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家庭菜園が農業に戻る時

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当方(うち)の家内も田舎のばっさんに手伝って野菜作りに精を出している
おかげで野菜を買うことがない
夏は夏、冬は冬、野菜に合わせて食う訳だから野菜型の献立に飽きることがある
ここ何十年、米は共同だから田んぼづくりを触ったこともない
でも、米や野菜に恨みを持ったことがない

家庭菜園は人生の菜園でもある
時に、サラリーマン定年退職型の家庭菜園は生きがいにもなり得る
傍から見たら趣味か道楽である、採算も合わない
そんなのはもちろん農業ではない
都会ではそれも難しい
だから、都会の人が田舎へ畑付きの古家を買って農家のまねごとをする
田舎の人が田舎に暮らしていても言わないけれど、町の人が田舎へ行って暮らすとそれを「田舎暮らし」という

当方は、土日型である、家内の里に帰れば畑ぐらいはある、そんな我らも時に田舎暮らしの仲間である
農作物の自給率と言うその算式を小生は知らない
うちの田舎の近辺では米以外の野菜はほぼ自家消費である
米や野菜の自給率は高いはずだが、ただどう思ってもそんなのが国の統計に組み込まれているとは思えない
じいさんばあさんが道の駅に持っていってる野菜はどちらに入るのだろうか
生産も消費も把握されているとは思えない

「あそこは夫婦そろって働き者やから・・」と近所のみんなが誉めている
田舎の人は「働き者」という言葉に弱い、論理が止まってしまう
しかも夫婦揃ってという働き者は珍しい
近所の働き者の夫婦は共同作業に参加して、ん00万円と、
道の駅へ毎日野菜を持って行って、ん00万円稼ぎがあるとの噂だ
その代り二人で休まず365日である、そう思えば大したこともないともいえる
だが、昔会社勤めしていた年金が他に、ん00万円ほどはある筈だ、と口さがない
年金を分けてくれとは言えないけれど、困ったことに仲間の誰も仕事を分けてもらえない

そこまで行くと道の駅へ出すのには農薬も使わなければならない
その家だけが家庭菜園から農業にいつの間にか戻ってしまっている
みんなさわることも売ることのできない田んぼを持っている、それで集まっている
どこまでいってもそこで生まれてそこで住んで来た歴史の中で優先順位が決まっていく
都会から来た人が田舎で生きようとしても誰も参加させてもらえない
田舎は遊びに行くところで暮らすところではない
「働き者」でなければ暮らせないのが田舎なのである
何故ならば都会のサラリーマンしかしたことのない人間は道楽者にしか見えない
と・・当たってはいるが・・
どんこ氏の愚痴の話である

ほうれん草は寒さにあってはじめて美味しくなる
鯵庵(12.25)




by ajiankyoto | 2016-12-25 06:00 | ハロー・ワーク | Comments(0)