2018年 10月 10日 ( 1 )

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各町内には和菓子屋もあったけど駄菓子屋もあった
子供は駄菓子屋、お使い物は菓子屋
御祝い事や祭りがあれば仕出し屋の鯖寿司や御膳
毎日のおかずは豆腐屋の揚げと豆腐
風呂屋もあったが、酒屋もあった
量り売りの酒が立ち飲みの起源
それでも魚や野菜の行商人も商売ができた
何もかもが京都で暮らす町内の人々の暮らしのサイクルに必要な店が町内単位であった

町内が食わせてくれたというのはそのことだ
まず駄菓子屋が潰れ仕出し屋が潰れ、酒屋が潰れ、豆腐屋が潰れている
その一方で旅行者がこんな裏通りにも溢れている
そのくせ町家や老舗が好きな市民が多いのか、旅行者と同じ店に行く
おかげで空き家が民泊になって、インバウンドが町内を歩く
京都市民は不思議だ、家だけでなく京都の魂を売り食いする市民がいる
鯵庵(30.1010)
写真は京都・浄福寺の浄土引接地蔵尊
引接とは阿弥陀如来の来迎引接のこと

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by ajiankyoto | 2018-10-10 10:03 | 偽装 | Comments(0)