カテゴリ:家族( 62 )


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子供も夏休みは氷屋を待つのが日課だった
氷屋にしても午前中の仕事である
むしろをかけた氷も暑い日には融けだす
氷のある生活といえば、それまで高貴な方にしか味わえないものだったのだから
明治になって製氷技術が進んだことの恩恵であり
主婦にとってうれしいことだったに違いない

父は家で冷えたビールが飲めた
私ら子供にとってはスイカやトマトの味である
トマトもモモもリヤカーで売りに来ていた
ケツがまだ青くてごつごつしたトマトが記憶に残っている
都市暮らしをしていたが日本の農村がすぐ近くにある生活だった
村から出てきた都市住民の多くが農村を近いものと感じていた

トマトを冷やして食わせてくれた父母がまだそこにいた
これも田舎から来た我が母の思い出の一つである
鯵庵(30.1015)

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by ajiankyoto | 2018-10-15 09:12 | 家族 | Comments(0)

ある骨董商(後)


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定年の無い仕事だから今も適当に骨董商をしているが、実は70才目前の男やもめだった
それがあろうことに、再婚することとなった
まあまあ、それはいいけどと思う間に、実はと語る・・40代の再婚相手に2人の娘さんがおり、″連れ子″で面倒見ることになったというわけだ
下の娘さんがまだ高校生で、どうしてもこの家に一部屋与えなければならず、部屋が足らなくなった
我ら写真会がその部屋を使っている、乙女の部屋と供用するわけにはいかんと言うわけだ、当たり前の話でもある
写真もやめて何よりも新しい(孫みたいな)娘さんを立派な女性に育てることに最後(?)の情熱を傾けると言われたら、我らも応援せざるよ得ない
彼なら、今からでも当のお相手だけでなく、かの高校生乙女にも人生の幸せの一端の情を感じさせてやれるに違いない
かくしてY氏は再度、生活の人として骨董商に専心し、写真クラブは瓦解することとなった
趣味より生きることが大事なのは当たり前である

沢山のことを教えてもらった
その中で、一つ、″趣味はあくまでも趣味である、生活の糧にはならない、人生と引き換えてはならない、必要なときにはいつでもやめること″という

母と娘は縁があってY氏に拾われた
でも、女の血はY氏に気にすることなく母と娘で継いでいけばいい
Y氏はやもめ暮らしとはいいながら、子供も孫もいる
やもめも趣味だったのかもしれないし、ひょっとしたら母娘の面倒を見ることも・・???
我らが真似をする必要はない
その時どうするかを自分で決められる力を持っていることが大事なのだ

Y氏は"踊る阿呆"になろうと思っているのだ
私もそれが男の性(さが)だと思っている
あれから5年たったが、伝え聞く限りY氏はまだ骨董商に励んでるようだ
鯵庵(30.10.1)

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by ajiankyoto | 2018-10-01 08:09 | 家族 | Comments(0)

ある骨董商(前)

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小生が長くお世話になったアマチュア写真のリーダーY氏は中年時分から骨董を始めたようだ
といっても趣味ではない、商いとしてである
そういうことで写真の目利きは別としても骨董を見る目は確からしい
骨董というとすぐにテレビの〝なんでも鑑定団″を思う人も多いが、ああいう掘り出し物には普通お目にかかれることはない
もうこの時代になって世に隠れていた本物がそう簡単に現れることはないというのが常識らしい
博物館の学芸員とは違って町の骨董商はコレクションの相場を作っていくこと、
わかりやすく言えば、高い目の値をつけるのが仕事で、物と相場を動かして・・やっと“なんぼ”の世界らしい

それでも、いいものはY氏が見てやると、その“いいもの”が、「買うてくれ、買うてくれ」と訴えるように言うらしい
本人の弁である
そんなこと言えば世間ではごっつい金額を思うが、Y氏のレベルは2~3万円くらいらしい
声を聞いたY氏は迷わず買う、その茶碗は5万位できっちり欲しい人の手元に届いて喜んでもらえる、そういう図式だ
倍ほどの値打ちがあるのに半分の値しか付いてないので茶碗がY氏に泣きついているのである
騙されたことはあるが騙したことはないというのが人生の達人Y骨董商の身上だ
数万円の茶碗の売り買いが出来るというのは手堅いながら上級骨董商の部類らしい

(この項続く)
鯵庵(30.9.30)

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by ajiankyoto | 2018-09-30 10:13 | 家族 | Comments(0)

親を超えられる?

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もう30数年も前に読んだ本にこんなことが書いてあった
親が本当に子供に望んでいるのは成績じゃない
実は子供の性格なんだと
子供の性格は環境によって作られるが、子供にとっての環境のほとんどは親と親との生活空間である
性格などと言うから、多様性なり個性などと言う言葉が乱入して来て分からなくなってしまう
性根(しょうね)と言いかえれば理解しやすい

すぐに地べたへ寝転がる子
理屈を言って学校へ行かない子
人から金を巻き上げる子
友達を売る子
平気でうそがつける子
あるいは上手にうそがつけない子
金を簡単に借りる子
食生活と味覚が歪(いびつ)な子
異性に興味を持たない子
異性を極端に卑(いや)しめる子
成長しては、幾つになっても働かない子
あるいは・・・親の金を当てにして生きてる子
などなど・・こんなことを性格などと言っていたら、これからどんどん増えるよ
性格(せいかく)は遺伝しないが性根(しょうね)は遺伝する

父親が注意
何故なら子供は必ず親の真似をして親を超えるよ
特に悪いことは
親が並の下では超えたとて仕方がない
親子の不幸である
30年以上前の話です
はたして増えたかどうかは・・
鯵庵(30.9.22)

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by ajiankyoto | 2018-09-22 09:10 | 家族 | Comments(0)

老いる前の老後

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少し前”老後の暮らし方に結婚がある”と言ってある女性作家が結婚した
"60代になると老後しかない"と言ってるようではあるが、逆にまだ"現役"だと言ってるようでもある
ただし、この場合の老後とは明確に定義されたものではなく、"やがて来る"と言う意味に近い

誰でも老いる限り老いて後の老後は必ずやってくるわけである
老後は多様である
それよりも貧富の差の方が気になる
人によっては若い時のままであり
人によっては転落している
他人から見ればシルバー一色に見えるかもしれないが、赤や黄や青やもっと多色である

60代になって初婚だとすれば最初から枯れるわけにはいかない
ゆったりとした老後を得るためには老後への蓄えの一つとして結婚もある
老後という言葉を使える人はそれだけでも仕合せである
老いるということを語れるということである
老人化の過程を一つの人生と考えることが出来ているということだろう
老後が人生の暇つぶしだったり時間つぶしだったら人生が不甲斐ないことになってしまう
と、思いませんか
鯵庵(30.8.12②)

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by ajiankyoto | 2018-08-12 08:36 | 家族 | Comments(2)

老人化が始まる日


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小生の親父は今年で101年になる
親父が70歳の頃、小生が40歳ぐらいの時である
親父がパーキンソン病を宣告された
その時まで意識していなかった親の老後を感じた
一気に我が家族も老人化に巻き込まれたという気がした
82歳で亡くなった・・それから20回近くお盆を迎えている

誰かが言っていた
老人化と我々が言う場合には3っつのパターンがあると
一つ、自分が年とること
二つ、連れ合いが年とること
そして三つ、親が年とること
親が年をとった時に老人化のすべの課題が身近になってくる

あれから30年、一世代進んで今度は私が老人になった
当時老人化はまだ家族にとっての問題だった
その間にゴールドプラン(1989年)や公的介護保険制度(1997年)がスタートした
今は、社会全体での問題となりつつある
それは子供や家族に頼らなくてもやっていける
本人の心がけ次第の老後となったというわけなのだ
ところがである、いずれ老人のための施設にも限りある
ピークに合わせた施設整備は必ず過剰なものとしてあとに負債が残る
老人世代がヘルパー世代より人口が多いということになれば
結局は家庭での自力介護に戻らなければならなくなっているようだ

戻るべき家庭があればいいが、配偶者すでになく・・子供とはなにかと疎遠では・・
自分の老人化を子や孫の老人化にすることが出来ない
いずれどこかの大部屋で一人寂しく生きていくしかなくなってしまう
もうその道へ向かって歩いている
マイホーム主義の我らの世代だった
それが最後の矜持かもしれないが・・
それがマイホーム主義のつけ払いだと気付くのはこれからだと思う
鯵庵(30.8.11②)



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by ajiankyoto | 2018-08-11 08:02 | 家族 | Comments(0)

アニメ「サザエさん」の主役はマスオさんである、と言うと一応異論が出る
いや波平だという人もいるし、やっぱりカツオだという人もいる
サザエは所詮狂言回しである、だから、そんなに大した女には作っていない
新しい家族のあり方として”妻の家族と同居する”というパターンを作った
そういう風潮を先取りしたのがアニメ番組としての成功の基だと思っている
大阪育ちのマスオさんが一度も大阪弁を語らない
もちろん、博多育ちの波平さんやサザエも博多弁を語らない
東京に出てきた途端に東京に帰化している
徹底的に家族平和を求める家族を描くようになったのはアニメのスポンサー東芝の戦略であった
数十年も前に始った長谷川町子女史の「サザエさん」という風俗(風刺も)漫画は朝日新聞の販売促進であった
女性原理で家庭を作っていくとこうなりますということが受けた訳である
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家でも会社でも戦わない論理は平和主義の女性原理から来たものである
日本の女性は昔からそんなこと折込済みだったのだ
男どもは甘えて威張ってればいいのに、急に理解のあるようなことを言う
そんな男の相手をすることは日本女性にとって物足らないことなのに、気の利いた女性は決して言わない
その役をしているのがマスオさんである
ただ、マスオさんは磯野家ではない、磯野家の平和には貢献するが、それでは大阪人フグ田家の明日が見えない
ただ、家でもう一人の母親みたいな男の背中ばかり見せられたタラちゃんは不幸である
かくして男性原理は廃れ、男も女も女性原理的平和主義と平等主義で生きていくことになる

ならばと言うことで波平さんを前時代のがんこ親父に作ろうとしている
が、作中、波平さん自体が出来が悪く軟弱である
会社でやったことのない頑固おやじを家族にやらしてもらうことこそ軟弱の極まりである
フネさんは絶対に主役にならないことを信条としている
だから、家庭調和と言うのです
そのかわり日本女性はこんなものでいいのです、とばかり言っている
が、小生は悲しい、それでは親を超えられるいい女性が育たないのだ

言いかえれば白物家電の世界です
日本の技術史では、洗濯機も冷蔵庫も必要に応じて出来て来たことを強調しているが、電化製品を家庭に普及させるのは別の戦略がいる
家族は家電製品の進歩に合わせて進化していきましょうねと言っている
東芝ゆえではない、全ての国民がそのことに慣らされた
電機メーカー東芝は日本唯一の原子力メーカーでもあった
原子力メーカーと原作の持っている風刺と言うものが両方とも消えてしまった気がするのだが・・アニメに対しては言い過ぎだろう
都市伝説の一つにマスオさんの浮気の相手は〇〇アワビという若い女性らしい
そんな話がテレビに出てきたら面白いね
♪そう、はじめて自分を生きる・・(吾亦紅から)
そこまでは期待できないけど・・
東芝がスポンサーを下りてどう変わるかが興味深いのも事実だ
鯵庵(2018.6.10②)

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by ajiankyoto | 2018-06-19 17:30 | 家族 | Comments(0)

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故人が生きていたということは理解できる
でも、そもそも、家族こそが一番故人のことを知っていない
それを知っている人の話を聞くなら、それはそれで人を偲ぶことは出来る
ひょっといたらお通夜の意味はそんなところにあったのかもしれない
それでも人の一生は長すぎる
10年も20年も病気してたら、おかしくなって家族に迷惑かけたことだけ人しか思い出せない
とても皆が言うほど厳しかった人とはとても思えない<・・なんてことになる
サラリーマンだって金貸しだって仕事の成果は評価されるが仕事の癖は正しく評価されることはない
そういう癖の悪さがあると葬儀の参列者の一つの楽しみになることもある
が、昔ばなしは要らないと言われるかもしれない

葬儀は誰のためにあるのかと言えば、残された者のためにあった時代もある
喪主の社会的地位が葬儀を作る
それでいいのだが、時に参列者が困ることもある訳である
自分の親がどんな親だったのか説明できない
テレビドラマのように単純でない、しかしドラマほど複雑でもない
笑い話だけどただの女好きだったと言われるほど単純な生き方をした人は存在しない
家族葬ではもはやそれも必要ない
だから親は単に親である、子は単に子である
家族が集まって遺品整理の話ばかりしておけばいい
それは世の常、凡人も別に困るほどのことではない
死人に個性を感じるのはやはり家族だけかもしれない

人の人生は毀誉褒貶である
世の中(現世)というものはでは人間がみんな集まって出来るだけ都合よいように作ったものである
従って、世間は右と左、上と下、白と黒、・・本物と偽物、正と邪、・・似たものばかりで自分と他人の区別も分からない
警察だって裁判所だって裁けないことが多すぎる
世間のことを世間が裁くのが世間たるゆえんであるどっちみち地獄へ行くのは一人だ
そもそも地獄は現世の資産や地位を認めてくれない、極端に公平な世界だ
閻魔だけが評価する?誰もが通らなければならないのが地獄の門である

絶対の地獄の掟である
その時こそ言いたいことを言えばいい、現世での嘘は通じない
地獄でこそ始めて裁かれ、また地獄で始めて救われる人もいるだろう
そのことを知っているものだけが人生の英雄である
死後のことは天に任せばいいし、自分の身は閻魔に任せるしかない
先に亡くなった分だけ仏に近づける?
せめて年とってから罪はしたくないよな、ご同輩
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今回で吾亦紅シリーズを一応終える
18編に付き合ってくれた人およびその家族の老前・老中・老後・往生・後生に少しでも幸あれと祈る
鯵庵(30.6.17)

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by ajiankyoto | 2018-06-17 20:13 | 家族 | Comments(0)

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昔テレビドラマで「渡る世間は鬼ばかり」というのがあった
視聴率が高かった
テレビドラマは「〇〇日曜劇場」や「男はつらいよ」のように人情の機微を優しく表現するものとばかり思っていたからびっくりした
確かに出演者(役柄)が皆鬼だった
全員が思ってることをストレートに遠慮なく語るのだ
皆が心の底に何もためずに感情を出しまくるのだ

このドラマが嫌いだった人の気持ちが分かる
これが自分の家族から出た言葉だったら・・と思えば見ていられない
このドラマが好きだという人の気持ちも分かる
ドラマのように一度や二度は辛抱している自分の本心を口にしてみたいと思う
それが高視聴率の理由だと、あるいは今までの常識を打ち破ったと思えば理解できる
このドラマが長く続いたことには作者なりの工夫があるのだろう

全ての役が老いも若きも男女ともに同じ性格だということである
もっと言えば、皆が人をいじめることが好きで、いじめられることに強いということだ
そして、皆が自分と同じ性格だと確信していることだ
だが、それは未だかって地球上に存在したことのない事例だ
確かに家族でもそういう観点でとらえようとする人もいるだろう
それを嫁と姑の確執ととらえる人はそもそも人が嫌いな人だろう
またそれは家族と他人を同じ枠で考える人だろう

世の中には人が嫌いな人と人が好きな人といる
家族を思うように人に接することを惻隠の情という
相手をおもんばかってやることだ
言ったらいけないことを言わない気持ちだ
言ったらいけないことを言わせない気持ちだ

赤子が泣いてそれが何を訴えてるのか分からない母親はいないはずだ
赤子は泣く以外に表現できないし、母親の都合を分からない
それが子供になり大人になれば分かるように育てるのだ
親の気持ちが分かるほどの大人になるためには年月がかかる
皆が赤子のように自分勝手に喚きだせば家族ではない
が、ドラマだったらそれも可能かもしれない
もう、終わってる家族はセリフがなくてドラマにならないことだけは言える

ぼちぼちこの吾亦紅シリーズも終わりかけである
鯵庵(30.6.15)

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by ajiankyoto | 2018-06-15 07:17 | 家族 | Comments(0)

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保険と言えば生命保険がある
保険金は相続の対象外である
親の遺産を当てにするのなら、親に生命保険をかけておくのが一番確実だろう
後ろめたい気がするならやめとけばいい
親の了解でなおかつ多額の掛け金を自分で払うなら問題はない
  
何も残してやれるものがないので、と言って自分の好きな者を受取人にする
テレビコマーシャルが盛んにおこなわれている
生命保険の効用が広がっていると認識すべきだ
"幾つになっても入れます、生涯掛け金は変わりません・・云々"
とはこのことである

例えば掛け金が相当な額になったとしても考え方から言えば生前贈与と同じことである
も一度言えば、力があればその掛け金を自分(受取人)で払えばいい
相続人であってもそうでなくても相続の公平さを妨げない
だからこそ、被相続人(親)の方が積極的にならなければならない
生命保険というのは残されたものの傷を癒すものである
それも確実な絆である

世の中では生命保険で借金(負の遺産)を返す人も現実にいる
保険金詐欺ではないし、今回の場合は自殺まで急がす必要はない
わずかな遺産の分配方法で悩んだり、わずかな遺産の分配で残された人との絆を壊したくないなら・・・である
生命保険の平和利用である
それでなくば相続問題から綺麗に逃れる手はない、少なくとも遺言状より効き目は確かである
鯵庵(30.6.6)

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by ajiankyoto | 2018-06-06 14:33 | 家族 | Comments(0)