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婿養子は結婚と同時に妻の親の相続人になることでもある
男女は結婚によって夫か妻かの姓を選ぶことが出来る
小生の妻は小生の姓を名乗ってる小生の配偶者であり、我が家の主婦(神)ではある、また親から見たら大事な嫁ではあるが小生の親の相続人ではない
しかし、婿養子の場合は、妻の姓を名乗るということにそれ以上の期待と拘束があるのである
現行民法では婚姻と同時に夫が妻の親と養子縁組することが出来る
また、結婚の後に、後に養子になることも出来る

テレビ「サザエさん」のマスオさんは妻と子供、家族と一緒に暮らしている
ご存じの通りフグ田家の戸主であるが、磯野家にお世話になっている
2世帯住宅型のハシリではあるが、家族一体型でありまだ2世帯型にはなっていない
妻の実家で暮らしているが、磯野波平さんとフネさん夫婦の養子ではない
これを一つの事例として「マスオさん」という立場が皆に知られることになった

現代はマスオさん型だと言われる
一つは避けることのできない嫁と姑の問題が無くなる
もう一つは相続関係者にとって中立な立場を強調できる
もう一つは、反乱を起こさない、圧力を感じなくていい存在である
そう思って見ればガスのようである
臭いでもしなければ存在に気づかない
しかし、大事なことはサザエの存在がある限り娘婿にもやがてそれにふさわしい存在がある
家族同然にどう報いるか?波平さんがどう考えているかだろう

漫画の世界にはないことが現実の世間には起こる
仮にサザエとマスオが離婚するという事件が起こったら・・磯野家(フグ田家ではない)の危機につながる
今、大阪のフグ田家はマスオさん状態に口出しをしていない
仮にマスオさんが磯野家の養子になると言えば今度はフグ田家が倒壊することになる
一軒の家が滅ぶことは簡単だがその分相続関係が複雑にもなる
磯野家・フグ田家二家が一つの家族のように暮らしている
今の距離感がギリギリのバランスが取れているのだろう
家族がテーマでありながらその中で家族とは何なのかと常に考えているのはマスオさんだけなのである
だから、テレビ「サザエさん」の主役はマスオさんだと鯵庵は言う

勝手余談である
このシリーズの最初に引用した親不孝を詫びる「吾亦紅(われもこう)」の歌はそのマスオさんの将来を歌ってるのだと鯵庵は思っている
♪来月で俺離婚するするんだよ、そうはじめて自分を生きる・・
そう思えば初めて詩が生きてくる
まだまだ続く鯵庵(30.3.26)

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# by ajiankyoto | 2018-05-26 08:29 | 家族 | Comments(0)


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相続は相続者(子供ら)の権利だと誤解している人が多い
私有財産は財産所有者の意図があって初めて人に譲ることが出来る
その第一が略取で、第二が詐欺で、第三が売買で、第四が贈与である
第五があれば相続ということになる
これだけが血縁関係を要件として譲渡されることになる
しかし、血縁関係?のないのが配偶者である
配偶者に関して結えば財産は二人で作られたものであるからだ
子に関していえば、子に残してやれるものにして譲りたいのは親の生存本能である
有形・無形もしくは動産・不動産の区別はない、資産はその一つで他人が侵すことのできないものである
その財産には親の親、そのまた親、そのまた親から譲られた財産を含む
何代か遡れば略取から始まっているかもしれないが、それを資産という
資産は家族にとっての共有財産だ

そこに家族という定義が必要なのだ
第一項で書いた30年も顔を出さなかった孫に相続権があるのはそのことによる
家族でないともいえるし、離れていたからとて家族だともいえる
その位置を決めるのは故人である
たとえ、故人がそのことを忘れていたからと言っても、故人にとっての家族であるのは明確である
その孫が生まれた時には故人にも祝福されたのだから・・
だが、叔父にとって30年も顔を出さなかった甥は家族ではなくもちろん相続人ではない
利害が一致する筈は絶対にない

「何も言わず亡くなった故人にとっての家族」と
「何も言わずに生きてた時の故人にとっての家族」とは既に家族の定義が違うのだ
それを少しでも近づけることが出来るとしたらそれは遺言になる
が、しかし、それもまた残された家族それぞれの考える家族の定義とは合致しないこととなる
被相続人も遺言の権利だけあると知るべきである
それが実行されるかどうかを知る権利はないとも知るべきである
実行されなかった遺言ではそもそも成仏できない?
いやその頃には既に仏になっていてそんな遺言状にこだわっていないと閻魔が言っていた
この話まだ続けます、鯵庵(30.5.25)
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# by ajiankyoto | 2018-05-25 09:23 | 家族 | Comments(0)

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相続とは本来子供である
が、なおさらに不動産があると分割の方法でもめることが多くなる
特に、都会ではローン済んだ家が残ることになる
親の代もしくは自分が、都市に出てきて一軒の家を確保することは並大抵でなかった
退職金や年金の蓄えは老後期間が長くなると底をついている
家が残っておれば人並み以上に暮らせたことになる
住んでいる限り自分の家には財産価値がないのに等しい

だが、都市では土地やマンションの評価は確実にある
だから、家を処分して分割しなければならない事例が多くなる
だからこそ、数十年も寄り付かなかった子や孫が寄ってくるのである
テレビの話はそういうことだ
テレビではそれは笑って済ませられるだが、
財産が不動産だけだったらそれを金に代えなければならない
家業があったとしたらそこで終わることになる
極端に言えば伝統工芸だって人間国宝だってそこで終わることもある
継ぐのは技ではなく、不動産だけなのだから
家族の家でなくなってしまっていた
家に跡取りがないのだから・・・・・

そうでなければただの空き家だ
誰かが言っていた、今までもこれからもそんなことで場合によっては不動産バブルが起こる国なのだ
親の世代の老人向け産業が今働き盛りの団塊ジュニァー世代の家族を養ってることになっている
もっと極端に言えば親の世代の長寿か最後の家庭崩壊を期待している???
他の誰かも言っていた
今現役のテレビプロデューサーやディレクターは時代劇や家族をテーマのドラマを作れる力がない
もしあってもパロディとしてしか見ていない・・と言っていた
そう言われれば家族のいない家のコマーシャルが盛んになってきた気がする
身近なところでも隠居が死語になって、跡取りも死語になる最後は家族だろう
この話まだ続けます、鯵庵(30.5.24)

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# by ajiankyoto | 2018-05-24 20:26 | 家族 | Comments(0)

失踪/吾亦紅⑷


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家内の叔父の相続放棄事件を前項で書いた
子供がいなかったために父母・兄弟への相続が発生した訳である
予期せざることでもあった
数年前までは叔父叔母夫婦は二人で普通に暮らしていた
叔母が先に亡くなった、それから始まった

実は叔父叔母には息子がいた
社会人になって働いていたが、30年前に突然家出した
行方不明である、社会人だからそう心配することもない・・
と、思っていたらいつの間にか30年近くになってしまった
もはや60才にもなる筈だし、元気でいればそれでいいと
いつまで待っていたいのは親の気持ちである
だが、叔母が亡くなって困ったのは相続である
預金や財産の移動が出来ないのだ
息子が生きてる限り息子も相続人であり、相続の手続きが進められないのである
叔父が法律相談に行った弁護士は、失踪の手続きを勧めた
しかも、その手続きは叔父が亡くなった後では出来なくなることを教えられた
弁護士に失踪宣告の手続きをお願いすることになった次第である

庶民には悲しいことは忘れる前にやってくる
その失踪手続き中に叔父が亡くなったのである
妻を亡くした男は早い、その例だったのかもしれないが
失踪宣告に老いの生涯のエネルギー(希望)を費やしたのかもしれない
だが、既に失踪手続きは淡々と進められ、最後は一片の紙切れが掲示された
葬儀の時にその流れを弁護士から聞かされたものは法律の厳しさに驚かされた
叔父の最期の意思がどこにあったのか我々には知り得ない
息子の失踪の手続きは自分が息子にしてやれる最期の法律手続きだったのだろう
遺骨を見ないまま死を認めることは出来ない日本人の宗教感もあるだろう
それでも、どこかで生きてくれていればそれでいい、と死ぬまで思っていただろう

もちろん生存していたとしたら、本人によって失踪宣告は取り消すことが出来る
宣告をなかったすることに出来るが、宣告後取り消しまでの期間の行為(善意の)は戻すことが出来ない
誰であっても他家の財産までは手を出してはいけない
叔父叔母のささやかな財産は叔父叔母の個人の財産だけでなく家族の財産なのだ
最後まで子供に残してやりたい思いだったろうとは十分に推察できる
弁護士さんの尽力で、家族が住んでいた家を残すことが出来た
そのための手続きにやっと遺産を使えるようになった?
この話暫く続けます、鯵庵(30.5.22)

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# by ajiankyoto | 2018-05-23 08:36 | 家族 | Comments(1)

相続放棄/吾亦紅⑶

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少し実際の話をする
以前に家内の叔父が亡くなった
叔母が先に亡くなって、少しの間だった
叔父には子がなかった
叔父は叔母の家に婿養子に行っていた
叔父の父母はすでにない
だから、叔父の相続人は叔父の実の兄弟ということになる
叔父の兄(家内の父)はすでにないので娘である家内が相続人の一員になる
これを、前項でも言った、代襲相続である
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たまたま、叔母が先に亡くなったためにこういうことになった
先に亡くなった叔母にも姉妹も身内もいる
家内ら相続人は一致して相続の放棄をした
弁護士は我らの相続放棄の手続きを受けて、叔母の妹らに特別相続の手続きをしなければならなかった
養子婚姻の話であるが、実は嫁でも同じである
子供がなく配偶者が後に残ったら、自分の財産が妻が亡くなった後、妻の兄弟姉妹の方へ移行する可能性が生じるのである
もちろん子供がおればこのような事態は起こらない筈なのだが・・
後先は相続にとっても分かれ道になる
この項暫く続く
鯵庵(30.5.22)

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# by ajiankyoto | 2018-05-22 09:12 | 家族 | Comments(0)

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テレビで見た話である
父親が亡くなって、母親が残った
息子と財産分与の話をしていると既に亡くなった妹の息子(孫)が現れた
ほぼ、何十年か振りぶりである
しかも、葬式が終わってからのことである
クイズ形式だから、この孫に相続権があるか?ということである
答えは「ある」ということである
既に亡くなっている妹の分を引き継いている
これを代襲相続(だいしゅうそうぞく)という

亡くなった人の妻が半分、
子供は二人だったから妹の子は長男と同じで4分の1の相続権がある
故人も忘れていたかもしれない
数十年も寄り付かなかったこの孫(と父親)に母親は住むところ(家)を奪われる結論になる訳である
しかも今度母親が死んだときにまた出てくることになる
同じ孫でも生きてる息子の子は相続人ではないし、
極端に言うと将来の遺産が半減した訳である
うま味のある話はその逆が存在する
相続とはそういうことだろう

故人の遺志は確かに尊重できるが、さりとて故人の遺志は曖昧なことが多い
法律がそのことを救っているのかもしれない
少なくとも個人の財産権というものを明確に認めてくれているのである
もめるなら皆で放棄しなさいということだ
国へ返してもらってもいいですよ、とくる

この話少し続けます鯵庵(30.5.20)

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# by ajiankyoto | 2018-05-21 12:48 | 家族 | Comments(0)

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ワレモコウという植物がある
バラ科であるが、秋目立たない赤い花が咲く
それを漢字で書いて「吾亦紅」とする
その謂れには諸説あるが・・意味の分からない名である
「わたしもまた赤い」が直訳である
歌謡曲に「吾亦紅(われもこう)」という曲がある
シンガーソングライターすぎもとまさとの曲である
亡くなった母に親不孝を謝る歌詞である
なかなかな名曲であるしファンも多い

ただ、少し余計なセリフが入っている
その母に今は少し威張ってみたいという
"来月で俺離婚する・・・(イコール?)・・始めて自分を生きる"
だから、この曲を好きな人が多い
それはそれでいいんだろう
親不孝を詫びる気持ちは多くの人の本音なのだから
だがここにこのセリフが入ると、離婚しなかったのが親不孝に聞こえる
しかも、来月に離婚するというが、予定投稿じゃあるまいに・・
遅いだけで失敗だ、そんなこときっちり離婚してから言えと・・突っ込みたくなる

それにしても離婚が親孝行だというこの息子とこの母はどういう親子なのだろうか
いや本当に何を謝っているのだろうか?
それほど母がへばりついても守ってくれていた家は今は従兄弟(他人)が住んでいる
そして、今になってやっと妻の束縛から逃れて・・自分を生きる???
あるいは相続の失敗・・かもしれないが歌謡曲の涙の色が他とは違っていそうだ
舅・姑が死んでも結局嫁は今までも自分を生きて、別れた後のこれからも自分を生きることになりそうだ
こんな歌を家族で平気で歌ってる馬鹿馬鹿しさと、哀しさに気づいたらかえって寂しくなる
ともかく今は自分を生きるとは何だろうかと我々に考えさせられる歌ということで終わります
なおこの場合の吾亦紅とは"私も花の中に入れてや"という意味である

写真は高千穂の神楽(何故か延岡の破れ饅頭)
鯵庵(30.5.19)

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# by ajiankyoto | 2018-05-21 11:08 | 家族 | Comments(1)

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5代将軍綱吉の母桂昌院にあやかって今宮神社に娘の"玉の輿"を祈願した絵馬のことを前に書いた
その娘らしき絵馬を発見した
”この人と結婚したいと思える一途でかっこよくて経済面もよくて最高の男性と付き合って結婚してとても幸せな家庭を作りたいです。その人に出会って付き合うのは1年以内にお願いします!!○○○子”
母子ともども欲どおしいが、まだ娘は期限を切っているあたりが神社の都合を心得ている
神社のお札の有効期限は1年である・・絵馬も同じだろう
ただ、神様は苦笑いで済ませてくれそうだ
どうせ何回も期限切れになる
今日も神前で結婚式があった
貸衣装と写真館がセットだから、白無垢の角隠しをしていた
神さんの祝福を受けるためには、結婚しても夫を信頼し自分らしく生きなさい、これからやってくる多くの不満と不幸を力いっぱい乗り切ってください
実は、小生が後ろから柏手して直接端的に神様(大己貴命・おおなむちのみこと/大国主神のことである)にお願いしておいた
絵馬を順に見ていくと、おそらくであるが・・年齢とともに絵馬の願いも変わってると推察される
絵馬を書いてる人の中にも・・”私、結婚出来ないのでなく結婚しないのです”という人も実はたくさんいるのではないかと人生経験豊富な写真仲間のA氏は言う
そんなテレビドラマもあるようだ
A氏は前々から女優中谷美紀は日本一の美人だと言っていた
日本一の美人が例えドラマでも”私、結婚出来ないのでなく結婚しないのです”と言ったのではその他の人が言いづらくなるのではないかと言うのが小生の論である
結婚を焦っているように見られるのが一番嫌なことだというのが結婚しない第一の理由だと言ってる評論家がいる
小生は思う、結婚は怖いという予感が当たっているのだろう
神様は評論家ではない、どんな人の気持ちも聞いてくれるだろう
出来ればせめてハローワークなみに紹介状を書いてやってほしい
写真はクレマチス、自慢のショッキングピンクである
鯵庵(28.5.21②)


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# by ajiankyoto | 2018-05-21 08:47 | おなご編 | Comments(0)

祇園感神院/祇園祭

牛頭天王(ごずてんのう)とは神仏習合時代の神
釋迦の生まれたところを祇園精舎という、その守り神
八坂社の由来を斜めに読むと、日本では最初播磨の国(明石)に垂迹(すいじゃく)、
やがて東山の感神院に移ったされる
で、祇園社の祭神、疫病を司る神(守ってくれる、が時に暴れることも)として信仰されてきた
この神を崇め鎮めるための祭りが祇園祭
人が集まり都市となれば一番恐ろしいのが疫病
怨霊は疫病だってはやらす
いったんはやりだすと死体の処理も出来ない
疫病で死ぬ人を見たときの人間は身分の貴賤に係らず恐怖から謙虚になれる
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八坂社旧記収録という書物によれば、
斉明天皇の2年(656)高句麗の使い来朝した時、新羅の牛頭山の須佐之雄尊(スサノオノミコト)を祀ったと伝えられる
八坂造(やさかみやっこ)の八坂郷の場所とされ、
考えられるに朝鮮半島から来た人が牛頭天王を祭ったが、
平安京が築かれた都の鎮護のために産土神としてスサノオノミコトと習合したということになるのかも
永保元年(1081)白河天皇が定めた二十二社の一つ祇園社となって、
神仏習合のまま有力寺院として地位を確立する
御霊会から続く御霊信仰と天王信仰の混沌とした社が祇園社であった
鯵庵(30.5.18)

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# by ajiankyoto | 2018-05-18 09:27 | | Comments(0)

牛頭天王/祇園祭

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東大谷の隣は旧官幣大社八坂神社
歴史ある祇園祭は八坂社の祭
神仏習合の時代は牛頭天王を祭る祇園感神院といわれるお寺
大昔は比叡山が管理していたのを足利義満が独立させた
と昨日のことのように言う

ともかくそれ以後もずっと京都の産土神として信仰されていた
昔から牛頭天王はスサノオノミコトだったり、スサノオノミコトが牛頭天王だったり区別なく祀られていた
明治の神仏分離令で八坂神社となり、スサノオノミコトが祭神となった
でも、昔のように祭りは続いている

八坂神社に行って昔のお寺風や牛頭天王を探してもちょっと無理
明治から150年、神仏習合の江戸時代も廃仏毀釈の明治も遠くなったいうことか
大幅に省略すると牛頭天王は頭に牛の角を持った異形
竜宮の王の娘、頗梨采女(はりさいじょ)を妻として七男一女の八王子をもうけた
日本の仏教では薬師如来の垂迹(化神)とされ信仰されたのが祇園信仰である

都の悪疫と水難鎮護の神でもあり、全国祇園社あるいは天王社でも祭られる
天王というのもほとんどが牛頭天王のこと
この項続く
鯵庵(30.5.17)

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# by ajiankyoto | 2018-05-17 21:04 | | Comments(0)