カテゴリ:往生( 31 )

水仙が満開

b0355451_20211380.jpg
小生の庭仕事は実は遺品整理だったのだ
湖東に住んでた大従兄弟(いとこ)が亡くなって3年になる
庭付きの分譲住宅が自慢だったが、その庭が倒れた時のままだということだ
遺族はもう庭などかまってられない
だが庭は遺品整理屋でも扱ってくれないし宅急便で送る訳にもいかん
小生庭いじりが好きで田舎ではほとんど自分でする
そういうことだ
一作年の初冬だった
ミニ耕運機と道具をこっちの田舎から車に積んで行った
暗いうちに栗東あたりまで行って一日庭師のまねごとをしてきたわけだ

木はほぼ幹だけにした、選定枝は鉈で小枝を払い井桁に積んどいた
プラ鉢は割れてるのもそうでないのも皆プラゴミにする
鉢棚などは出来るだけ細かく切断一切ゴミにした
一部金属が混じるがゴミはそれだけである
石は出来るだけひとまとめにした
鉢植えは全部鉢から上げて、焼き物の鉢は玄翁で細かく割った
それをまた鉢の土と、なおレンガなど砕いて傾斜をつけて山野草風に植え付けた

その後ろのブロック塀を支柱にして持って行った竹を4つ目垣風に組んだ
少し締りは緩いがおとこ結びは得意である
クレマチスなどツルものはその下に地植えした
剪定しなくても数年、春だけなら咲くだろう
空いたことろ木の下などに持って行ったスイセンの球根を無造作に植えた
逆に生き残ってた盆栽やツツジ類は裸にして車に積んだ
そこにあった園芸道具なども車に積んで持ってかえってきた
ほぼ更地になって殺風景なほどきれいになった
枯れるものは枯れていい、水やりも植え替えもしなくてもいい
枯山水ではない、陽当たりのいい枯れ庭である

便りがあって、今年は早、日本水仙が満開ですと言ってきた
せっかくの大工事だったけど家を処分することになったということだ
え、まさか相続税??
一人になって80歳になったので施設に入るようになったらしい・・
そう家族で決まったということで挨拶があった
庭師(?)として頭を使った作品(遺品整理)である・・??
も少し待てばクレマチスが花を・・
所詮去年の春と今年の春はまた違う
しかし、ほっといてもスイセンだけなら来年も咲いているに違いない

写真は真如堂にて
鯵庵(30.2.23)

[PR]
by ajiankyoto | 2018-02-23 08:16 | 往生 | Comments(0)

般若心経は観音が語る

観音とは〝観自在(かんじざい)菩薩″、観音(かんのん)菩薩、観世音(かんぜおん)菩薩など
唐の国の玄奘三蔵(げんじょうさんぞう・三蔵法師のこと)の訳以降、観自在菩薩との訳が定着しているとのこと
確かに「観自在」というのが観音さんがスーパーであるいわれである
この仏様はその人の苦難に応じて様々な姿に変化(へんげ)を行うと、三十三の化身をして人を救うという
真理は無色無形、観音は全て架空の姿でもあると言われる
だから見ることの出来ない人もおれば・・

見る人によって見え方も違うということなのだろう


b0355451_19533768.jpg

・・・世の中は個人のその人の悲嘆には構ってくれない

無情・無常にもそんなことにかかわらずどんどん時は移って流れていく

自分の人生もほとんどがその流れに乗って笑ったり楽しんだり暮らしたりしている
良いこともするし、苦もなすし悪もなす

これからなお病んだり老いたりするとともに、

拗ねて人に構ってはいられないもう一つの自分がある
罪はとどまらない

しかし、何も知らなくても「般若心経」ならば小生にも馴染みはある
観音さんが主人公でもあるし、何よりもお経の中で一番短いからかもしれない

短くても一番のお経であるのは、このお経は文学であるからだ
釈迦が修行中の自分が考えたことを、自分の弟子で智恵第一の舎利子(しゃりし)に分かりやすく繰り返し語っている
懐疑的な弟子に何度も何度も舎利子よ舎利子よ呼びかけながら・・

そう釈迦が我々に自分のことを語っているわけである
「空(くう)」という一つのことを語りたいため・・の構成である
観自在菩薩行深般若波羅蜜多時照見五薀皆空度一切苦厄・・・(かんじーざいぼーさーぎょうじんはんにゃーはーらーみーたーじー しょーけんごーうんかいくーどーいっさいくーやく)で始まる270余文字の文学
三蔵法師が中国語に訳したわけだけど、日本読みの音をたどって行けば何となく流れが分かるようにもなっている
音で感じるのもお経
説教なのに説教臭くない、釈迦のまだどこかで完成されない気持ちを表現している
究極の文学であるし、文学ゆえに救いである気がする・・・・

鯵庵(30.2.14②)


[PR]
by ajiankyoto | 2018-02-15 01:00 | 往生 | Comments(2)

地獄に仏は医師のこと?

b0355451_08175989.jpg
人は病気になって始めて自分が生きていることを知るという
早く大人になりたいという成長の峠を超えれば
進むたびに下っていくのが生きることだろう
年をとるということは嬉しいことではない
年取れば病気になるということも受け入れざるを得ない
人の最後の治療に家族の同意が必要という医師がいる
本当は患者本人の同意を求めることなのだ
・・がいつかそうなったともいう

自分で決められなくなるのも老人の宿命だろう
仕方がないと思えば、悲しいこことではないのかもしれない
しかし、悔しいことだろうと思う
生きていることの悔しさだ
小生の母は自分の最後は自分で決めると言っている
息子になんぞに決められてたまるかと言ってるように聞こえる
人間最後の幸せは地蔵菩薩のようないい医師に当たることだという
生き死にを金で買うことが出来ると思う人にはわからない

これからの世にそんな出来た医者がおる筈はない
小生は間に合わないかもしれない
探してはいるが・・
この世で地蔵菩薩に出会えるかどうか分からない
地獄で地蔵菩薩を見失わないことの方が大事なことだ
鯵庵(30.1.31)

[PR]
by ajiankyoto | 2018-01-31 08:22 | 往生 | Comments(1)

地獄の仏か矢田地蔵

b0355451_21284607.jpg
京都寺町の矢田地蔵で白い蝋燭に火をつける
こんなかすかな火で煩悩や罪が燃えるものではないだろう
人間一生の間になす悪行はどれほどの数になるのだろうか
そうでなくとも善を成したつもりが自分の意に反して地獄に堕ちる人も多い
地獄の裁きは自分の意識したことない悪行をも裁くことであろう
この世と違って閻魔の裁きは公平であるということである
それが本当の地獄の救いである

この寺の縁起などによれば・・
実母を殺す・・悪の報いで地獄に堕ちたが・・・
地獄に地蔵がおり、地蔵菩薩に懺悔して地獄から救い出された
昔、高僧が地獄で生身の地蔵に会って見てきたその姿が矢田地蔵である
矢田地蔵の信仰は地獄に仏の話である
親を見殺しにするなら殺したと同じである

この寺の名は矢田寺である、奈良の矢田寺と同じである
地蔵は菩薩の中でももっともスーパーな仏である
無限の空間の中どこにでも存在する
しかし、地獄の淵に生身でいてくれるとしたら他の仏とは違う
地蔵は亡者の身代わりに地獄の責め苦を受けてくれてるのだからなおさらだ
この炎は、地獄の灼熱でなくも悪行にも見えるし病気にも見える
その点寺町商店街の喧騒の中でそう目立たなくてお参りが出来る

自分が生きている限りどうせ大小何らかの罪を成しているものである
真理の目を持つ閻魔や地蔵を騙せるものではない
怖ければ早い目に地獄の地蔵菩薩と縁を結んでおこうというのだ
さりとて、今のうちの懺悔したからとて救われるものではない
閻魔の裁きが下ってからである
ということは一度地獄に行ってからのこととなる・・
小生だけではない・・みなさん
鯵庵(30.1.29)

[PR]
by ajiankyoto | 2018-01-31 07:17 | 往生 | Comments(0)

小生の父親は難病の一つパーキンソン病を患った
発病から10年で、その後は色々な症状が出てきた
薬のせいか気分にも波があり、幻覚・妄想が続いた
家族がそれを病気だときちっと認識するのは相当な知識がいる
大学病院に通ったが薬をくれるだけだったし、老人保健施設にも拒否された
時にデーサービスにも行ったが、いわれなく素人リハビリ体操ばかりさせられた
皆と一緒に笑わない、皆と一緒に手を動かさないと言って嫌われた
悲しいことに父親の尊厳を守り得たかどうか、思えばつらいこと毎日だった

b0355451_20384405.jpg
介護保険がスタートする前の何年かは夜明け前の暗さだった
多くの病院がフロアー単位で空きベットを作った
3か月以上の入院はさせてもらえず、病院を転々としていた
新しい病院に落ち着いたその日から次の病院を探すのが家族の仕事だった
介護保険の制度は平成12年(2000)4月から始まった
病院は病状は安定している(治らない病気)と言い、老人保健施設は難病の患者の受け入れ態勢はとれないという
幻聴・妄想も病気なのだ
安定しているなんて知識は家族にある筈がない
認知症と一緒なのだ、そのこと自体が病気なのに・・
認知症だって当時はただのボケ老人と言った
病気の治癒ではなく介護の問題に切り替えていく時期だったのだろう

やっとの思いで長期療養型の病院にたどり着いた
病院だから保険も効くけれどホテル並みの入院料を取られた
父は自分の蓄えを全て使うことを納得して、心も穏やかに入院できると久しぶりににこにこしていたけど・・
暫くして院内感染で肺炎を患った
家族と病院あげて敬老の日のお祝い行事、医者も看護婦も一番手薄な日に危篤になって次の日に亡くなった
パーキンソン病で死んだのではない、やはり肺炎であった
家族にとっても息をつく間もなく亡くなった
介護保険制度がスタートする前の年だった

つまらないことを考えた
国が作ってくれる制度というのはいつもよくできている
だがしかし、制度の隙間に入ってしまう悲惨さはいつまでも残っている
病院は回転率を上げることが一番の経営であると今でも信じている筈だ
夜明け前と夜が明けてもそこのところは変わっていない気がする
そしてまだ医療と介護の区別は相変わらず曖昧である

老人、病気、貧困、介護にはいつでも悪の論理が入りこんでくる世の中になってきている
病人にとって生きるということは生き抜くということである
そんな分かり切ったことを制度に求めていくことは難しい
父親が発病した年令になってきた
これから毎日自分自身で考えておくべきことの一つである
鯵庵(30.1.30②)

[PR]
by ajiankyoto | 2018-01-30 20:50 | 往生 | Comments(2)

夢かうつつか

b0355451_21593379.jpg
小生の母親は片足がない
もう一方も湾曲している
だから、寝たきりだ
小生は面倒見ていない
社会とこの前離婚した妹に任せきりだ

ここからは夢の話である
その母親がひょっこりひょっこり歩いてくる姿が見える
"おーい、おーい"と言っている
いつの間にかエンジンのついた車椅子になり
いつの間にかそれに縄がつけられ私の首に巻き付いている
"親孝行出来なければ今が地獄だぞ"と言っている
引っ張られて引っ張られて一緒に地面の底に沈んでゆく

ここまで見れば、夢も覚める
小便してもう一度眠ったら・・
今度は体がぶくぶく太って相撲取りみたいになって
アタマの傷をホッチキスで止めているのを見た
また、夢だった

小便をしてまた布団にもぐったらまた母の夢に戻った
現実に何一つ親孝行してないのだから
夢で苦しむぐらいのことは当たり前だと開き直ったらやっと寝られたようだった
明け方、
一人どうしようもない孤独の中にいる母の姿は自分の姿かもしれない
それは夢ではない
と、気づいたらついにそれ以上眠れなくなってこのブログを書いていた
それをやっと載せることにした
鯵庵(30.1.26)

[PR]
by ajiankyoto | 2018-01-25 22:04 | 往生 | Comments(0)

建礼門院の往生


b0355451_09334844.jpg
建礼門院は出家
悲嘆のうちに八坂の長楽寺であった
その後、大原の寂光院に移った
寂光院の傍らに草庵を結び、勤行・念仏の日々を過ごした
女院が出家したのは30歳前後である
それから30年念仏三昧で暮らした

平家物語によれば
後白河が女院を訪ねてて来た時、庵の一間に「来迎の三尊を安置しあそばし、阿弥陀如来の御手には五色の糸をかけられていた・・」
かの御幸からも30年たっていた
その後白河法皇も20数年前に亡くなっている
名もなき草のごとく人生の半分をこの草庵で過ごしたこととなる
平家物語は大原で終わる

鎌倉幕府は三代将軍実朝、執権北条義時の時代になっている
武士による新しい秩序が出来上がっていたが大原は静かであった
南無西方極楽弥陀如来と念仏を唱えると・・念仏の声が弱まったところ
西の方に紫雲がたなびき不思議な香りが部屋に満ちた
絶えなる音楽が空から聞こえてきたと言う
女院59歳の生涯であり、往生であった

生まれは高貴ではあったが、世がひっくり返れば多くの罪を知ったろう
ただただ草のごとくの後半生を過ごした女人が念仏三昧で往生が叶うかも
明らかに鎌倉仏教の芽生えであった
平家物語はそのために書かれたということも言える
鯵庵(30.1.21)


[PR]
by ajiankyoto | 2018-01-21 21:59 | 往生 | Comments(0)

親父の加齢臭


b0355451_19534453.jpg
寒に入って寒さの底に沈んでいく
今日は親父が着ていたジャンパーを引っ張り出して着ている
昔、雪の日に車椅子に乗せて歯医者に連れて行った
その時このジャンパーを着ていた
もう20年近くも前になるが、ちょうどこの時期だった

家内はもうクリーニングに出さないで処分してくれという
形見のジャンパーなど見たくないという
もちろん、こんなもの残していても間違っても私の息子が着る筈もない
そもそも息子がうちの親父が着ていたなー、なんて思う筈もない
家内は単にクリーニング代が高くつくことを言ってるだけだろう

いや、そうするつもりでいる
ポケットが2段になっていて、携帯も入るし手も入るし温かい
病気の親父を寒さから守ってくれたのだ
しかし、もう型が古すぎる

実は少し匂いがするのだ
クリーニングの匂い?
洋服ダンスの匂い?
薬の匂い、病院の匂い?
いや、正しくは加齢臭である
それも親子2代の加齢臭だ
親父が死んだ年まではあと少し間はあるが・・
こちらも色々と片づけながら生きていかなければならない年になってしまった
立春になるまで着よう
と、いうことで寒がおさまった頃には処分するつもりだ
写真は八坂の円山地蔵
鯵庵(30.1.10)

[PR]
by ajiankyoto | 2018-01-10 08:27 | 往生 | Comments(0)

12月8日は釈迦の日

b0355451_15280563.jpg
紅葉は洛葉になっても京都の街はあいも変わらず喧騒の中にある
観光とは魚市場の如くあると誰かが言っていた
小生は中国語の音符が分からない
JR奈良線も稲荷を過ぎてしまうと単線らしいローカルな落ち着きを取り戻す
黄檗山萬福寺(おうばくさんまんぷくじ)は宇治にある、駅は京都からは宇治の一つ手前黄檗駅でおりる

萬福寺は徳川体制になってから中国から招かれた隠元(いんげん)禅師によって開かれた
今でも、中国様式と音を守っている
だが、ここで中国の人に会うことは少ない
独特の装飾もここでは気にならない
12月に入って一層静かだ
実は12月はこの禅宗でも「臘八摂心(ろうはちせっしん)」と言って座禅の時期に入っているのである
しかも、一週間以上も寝ずに座禅の修行をするらしい
12月8日は仏教にとって大切な日である
35歳の釈迦が明けの明星を眺めながら悟りを開いた日とされる
陰暦の12月は臘月(ろうげつ)という、その8日目のことだから臘八(ろうはち)なのである
多くの寺で法要が行われる、暦を見ていただいて成道会(じょうどうえ※〇〇かいとよんではいけない・・やくざの会ではないので注意)というのがこれである
例えば、千本釈迦堂の大根炊き(だいこだきと発音してください)もこの行事である

我々は悟りを開いた釈迦と付き合っている
悟りを開くまでの釈迦はひょっとすれば(×ひょっとすれば)我々と同じかもしれない
人生が苦であるならば、その原因を断たなければならない
が、釈迦にある悟りが我々にはない、ある筈がない
生死事大(しょうじじだい)は中国音では"せんすすーだ"と音するらしい
禅では「生を明らめ死を明らむるは仏家一大事の因縁なり」と堅苦しく始まる

まず考えることは生と死である
どちらを先に考えるべきだろうか?
死んだら考えることは出来ないのだから、生きてるうちの課題であるであることが分かった
ならば死んだ後のことまで考えが及ばないのも無理もない
座禅だけで悟るには相当な修業が必要だろう
あくまでも萬福寺は静かである
せめて座禅を組む間の修業僧にはこの静かさが保たれてほしいと思った
鯵庵(29.12.8)



[PR]
by ajiankyoto | 2017-12-08 17:26 | 往生 | Comments(0)

年功序列

b0355451_20352246.jpg
シルバーの仕事の雑談で「年功序列」という話になった
商売や職人していた人にとっては実感はないかもしれない
この頃、サラリーマンしかしたことのない人がシルバーに増えている
小生もその一人である
この人たちにとってはシルバーも早いもん順だと言った
そう言うと、私の先輩は、シルバーに歳の差などないと言う
シルバーの年功序列というのは死ぬ順番のことを言っている
「年功序列に異議があるならボケるのは後回しにせよ」と
・・・言っていた
やはり年とってからの仕事は買ってでもせよ?????
鯵庵(29.11.3)

[PR]
by ajiankyoto | 2017-11-03 07:00 | 往生 | Comments(0)