肉食動物の哀しさ・相続は肉の味/吾亦紅⑼


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人は腹を減らしているときはただの肉食動物だ
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死んだ妹の子には死んだ妹の亭主がいる
その亭主の稼ぎを補うことでもある
し、も一度母親のなくなった時に同じことが起きる
思えば、息子にも妻がおり、娘には夫もいる、それぞれに不都合な子がいたりする
そんな中で、残された母親の面倒を見ることでまたもめるだろう
いい顔していたら間違いなくそれが負担になってくる
いい顔しなくとも取り分が変わらないのならいい顔など無用である

親が亡くなる頃に都合のいい暮らしをしている人は一人もいないだろう
相続の問題をきっちりわきまえるにはそれなりの教養もいる
人は腹を減らしているときはただの肉食動物だ
追いかけて行って襲っても食うし死骸も食う
相続の味を一度覚えるとこれほど楽な獲物はないことに気づくだろう
満腹の時と人が変わるのを肉食動物という

しかも、厄介なのは満腹の時でも都合よく自己肯定の論理を構成できる草食性も併せ持っていることである
変な遺言書が出てきたらそこから解決していかなければならないことになる
故人に裏切られる人もいるだろう
話し合いが決裂した方がもらえる額が多くなるというときにそれで辛抱する人はいない
世間の一般的なセオリーで訴訟になるのは額の多少ではなくこの自己肯定の論理(これを人情という)である
長い人生は努力や誠意こそ金額で報われるものだと信じているのだから

肉食動物の分け前は獲物を得るための貢献度に比例する
誰かより分け前が少ないことだけが辛抱たまらないのだ
それが肉食の論理である
そこまで行ったら、相続関係人皆の同意が得られるということはほとんど無理なことである
結局勝っても負けても判決が出たころには誰も故人の墓にすら参ってくれないこと・・も世の常である
それをまた生きているうちにしてしまうのが時に世間の話題になっている
鯵庵(30.5.29)

by ajiankyoto | 2018-05-29 19:51 | 家族 | Comments(0)