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カテゴリ:おとこ編( 29 )

おみそシステム

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蛇足ながら、そう思えば「リーダーシップ」という言葉も曖昧だ
時々事業に成功したカリスマ風経営者にリーダーシップが云々などというが
成功とはある意味では不遜にして強引な力技であり
強運を持ち合わせて始めて叶うものである
ガキ大将のリーダーとして仲間を楽しませてやる豊かな精神性とは少し距離があるような気がする
成功者がのカリスマ性は認めるが必ずしもいいリーダーだったとは限らない

国語辞典には載ってないが〝おみそシステム″という言葉がある
〝味噌っかす″ともいう
こちらは辞典に載っている
子供でもまだ半人前の子供を言う
鬼ごっこをして遊ぶとすると、その子を鬼にしないように遊ぶわけである
その子を鬼にしたのでは鬼ごっこが永遠に終わらない
誰もつかまらなくって鬼ごっこにならない・・・わけである
それでも仲間には入れてやる
子供は仲間を拒まない、みんなが遊べるように考えるわけである
それを〝おみそシステム″という

大人の世界に置き換えることが出来ない
味噌っかすと言われて喜ぶ人はこの世の中には居ない
大人の世界では、本人に気づかせてはならないことの一つだ
が、本人が気づかなければならないことの一つでもある
子供の"おみそ"は、群れることや、つるむこととは違うのです
相手の立場を理解した関係なんです

三国志も昔ばなし桃太郎隊、忠臣蔵の討ち入りも成功しました
希有な例です
それは"おみそ"を極力排した結果なのでしょう
今は大人の世界が"おみそ"を餡のようにくるんだ社会です
が、本人に気づいてもらうしかないことなのでしょうね
男の子を育てるお母さん、ご主人ばかり見ていると分からないことが多いですね
余計なことを言いました
鯵庵(31.2.25②)

by ajiankyoto | 2019-02-25 09:21 | おとこ編 | Comments(0)

桃太郎

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何が日本の少年たちの願いだったのだろうか

今と違うのは仲間と遊ぶことに飢えていたことだと思う
だから、次々に知恵が湧いて出てくるわけである
独り遊びでは、限界がある
そもそも独りではリーダーになれない
二人でも三人でもいい、三人寄れば一つの軍であると、三国志は語る
劉備を兄として三人の義兄弟の契りができる
艱難辛苦のはて劉備玄徳が蜀の国の皇帝になるまで三人の血盟は続く
悠久の中国を舞台に雄大な遊びの物語が完結したような印象を受ける

子供の頃、体は大きいが同じく〝あおっぱな″を垂れた餓鬼大将がいたが、それでも同じことである
遊ぶことを真剣に考えた結果、自ずとそのガキ大将にみなついていったのである
遊ぶという同じ目的の元に集合して、より楽しくするための仕掛けである
それがガキ仲間のリーダーだった
ついていったからとて不足はないし、工夫次第ではいつでもリーダーにはなれる・・わけである
それは、遊びだからでもある
小生は言う、その時に訓練しておかねばならなかった

三国志と比するのはおかしいけど、桃太郎はイヌ・サル・キジを連れている
明らかに親分・子分の間柄である
それは黍団子(きびだんご)を与えるということで、鬼退治は主人(?)桃太郎の目的である
見返りが黍団子とは限らない・・それは金銭であったり、出世であったり、たとえば庇護や保護であったり・・自分が必要とするものを得るために結んだ関係といえる
あるいは昔のやくざの関係かもしれない

イヌ・サル・キジにだって明らかに遊び以上の仕事感が存在する
実はこちらのほうが表社会でも裏社会でも、実生活の9割を占める関係だと拙者も思う
結局こちらのほうを大事にしなければほとんどの人が生きてゆけない
鯵庵(31.2.22②)



by ajiankyoto | 2019-02-22 20:36 | おとこ編 | Comments(0)

鞍馬天狗

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何が日本の少年たちの願いだったのだろうか
子供の頃の遊びは色々あった
単純だけど知恵はあった
遊びに対する知恵は結構鋭く独創性もまんざらではない
要は皆が貧しい時代だった
教育も満足ではなかったが、何より食べるものも豊かではなかった
青い塩辛い鼻汁を覚えてる?透明な水っぽい鼻水ではない
味のある“はな”なんです。

親が編んでくれた毛糸のセーター(そうです、毛糸は編むもんで、買うものではないのです)の袖が洟をこすり付けてテカテカだった
“あおっぱな”は栄養に問題があったなどという学者がいるが、学者でなくともそんなことわかってる
当時栄養に問題のない子など我々の近くにはいなかった。
話は横道にそれてばかりだけど、子供の遊びに関しては貧乏も栄養も関係ない
要は遊びにも飢えていた
後は知恵とリーダーの存在だった
上手く続けられるかどうかは分からないが、おとこ編と題して少し言わして・・

鞍馬天狗の映画を見たのは半世紀以上も前である
嵐寛寿郎(あらしかんじゅうろう)だった筈である
このイラストより色っぽかった
勤皇(きんのう)も佐幕(さばく)も分からなかった
鞍馬天狗もどちらの味方かよく分からなかった
大仏次郎(おさらぎじろう)の小説では覆面などしていないが、結構複雑な男だった
ただし、目元清し(めもとすずし)とある

幕末のあの時代にフェアーないい男にだけ味方する男だった
大仏次郎は〝そんな奴居るかぁ″を書きたかったのだと思っている
鯵庵(31.2.21②)

by ajiankyoto | 2019-02-21 11:49 | おとこ編 | Comments(0)

リリーも渡り鳥

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寅次郎を時々見ている
フーテンの寅をもてない男と見てはいけない
そう見える人は自分の貧弱さを言ってるに等しい
確かに寅は多くのインテリ女性が好きで、ほとんどふられてきた
だからと言って、寅がいつも女に好かれない訳ではないのだ

「寅さんとリリーさんはいつ結婚するのでしょうか?」
リリーはインテリではない、浮き草稼業の旅の歌手である
そのリリーが寅と結婚することを夢見て、一瞬承知した
リリーは言う
「女の仕合せは男次第だと、男は皆思っている」
でも、寅なら違うかもしれない??
でも、寅は言う
「リリーは頭のいい、気性のしっかりした女だから・・馬鹿(自分)と一緒になって仕合せになれるわけがない」

寅はリリーのひもになるぐらいの能力は持っている
「女の仕合せは男次第だと」と勘違いしてほしい一瞬だった
が、それでは軟弱な馬鹿になるし、フーテンとは言い難い
賢い女もそんな時にやわになる、仕合せがあるとしたら馬鹿にならなければ得られない
どちらも馬鹿だが・・男の馬鹿と女の馬鹿は種類が違うのだろうね
そんなことを作者は言いたかったのかもしれない

リリーは渡り鳥である
だがしかし渡り鳥同士だったら巣を作ることもある
現実だったらその方がいいに決まってる
好きな女と一緒になったのではフーテンでなくなる哀しさだ

4作品に出演したが、何よりもこのころの浅丘ルリ子が一番きれい
本当に熱い唇が尖っていた、いい大人の女を演じていた
鯵庵(30.1.28)

by ajiankyoto | 2019-01-28 11:29 | おとこ編 | Comments(0)

老若男女


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「どうしてここにいるかって?それは俺、旅の途中だから・・」
とは、いつもながらのフーテンの寅のセリフ

人類には四種ある
若者、年寄、男、女
男や女になる前を若者と言い
男や女を過ぎたものを年寄りという
若者や年寄りには性別がないというのが小生の持論である
男として女として生きることは若者にも出来ないし年寄りにもないものだ
それが老・若・男・女(ろうにゃくなんにょ・・と読む)という言葉の語源だ
昔、太宰治は男類・女類・猿類と言って区別したけど
人類は大きく四種あると小生は思っている

だから、男でなければ女と巡り合わないのは本当のようだ
それが最初のセリフである
鯵庵(30.1.13)

by ajiankyoto | 2019-01-13 08:59 | おとこ編 | Comments(1)

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自分が役に立たない男だと気付くと男は皆旅に出る
フーテンの寅になる可能性を持っている
人にはそれぞれの苦しみがあり、他人に心遣いする寅次郎は面白くない
「どこへ行くかって?
人間は自分の運命に早く気づかなくちゃいけないよ」と寅次郎のセリフ

これから寒くなってくるから南の方に行くかって
気の向くまま行ける旅ではない
そこがフーテンの寅と違うところだ
が、時にまた帰ってきたりする
そこがフーテンの寅とよく似ている
鯵庵(30.11.10)

by ajiankyoto | 2018-12-11 21:21 | おとこ編 | Comments(0)

知識と経験、あとは勇気

「官僚という言葉」に続く
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斟酌(しんしゃく)や忖度(そんたく)は日本社会の美徳であるが、
平たく言えばゴマすりのことである
しかしそれでも、世間では当たり前のことである
給料もらってて、上役にゴマもすれん奴はいつまでたっても平(ひら)である
貴乃花がそれを身をもって示してくれたという人もいる
それは身から出たサビというのが一番近いが・・
一方、貴乃花を平に落としたその勝利感が今後の組織の方向をまた変えるだろう

所詮、相撲興行ではあるが、
相撲興行に不必要な100人もの年寄親方が相撲というものを分かりにくくしている
今回のことで理事会も評議員会も変な自信を持ってしまった
忖度されることに慣れた政治家を見るようである
忖度好きの政治家は力のある組織に近づいてくるものだが・・
こちらから政治に近づいてはいけない
忖度好きの政治家は忖度されることだけが好きなのだ

脇にそれるが・・サラリーマン社会では社長の奥様に気に入ってもらうのも作戦の一つである
馬を射よ・・作戦で、それで上手くいっった先輩も多い
社長は高潔な人だけど
社長の足らないところや出来ないところをカバーできるような奥様に
気に入ってもらうことは十分な動機になり得る
ひょっとしたらそれ自体が社長の戦術かもしれない

どの世界でも"人が好きな人"は色々な表現方法を持っている
政治家は期待に応えて高潔であるべきでる
政治家に仕える公務員は何よりも自分の仕事を好きでなければならない
仕事を汚すことなく仕事するということだろう
政治家や公務員が他の誰よりも自分だけが好きだという人では困る
日本の組織社会は親が子を思うように他人を思う気持ちをずっと育んできた
忖度を自分のためにしたのでは忖度ではない
改めて国語辞典を読み返す必要がある
今回はそのあたりのスタートが違ったようだ

政治家と官僚、官僚と行政組織、役人であることと公務員であること
公務員であることとサラリーマンであることも
心の根ざすところが違って当たり前である
政治家がどこまで行っても政治家なら
公務員もまたどこまで行っても公務員であってほしい、と・・・
やはり公務員流サラリーマン道は「知識と経験」と、あとは「勇気」なのだ
やはりそこに帰らねばならない・・
と、長たらしい月並みなコメントを書いていたのでは鯵庵らしくない?
世間は押しなべて月並みか???鯵庵(30.4.3)


by ajiankyoto | 2018-04-02 21:39 | おとこ編 | Comments(0)

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中央官庁に数年在籍しただけなのに・・この頃のテレビでは元"官僚"などと言っているが
官僚と言う限りは本省の課長・部長・局長クラスの人を言う
日本語的には官吏というべきだ
その官吏でも中央の課長以上になれば民間会社の社長位の仕事をしている
政治の出来る官吏(官僚)だ
ただし、いわゆる甲種合格のキャリアだと言っても20代・30代はまだ中央では小僧扱いだった筈
自分の周りでも知り得ないことの方が多い

下世話では上司の顔色を見て仕事をするのが正しいサラリーマン道だ
上司の顔色を見るだけでも十年やそこらの修行が要るものだ
その上で少ない部下の信頼を得ていくにはさらに十年はかかる
そんなことするよりはと、組合運動に走ったり(?)
そうでなくとも誰に何んといわれようと融通を利かせないという人がいた
そういう斟酌(しんしゃく)や忖度(そんたく)をしない猛者がいなくなって話が分かりにくくなった

財務省の忖度(そんたく)事件で一気に国家公務員の地位が落ちた
・・と、嘆いている人も多いのではないか
公務員は政治に携わっているが政治家ではない、ただのサラリーマンなのだ
政治家は事務に携わってはいけない
だから、誰が大臣になっても公務員は勤まる
官僚も事務に携わってはいけない
政治家を使って仕事をしていくのだ

その後ろには巨大な役人の組織があった
それが日本の官僚機構だというが・・正しくは何世紀も続いている日本の行政組織だ
官僚機構を動かしているのは政治家だと思っているのも間違いだし
ましてや官僚だと思うのも根本的な間違いなのだ
(以下、続く)
鯵庵(30.3.31)

by ajiankyoto | 2018-03-31 06:00 | おとこ編 | Comments(0)

ほんまかいな?

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サラリーマンの定年というのは苛酷である
競技はそこで終わってしまう
ゴールがあからさまに見えてしまった
人生は50年と言った大昔もあった
それからだったらはるかに寿命が伸びてしまった
悪いことであるはずはない
「人の一生・・、その目的への道中で死ぬべきだ。生死は自然現象だからそれは計算に入れてはいけない。」
司馬遼太郎は作品の中で語らしている

小生若い時から人並みに本も読んできた
そのせいかも計算をしないそんな生き方に憧れてきた
しかし、頑張って気がついたら定年のテープが待っていた
やっと仕事が分かってきたのに本当はこれからなのにまだ頑張れるのに
サラリーマンの多くの人が目的を奪われ今度は計算しながら残りを生きていく
おもろうない
その境界線が定年であった気がする
せめて働きながら死にたい・・、ほんまかいな??

8年間も火盗改め長官を勤めてきた長谷川平蔵は49歳でついにお役御免を申し出て、その3ヶ月後に亡くなった
写真はテレビから、池波正太郎の原作の鬼平である
鯵庵(30.3.1②)



by ajiankyoto | 2018-03-01 07:43 | おとこ編 | Comments(0)

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サラリーマン諸君へ
定年までは辞めてやると言ってはいけない
退職までに家のローンは済ませておこう
それで退職金が残れば、まあ幸せな部類だ
そこまで行けばどんな仕事でも再任用にも応えよう

貴方がまだ現役なら、仕事のあるうちにいい物を買っておこう
これからは一生使うものばかり、買い替えが一番の無駄遣い
携帯電話が微妙だ、今使えない機能はこれからも使えない
機種変更は仕方ないとしても番号やメールアドレスは一生もん
会社の付き合いだと思わずに人にも付き合っていこう
その代わり退職後は同輩・後輩に期待してはいけない
昔の恨みを思い出されたら困るというものだ
会社人生依怙贔屓(えこひいき)、人の恨みも一生もん

大事なことを忘れてた
ここまでもったなら、絶対別れてはいけない
まとわりついてでも一緒にいよう
今の連れ合いが一生もん、死ぬまで大事にしてもらおう
乗り換え、買い替え高くつく
結局年金こそが一生もん
写真は光るレール、2本あってもどこまで行っても交わらない
鯵庵(30.2.12②)


by ajiankyoto | 2018-02-12 20:59 | おとこ編 | Comments(1)