていたと思う
〝希みもないが死ぬ度胸もない″伊三次である
鬼平の登場人物の中で同じく密偵おまさと並んで人気のあるキャラクターでもある
テレビでは最新版では平成元年から俳優三浦浩一が演じている
鬼平は無頼派であっても高級官吏である旗本、作者は主人公の男としての這いつくばってる男の業の部分を伊三次に置き換えて書いているように思う

しかし、伊三次の素性は泥棒である、過去に人も殺した
それでいて一分の隙もなく密偵として働く二つの面を持っている
いかに鬼平に拾われようともどうしようもないというものを作者は描いている
伊三次にとってはもう一つ密偵としての業を増やしただけのことだからだ
岡場所のおよねと一緒になったらどうかと鬼平に言われ、泥棒としての過去を捨てようと思いかけた時に昔の業によって昔女房を盗ったその盗賊に殺される
実は伊三次を殺したのは作者である
昔の業を逃れられない密偵の男を書きたかったからである、と
小説連載中、伊三次の死は作者にも重くのしかかっていたという
その鬼平に多くの女性ファンがいたのは嬉しいことだ
女性ファンは伊三次が好きみたいだなと思った
もちろん男性ファンはおまさ(梶芽衣子)の次におよね(池波志乃)が好きである
それにしても役者も我らと同じように齢をとってきた
最初の放映で伊三次が死んだのは平成7年である
それから20年、鬼平シリーズはとことん再放送で楽しむのが面白い
写真はカナヘビ
鯵庵(8.31)
「火盗改め鬼平の京都」ほここをクリック


by ajiankyoto | 2016-08-31 08:13 | Comments(0)

火盗改め鬼平の京都

江戸で活躍の鬼平が20年ぶりで京都へ来る
当時、西町奉行に就任(1772)した父の赴任と従って足掛け2年を平蔵の家族も京で暮らした、という話である、
平蔵の父もその後の平蔵も徳川の実在の官僚だったからそこまでは史実とほぼ重なる

それから20年その父の墓参りにやってきたのは小説だけのことだろう
テレビは何度も再放送されている、「艶婦の毒」と言う題であった
艶婦とはお豊と言う西国をまたにかける盗賊団の引き込みで、若いころの平蔵に京都で出会った
”お前がおれば主もいらんし親もいらん”と言わしめた相手であるが、平蔵にとっては若い時の京都での大失敗である
女優山口果林がいい40女を演じている
何んとテレビ映画「鬼平犯科帳」平成6年(1994)約20年も前の作品だ
その女を幕府のお先手弓頭兼火盗改めに出世した鬼平が20年後の京都でまた見かけたて捕えた
女優が誰であろうと、小生なら昔のよしみで見逃してやる
鬼平は自分の若い頃と京女が憎かったに違いない
b0355451_07362582.jpg
鬼平年譜によれば京都で暮らした20年前の平蔵は結婚して息子辰三が出来ていた
父がも少し長く奉行を務めておれば、京都で暮らしてたかもしれないが、早々と父の役宅をたたんで江戸へ帰ってしまう
1年にも満たない京都暮らしであった
京都では大言だけを残した人であった
世は田沼政治の時代、28歳で長谷川家の当主となるが、無役の旗本、それからしばらくまた放蕩が始まるという、ところがやがて幕臣として頭角を現す
その上昇志向は大言壮語だけでなく三河以来と言う長谷川家の家柄によると研究者は言う
思えば地方都市京都では暮らせない人であったと思われる
明治になって都が東京に移るまで京都は都だったというのは京都人の意識的な勘違いである
鬼平の時代には既に古都だったのだから・・
写真は線香
鬼平の再放送ばかり見ている鯵庵(28.5.6)



by ajiankyoto | 2016-05-06 07:41 | Comments(0)