京都の検定のマネ

b0355451_20585620.jpg
地蔵菩薩を一つの大きなカテゴリーとしているこのブログを始めた
一つのテーマでもある
取材は精力的に動いてますが、実は600編を超えて少し記事が停滞してます
今日は遊びです
鯵庵の勝手京都検定を試みます
もちろん、本当の京都検定の役には立ちません
題「この地蔵尊のあるお寺は何処でしょうか???」
ヒントはこの白い枠です
鯵庵流京都検定1級です
決して皆さんを試しているのではありません
盗み写真ですがご利益があるとすれば本当にあります
それほどの京都の有名寺院です
それもヒントです
鯵庵(30.12.14)

[PR]
# by ajiankyoto | 2018-12-14 21:49 | 地蔵菩薩 | Comments(0)

b0355451_21195729.jpg
自分が役に立たない男だと気付くと男は皆旅に出る
フーテンの寅になる可能性を持っている
人にはそれぞれの苦しみがあり、他人に心遣いする寅次郎は面白くない
「どこへ行くかって?
人間は自分の運命に早く気づかなくちゃいけないよ」と寅次郎のセリフ

これから寒くなってくるから南の方に行くかって
気の向くまま行ける旅ではない
そこがフーテンの寅と違うところだ
が、時にまた帰ってきたりする
そこがフーテンの寅とよく似ている
鯵庵(30.11.10)

[PR]
# by ajiankyoto | 2018-12-11 21:21 | おとこ編 | Comments(0)

自分らしく生きたい


b0355451_19465441.jpg
"自分らしく生きようとしているのに幸せになれないのはどうしてでしょうか"こんな相談が載っていた
"自分らしく生きていられたら幸せじゃないですか"こうやって、また嘘を教える人がいる
その通りでもあるが、彼女に理解できる筈がない
自分らしくと言ったって、ファッションのことを言ってるのかもしれない
し・・ひょっとしたら、つけまつ毛のことかもしれないし・・
自分らしさとは自分のために生きることでもないのだよ
そもそも自分らしく生きるという川と幸せになる川とは違う川である
いくら下って行っても違う海に出てしまう
大人になって子供並みの幸せは求めても得られない
そのくせ子供の幸せが一杯あっても不幸という
分からなければ、自分らしくという幻想を止めることなんだ
優しい言葉でいいから・・特に大事な人には・・
自分らしく生きようとするから幸せになれないと教えてあげる
・・・というのが大人の親切というものである
それが人生相談だと思う
鯵庵(30.12.9②)

[PR]
# by ajiankyoto | 2018-12-09 19:49 | おなご編 | Comments(0)


b0355451_11274390.jpg
余り会話には使われないが曖昧宿(あいまいやど)という言葉がある
表向きは茶屋や料理屋を装い・・客を取らせる店をいうとある
宿の一種だけど、旅行者の宿泊が主目的ではない、要は都合があって偽装した宿、ホテルだ
また、男女が逢引するための場所だから、偽装が必要な宿と言った方が分かりやすい
追及されたからと言って「偽装と言われても仕方ない」などと謝る必要はない
偽装は客のためにしているので偽装していることが分らないと入りにくい
昔は連れ込みホテルなどと言ったが、それでは偽装にならない
ひと時潰れかけたがこの頃街角にかたまってあるのが繁盛している
侘しさも後ろめたさもカバーしてくれるように偽装している
風俗店も無店舗型でないと許可を貰えないということで??共存共栄しているらしい
曖昧が売りだから夫婦でも入れます
その代り困ったことに外国人旅行者が家族で泊まったりする

二軒茶屋と言う言葉が昔からあって・・
デパートやパチンコ屋ですら二軒並んでいるところが商売になるらしい
ましてやお茶屋やフッションホテルはなお更である
ひっそりでは商売にならない
温泉マークとか逆さクラゲと言ったのを覚えている人も多いはず
それが今はファッション、この場合のファッションは風俗ということである
風俗とは本来庶民の暮らしそのものを言っていたのに・・

旧都である京都で生まれ、徳川体制の新都である江戸で発展した
もちろんこういうことはすぐに全国に広がる
時代劇では水茶屋とか出会い茶屋とかと言ったりする
その形が発展したのが花街であるが、色事は何も花街の専売特許ではない
男と女が生きていくことに遠慮は要らないが、今でも偽装は必要である
逆に有名高級ホテルや高級料亭こそ偽装している?
そんな意見もある
だから、偽装の必要な金持ちや政治家や歌舞伎役者ら有名人はそちらを使うわけである

写真は京都府立植物園にて
鯵庵(30.12.7②)

[PR]
# by ajiankyoto | 2018-12-07 21:21 | 偽装 | Comments(0)

トイレの神様


b0355451_12491416.jpg
「トイレの神様」といういい曲が流行った
心根のよさそうな女の子が歌う、シンガーソングライター、自分の気持ちを自分の歌い方で歌う、ヒットしてしかるべし
優しいおばあちゃんでよかったね
あの歌が好きな優しい女の子に便所物語をしてしまいます、許してください
あなたのおばあちゃんがトイレにいるというあの神様はもういないのです
はっきり言うと水洗トイレしか知らない人には〝便所の神様″は見えません
昔の便所は家の外にあったり、暗くて子供には怖くて・・
その上、掃除は例え主婦であっても一番嫌な仕事、だから女神がいると教えてきたのです
それに比べて水洗トイレの掃除は神様に見てもらうほどの家事ではありません

おばあちゃんに恩返し出来るにはおばあちゃんを超えるいい女になることです
それしかありませんが相当に賢くなければなりません
暮らしの衛生はこの数十年で日本を先進文明国にしました、田舎だって同じです
昔の便所のままでは子供も孫も帰って来ません
昔のドライブインが潰れて道の駅が繁盛し出したのはトイレ事情にもよります
やはりトイレの清掃が行き届いている道の駅やコンビニは繁昌してます
海外の人もともかくも日本のウォシュッレットを買って持ってかえります
あれだけでは使えませんよと、教えてやる必要はあるでしょう

人を救うのは清潔です
厠神(かわやしん)というのは仏教の烏枢沙摩明王(うすさまみょうおう)と言われます
歌のような女神ではないかもしれませんよ
炎の神様ですが、炎で不浄を清浄とする力を持っていると信じられています
だからこそ、家庭でも率先して、他人の嫌がる汚れることもいとわず働かねばなりません

今は時代錯誤になりましたが、実はこの厠神様、おなかの中の女の子を男の子に変える力もあったようです
そちらも女性に信仰された所以かもしれません
一緒に歌を歌いながらお母さんに話を聞いてもらってください
それまでの苦しい時代のことを教えてくれるかもしれません
竈(かまど)の神様も見えなくなってしまいましたが、ひょっとしたら台所で働くお母さんが神様かもしれません
今でも神様はそこらじゅうにいるのですよ・・見える人には見えます
鯵庵(30.12.6②)


[PR]
# by ajiankyoto | 2018-12-06 12:52 | おなご編 | Comments(0)

愛を手に入れる方法

b0355451_14270406.jpg

愛を手に入れる方法はない?
キレイになることだと思う
キレイになる方法が間違っていると愛を手に入れることはできない
幸せなのか不幸なのか、思い方次第だがやはり不幸は不幸である
キレイにも幸せにも循環というものがある
循環に乗らなければいつまでも幸運や愛を手に入れられないのだ
愛は売っていないがキレイになる方法は売っているのだ
それを宝石だとか化粧だとかと思うと、本物が手に入らないのだ

親からの愛で子供時代を過ごしてきた
青年期になって急に男として女として値踏みされる世界に放り込まれる
愛を得るために何が大事なのかを学習していないのだ
愛は売っていない、そのことに戸惑うのである

キレイになる方法はいろいろあるが
男は自分を洗うことだ
女は自分を磨くことだ
いずれも少し時間がかかる
年をとるとともにキレイになることが出来たとしたら
必ず愛を与えることが出来る

いい人と付き合いたまえ
上手くすれば愛を得ることもある
愛とはそれほどのものだ
急ぐことはないが
方向は間違ってはいけない
貴女にはその資格がある
鯵庵(30.12.5②)

[PR]
# by ajiankyoto | 2018-12-05 19:12 | 翁草 | Comments(0)

面白くない男

b0355451_08090781.jpg
上から目線を宣言して勝手京都のブログを書いてきた
2年を超えて、且つ500編を超えた
カテゴリーは七色だ、七色仮面のつもりだ
無関係な都合のいい事と気候の挨拶は書かない
さすがに500を超えるとネタが不足する
カットにも不足が出てきたので鉛筆画も加えている

ブログを見てくれと言うと、一度だけは見てくれる
もちろん面白くないと言われることもある・・・
ストレートに私を知っている人には少し恥ずかしい
読んでは欲しいが私だと思わずに読んでくれと言ってはいる
本音なのだが本音ばかりでは面白くないのは当然である

大阪の友人は葬式シリーズが気になったと言って京都に遊びに来てくれた
読者を強引に頼んでいた教室の仲間でもあり京女たるさる女史はこの頃面白くなったと言ってくれた
「おもしろい」というのは京都・大阪の人の得意の言葉だ
それぞれが意外な反応をしてくれるのが私には面白い
密かにでも閲覧しにきてくれていたことが正直嬉しい
このサイトにも20数名の「イイネ」仲間が出来た
こちらは七色仮面だから、好きなとこだけを気に留めてくれればいい
ともかくも長い文章にならないように気を付けていくつもりだ
鯵庵(30.12.2)

[PR]
# by ajiankyoto | 2018-12-02 08:12 | 翁草 | Comments(3)

葬式のレール⒄看取り



家族の一番の喜びは誕生である
家族の一番の悲しみは死別である
しかし家族はいにしえより生と死を家族の歴史としていた
孫の誕生を祝っていた祖父母の死を見て大人になっていく
大切な人との別れは人生で最も相手に対してに感情や愛情を感じる場面である
それが「死別」である

"死別の場所”についての国の統計がある
日本の場合、病院(老人保健施設を含む)が8割を超える
残りの半分である1割が自宅である・・・が、「老人ホーム」が増加し自宅が減少している
しかも、病院の比率は増加するだろう
それは、また、「人生の最終段階における医療のあり方」の問題でもある
いい医者は必ず本人と向き合って医療を決めてくれる
延命措置の詳細を家族に問うたところで、家族が本人の気持ちを推定して代弁できることはあり得ない
そのことを本当は医者は知っている筈だ
病院での家族の看取りはそのことの難しさを包含している

ひょっとしたら、過ごしやすい施設に入っても同じことかもしれない
そんな身分の人ですら家族と一緒に暮らしていた鬱陶しさに気づくものである
残された家族も同じことを感じることになるだろう
が、それはその人の家族の歴史から言えば最後の章である
その一瞬だけのことを言う「看取り」という言葉は現代の実態を捕えていない
施設から直接葬儀会場に遺体は運ばれる
親と子が祖父母と孫が再会するのは葬儀会場になる
施設や病院での記憶しかない残ってないとしたら家族の不幸である
鯵庵(30.11.26)


[PR]
# by ajiankyoto | 2018-11-28 14:39 | 地蔵菩薩 | Comments(0)

葬式のレール⒃火葬場

b0355451_19264442.jpg
京都市が中央斎場の火葬件数の予想を立てている
市民のほぼ100%が火葬だから、市民の死者の数だと思えばいい
あと15年くらい先の平成43年から47年の5年間ぐらいがピークになる
1日の火葬件数は(最大)138件になる、としている
中央斎場の1日の処理能力は120件(24基ある)程度らしい
やがて減少していくことが見えているので増設はしないということだ
平たく言うと、団塊の世代が85歳前後となる時期が死者のピークということだ
この間毎日18件分、1年で約6500件が生焼けになる(?)という計算だ
団塊の世代は最後の最後まで生きる競争だ、それどころか死ぬタイミングも・・
"阪神淡路"の時に経験したことであるが、焼き場を求めて役場と遺族がさまようこともあり得るわけである
立派な墓を用意して準備したからとて優先してくれるわけではない

もう一つ京都市中央斎場が困ってることがあるという噂だ
京都(近畿圏)は部分収骨である
残りは火葬場で処理してくれる
やはり、遺骨(焼却灰)は土に返すことが本当だと思う
その処理槽を丁寧に「聖土槽」(京都市の場合)と言ったりする
それがそのころには満杯になっている?
当事者になればジョークでなくなる可能性はある
だが、都で暮らしをしてきたものにとってはともかく贅沢(?)は望まない
気にせず東山の樹林の土にしてもらっていい、と市民は思っている
鯵庵(30.11.26)

[PR]
# by ajiankyoto | 2018-11-26 09:07 | 地蔵菩薩 | Comments(0)

葬式のレール⒂墓石

b0355451_21283109.jpg
京都に火葬場が運営されたのは明治になってからで、東西両本願寺の運営であった
それが市営の火葬場の前身である
現代は人の屍(しかばね)は焼却しなければならない
従って、焼却してからの措置を埋葬(まいそう)と言う、埋葬は墓地でなくてはならない

小生の長男はこの地東山の火葬場で灰になった
そのふもと、いつもたむろしていた円山公園に隣する東大谷で、親鸞上人のご廟の土の一部になった
長男のいない辛さは齢とともに深まってくるが、哀しむのは我々夫婦だけのことだ
立派な御廟の樹林の土の一部であればむしろ永遠だと思える
世に何もなさぬままの命を石碑に名を刻むまでのことはないのだ

庶民が立派な石の墓を持てるというのはそんなに古い話ではない
田舎から都市への人口の移動に伴ってのものである
新たな都市住民(移民)としての証(あかし)を求めているようでもある
土葬から火葬への変化と重なる
しかしながら、これからの家の寿命は墓石の寿命に比べて短すぎる
しかも、成功の証にしても立派すぎる
立派な石碑を建てた後の空しさに早く気づくべきである
鯵庵(30.11.25)

[PR]
# by ajiankyoto | 2018-11-24 21:30 | 地蔵菩薩 | Comments(0)