2018年 04月 28日 ( 1 )

親鸞の女人正機

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煩悩の一番多いのが女性である
いや、女性には五障という障りがあると経典に書かれていることだから
仏の前では女性は埒外だった
29歳の親鸞は比叡山を下りた
京の街の中の唯一の寺六角堂に籠った
青年親鸞は法然を師として専修念仏・念仏往生の道を選んだ
もう一つ親鸞が決意したのが”女犯(にょぼん)”の道である
この時代、既に僧侶の妻帯は珍しくなかった
六角堂に籠った親鸞を夢で導いたのは救世観音(ぐぜかんのん)であった

救世観音は、"われ玉のような女となって犯されんと、そなたの妻となって一生涯そなたを飾り、
命の終わるときには西方の極楽浄土に生まれ変わらせようと"・・告げた
性という人の根源的な宿業に正面から挑みその苦しみ中でも救いの道を探しに行ったのが親鸞であった
専修念仏の罪で僧籍をはく奪され法然は土佐へ親鸞は越後に流される

男にとって女性はどうしても性欲の対象である
が、女性にも性欲はある
性欲だけが煩悩なのだろうか
そう言う訳でもないが、もともと仏の前では男も女も無い方がいい
・・なら・・第一に女性が救わるべきだというのが女人正機なのである
女性を阻害する理由は無いのだから
阿弥陀如来の本願により既に救われている?
念仏さえ唱えれば、女人は女人のまま往生できることを示した
・・のが親鸞の女人正機なのである

応仁の乱(1467)の後、親鸞の後、八代目になって蓮如が出現する
庶民というものをはっきり対象として、
念仏以外に極楽往生の道はないことををはっきりと説いた
初めて女性が伸び伸びと暮らすことができる
信仰による講というものが女性を解放する
現代風に言えば自己解放だともいえる
親鸞の女人正機が蓮如によって思想的に完結するのである
鯵庵(30.4.28)

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by ajiankyoto | 2018-04-28 21:04 | 親鸞 | Comments(0)