カテゴリ:翁草( 44 )

レンタル着物は行く

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京都の街を着物姿の二人連れや団体が歩く
中には舞妓姿も見られる、この頃は男女ペアや家族三代で着物というのも増えてきた
日本の・京都の・着物の文化が復活か?と思わせられる
しかし、そのほとんどが旅行者で、しかも海外から旅行者だ
中国のガイド本には「正真正銘の舞妓に変身できる」とあるらしい
が、「正真正銘」は誇大であることは誰にでもわかる
本当の舞妓さんの”憧れてもらうようなものやありまへんえ”と聞こえた
現に仕事の生き帰りに袖を引っ張り、帯を引っ張る事件も多くなってきてる
屋外での花嫁写真も増えてきた、群がって撮影してる人も外国人だった

それはさておき、リサイクルの概念は着物の文化特有のものである
古くから京都の都には古着問屋が発達していた
そんな文化が今時の産業になって、レンタル着物になった
レンタル着物も増えたけど客も増えた
レンタル用の彩やかな柄が一気に増えた
だが、極端に季節外れだったりすると逆に旅行者が可哀そうに見えることもある
馬子にも衣装とさえならない
せめて季節に合ったものを用意してあげられないものだろうか

そこらじゅうの店先でソフトクリームを売ってるのと理屈に差はない
復活したものがあったとすれば観光地に似合うというだけの文化である
人力車のいなせなお兄さんが声をかけるには丁度いい文化である
外国人相手の商魂がより一層着物文化を薄っぺらなものにしている
経済が自然を壊したように観光が文化を壊すかもしれない
現に着物は伝統産業の名のもとに衰退してしまった

着物を着るのが恥ずかしいという市民も増えている
繁華街には出られない、それが市民の正直な気持ちだろう
間違いなく還暦を超えた海外旅行のご婦人が振袖を着ている
大きな男が化粧して女の着物を着ていたりもする
そんな外国の人の真似をする日本人や京都人がこれからの京都の景色を作っていく
男も女もこのレンタル着物の波が着物文化にとどめをさすかもしれない
世の中には本物と似たものと偽物がある一つの例に過ぎないのかもしれない
鯵庵(28.6.9①)

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by ajiankyoto | 2018-04-20 08:54 | 翁草 | Comments(0)

椿の寺の墓守

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鹿ケ谷の霊鑑寺から法然院は椿街道だ、その途中にあるのが法然院墓地である
小生ここほど手入れの行きわたっている墓地を知らない
近代霊園ではない、しかも誰でもが立ち入ることが出来る
上の方には谷崎潤一郎の墓もあるがさりとて特別なことはない
その墓地で毎日のように地面にへばりつくように草を引き、掃除をしている人を見る
法然院の坂からここまでは小さな花の大きなツバキの木が多かった
法然院は椿の一番似合うお寺だから、落ちたツバキの花を掃除しながらも要所要所に花を残している
カメラを持っている小生にそんなことをあかしてくれた人がいた
私も写真が好きです、とも言っていた
ツバキの花は落ちてからが美しい、が、どこに落ちてもいいというものではない
しかも、お寺や墓地は清浄であらねばならない、それが美学だなと思った
あれから数年たったが今でも同じである、だが少しずつ大きなところが整備されていく
町では落ち葉もゴミだと多くの人が感じるようになってきている
これからは落ちたツバキの花も見る間もなく掃き捨てるのも仕事かもしれない
墓守さんの守備範囲も狭まって、草挽き仕事ばかりになってしまうのだろう
墓守さんなどと言ってはいけないのだろうけど、
花の心を分かる人のいるここだけは墓守さんの仕事も残ってほしいと思ったりしている
もう一つの名物谷崎桜も盛りである
写真は谷崎桜とツバキ
墓守志望の鯵庵(28.4.4)


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by ajiankyoto | 2018-04-11 20:05 | 翁草 | Comments(0)

年賀状の小さな夢


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年賀状が毎年減ってきている
友人から年賀状交換の中止を宣言する年賀状が届いたりする
それでも正月1日及び2日には返事を書くのが忙しい
ただ、相手からの年賀状がないときは書きようがないので・・まーそういうような形で結局は減っていくという結果である
2日の配達がなくなっているので、ちょっとモチベーションがしぼんだ
正月が元日だけで終わってしまうという感覚だ

年賀状を買いに行ったとき、お客さん、今は「官製はがき」とは言いませんと言われた
くじがついて切手を貼らなくていいから「完成はがき」と言うのと違うの?
そういえば官製はがきも”年賀状も出すが暑中見舞いも出す”から”年賀状だけ”になり、その年賀状も"年賀状をいただける人だけ”になってしまった
もちろん相手のご家族の幸運・幸福は祈りはするが取り立てて長々挨拶は要らない
「謹賀新年」だけで十分に通じる
年賀状が情報源(もしくわ情報発信)である時代も超えてしまったのかもしれない

いつも付き合いが絶えない友人とは「今年からは年賀状出さないよ」とあらかじめ言い合ったりしている
そのくせ、長い電話をくれたり、メールで思うところを送ってきたりする
考えてみれば忘年会をやる前に書いた年賀状が正月に来るというのもおかしな話である
孫が拙い字で書いた年賀状が届いてお年玉を送るような「年賀状の技」も期待できなくなっている
そんな素朴な技よりもっと、もっと手っ取り早い効果的な技が満ち溢れている
一層のこと正月に書くように風習を改めた方がいいのかもしれない
年が明けてこそお年賀だという本来の風習を壊したのも官製の年賀はがきかもしれない

日本郵便は毎年減っていく年賀状の売り上げを防ぐことは出来ない
10円サービスは日本郵便には痛いことも痒(か)いこともないのだから・・
しかも、日にち限りでは買いだめ効果も発生しない、ほぼ効果を打ち消す
寒空で年賀はがきを売らされる郵便局員の懐の方を心配してやるぐらいのものだ
年賀状文化を作ってきたのが郵便事業である
それを最後まで文化として大事に育てていくという基本努力を忘れたのだろう
それともそれが郵政民営化の効果なのかもしれない
減るのはかまわないが無くさないで欲しい、と密かに願う

年賀状だけで付き合ってる友人がいっぱいいる
やはりそれまでなくしてしまうべきではないと思っている
いずれ「友あり遠方より来る・・」である
今は年賀状だけだが、いつでもこちらに旅すれば寄ってもらえるだろう
その時こそ観光客でない京都の旅をおもてなし出来るわけである
かくして、この歳になってこそ年賀状だけで済む付き合いのありがたさを感じている
鯵庵(29.1.2)

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by ajiankyoto | 2018-01-02 09:26 | 翁草 | Comments(2)

鯵庵は上から目線

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ブログを始めるにあたってどの目線にするかをまず考えた
日常の実感には日常の目線が必要だが、
それでは歴史の感想を語りたいときは空虚になる
自分の住んでる京都の街のことも語りたい
が、稚拙な観光行政を語るときは市民としての感慨が起きてしまって自然に嫌みなことにもなる
しかしながらどうせ出来ることは、所詮エッセイもどき、駄文にしても浅はかである
ただ、謙遜・卑下ばかりしていたのではブログとしての値打ちもない
と、揺れる

長い会社時代には地位に応じた立場があった
定年後嘱託になってただの素人間になった時
大昔の部下たちの語り合いが耳に入ってきた
上司のことを「上から目線」と言う
「部下持つ身なら上から目線は当たり前やんか」とはその時もう言えなかった
そんな生温い会社だからおかげで出来の悪いサラリーマンが勤まったともいえる

本当はサラリーマン時代のことを書きたかった
それしか知らないのだから、それなら書けるから・・・
でも、またもまだまだ、気を使ってまだ上から目線って言われるのだろうな
と言う訳で、半分開き直っている訳である
この頃のサラリーマンはセクハラ・パワハラ・・そうでなくば上から目線と険しい語彙を平気で使う

残念ながらそんな単語は、素人間には関係がなくなってしまった
だから、全編のテーマは「老い」である
人が老いると三つものを失うという
「体力」「仕事」「異性への愛」である
失って初めて気づくことばかりである
自己主張するのに矛盾を気にしては出来ない
”武士も食わねど高楊枝?”
悪いけど「老い」をテーマにする限りここでは堂々と上から目線も続けるつもりである
実生活と同じならブログはやらない
おととし3月に始めたブログも去年の12月までで350編になった
元日の今日はパートです
どこに行っても鐘は上手く撞けないと余韻も残らない

出来れば今年もお付き合いを・・
鯵庵(30.1.1②)

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by ajiankyoto | 2018-01-01 05:00 | 翁草 | Comments(6)

京都のおけら

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おけらというのがある
この〝おけら″というのは、キク科の植物である
小生のポケット図鑑によれば、〝古名をウケラと言い万葉集にも登場する、若芽は人気のある山菜の一つ云々・・″とある
この植物の根を乾燥させたものをおけら(白朮・はくじゅつ)として、漢方の生薬として用いられている

八坂神社の新年行事・朮(おけら)参りというのもこれだ
おけらを燻(くす)べたご神火から火を竹製の火縄にいただいて持ってかえるという風習である
火種が消えないようにくるくる回しながら持ってかえってご燈明に灯したりする
乗り物に乗って持ってかえるのは無理だ
元来ご近所の人たちの特権である
八坂神社でも1年の最初の行事が「白朮祭」とある
お場合によってお屠蘇を振る舞っていただけるかもしれない
おけらは健胃などに薬効があるようだ、屠蘇散(とそさん・お屠蘇のこと)にも含まれている

年末のこの時、錦市場や四条大橋、祇園の界隈もほぼ外国の人だ
初詣くらいせめて静かにと思うが、きっとまた、お正月からまた喧騒が続くだろう
何でこんなことになってしまったのだろうか
おけらにも白朮(はくじゅつ)と蒼朮(そうじゅつ)というのがあって、効き目が似ているからと言って国内では混用されていると本には載っていた
元来漢方はあちらのものだけど・・今の中国産の生薬は日本人の体には合わないかもしれない
そんなことがいっぱい起こっている
そんなことあんなことを知っておけら参りのニュースを見ることも大事なんですよ
来年も上から目線を宣言します
いいお年を・・
鯵庵でした(29.12.31)

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by ajiankyoto | 2017-12-31 08:08 | 翁草 | Comments(4)

何でも聞いてください

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ボランティアで子供たちに環境のことを教えるいわゆる出前講座を担当したことがある
「何を聞いてもいいよ」と言ったら、「一番困った質問ってどんなん」という質問があった
答えられなくって「今みたいな用意してない質問」と答えた
専門用語を使わずに簡単に言うのはそのことを覚える以上に難しい
相手の知識レベルを図らなければならない
先生から、そのことはまだ○年生には教えていませんと、専門的なダメがとんできたりする・・
先生だって分からないこともあるが、ともかく子供たちには嘘を教えてはいけない
どの世界でも期待している質問が飛び出せばあたりである

「何んでも聞いてください」と言う声を傍らで聞いたことがある
若い二人女性の観光客をを乗せた人力車の兄さんだった
ご苦労なことであるが、何でも聞いてくださいとまで言うには・・
少々おこがましいのではないかとと思った
でも京都クイズみたいに何でも答えるというのではないのだそうだ
相手に合わせて答えることが大事だそうな
それが上手な人が人気があるようだ

初めて京都に暮らして、アルバイトで人力車を引く
もちろん京都のことも歴史のことも、旅の雑誌も勉強するが
同じように女性週刊誌のネタも勉強するらしい
お客さんである彼女らに分かり易い話に変えなければならない
硬派はNHKの大河ドラマの本一冊で大抵はクリアーできるという
それが京都土産である

実は喜んでいるお客さんの方が値踏みされているのである
そんな土産でいいならお安いことである
旅というのは学ぶことであった、筈である
昔は命かけてするものであった
今時、大層な土産は要らんようだ
いい土産を持ってかえってください
京都はあなたの旅の舞台装置です

京都には沢山のカモが飛んでくる・・
鯵庵(29.12.14改)




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by ajiankyoto | 2017-12-14 19:41 | 翁草 | Comments(0)

検事とその妹

誰がそんなこと言ってるのか知らない
民主党が政権を担っていた時に言われた
民主党の最大の弱点は高学歴だということだ
それ以外のものを排除する精神構造しかもっていない
寄り合い所帯だから上手く行かないのではない
学歴偏重で何もかもうまくいかないのだ
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それはさておき、我が国で司法試験に合格するということは古き中国のあの公務員試験科挙と同じことなのだ
合格さえすれば支配階級になれる
今の日本にも司法試験合格者だけの言葉と世界があるのである
弁護士が政治家になって政治家を辞めても弁護士になる
政治が出来るのは司法試験合格者でなければならないと思ってる人たちの集団がいる

鯵庵は勝手に今、愛唱歌「検事とその妹」の歌を思いだしている
♫泣くな妹よ妹よ泣くな・・
♫泣けば幼い二人して故郷を捨てた甲斐がない・・
歯を食いしばってせめて兄だけでも世に出ていってほしい
でも、あれから数十年、その人たちの成れの果てを見ているようで寂しい

同じ司法試験合格でも、検事をしていた方が政治家に向いているらしい?
国家試験を通った弁護士が悪徳弁護士で金儲けする構造もおかしい
法律は自分たちのためにあると思って勉強してきた人ばかりでは困る
改めて、正しく生きる人のために仕事してもらうためには・・更新試験も必要?・・・弁護士がこの国を食ってしまう
鯵庵(9.26)



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by ajiankyoto | 2017-10-26 09:13 | 翁草 | Comments(0)

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元弁護士が火薬に火をつける役までした
早く切れと世間が言ってくれてたのに・・
詐欺師に騙された、その後も続く
妻の代わりに謝ってるつもりです
つもりなのですが伝わらない
謝らない妻を守るのが男です、と勘違いしている
あの時謝らない妻を謝らせらせればも少し長続きしたかもしれないのに・・
と気付くには今回まだ少し時間がかかることになった

女を謝らせるような男になってはいけません
これが親の遺言だった?
それ字が違うのちゃう
女を誤らせない男にならなければなりません

謝るということは心をともなった礼儀であるはずだ
惻隠の情とは親が子を思う時の気持ちである
時に武士の情けとも言い、時に忖度とも言う
たとえご政道だって同じである・・
平たく言えば謝ってすむことがないわけではない
日本には謹慎という温かい言葉もある
それも礼儀の一つである
日本で長いこと暮らすイギリス老人が言っていた

始めは何のこと言ってるのか分からなかった
選挙も台風も一過、小生の話し相手が今日も公園に来た
日本語が上手だ、この頃分かりかけてきた
騎士道・武士道ともに廃れて、今や日本の婦人道も腐ると言っていた
鯵庵(29.10.23)



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by ajiankyoto | 2017-10-23 08:00 | 翁草 | Comments(1)

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〇〇ブログは時々おかしくなる
原因は容量不足だと思う
せっかく見つけたブログに「イイネ」しようとしたら
「登録」してくれという
それはいいのだが汗をかいて登録が終わったらそのブログを見つける方法がない
やっと見つけて「イイネ」をと思ったら今度は「like」なっていつまでたっても反応しない
と、多くの人に苦情を言われている

abcさんも言っていた・・裏技を使って"プロフィール”に入っても同じこと
会社は分かっていないのか、分かってても改良しないのか
なんやかやで小生も、写真のサイズを小さくするプログラムを買ってきてやっている
小生思う、〇〇ブログはケチなんだよな
混んでると時間がかかりすぎる
小さな店に並ばせて喜んでいる店と同じ

運営会社はそんなこと知らないと言ってる?
自分のブログの状態(設定)を知らない人も多いぐらいだから
こっちのせいと思う人が多いので
不都合があっても白状しないのだろう
現にその内なおっている・・のだ
インターネットの世界でそれをするのは不都合だと思うよ
それじゃブログ文化は広がらないと思う
今更、よそへもいけない
どうすればいいのか何かいい方法を正直に教えてください
不都合事情をブログに書いている小生としては言わなければならない
これは”排除”されてもいいけど、他のは消さないでよ
鯵庵(10.11番外)

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by ajiankyoto | 2017-10-10 19:55 | 翁草 | Comments(2)

諦め

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本当にどうしても叶えたい願いがあるならば
早い目に諦めることも手である
人生のどこかで何かを諦めることも必要なのだ
鯵庵(29.10.8)
※京都新聞の速報によれば2017年の時代祭は22日および順延の23日も含めて中止が決定しました(10.20)
※文章が長く読む気がしないという読者のアドバイスをちょっと実践してみました・・でも、これじゃあ日めくり松岡何んとかになってしまう

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by ajiankyoto | 2017-10-07 19:15 | 翁草