女紅場(にょこうば)という学校に続く

実は京都を東京に置き換えても同じことなのだ
大阪であっても金沢であっても神戸であっても同じことなのだ
京都だけが・・とは思わない
文化と言う限りそれぞれ風土が違い気風が違って当たり前である
京文化というのは古風な公家や社寺の文化でも芸術や芸能文化などではない
古都であっただけを売りにするようなこととは概ね無関係である
どんどんどんどん新しい血が入ってくるのが都であった

京女といわれる限りは既に精神的自立を果たした女性を言う
それも働く女だという
働くことによってしか得られないもの多くある
働き者が得ることのできる内面の強さ、芯の強さが特徴である
都市の中でしか得られないものもある
それゆえ京女の歴史は新しく古いのだと言う
都市の持つ最大のものである

室町時代に栄えた都市にはそれぞれの女性が育った
そうゆう格好で戦国時代へ突入していく
歴史を遡れば京女のその原型は室町時代の京都にあると言う
それと同じように戦国時代は各地・各国に都が出来た訳である
それを、現代の京女(スーパー講師)が語ると説得力がある
鯵庵(30.3.29)



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by ajiankyoto | 2018-03-29 20:27 | おなご編 | Comments(0)

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京女(きょうおんな)といえば小生は〝京都で生きていくと自分で決めた女性″と定義している
だから東京生まれながらこちらのカルチャーのスーパー講師である女史も典型的な京女でもある
しかも、たまたまとはいえ・・学校は京女(きょうじょ)だから・・
京都で何代になるとか京都で生まれたかは条件ではない
京都という町はそういう町なのだ
京都で生きていくということは、京都で暮らし京都で働くことである

京都を愛する気持ちをバックボーンにして働く気持ちだという文化なのだ
田舎(ごめんやで、ちょっとこんな表現許してや)の高校を出て芸者に憧れて、
しかもそれなりのつてがあって京都へ来て舞妓になる
自分の体一つで、時に勉強して時に泣きながら・・
花街の女は芯が京都なのである、今でもそうである
明治の昔、ご一新の世に女工場というのがあった
遊女も舞妓も芸妓も、芸事も習うが勉強もし
やがて手に職をつけて出来ればそれなりに身を浮かせる道でもあった
都の遊郭にはそういう芸事学校が設置された

その昔は、人身売買と言ってもいい世界でもあった
女紅場(にょこうば、京都ではこちらを使う)は京都のゆえのものであった
女子教育に限って言えば極めて先進的であった
かの会津の新島八重が戊辰(ぼしん)の戦争で会津が負けてなお京都で女子教育に奮闘した
と、言えば何となくわかってくれるかもしれない
最初に手掛けたのが女紅場であった
当時のキリスト教的博愛主義だったかもしれないが、そう言うことが似合う都市だったのだろう
日本の女学校について・・講師のは話はまだ続く
鯵庵(30.3.26)

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by ajiankyoto | 2018-03-26 20:59 | おなご編 | Comments(0)

おさん茂兵衛事件

天文方京暦・おさん茂兵衛に続く

5代将軍綱吉の時代、京都所司代は稲葉正通(後の老中)
天和(てんな)元年(1683)
京都四条烏丸(しじょうからすま)にあった大経師(だいきょうじ)家の嫁・おさんが手代の茂兵衛と不義密通(ふぎみっつう)・・?、丹波への逃避行の末見つかって京で磔(はりつけ)にされた事件

井原西鶴が「好色五人女」の第3話に「中段に見る暦や物語」で書いた
それを、近松門左衛門が浄瑠璃の戯曲に書いた
磔(はりつけ)の後の三十三回忌にあたる正徳5年(1715)大坂で初演したのが「大経師昔暦(だいきょうじむかしごよみ)」
暦の名ではない、おさん茂兵衛の話である
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この「おさん茂兵衛」事件を脚本に書いたのが昭和の大御所川口松太郎
映画はなんと昭和29年(1954)の大映作品である
おさんが香川京子・茂兵衛が長谷川一夫だった
題が示すように近松物の仕上がりになっている
現代でも、芝居だけでなく歌にも浪曲にも落語にもなっている
島津亜矢が歌う「おさん」がそれである
おさん茂兵衛の逃避行を恋の道行と歌っている
もちろんなぜ逃げなければいけなかったのかは歌詞からは分からない

暦の専売権を持った大経師家というのは商人としても別格であった
大事件であった
それを理由に改易(かいえき)になった
改易になったことから遡ればそこに改暦(かいれき)にともなう朝廷と幕府の権力争いがあった解説している歴史研究家も出てくる
現代人が好色という言葉で受けるイメージとは少し違うだろう
史実はどうだったかは別にして、おのおの鑑賞されたい

(今回はすんませんネットから拝借)
鯵庵(30.3.14)




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by ajiankyoto | 2018-03-14 18:00 | おなご編 | Comments(0)

ハゲと尼さん

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「このハゲー」というのが去年はやった
女性が男性に向かって精一杯の侮辱だ
この言葉で傷ついた人は多い
東大法学部を出て官僚候補でハーバード大学にまで留学させた役所に驚いた
職場でも困った人だから留学してもらったという人がいた
いかに怒鳴るにしてもハゲやチビなどと言ったんではかえって効果が半減する

だがしかし、ハゲにハゲと言ったのだからと、それぐらいのこと・・という人もいる
それなら男性が女性に対して同じようなことを言うとしたら
「このアマ~~」ということになる?
尼さん・・仏門に入った女・・比丘尼(びくに)のこと
大変失礼なことになる・・猛反発となる、が、時代劇ですら死語になる

ハゲに対して、髪を剃った女性のつもりで尼と言ったのではない
身を持ち崩した比丘尼の成れの果てのことニァリーイコール売春婦のことなのである
尼に尼と言ったのではない、尼でないから尼と言ったのである
二方向の言われなき蔑視の極端な例になる

歴史は言葉をきれいにしてきた
が、世の中がきれいになったわけでは必ずしもない
売春は当時でも不倫中の不倫であった
承知の上のことでもあった
し、男女の情の赴くところはそれに限った話ではない
今になって不倫という化け物のような言葉が幅を利かせて何でも不倫である
倫(倫理)がないのに不倫とはなんだかわからない
愛や好意が美徳であると言われるこの世で不倫とは物騒な話である
浮気したことがない男はいない筈なのに少し方向がズレたら不倫で、そんな男が"このあま~"と言ってるのである
節操のない話である
刑罰でも縛ってきたことに反省して
恋愛は自由なんて世間が言うてるのに
その世間が他人の"不倫"となったら目くじらを立てるのはやはりおかしい
なんぼ時代が進んでもハゲは治らない
けど、不倫はいつもいつか治る
と、尼さんが言ってる
鯵庵(30.2.20)

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by ajiankyoto | 2018-02-20 08:05 | おなご編 | Comments(0)

ある女性

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北からやってきた
どう見ても世間を狭く生きている筈なのに
たった3日の演技をする
黒鳥のように振る舞って北へ帰っていく
それが話題になる
わははは・・わしはいい妹を持った

見せるだけでも金にはなった
しかし、それでは生活していけなかった
体を張ったら、味が悪いと言われた
今度はじらせるだけになった
それでみんな去っていった
あの時は夢なのか
まずくって、料理のしようがない
なんならこちらに帰っておいで

2年後の東京に来たらどうしよう??
オリンピックは北朝鮮の平昌の次、東京・北京だって
どっか別の大陸へでも行ってよ

写真は北へ向かった日本の女王(大津祭から)
鯵庵(30.2.16)

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by ajiankyoto | 2018-02-16 17:00 | おなご編 | Comments(2)

最初から嘘です



小生の一番最初の嘘は〝私は嘘はつきません″ということだった
だが誰もが最初につく嘘
〝嘘をつかないで生きていける人は一人もいない″というのは昔から不変の社会の定理です
嘘をついたらダメというのは幼児教育的には最大の願望
大きくなれば誰もがそれぞれ嘘つきになってしまうのが分っているためなのだ
ただ大人になっても〝嘘と知らないで生きて行ける人はいる″
自分につく嘘もある、闘うための嘘もある、嘘の方が罪が軽い時もある
最大の嘘は〝嘘を知らないで生きてる様″を装うこと
〝世の中は嘘のカタマリですと教えないのが″のが二番目につく嘘
嘘も方便とばかりは言わないが、嘘を含めてホンマです

嘘にも種類があります
表の話は大体が嘘です
偽装だけでは無い、宣伝したり飾ったりすることは嘘がなくては成り立たないということです
セレモニックなことは演出があってのことです
晴れ着も化粧も大きな偽装です
成人式に晴れ着を着られないと成人式に行かず大人になるのも嫌だと泣いてた人もいます
嘘の方が大事なことすらあるのです
それほど溢れている分けです
その他にも小生のブログみたいに不都合事情という嘘もあります
嘘には高級も低級もあります、天然も養殖もあります、良性も悪性もあります、長期型も短期型もあります、有毒も無毒もあります 必要も不必要もあります
そのラベルを偽ったら騙すことになります
騙すことと嘘とは違うと言う訳です
ラベルに騙されたとしたらあなたの失敗です
この話、全て一般論です

♪折れたタバコの吸い殻であなたの嘘が分かるのよ
男はタバコを折って嘘と教えているのですよ
そんなぐらいの嘘なら平左衛門です
鯵庵(30.2.9②)

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by ajiankyoto | 2018-02-09 05:00 | おなご編 | Comments(2)

水仙の香り

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水仙の花言葉は〝うむぼれ″とか〝自己愛″とかである
しかし、水仙にとってはそれは単に名前である
ギリシャ語のナルキッソス、学名はナルシサスという、英名でもナーシサスという
ギリシャ神話の美しい青年が自分に恋してスイセンの花になってしまったという話に基づく
日本人には遠い話であるが、それゆえにナルシスト(またはナルシシスト)、ナルシズムという皆さんが知っている言葉になる

実は葉にも球根にも
毒があるからかもしれません
そこで自己愛と訳される訳である?
・・自分を対象とすることも言います
多くの園芸品種もあるスイセンには迷惑かもしれない・・
「愛」とは執着する心を言い、近世までの日本文化には愛と言う言葉はあまり普及していません
執着する心とは、どちらかと言うと負の心理です
むしろ日本人の宗教は執着する心から逃れる修行をしてきました

キリスト教伝来の言葉としてメジャーになりすぎたのではないのかと思ったりします
日本人には日本水仙です、花の名としては中国由来の仙人の仙の方がしっくりきます
寒い時しかもお正月に似合う花です、花言葉に関わらず多く人に愛されています
それだけで十分です
スイセンの香りは複雑ですが、透明感のあるヒアシンスに似た成分が強い香りを作ってます
香水や化粧品の研究家にとっては重要な香りです

昔、あの一休禅師は「美人の陰には水仙の香りがある」と書いて残してます
だからと言って、水仙がナルシズムだとは言っていません
間違っても花言葉などにひかかるような玉ではありません
でも、そこを水仙の香りを持つためにはどうしたらいいのでしょうね
それでは、美人でなかったら何の香りでしょうか、複雑な香りでしょうね、気になります

花の少ない時のいい花ですが、花言葉など知らずに見てやる方がいいと思います
自己愛などと言われるとスイセンは照れたり、、ひょっとしたら迷惑してるでしょうね
やはり香り高き日本女性の姿ではないでしょうか
鯵庵(30.1.28②)

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by ajiankyoto | 2018-01-28 19:37 | おなご編 | Comments(2)


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あくまでも個人的好みではあるが、内山理名はやはり女優だと思う
テレビには向いている、美人である・・やや完璧に近づいている
小生昔から好きである
割りに人気が低迷型だった
美人で気が強いが壊れやすい女性を演ずることが多かった

この前(TBS月曜名作劇場「確証」)、刑事の役をやっているのを見て、驚いた
役としては捕まる役より捕まえる役の方がいいに決まっている
そんな役柄も出来るという評価を得たのならそれはそれでいい
小生にはそこまでのことは良く分からないし、これからのことも良く分からない
テレビ「嫌われ松子の一生」では少し美人過ぎたきらいがある
あれからもう十年になる

各局の看板ドラマが沈んでいるのは芸が出来ない女優が多いせいであるのは皆が思うところである
そんな時に芯のある女性を演じることのできる数少ない女優だと思っている
今のところ刑事役にお祝いしているが、ここはひとつテレビを見させる女優に脱皮してほしい
え・?映画でも主役やってるって?
え・?NHKにも出てるって?
それは、知らん・・かった
そこまでは、知らんかったな・・・
最初に言った通り・・あくまでも個人の感想である
鯵庵(29.12.26②)

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by ajiankyoto | 2017-12-26 20:07 | おなご編 | Comments(0)

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どちらから攻めても"女性の地位"というのは嫌いな言葉だ
原始というか本来というか女性の地位は高いものだ・・?
女性こそ神の間近に仕えることも出来るし、神と人との媒介を出来るものであった
それは巫女(みこ)に限った話ではなく、主婦というのはそう言うものであった
家の神であった

男の子は「鬼ごっこ」で、女の子の遊びを「ままごと」という
"ままごと"とは"まねごと"であろう
家の神のまねごとである
供物を集めて並べることはあくまでもままごとであるが
それをお盆の行事にすれば「施餓鬼(せがき)」である
それはまた「地蔵盆(じぞうぼん)」の行事のもとでもある、ということである

何が大事かというと、このような遊びごとは齢を加えていくことにある
年長の女子は小さい子の面倒を見ながら一人前になっていくことである
七五三もさることながら、女子には十三参りもある
数え年13歳を原則とすればちょうど小学校を経て中学に入るころになる
女子の元服である、花の色が分かる蕾である

女の子は早熟であるがそれが体だけのことでは罪が深い
13歳が元服なら17歳は成女式である
未婚であっても17歳になれば鉄漿(お歯黒)をした時代や地方もがある
「ママゴト」がこれから「オカサマゴッコ」になる
主婦ごっこなのである
最初はゴッコでいいのだよ
その時を大事にして大人の女になっていくゴッコを続けて欲しい
地位と社会進出は別のものだ
女性が太陽だったという信仰は女性への期待の信仰なのであると思う
小生は素朴な信者である
鯵庵(11.1)

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by ajiankyoto | 2017-11-01 08:00 | おなご編 | Comments(0)

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つい、「面倒くさい」と言ってしまった
年令的にぼちぼちそんな表現も許されるかなと思った次第である
この面倒くさいという言葉、なんとも便利な言葉である
いい職業を持つ30代の女性、〝仕事をしたいときに恋愛をすると煩わしいことが多い、恋愛も結婚も結局は面倒くさい″と
一番面倒くさいは仕事だと思うのだが、そうでもないらしい
仕事にかまけて家庭を顧みもしないという企業戦士が活躍した時代はずっと前に過ぎてしまったと思っていたら、そうでもないみたいである

男性A君が同じようなことを言っている
大学を上手く卒業して、上手く就職も出来たとして、
"家庭を持つだけの力を得るのにこれからでも10年はかかりそうだ、だから今は恋人も面倒くさい"と言う
自分のペースに合わせてくれるならばいいがそうでないなら一人でいる方がいいと言う
小生、茶化すのではないがそれも真理だと思う
ただし、友人や人生の伴侶を得るのに計算は不要である
公式と言うものがないのだから・・自分都合の計算式なら計算しない方がましである
加減のいい人との付き合いというものは存在しない

都合通りでないのが人生だと思う
それは本当に面倒なことなのである
都合通りでないということが面倒くさいというのだが、
都合通りでないということが得難いものなのだ
"一人でいる楽しさ″を味あうのには彼女も彼はまだ若すぎる
今はメンドクサさを味わうのもメンドクサイ
気持ちが分かるような気もするが
鯵庵(10.19)



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by ajiankyoto | 2017-10-19 07:47 | おなご編 | Comments(1)