ミカンとキンカンの皮

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ミカンを食って皮が残る
その皮を干しているのを見る人も多い
お風呂に入れるという人もいるだろう
昔はこうして入浴剤を作っていた
有用である
「おばあちゃんの知恵袋」と済ましてはいけない

漢方では、ミカンの皮を干したもの、これを陳皮(ちんぴ)という
ミカンの皮には、ポリフェノールの一種、「ヘスペリジン」や「ルチン」が含まれている
ミカンの皮、そのものをジャムにしたりというのもありである
が、若干そのまま食うのは不都合が多い
そこで、この成分を直に吸収できるのが、皮ごと生食することの出来るキンカンなのだ

キンカンは今が旬、梅の花の時期はキンカンが実る時期でもある
一般に出回るキンカンはニンポウキンカン(寧波金柑)という種類である
キンカンは中国原産であるが、日本へ入って来たのは意外と新しく江戸時代文政年間(1826)のことらしい
今は宮崎、鹿児島が主な産地である
特長は、皮に渋みが少なく生でも皮ごと食えることである
のどによいというのは知られるところだが・・
「ペスペリジン」というのは、ビタミンPとも言われる
主に、毛細血管の強化作用が認めれれている
血流改善、中性脂肪の低下、コレステロール値の改善、抗アレルギー作用・・・・云々の効用
メタボ系には懐かしい単語が続く

クックパッドにもキンカンの利用法はたくさん載っている
沢山手に入れば、色々工夫するのがいいが
生食向きの熟した大粒キンカンはやはり生で味あうのが一番いい
皮を食う果物である
小生(メタボ系)は生で食っている
何故か俳句ではキンカンが秋でミカンが冬の季語になっている

この時期の果物屋は意外と賑やかである
鯵庵(30.2.10②)

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by ajiankyoto | 2018-02-10 07:00 | 野菜主義 | Comments(0)

京野菜になりたい

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ユリの植え付けは晩秋に行われる
ちょうどこの時期ユリ根が出回る
ユリ根はユリの茎、鱗茎である
食用の話をしている
当然ユリの生長エネルギーが詰まっているので栄養豊富だ
冬の間にイノシシが掘って食うのも葛の根やユリ根だ、でんぷん質のご馳走である
炭水化物の他にカリウムを多く含む、滋養強壮・鎮静作用の効果がある
薬用にもなる極めてスーパーな野菜である
色々レシピはあるらしいが、でも小生で言えば茶碗蒸しくらいである

このユリ根、正月には欠かせないが、京料理にはよく用いられるので時々京野菜として紹介されることがある
しかし、食用のユリ根は京都ではごくごくわずかしか栽培生産はされていない
京都の八百屋は何でも京野菜と言いたいらしい、レストランも京野菜レストランと言いたいらしい
ブランド野菜とか伝統野菜とか様々な定義があるが、結構曖昧である
最後は京都近辺で採れさえすれば京野菜というが、それではほぼ京野菜になってしまう

白くてホクホクしたユリ根はコオニユリで、今はほぼ100%北海道産である
全国の美味しいものが手に入るのが都会であるし、都会の楽しみである
しかし、消費はと言うと・・不思議なことにほぼ京都・大阪を中心にした近畿地方が多い

小生、家内に分けてもらってユリ根で自家製京野菜?を作ろうと、我が家の花壇の片隅で育ててみた
夏になったら鬼色の花は楽しめたが、植えっぱなしでいつの間にかユリ根が消えてしまった
オニユリは沢山のむかごが出来るが、コオニユリはむかごがつかないのでなかなか増えない

ある機会に詳しい人に聞いて分かった
ユリ根は出荷できるまで数年かかる、大きくするために毎年秋に掘りあげて、晩秋に植え付けて数回繰り返す、夏の涼しさも大事だ、もちろん花は咲かせないのだそうだ
しかもきつく連作が出来ないそうだ
野菜の仲間に入ろうとするだけで大変な苦労だと知った
そう思えば北海道から京都への直送便でもある
ブランドより作ってくれる人の気持ちをいただくのが野菜である
鯵庵(28.12.21)





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by ajiankyoto | 2017-12-21 07:45 | 野菜主義 | Comments(3)

新しい野菜/野菜主義

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野菜の料理は鎌倉時代に発展した
それは精進料理であった。
日本の独特な食生活の一面を形成していった。
室町時代には今日の日本料理の味は出来ていたとされる
それは野菜の豊富さと、その料理法の工夫による
食生活の原型となる一汁一菜は味もカロリーも決して貧しものではない
むしろ質素・倹約の中に食事を楽しむ日本の文化形成のエネルギーだったというのが事実だろう
封建性が確立した江戸時代ですら貴族も武士も庶民も身分にかかわらずほぼ同じような料理(食事)をとってきたのは我が国の大きな文化的特徴であった
それはやはり穀物と野菜というものが食生活の基本だったのだろう
もちろん魚も・・無形文化遺産にならなくとも「和食」の原点がそこにあるような気もする
が、「和食」は現在進行形で、間違ってもただの遺産ではない
それは野菜も同じなのである

例えば・・
ほうれん草の原産地はペルシャであるが、日本には16世紀に中国から入ってきた
また、北ヨーロッパ周りのほうれん草が19世紀に入ってきた
昭和になってこれらのほうれん草の交雑種が作られるようになった
今や挿絵にあるような多彩なほうれん草が栽培されるようになった
日本の季節や気候風土に合ったものが作られるようになった
中には一代雑種のほうれん草も種苗会社から多く売られている
それでも、美味しいほうれん草を作る(出荷する)のは難しいといわれる

野菜を工業製品のように職人技で選ぶ人がいる
あるいはまた、伝統ブランドだけにこだわる人もいる
野菜は形や産地にこだわってはいけない
地面の力をどれだけ吸収しているかだ
作る人がどれだけ大事に育てたかだ
地面(土壌と水)が安全でなくてはいいものが出来ない
そのことを守るべきである
鯵庵(29.12.5)

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by ajiankyoto | 2017-12-05 14:24 | 野菜主義 | Comments(0)

スグキナ/野菜主義

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このすぐき、絵を見ていただいた通り、カブである
カブの変種である
カブは中央アジアから中国を経て我が国に伝わってきたとも言うが、奈良時代にはあったようだ
アブラナ科は交雑が盛んにおこなわれるので、江戸時代には多くの種類のカブが各地で作られた
今は日本列島東西合わせて80数種生産されている

岐阜の赤かぶ、滋賀県の日野菜も京都の聖護院かぶらもその一つである
このスグキナもその一つである、が、ほとんどすぐき漬けに利用される
300年前くらいに上賀茂の社家で栽培・加工されていたされたという
上賀茂の農家でスグキナの種と乳酸発酵の加工の工夫が引き継がれてきた

11月、12月になると一面スグキの畑であるが、
それでも多くのスグキが畑に残され、春になればスグキの菜の花の花盛りでもある
種を取るためである
だから、上賀茂の農家では他のアブラナ科の野菜を育てないという
農家それぞれが自分の家の種を守っていっているとあった
それが伝統野菜である所以なのだろう
鯵庵(29.12.4)


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by ajiankyoto | 2017-12-04 08:02 | 野菜主義 | Comments(0)

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京都の12月はすぐきから始まる
京都の伝統野菜の一つである
8月ぐらいから種をまく、約80日で収穫されるとある
特に上賀茂の農家で栽培される
カブを葉で巻いて樽に漬けこむ

紅葉の時期に上賀茂神社にお参りしたとき、
天秤棒に石の重しをぶら下げてテコの原理でつけるすぐきの樽が置いてあった
漬け物である
葉も刻んで食す、カブは半月状に薄めに切って食す

それがまたお正月前の時期にちょうど出回る訳である
昔は上賀茂の農家の女性が街中に売りに来ていたらしい
トラックで店を出しているのがよくあったが、それも今はないかもしれない
生の上賀茂のものは意外と高い
大体目方で売っているので注意
100gで300円程度、一つで中ぐらいのものなら大体千五百円以上はするような気がする
真空パックしたものでいいなら市内の漬物屋でたいてい手に入る

京都の漬物はその野菜の特徴を活かしたこったものが多い
しかも、室に入れて保温し乳酸発酵(にゅうさんはっこう)させる
独特の色合いと味になる
この漬け物の乳酸菌はラブレ菌である

ラブレ菌は塩に生まれ塩に強い植物由来の乳酸菌であるのが特徴である
町内、いや腸内環境に大いに貢献できることが確かめられている
ラブレ菌はこのスグキの漬物から、しかも京都で発見された
上賀茂の地面と空気が持っている菌だともいえる
出来たら本物を扱う店で手に入れてくださいという根拠だ
鯵庵(29.11.29)

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by ajiankyoto | 2017-11-29 11:00 | 野菜主義 | Comments(0)

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縄文時代の人々は狩猟(しゅりょう)や漁(りょう)が主体であり木の実などを食べていたと思われる
若草の茎や新芽を摘んで食っていたとしたらそれが野菜の始めだろう
弥生時代に入ると農耕文化の伝来により人々が土地に定着する
低いところでは水田を、台地では自然野菜の栽培も始めた
弥生時代の遺跡から野菜が出土することは少ないけれど、壺に入ったクロクワイを出土したことがあるらしい
ソバ・エンドウ・ウリ・スイカなどが栽培されていた形跡がある

漢字検定ではない
記録に残る奈良時代の記述だからカナがなかった?読者の参考のために掲載する
菘菜(すずな)・水葱(ねぎ)・芹(せり)・蘿蔔(だいこん)・旬(たけのこ)・菌(きのこ)・瓜(うり)・胡麻子(ごま)・茄子(なす)・薊(あざみ)・草蒿(よめな)・薤(らっきょう)・茎韮(にら)・苣(ちさ)・蕗(ふき)・葵(あおい)・竜葵(いぬほうずき)・荏(えな)・芋(さといも)・冬薯(やまいも)・売我(みょうが)・蓴(じゅんさい)・荼(おおどろ)・羊蹄菜(しぶさ)・山管(りゅうのひげ)・菱(ひし)・百合(ゆり)・田葛(?)・島蒜(あさづき)・蓮根(れんこん)の記述がある
学者にもわからないものがある
無くなったものももっとあるだろう

日本人の胃がこれらのものがきちっと消化できたということだろうことの証明なのである
他にも、米は穀物であるし、果物類や魚介類・・もある
が、これらは合わせて日本人の体と胃を作っていく材料である
土地に定着する暮らしはやがて狩猟から農耕を中心になっていくのは当然のことだった
その中で多くの野菜が作られ多くの野菜が滅んで行った
歴史がそれを選んできた

余談だが・・野菜の中でも嫌いなものがある、どうしても食えないということもある
好き嫌いや、あるいは猛烈に何かを食いたいと思うときは、それは長い間の遺伝子の作用なのである
山菜取りに熊のすむ山へ入っていく人もひょっとしたら胃の遺伝子が求めているのかもしれない
一方、無理して消化に悪いものを食っていながら、サプリメントで補っているのは遺伝子に反しているのかもしれない
と、思ったりもする
健康を取り戻したいときは体が求めるものを食えと言う学者もいる
肉食動物と草食動物は胃の構造も消化酵素も違うのだ
しかも、肉食動物であっても草食動物であっても偏食は当たり前なのである
先祖が食ってきたものの遺伝子が残されているのだ
鯵庵(29.11.18)



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by ajiankyoto | 2017-11-18 12:00 | 野菜主義 | Comments(0)

名優ハクサイ/野菜主義

「アブラナ科/野菜主義」から続く

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アブラナ科のもう一方の主役はハクサイである
冬の野菜である
今の家庭料理には欠かせない食材であるが、
日本でハクサイの栽培が出来るようになったのは100年ほどの前の話である
しかも、普及したのは戦後のことである
その点同じアブラナ科のキャベツとも似ている
冷涼な気温を好むので栽培時期や産地が限られる

当初、ハクサイの栽培は容易ではなかった
漬物・鍋物に最も合うハクサイは中国から伝わってきたもの
実は韓国でも同じような時期である
ただ日本より早く栽培法が確立された
日本が韓国を統治する時代になってハクサイキムチが普及した
ハクサイキムチの歴史は当然ハクサイより新しいのである
日本人が韓国よりもハクサイキムチを好きなのは不思議なことではない

ハクサイは95%が水分で、マグネシュームやカリウムを含むが低カロリーである
カリウムは体内の塩分を体外に出す役割があり高血圧の人にはいい
日本人が鍋物を好きなのはキムチより理解できる
日本人はハクサイの甘さも好きなのである

民間療法の一つであるが生のハクサイを突いてどろどろにしたものを漆かぶれややけどに用いるとあった
鯵庵(29.11.15)



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by ajiankyoto | 2017-11-15 01:00 | 野菜主義 | Comments(0)

アブラナ科/野菜主義

1970年代〝だいこんの花″というテレビドラマがあった
ダイコンの花は質素にして可憐な花だというテーマであったけれど、
花が咲くまで待ってもらえるダイコンは少ない
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アブラナ科の特徴は混ざりやすい性格である
だから多くの野菜の元になった
ただ、無防備に種を作ると違うものが出来てしまう
菜の花が咲いて蝶が来たのでは種は別の性格になってしまう
ハクサイづくりの歴史の裏話に孤島で栽培した歴史もあるようだ
それはさておき、アブラナ科の野菜の辛(から)みの原因物質イソチアシアネートは発癌(はつがん)や動脈硬化(どうみゃくこうか)を防ぐ効果が認められる

青物とは野菜のことである、野菜とは食用の草本の総称である
葉や茎、花、蕾、果実を食す
他に香辛類やきのこ類も入る時もある
イチゴ・スイカ・メロンは野菜に分類されることが一般
青物とも言う、従前は蔬菜(そさい)と言っていた
アブラナ科・ナス科・ウリ科・キク科・セリ科・ユリ科・ウリ科などなど・・
イネ科の植物は多いが、代表的なコメ・ムギ・トウモロコシは穀物扱いで野菜(副食系)とは別の分類になる
イネ科のタケノコは野菜の部である

野菜としてはやはりアブラナ科が多い
アブラナ科というのはなっぱ系であるが、根菜(こんさい)であるダイコン・カブも同じである
皆、薹(とう)がたって4弁の花が咲くのが特徴だ
薹は薹でもダイコンの花は食用にならない、食えない・・
薹という字は17画、難しい字だ、下に書く
音読みはタイ、ダイ、訓読みはとう、あぶらなと読む
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(この項続く)
鯵庵(29.11.13)


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by ajiankyoto | 2017-11-13 08:35 | 野菜主義 | Comments(0)

野菜主義を始めます

当時の野菜などが描かれている
釈迦の涅槃の時の様子を、大根を釈迦にみたてて周りに多くの野菜や果物が描かれている
88種が描かれているが、そのうち野菜の部、だけで50種程度である
伊藤若冲の作品の中に「果蔬涅槃図(かそねはんず)」というのがある
京都国立博物館の所蔵である

伊藤若冲は京都の人、江戸時代中期の奇想天蓋な絵師であるが、実は錦小路の青物問屋の主であった
町年寄りとして錦市場の存続で当時の京都の町奉行所などと大いに掛け合っていた記録が出てきたということだ
その青物商(枡屋源左衛門)であった若冲の力を入れた戯画である
江戸中期寛政年間11代家斉の時代まで生きた
アブラナ科のダイコンやカブが多い
いわゆる京都の伝統野菜と言われるものとダブっているのは当然のことである
博物館にあるだけに博物学的に調査されてもいる

それを参考に読者の参考のため野菜の名を列挙する
ダイコン・スグキナ・カブラ・アカカブ・ショウゴインカブラ・カライモ・ツクネイモ・ナガイモ・タマネギ・レンコン・カモナス・モギナス・ヤマシナナス・マクワウリ・キュウリ・カツラウリ・ニガウリ・ナンキン・シシガタニナンキン・ソラマメ・タマネギ・ワラビ・クワイ・クロクワイ・ユリネ・ミョウガ・ホウズキ・ショウガ・ワサビ・ヒョウタン・トウガン・イトウリ・エグイモ・ハスイモ・ハチク・スイカ・シシトウ・ダイズ・ショウガ・キイモ?等々である
絵からは分からないものもあるようだ
ゴボウ・ネギ・セリがないのは理由が分からないという
もちろんこの当時、ハクサイやキャベツやジャガイモはまだ日本には入ってなかった
それによって江戸期中期に現在の地に錦市場が存在していたことの証になっている
京都近郊で栽培し京都という都市の庶民が普通に食べられるものであったということの意味が大きい

この項続く
鯵庵(29.11.9)

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by ajiankyoto | 2017-11-09 08:41 | 野菜主義 | Comments(0)

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今年も沢山のそら豆を収穫できた
小生ではない、小生が何も手伝わない家内の菜園のことだ
スナップエンドウ・エンドウと続いてそら豆だ
いつもゆがいてビールのあてに食ってるばかりでは面白くないので、そら豆スープを注文した
我が家の定番メニューにないので例によってクックパッドからレシピを引っ張ってきた
そら豆のスープ、ベースはこれも採れたばかりのタマネギのバターいためである・・・この季節にこれは旨い
少し変えれば離乳食にも病人食にもなる
自分が美味しいと思わないのを子供に食わしてはいけない
ただし、ゆがいたそら豆をビールも飲まない孫娘に食えと言うのもおかしいだろう
そら豆スープなら爺さんにも合わせられるし孫娘にも合わせられる
美味しけば母親も勉強する気になるかもしれない
クックパッドを覗くと、そら豆スープだけで100件も載っている
創意・工夫型の女性(?)が沢山いるのに驚かされる、しかも、知性的である
このブログで「料理のレシピに企業秘密はない」と言うこともあながち間違いではない
まさに、そこからスタートなのだ
料理のほとんどが創作なのだから
創作料理なんて看板はたいてい嘘である、プロは創作を売りにしない
並ばされて高い金払ろてベンチャラまで言わんでも、あなたの奥さんが創意工夫の料理長
ただし、その気になってくれればだけど
味覚は仏の与えてくれたもの、料理は修行にもなる
無眼耳鼻舌身意(むーげんにーびーぜっしんにー)・・、舌は味を捕えて心へ運ぶ・・
一人者のあなたでもできる・・六根清浄、ボケ防止にもいいと思うよ
写真は自家製のそら豆、出来がまばらです
鯵庵(29.6.6改)


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by ajiankyoto | 2017-06-06 19:56 | 野菜主義 | Comments(0)