山科盆地と伏見街道

京都から山科の方へ行く道の一つ大岩街道はトンネルがなくても東山を超えることのできる道である
明治・大正と東海道線はここを通っていた
今は、名神高速道路がこのルートである
トンネルがある訳でもないので、東山連峰を超えていることに気づきにくい
両側に山が見えなくなったら山科盆地に入った訳である
勧修寺(かじゅうじ)が山裾にある
地名は〝かんしゅうじ″と言っているが、お寺の名前は〝かじゅうじ″と言っていた
京都山科の名所と言えば他にも随心院、大石神社、毘沙門堂など一度は訪ねてみたいところが多い
が、醍醐寺も・・・山科と思いきや実は醍醐は伏見区である
宇治郡醍醐村は昭和6年(1931)京都市伏見区に編入された
山科盆地は旧東海道の近江と山城の国境山科追分から巨椋池までにつながる盆地
この山科盆地を貫いて伏見へ向かう街道がある
都を通らずに伏見は向かうことから伏見街道ともいう

伏見(六地蔵)から南へ進めば府道7号(京都宇治線)で黄檗山万福寺の前を通って宇治へ行く奈良街道
山科盆地は東山山系を挟んで京都盆地と双子の盆地で伏見のところで繋がっている
伏見から山科盆地を進めは直接東海道へつながる
そこに秀吉の伏見城のもう一つの謎がある
都を見晴らすだけでなく、東海道方面・奈良方面・大阪方面の扇の要の地が伏見であった
鯵庵(30.5.8)

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by ajiankyoto | 2018-05-08 09:57 | 都市 | Comments(0)