カテゴリ:おとこ編( 25 )

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何万年も辛抱していた休火山が噴火するのは、ありえないことの例えである
磯野家の脇をがっちり固めているマスオさんが・・
ひょんなことから里へ帰ることになった
もちろん仮定の話である
磯野家は福岡から来た
フグ田家は大阪である
一度も舅や嫁の前で大阪弁も語らなかったマスオさんが??
ついに「里へ帰らせてもらいます」と言った
たとえそうでなかっても、大阪転勤もあり得る訳である
も一度言うが仮定の話である

サザエはどうするのだろうか
大阪へタラオをつれてついて行ける女ではない
タラオはまだ小さい、それでも単身赴任ならあり得るかもしれない
サザエは言うだろう、せめて福岡ならついていくかも
小生の昔の会社では大阪支社勤務になるくらいなら、九州もしくは北海道まで行った方がましだと言う
ましてや京都などと言ったら、もう、帰り道が遠すぎる、という
そのかわり大阪で送別会すれば、「はよ帰ってこい」と皆が言う
送られたものも最後まで大阪弁を通すものだから意外と早く帰れる
もう一つは、悲しいかな奥さんがもたないだから、結局早い目に引き上げてくることになる

家庭がもたなければ仕事する意味がない
波平さんはマスオさんと絶対喧嘩しない
何十年たっても喧嘩したのを見たことがない
それはマスオさんの覚悟である
サザエの覚悟だとみている人がいるがいるが、それは違う
「サザエさん」でマスオさんが主役だといった意味がそこにある
本当に世の中はマスオさんみたいな人が主役である

仕事で失敗でもしたら、いつか「里(大阪)へ帰ります」と言い出すドラマを期待している
マスオさんだって、いつか噴火するというのは当たり前だと思うのだが
やっと東芝がスポンサーを止める時が来た
磯野家の屋台骨が・・崩れる????
鯵庵(30.2.19②)



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by ajiankyoto | 2018-02-19 05:00 | おとこ編 | Comments(0)

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サラリーマン諸君へ
定年までは辞めてやると言ってはいけない
退職までに家のローンは済ませておこう
それで退職金が残れば、まあ幸せな部類だ
そこまで行けばどんな仕事でも再任用にも応えよう

貴方がまだ現役なら、仕事のあるうちにいい物を買っておこう
これからは一生使うものばかり、買い替えが一番の無駄遣い
携帯電話が微妙だ、今使えない機能はこれからも使えない
機種変更は仕方ないとしても番号やメールアドレスは一生もん
会社の付き合いだと思わずに人にも付き合っていこう
その代わり退職後は同輩・後輩に期待してはいけない
昔の恨みを思い出されたら困るというものだ
会社人生依怙贔屓(えこひいき)、人の恨みも一生もん

大事なことを忘れてた
ここまでもったなら、絶対別れてはいけない
まとわりついてでも一緒にいよう
今の連れ合いが一生もん、死ぬまで大事にしてもらおう
乗り換え、買い替え高くつく
結局年金こそが一生もん
写真は光るレール、2本あってもどこまで行っても交わらない
鯵庵(30.2.12②)


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by ajiankyoto | 2018-02-12 20:59 | おとこ編 | Comments(1)

興行主は誰だ

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新聞で一番長く見る記事は週刊誌の広告だ
新聞より情報が多い
見出しだけでほぼ分かるのは新聞とおんなじだ
そんな無益な記事を書くために追いかけている人の苦労は分からぬではない
この頃はテレビがその記事を追いかけていることもある
週刊誌の見出しだけ見て、「新聞に載っていた」とうちの家内は言う
のと、似たようなものだ

やはり、つまらない結末になった
相撲興行の公益性が認められて公益財団法人になった
事件が起こって相撲担当のテレビコメンテーターが次々に出てきて
あーでもないこうでもないは連日のことだ
右から切ったって左から切ったってただの興行なのだから
ファンであるかどうかだけのことである

横綱の事件だから横審かと思っていたら
理事の反乱で評議員会が出てきた
理事会より上にあるという話だが、財団の評議員会などそんなつもりで作ったものはないだろう
理事会都合のお飾り名誉だけで、せいぜい横眼で見てるぐらいのものの筈だ
横審だって横目で見てるから横審って言うのだ
NHKははっきり娯楽と言っている
そんなNHKが横目で見たら、相撲の将来は見えるくるかも

だからつまらない結論になった
評議員会込みでの興行そのものになった気がする
ファンにとってはそれでいいなら大衆芸能の田舎芝居と同じでいい
組織をどうするかというときに、またまた女性原理が出てきた
議長が女性だからではない
興行というのはもともと女性原理なのだ
鯵庵(30.1.23)



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by ajiankyoto | 2018-01-23 11:36 | おとこ編 | Comments(0)

実家なき男たち


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今まだ気になっている言葉がある
昔から言う「実家」とは何だろうか
国語的には"自分が生まれて育った家のこと"である
もう、それでオーケーなのだが・・
なら、実家の反対語は何だろうか、と言えば
婚家だったり養家だったりする
法律家は「実方」と言う、「従来から属していた家を言う」とある

昔クラス会の連絡先名簿にいつまでも実家と言う表現があった
連絡先のベースキャンプだろうけど・・が
なぜならば、家庭を営んでいる現住所だけでいい筈だ
だがしかし、仮に子供連れの女性が実家の住所になっておれば
それは離婚して帰っていることになる
男性の場合はどうなるかということである
ほとんどの場合、帰省先というぐらいの意味になる
「寄生先」という方が当たっている
その寄生先を出ない男たちが増えているらしい

俗に「女三界(さんかい)に家無し」という
女性は一生の間、身を落ち着けるの場のないことを言うというが
実家がなくなった時こそが三界に家なしだと思う
離婚して実家におるなら三界以外に家があったということだろう

あるアンケートが載っていた
実家暮らしの男性と結婚するかという問いだ
20代+30代の独身男性の75%が実家暮らしだそうだ
同じく実家暮らしの働く女性からからも特に気持ち悪いと言って嫌われるそうだ
両方の実家の親も気持ち悪いと言っていた

男がおっても何の役にも立たない
イヌやネコの方がましだと実家男のこの親父が言う
65歳以上の父親が離婚暮らし、それなのに息子が寄生するという
三界に家がないのは男の方だろう
友人親父のこの憂鬱にどう答えればいいんだろうか

番(つがい)だと思っていたのが親子だったりすればおかしすぎる?!
鯵庵(30.1.17)

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by ajiankyoto | 2018-01-19 21:23 | おとこ編 | Comments(0)

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小生子供の頃、父親に毎週映画館に連れていかれた
昔、京都に新京極や西陣には何十軒もあったと思う
一番記憶に残っているのは鞍馬天狗シリーズ
あの松島トモ子ってすごかった、今いくつだろう?
知ってる?ライオンかヒョウに襲われる前の方が大女優だったの
娯楽はそれしかなかった、でもみんな繁華街に出ていた
子供の教育上悪いというような繁華街はなかったように思うのだが・・?
庶民の子供は映画と繁華街に育てられた?!
お笑いと映画しかなかったが、映画は途中でフィルムが切れてなおらないことがあった
その時小生の父は悔しがった
自分が言えないことを映画がしていてくれてた・・?

昭和33年子供ながら大人の映画を見た
それが松竹映画「太閤記」、木下藤吉郎は高田浩吉だった、信長は松本幸四郎(初代鬼平)だった
大名になった藤吉郎が母をお城に向かえる場面が記憶に残っている
吉川英治の原作の筈、藤吉郎はこまねずみのように働く明るい青年であった
出世していく藤吉郎の明るさは歌う映画スター高田浩吉と重なる
戦国時代なのに江戸時代のような飾った駕篭が出て来たり、底抜けに明るい映画だった
秀吉は天正元年に信長から浅井長政が支配していた北近江を与えられ長浜に城を築いた
37才で信長配下で約12万石相当の大名になった
天正と言う年号は近畿での信長の覇権が固まった年である
その後の歴史を知っている我らは戦国時代の終わりが明らかに見えた年であると思えばいい

小生、サラリーマンしているとき、仕事と言うものは″こまねずみのように”働くものだと上司に言われた
もちろん、こまねずみのようにとは朝から晩まで休みなく働くということである
この頃、ふと少し気になることがあって調べてみると
コマネズミとはハツカネズミの変種、突然変異で耳の中にある三半規管が働かず平衡感覚が異常になったもの、それを固定したものと言うらしい、マイネズミ(舞うネズミ?)とも言う
自分の尾を追いかけてぐるぐる回る習性がある
皆さんが思っている、垂直の車をよじ登るように一日回して齷齪(あくせく)している状況を言うのではなさそうである
コマネズミは独楽(こま)のように水平にぐるぐる回るからコマネズミと言うらしい

映画の藤吉郎は歌で出世した訳ではないが・・
でも小生・・高田浩吉のように歌もない
その上藤吉郎みたいに母を迎えに行けないような男だったら、ただのコマネズミと言われても仕方がない
ネズミにような体で、猿のような顔をしてても・・男は藤吉郎なのだ
鯵庵(28.7.12①)

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by ajiankyoto | 2017-12-22 18:29 | おとこ編 | Comments(2)

誤算なのか違算なのか

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実は集団行動が苦手な人ほど集団行動が好きなのだ
小さい時から勝手な行動をし学校にも行かず、
それが個性だと言っておだてられたけど、
だからと言って個性で飯を食うほどにはなれなかった
気がつけばそんな群れから離れ、離れまいとしている
小さい時に大きかった集団はいつかいくつかの群れになって、
下級の自分の群れからも置いていかれる
集団行動についていけないのだ

集団行動こそがメンドクサイ
群れることとは違う
30歳・40歳になってさえもまだおみそに気づかない
人生は誤算だらけであるが・・違算ばかりではいつか生きていけなくなるよと
気がつけばそんな群れから離れ、離れまいとしている

子供のおみそはガキ大将の群れについていけばいい
大人のおみそはガキ大将がいない
おみそが群れている
でも伝染病にでもかかれば、自分の群れからも置いていかれる
今こそ個性的に生きはじめるときになって今度は一人が怖い
モラルの群れからも置いて行かれる
それもおみそという

いいんだよ、いいんだよ、幾つになってもおみそはおみそなのだ
小生だっては言わざるを得ない
人生は誤算だらけであるが・・違算ばかりではいつか生きていけなくなるよと・・・
鯵庵(10.20)

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by ajiankyoto | 2017-10-20 21:41 | おとこ編 | Comments(0)

「憎まれてまだ世にはばかる」に続く
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昼飯にさる中華屋に入って驚いたことがある
それがまた同年輩である
一人でビールや酒を呑んで中華を食っている人に挟まれたことがある
カウンターで両側に大食漢の同年輩に挟まれると席の幅は狭い
必要以上にゆっくり食事する様子はそしり食いの様であった
夜勤明けの労働者でないのは誰にでもわかる
たとえそれがデカダンスであったとしても、客の若きサラリーマンやあるいは安い時間給で働く店員から見てどう見えるのだろうか

ごめん、今時デカダンスは使わない
朝から一日街歩きの文化人風老人
昼間からビールで食らう今は遊び人風老人
その他にも、株屋の前で数字の掲示板を見つめて一日過ごす人もいる
この頃のメーデーやデモで大多数を占める元気な老人たち
これ皆街で出あう同年輩である
この中にはそれでも職を探してハローワークに通う人もいるかもしれない
いずれにしろつい数年前まで都市の経済を支え会社の中で必死で働いて来た人であろう

しかしである、その人それぞれの実際の境遇や懐具合はそこからは何も見えやしない
今までの稼ぎや年金や貯蓄の額とも無関係である
それは「生き方の趣味」の問題である
現在(いま)も違う以上に、過去も違う、もっとそれ以上に先のことも違うだろう
ただ、間違いなく、同じような人生(老後)を暮らすことはないように思う

家族にも社会にも何の役割もなくはばかるその姿のまま、あと何年暮らさねばならないのだろうか
不幸でもないのに人を羨ましく思って暮らすのは嫌だ
やはり不健康で長生き出来ない人もいるだろうし
長生きしたとしたら一人で施設で暮らしているかもしれない
ここまで来て犯罪者に転落する人間もいる
何か絡まっているように見えるけど碇(いかり)ほどのものじゃない
60歳を過ぎればアンカーのない小舟なのだ
おそらくイソップ童話の結果とはきっと違うだろうけど、
それが誰にも本人にも分からないのが人生なのだと、思えてくる
鯵庵(10.13)


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by ajiankyoto | 2017-10-13 14:14 | おとこ編 | Comments(0)


この頃街中を歩くと同年輩によく出合う
都会は今はガードマンの時代だ
道路工事に限らずパチンコ屋でもスーパーでもお寺でもそこらじゅうガードマンである
よく見ると、それこそ同年輩が多い
ヘルメットをかぶって少し顔も汚れているが、手入れされた髭の似合う紳士が多いことに驚く
ハローワークに行けばすぐにわかるが、この年代、簡単に採ってもくれないし、簡単に勤まらない
この世代ではガードマンの仕事につけるのはエリート的存在なのだ
人に接するわけだから欠陥ある人間では勤まらないのは当たり前だ

同年配の輩(やから)とは昭和20年前後から20年代の生まれというところ
帽子をかぶってリュックを背負って、いかにも街中をぶらぶらしている
もちろん結構いいものを着ている
まー恐らく定年を暫く過ぎて、しかも、仕事は何もしていない
広義で言えば団塊の世代とも言う
団塊の世代はそもそもその言葉が嫌いだけれど、それに代わる有効な単語がない
小生もその仲間だというのに、そんなぶらぶらしているオッサンを見るとこの頃鬱陶しい(うっとうしい)と思ってしまう
"憎まれ者世にはばかる"という言葉がある
実は"憎まれてこそ世にはばかる"というのが正しいのではないか?
今もって世にはばかる輩も、今頃になって世にはばかる輩も同じである
若い人の目から見れば腹立たしく感じるかもしれないと、この頃思っている

(後編に続く)
鯵庵(10.12)

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by ajiankyoto | 2017-10-12 08:55 | おとこ編 | Comments(0)

トイレには悪魔もいる


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サラリーマン二人がトイレで小用を足しながら上司の悪口を言ってたらその上司が扉の中で聞いていたなんて笑い話がある
就活生二人が会社の面接である会社を訪れたら女性がトイレの掃除をしていた
こんな時、馬鹿が掃除の女性を蔑んだ会話をした
その悪態を後ろから注意した人がいて、「君ら後であおう」と言った
それがこの会社の社長だと知って、嬉しかったと掃除の女性がブログに書いていた
その就活生二人はその後の面接でさぞ驚いただろうというそんな話である
だが、この話は社長が水戸黄門的で悪人がはっきりしすぎて男性作者の教訓風作り話であることは容易に分かる

就活中は最後まで我を出すな、そのために皆と同じスーツを着ているのだ、という程度の教と思えばいい
しかし、よく考えればこの二つの話には共通点がある、そうだ、それぞれ二人の会話だということである、口の軽さのその怖さなのだ、トイレに一緒に入った油断だと思う方が現実的だ
トイレには一人で行こう、そして黙って用を足して出てくればいい
時々トイレであった人に会釈する人がいるが、要らざることだ
小便かけられることもあるぜよ

男は用を足すとき安心感と時に高揚感がある、その後ろ姿は隙だらけである
男性は生理的に・・特に出すときにはそう出来ている?!
だから、掃除中のトイレには入らない方がいい
トイレの掃除は神様に好かれる仕事である、だがトイレ掃除しながら不満と悪態をついているおっさんに水をとばされたことがある
トイレにも恨みがあるのだろう、トイレには必ず悪魔がいると喚いてた

あの二人組のなれの果てだろうか、いや違う、今時そんな小うるさい社長の会社一つしくじったって恨みもあるまい
小生が社長なら採用してやって彼ら二人に3年ぐらいトイレ掃除させるのだが・・
それぐらいのことをすればどちらかは出世していずれ小うるさい社長を継いでくれるかもしれない
それをトイレの神様と言う
今日は上手く落とせなかった
最後の一滴が分からないのと同じだ
頻尿鯵庵(29.10.9
改)


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by ajiankyoto | 2017-10-09 20:57 | おとこ編 | Comments(2)

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鬼平犯科帳、BSでずっと再放送をしている
平成元年7月に始った第4代目の鬼平役吉右衛門シリーズがいい、その「五月闇」は非業に密偵の伊三次が死ぬ
小生が師事(?)するカルチャーのスーパー講師(女性)が好きなのが鬼平の密偵伊三次
小説「鬼平犯科帳」の主人公は鬼と言われただけのことがあって盗賊にもモテる
小生も小説の密偵の中で作者が力を入れている伊三次(いさじ)という男が好きだ
伊三次には泥棒としての業と男としての業が合わせ描かれている

伊三次は捨て子である、小説によれば伊勢の関宿の宿場女(女郎)たちに育てられた
10才で油屋に奉公にあがるが・・・、それしか生きていく道がなく、捨て子の素性でやがて悪の道に入る
悪の道は仕方がないことながら、それゆえの業を持っている
伊三次の20代は盗賊の配下だった
29歳のときに盗賊の女房と逃げる、その女を殺す
その後鬼平に拾われ、密偵を勤める

役宅の長屋で寝起きする、きびきびとした動きが出来る一方、地面を這いながらで一人で生きてきた男を描いている
人が好きではあるが人とは〝つるまない″男である
あるいはそのときそのときを生きていくことに精一杯であるが、変体が下手な男である・・が、生き抜ける力は持っていたと思う
〝希みもないが死ぬ度胸もない″伊三次である
鬼平の登場人物の中で同じく密偵おまさと並んで人気のあるキャラクターでもある
テレビでは最新版では平成元年から俳優三浦浩一が演じている
鬼平は無頼派であっても高級官吏である旗本、作者は主人公の男としての這いつくばってる男の業の部分を伊三次に置き換えて書いているように思う

しかし、伊三次の素性は泥棒である、過去に人も殺した
それでいて一分の隙もなく密偵として働く二つの面を持っている
いかに鬼平に拾われようともどうしようもないというものを作者は描いている
伊三次にとってはもう一つ密偵としての業を増やしただけのことだからだ
岡場所のおよねと一緒になったらどうかと鬼平に言われ、泥棒としての過去を捨てようと思いかけた時に昔の業によって昔女房を盗ったその盗賊に殺される
実は伊三次を殺したのは作者である
昔の業を逃れられない密偵の男を書きたかったからである、と
小説連載中、伊三次の死は作者にも重くのしかかっていたという
その鬼平に多くの女性ファンがいたのは嬉しいことだ
女性ファンは伊三次が好きみたいだなと思った
もちろん男性ファンはおまさ(梶芽衣子)の次におよね(池波志乃)が好きである
それにしても役者も我らと同じように齢をとってきた
最初の放映で伊三次が死んだのは平成7年である
それから20年、鬼平シリーズはとことん再放送で楽しむのが面白い
写真はカナヘビ
鯵庵(28.8.31)
「火盗改め鬼平の京都」ほここをクリック


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by ajiankyoto | 2017-10-02 18:32 | おとこ編 | Comments(0)