この世のことも分らないけれど

このブログにふさわしくない点もありますが、
この世とあの世のことです
仏教用語では此岸(しがん)・彼岸(ひがん)と言うのでしょうか
この世のことも説明されないまま、あの世のこと言われても困りますが・・、
この世からあの世は私らには見えてません
この世があるようにあの世があるのではないということは私にもわかります
だが、あの世からこの世がどう見えているかということは分らない

もし、あの世からはこの世があって見たければ見えますよと言われたら、
あの世の私はその後の残した妻のことは別にしても、子や孫の姿は見たいと思います
出来れば家が残っていてほしいです
それは私が本当に凡人だからです
しかし、姿は見えても心は見えません
凡人にはこの世で見えなかったものが見えるはずがありません

仮にですが、あの世からこの世は見えていると教えられたら
私だけでなくこの世の人の生き方は大きく変わっていたと思います
だが先祖が見ているわけでもなし、恨みあるものが見ているわけでもない
しかも、見ているとしても何のシグナルも送って来ないなら同じことです
と、自分で自分にうそぶいてきました
自分が行き詰ってるのは天罰ではなくまさに自分がまねいたことなんです

仮に本当に死んだ父親の今の言葉を本当に聞けたら、

間違いなくその霊媒師には畏怖の念でのめり込みます
本当の父ならきっと生きてる時と違うことを言うと思います

だから先祖の霊だって何もしないなら恐れることはありません
今までどおり生地(ハギレ)のまま生きていけばいいのです
実はあの世から私を見ているのは先祖でもな怨念でもなく恨みでもなく仏の目です
それは自分の目かもしれません
あの世のことは知りません

この世は今もこれからも狂宴つづきです・・今はだから良くも悪くも救われているのです
鯵庵(10.30)


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by ajiankyoto | 2016-10-30 17:43 | 家族 | Comments(0)