八幡大菩薩の松花堂

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男山には八幡社に所属する宿坊が四十八と言われるほどあった
これら宿坊も明治の神仏分離で全て毀(こぼ)たれた
生き延びて三代も続けば上手くすれば門前の茶店ですらいまどきは高級料亭と言われるくらいの変化はおかしくないのに、石清水には何も残らなかった
松花堂弁当、石清水八幡宮の社僧であった松花堂昭乗(しょうかどうしょうじょう・1584-1639)の宿坊に名前を由来する
日本全国の皆さんが方々で味わっておられる松花堂弁当は、むしろその後昭和の時代の料亭吉兆(きっちょう)の考案で広まったもの
八幡社の文化とは直接的なつながりはない
食い物の歴史というのは〝仕掛け″の世界だと思う

神仏分離の明治は松花堂昭乗の生きた時代から、270年も後の話
今は神仏分離のそのものの形跡がなくなった
吉兆は別にしても、料理屋の何の変哲もない弁当に松花堂の名前がついている
仕掛けた名前だけが残ってしまった
おかげで、松花堂跡の名前が案内地図にも残った
そんな手こねのいわれは当の松花堂にもいまさら頓着のしようもないって?

京阪特急のハトは石清水八幡宮のハトらしい
鯵庵(30.9.18)

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by ajiankyoto | 2018-09-18 08:02 | 飲食業 | Comments(0)