2018年 09月 18日 ( 2 )

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山城の国と近江の国、山科から大津にいたる国境は逢坂山(おうさかやま)を越える
往古(むかし)から逢坂の関が設けられ、東国から都への出入り口である
今は京阪の京津線が走る
行政区域では京津線の追分駅・大谷駅などは大津市になる
京都市と大津市は県境ともども隣接している
逆に言えば大津宿から峠を越えて追分を越えて西へ進み京都三条に至る
あるいはまた追分から南へ下る(ならかいどう)と伏見の宿に至る

この大津追分の名物に走り井餅というのがある
インターネットで検索すると走り井餅本家というのが出てくる
そのHPのよれば「走り井」とは、この逢坂山から湧き出す清涼にして冷気凛々たり、とある、井戸の名前であることが分る
走り井餅を売る茶店は明治の初期まであった
その後日本画家の別荘に、現在は月心寺という寺になっている
以上が走り餅(いわゆる走り井餅の本家を名乗るHPから)の流れである

が、走り井餅は今・・石清水八幡宮の門前(頓宮の鳥居の前)にある
大津追分の名物走り井餅は明治43年に走り井餅6代目の4男にによって石清水のこの地に引き継がれたという
が、その後大津の本家は廃業、今は八幡のこちらの店が走井餅の直系の店である、とHPで述べている
京阪電車で追分から三条乗り換え大阪へ向かってほぼ30、40分の移動である
神仏混淆の八幡宮が神道の石清水八幡宮に戻って150年
この走り井餅もこの地で100年の歴史になる訳である
100年も続けば大老舗である

石清水の名物は取り立てて残ったものはないが、走井餅がきたことになる
大津から継いだら現当主は10代目、今11代目が活躍している
本家の方の味も、ここ八幡の味もともにお取り寄せも可能だからどちらでもお好きな方を味わえばいい
11代目がブログを書いているようだ
見てみるとが面白いので小生はそちらの方を紹介する、と言う訳である

鯵庵(30.9.19)


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by ajiankyoto | 2018-09-18 20:12 | 翁草 | Comments(0)

八幡大菩薩の松花堂

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男山には八幡社に所属する宿坊が四十八と言われるほどあった
これら宿坊も明治の神仏分離で全て毀(こぼ)たれた
生き延びて三代も続けば上手くすれば門前の茶店ですらいまどきは高級料亭と言われるくらいの変化はおかしくないのに、石清水には何も残らなかった
松花堂弁当、石清水八幡宮の社僧であった松花堂昭乗(しょうかどうしょうじょう・1584-1639)の宿坊に名前を由来する
日本全国の皆さんが方々で味わっておられる松花堂弁当は、むしろその後昭和の時代の料亭吉兆(きっちょう)の考案で広まったもの
八幡社の文化とは直接的なつながりはない
食い物の歴史というのは〝仕掛け″の世界だと思う

神仏分離の明治は松花堂昭乗の生きた時代から、270年も後の話
今は神仏分離のそのものの形跡がなくなった
吉兆は別にしても、料理屋の何の変哲もない弁当に松花堂の名前がついている
仕掛けた名前だけが残ってしまった
おかげで、松花堂跡の名前が案内地図にも残った
そんな手こねのいわれは当の松花堂にもいまさら頓着のしようもないって?

京阪特急のハトは石清水八幡宮のハトらしい
鯵庵(30.9.18)

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by ajiankyoto | 2018-09-18 08:02 | 飲食業 | Comments(0)