七条丹波口新駅の名称(前)/正面通の行きつくところ(続・・その7)

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梅小路(うめがこうじ)というのも平安京時代の名でもある
上から七条大路・塩小路・八条坊門小路・梅が小路・八条大路となる
JR東海道線はほぼこの平安京の梅が小路に沿って走っている
またJR嵯峨野線は平安京の朱雀大路を南北に走っている
京都駅から大阪や嵯峨に向かうこの線路の根本のところが明治には七条村梅小路と言っていたが・・
国鉄はここに線路だけでなく東海道線梅小路貨物駅を作った
国鉄が膨大な土地を取得してこの地区の発展を長く阻害してきた
確かに今は半分以上も精算して市役所は大きな市民公園梅小路公園を作った
それでもまだこの地区の東西南北を隔てる巨大な鉄道空間が残っている
だからこそここに苦もなく鉄道博物館が出来るわけである

ところがまたここに嵯峨野線の新駅ができる
新駅と新駅の駅名はその町の発展を左右する
駅名の取り合いになる、しかし決めるのはJRである
もともと「丹波口」も「島原」も歴史を知らないミーハーには意味が分からない
歴史を戻れば平安京の朱雀通り、七条には都の迎賓館である・鴻臚館(こうろかん)などが営まれた土地
平安時代は平家一門の館もあったというが・・
七条の商店街が復活するとこまで行けるのだろうか
(この項続く)
鯵庵(30.3.23)

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by ajiankyoto | 2018-03-23 09:51 | 都市 | Comments(0)