2025年 12月 11日
(36)家族葬の値段

今、仮にインターネットで「直葬(ちょくそう・じきそう)」を検索してみると・・
以前よりはるかに葬儀の形態として定着してきているように思える
葬儀屋も葬式を大きさだけで商売していけなくなっている
それを売りに名前を変えた葬儀社まで出てきた
葬儀社の言う葬儀の流れは同じである
一つ、遺体を引き取り安置する
一つ、打ち合わせ・死亡届の提出・僧侶の手配・通夜
一つ、納棺・告別式
一つ、出棺・火葬(および式中の初七日法要)
一つ、支払い・・・となる
参列者1~2人で通夜も告別式も省略すれば20~30万円ぐらい、と言っている
直葬でも「火葬式」といういい方もある
個人の葬儀は元々家族葬だ
今、急に家族葬と言いだした、今は参列者とその経費を見直したい場合に言う
家族葬と言っても、なお少人数でも一般的なセレモニーを行う
と・・・100万円以上(実際はもっとかかる)はかかりそうだ
終わってみたら請求額に驚いたという話はあまりにも多い
人が集まってくれるちょっとした人なら
ホテルで「送る会」をしたほうがはるかに安いし有意義だ
ある葬儀会社の広告では湯灌も祭壇の花も、司会進行、みんな別途費用だとある
僧侶を頼まなければ戒名がもらえないし、
僧侶はどんなことがあっても家族葬ゆえの割引はしたくないのだ
家族葬なのに故人に無縁な参列者が増えたのでは今までと同じである
香典を受け取るべきかどうかだって線引が出来ない
本当に遺族の意向がはっきりしているなら、告別式への参列は見合わすべきである
故人を中心に考えればそれも自然なことである
が、そんなことを乗り越えてこそ本当の家族葬になる
喪主は確固たる意志をもって執り行わなければならない
故人の遺志と家族や親族の意思が方向違いではかえって白々とした葬儀になる
ただ、簡素化されては葬儀でなくなる、と言う論理矛盾に陥る
祭壇を飾ることからはじまる葬儀社の葬儀では「家族葬」の意味が違う
従前の華美な葬儀をいくら参列者を絞り込んでもほぼ同じ費用が掛かる
「家族葬」と「小さな葬式」とは別のものだという
身内の葬儀を考え直すなら「直葬」がベースなんだろうね
そこから故人や遺族の思うところを色付けしてくれる葬儀社が求められている
身元不明の行旅死亡人(ゆきだおれ)の場合は自治体での費用で葬儀が行われる
20数万円程度の支出になっているようだ
”いわゆる直葬”と言うのは昔からある
親族がいても家族がいない人も、家族をほってしまった人の葬儀も家族葬である
これからは参列者がたった一人の家族葬だってあり得るのだ
残された家族があって初めて家族葬になる
鯵庵(R7.12.11)
2025年 11月 14日
(35)土にかえる

庶民が立派な石の墓を持てるというのはそんなに古い話ではない
それなのに今度は田舎の墓を打ち捨てて都会に新しい墓を建てだした
こちらの寺とつながらないから霊園墓地(れいえんぼち)などが売れ出した
それは今でも続いている
墓参りはしたいが田舎に帰るのは嫌な人もいる
自分の代の墓が欲しいという人もいる
田舎から都市への人口の移動に伴ってのものである
新たな都市住民(移民)としての証(あかし)を求めているようでもある
墓のあるところが故郷だというのも分かる
しかしながら、あくまでも墓名碑であり、墓とはむしろ墓地の土を言う
今更ながら新しく建てたのでは
家の寿命は墓石の寿命に比べて短すぎる
し、人の寿命が蠟燭の火に例えられるのに比したら立派過ぎる
棺桶も墓石もほぼさる国からの輸入だと言われたら居心地の悪い人もいる、くらいだ
京都市が中央斎場の火葬件数の予想を立てている
市民のほぼ100%が火葬だから、市民の死者の数だと思えばいい
R13年からR17年の5年間ぐらいがピークになる
1日の火葬件数は(最大)138件になる、としている
中央斎場の1日の処理能力は120件(24基ある)程度らしい
平たく言うと、団塊の世代が85歳前後となる時期が死者のピークということだ
この間毎日18件分、仮にこの年毎日続くと1年で約6500件が生焼けになる(?)という計算だ
団塊の世代は最後の最後まで生きる競争だ、それどころか死ぬタイミングも・・
"阪神淡路"の時に経験したことであるが、
焼き場を求めて役場と遺族がさまようこともあり得るわけである
立派な墓を用意して準備したからとて優先してくれるわけではない
京都(近畿圏)は部分収骨である
残りは火葬場で処理してくれる
その処理槽を京都市の葬祭場はは丁寧に「聖土槽」と言ったりする
それがそのころには満杯になっている?
やはり、最後は遺骨(焼却灰)は土に返すことが本当だと思う
気にせず東山の樹林の土にしてもらっていい、と一市民である私は思った
ここまで来れたら御の字だ
東山の土が墓になる
鯵庵(R7.11.14)
2025年 11月 13日
大仏始末/(続)大仏の正面通り

一分銭(いちもんせん)にしたら250年もったということになる
2025年 11月 07日
大仏の正面通

2025年 11月 06日
(34)介護の遺伝子③楢山節考から70年

長男同士だと何かと話が合うとこのブログで書いたことがある
親の介護の経験や世話で悩む人には他人の話は切実だ
極端な話、私の父母はともに末っ子だった
私はその長男である、そんな事態に至って何かと気持ちが行き違う
と、思ったことが嫌ほどある
介護することは難しいのは事実だが
本当は介護される側こそ難しいのだ
その難しさは家族ゆえに拡大され爆発する
親と子の夫と妻あるいは舅と嫁とか
それぞれの尊厳と尊厳の戦いだからだ
年老いて汚くなった父母を見て
小説のセリフ・・「こんなにまでしてまだ生きたいのだろうか」
介護が始まったとたん間違いなくそう思う
思うのは当然かもしれないが、
実際に介護の長いトンネルを越えて初めてそれを越えられる
それが介護の遺伝子なのだ
家族の犠牲を当たり前のように期待するのは家族に対して横暴だ・・?
と気づくのも介護の遺伝子だ
個人主義、マイホーム主義や核家族は50年でほぼ定着した
おかげで親を介護する遺伝子は今は介護保険と老人ホームに引き継がれているのである
老後を自分の金で老人ホームへ行くことも子供孝行かもしれない
おかげで親を介護しなくとも親孝行ができると言うことだ
家族は最小の単位であるが、それが夫婦だけになり、最後は自分一人になる
配偶者があってもなかっても、子供がいてもいなくとも、最後のところは同じなのだ
小説「楢山節考」である
そうだ姥捨て山のことだ
皆必死で死ぬまで自分の肉体の始末を考えていかなければならない
コロナは一つの試練を与えてくれたかもしれない
「看取り」という言葉はほぼなくなった
時代が進んで親の生き方は自分とは違ったものになった
だが親の死に方は自分の死に方なのだ
家族の死は自分の死につながる
それだけが家族の絆として残る
(ここでこの章は終わる、、(追記)シェアしてくれた人の幸運を祈る)
鯵庵(R7.11.6)

