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カテゴリ:都市( 62 )

ツバメは日本から来る

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京都の今年の満開日は4月6日で結局平年並みである
遅咲きの品種がこれからである
花は毎年のこと、そう騒ぐほどのことではない
京都気象台がツバメの初見を発表している、3月15日だった
今年は平年よりやけに(11日)早かった
南の方から上がってくるのだから、当然だけど・・ツバメ前線というのもあるのだ

素人がちらっと調べてみるとツバメ前線はソメイヨシノの満開に前後してやってくることが分かる
桜が咲いて、田んぼを始める、そのタイミングなのだ
移動する動物はひょっとすると地球規模の温暖化の影響を受けているのかもしれない
ツバメはオスが数日早くやってくるということだ、その後家族になる一団がやってくる
その間にやっと人の目に触れる、今年もほぼ今頃の筈だ

ツバメはオンとメンの遺伝子を受け継いでいる、個性的でもあるが一羽ごとの命なのだ
それゆえか、日本に来るツバメはびっくりするほど減ってきている
日本で暮らす子育ての頃が一番危険だ
イタチや蛇やカラスに狙われ続けている
ツバメは戦うことを放棄した鳥なのだ
だから人の近くでしか生きていけない
廃屋の村でもサクラは咲くしカラスはいるが、実はツバメはいない
過疎こそはツバメの天敵なのだ
ツバメは生まれたところに帰ってくる
一番の原因はそこにあるのだ

都市のツバメは開けっ放しの駅や24時間営業のスーパーなどによってくる
だが、駅員や警備員は今年は巣を作らせまいと躍起だ
それでなくとも市民の目に届かなくなった
ツバメ減少の話題すらここ十年聞かれなくなった
街中ではツバメが暮らせるところが極端に少なくなっている

日本で子供を育てるツバメは日本の鳥だ
ツバメは南から来るのでなく、日本から来るのだ
我らもむかし田舎から出てきた
人のいない廃屋ではツバメも暮らせないのだ
後を追ってきたツバメぐらいは最後まで守ってやりたいものだ
本当にツバメのいない都市でいいのだろうか
鯵庵(31.4.13)

by ajiankyoto | 2019-04-13 17:15 | 都市 | Comments(0)

古都ということ

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三条カルチャーで室町芸能史の講座を持つスーパー講師が講座の最初にいつも言う

覇権が京都を去って、もう400年、安土桃山時代は京都の最後の花だった
天下を分けた関ヶ原(1600)は、徳川の新しい覇権を固め江戸を都にした
新しい権威を打ち立てていくには自分の地盤のある関東の方がいい
大坂夏の陣(1615)から20年、参勤交代の制度(1635)は徳川の覇権がゆるぎないことと、江戸が都ですよと日本全国に教えたことになる
それから300年幕末の動乱時期まで、庶民は京都が都であるということも、都があったということも知らなかった
かって都のあったという意味では、その時京都は奈良と同じく古都となった
古都というのは首都でなくなったという意味である

でも、それが今の京都の原型なのだ
応仁の乱を超えた後の京都が今の京都の本当の原型なのだ
京都は平安絵巻ではないのだ
また、わびさびの都市ではないのだ
戦国時代に日本にただ一つだけの都市機能を有した町だった
結局そのまま哀愁のある一地方都市になったのだ
我が国に都市は3っつしかなかった
大坂と京都と江戸であった

その中で京都の特色は、と言うと・・明治になって首都が江戸に移って東京になったおかげで、その後ライバルとなる新たな古都が現れてないことになる
・・というのがスーパー講師の持論だ
小生のブログはその言葉がきっかけになった
鯵庵(31.3.13)

by ajiankyoto | 2019-03-13 14:47 | 都市 | Comments(0)

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もう観光地京都を見てしまって、見るとこがないと堂々と言う人が増えてしまった
京都嫌いは構わないのだけれど、市民にしてみれば見てしまったと言われるのはつらい
大したおもてなしも出来ないけどそれじゃうち(我が家)へ泊まってくださいと言いたくなる(言いたくなるだけ)
見るところがないというけど、見るべきところは何処だったのでしょうね

京都はすでに観光客の数には不自由していません
でも、それだけではやっていけないのが観光ビジネスです
鉄道だってホテルだってレストランだって土産物屋だってそうなんです
失礼ながら観光寺院だってそれが経営の上で効果的なことを知ったわけです
業者が用意してくれるものは言い換えればそれは多数という名の客が教えた答えなんです
京都の観光業者の気質は京都に来る人の一番多い期待を読んだものだと思います
しかし、それは必ずしも京都という訳ではないのです

実は業者も役所も学んでいるのです
特に観光業というのは、結局は一番多い悩みを探してその答えを用意するのを業とするものです
読みが当たれば商売が成り立つわけです、毎年その繰り返しで学習した結果なんです
だからそんな京都が嫌いだという人も増えてきました
この頃やっと旅人の大多数が実は個性的な少数派だとわかってきました
それでも、市役所ですら犬が羊を追うように群れを見てるわけです
そこが落とし穴なんです
観光業は観光客それぞれの期待には永遠に応えられない業種なのです
割り切れない一人一人の割り切りを合算して加重平均したものしか用意できないのです

″皆が行きたくて誰もいないところ”を観光業者に探してもらうなんてものは大きな矛盾です
が、結局はあなたの思いとはミスマッチの結果に終わります
店や業者は割り切れない多数の一見さんを相手にそれで商売が出来るのですが
市長や市民までが群ばかり見て浮かれてしまっては気付けないことになります
人生でも同じようなやってませんか
鯵庵(31.2.10)

by ajiankyoto | 2019-02-10 10:26 | 都市 | Comments(2)

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ゲストハウスには自転車完備です
レンタサイクルにもおしゃれな自転車が増えています
自転車屋でも自転車を借りられます

歩いてこそ・泊ってこそ、食べてこそ・・旅行者狙いのレストランや土産物屋に実は京都の人が並んでます
本に書いてあればたこ焼きだってうどんだって並びます
並べる店を探してます
穴場も調べておきます

おもてなしというのはそれぐらいは当然です
京都で暮らしているだけでは京都人ではありません
スミマセン、教えてください
どうすれば京都人と呼ばれるようになるのですか
鯵庵(30.10.24)

by ajiankyoto | 2018-10-24 08:16 | 都市 | Comments(0)

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京都の名菓に"八つ橋"がある
人気があって多くの店が作っている
ここ数十年においてはその生の生地に粒あんを挟んだものがヒットしている

例えば「おたべ」と言い、例えば「聖(ひじり)」と言い、例えば「夕子」と言い、例えば「あんなま」と言いまた「なまやつ」と言ったりである
京都の八ッ橋商工業協同組合には14社も参加しているし、それ以外にもアン入り生八つ橋の商品は多くある
料理やお菓子には特許はない

数年前に京都大学が『私たちはお土産にどの八ッ橋を買えばよいのか』という情報工学的?な調査論文がネットに載っていた
調査結果の中で
「誰もが知っている京都の代表的なお土産である八ッ橋の中でも一味違うところを見せつけていきたい人は仁王門通り○○堂の八ッ橋を・・お土産として買って帰られるのがよいのではないか」と言っている
いかにも工学的な表現で内容の割に非文学的なところが面白い
ここなら自転車で買いに行ったり途中に寄るのにはちょうどのところにある

私は今時の学生や科学者の味覚を信用はしていないが・・
共栄堂は山科が本店だった
鯵庵(30.10.17)

by ajiankyoto | 2018-10-17 09:36 | 都市 | Comments(0)


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最後に私はマイルドセブンの1ミリグラムを吸っていたが
いずれにしろ私が止めた頃の2倍の値段に驚く
それにしても銘柄が多すぎる・・・・

ついでながら・・・タバコ屋は少ななったね
自動販売機はあるが店番のいるタバコ屋は少なくなった
だが、コンビニがタバコを扱うようになったら、逆にコンビニの数だけタバコ屋が増えた計算だ
タバコを買う人が減ってしまったから市場としては縮小傾向にある?
路地の住民にとってタバコは嗜好(しこう)の第一だったけれど、
この頃は路地の住人には手の届かない値段になってしまった
年金では買えない
あれほど税金払っていながら肩身が狭いのには憤慨したが、結局、小生もやめた
やっとやめられた、と言うところ
医者に言わせえば間に合ったかどうかは分からないと言う
だがしかし、パートに行こうとしたらスモーカーでは仕事がない

街角にあったタバコ屋、看板娘でなくとも、親切なおじいさんおばあさんが店番していた
誰でもタバコ屋をやれるわけではない
当時専売公社の専権事項だった
ゆっくり店番しながら、実は近所のパチンコ屋にタバコを納めていた
一箱何円の売上手数料だ
パチンコ屋の景品の一番はタバコだった時代のことである
バーもスナックもタバコ代はたて替えで、つけで飲むときもタバコ代は取られた

タバコ屋をやっていると世の中の景気も分かった
町内の民生委員みたいなこともあるし、情報通でもある、とある人が言っていた
何よりも町のタバコ屋は防犯ビデオだった、と
タバコ屋にとってかわったコンビニも町のよろずやさん
せめて町内に防犯ビデオくらい寄付してもいいのではないだろうか
鯵庵(30.9.21)

by ajiankyoto | 2018-09-21 07:56 | 都市 | Comments(0)

京都駅ビルの雨

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今の京都駅ビルは4代目の京都駅舎である
平成9年に完成した
その後・・
京都観光の出発点でもある
何よりも京都最大のターミナルである
が、何十メーターも上から雨が降ってくる

この前の台風でガラス張りの大屋根の一部が割れた
風が一番きつい時にカラスが落ちてきた
電車は早くから止まっていた
電車は止めても・・
そんなことは想定していないから速やかな修理も想定していない
コンコースの上の天井、どうして?いつ頃?なおるのか気にしている

1枚、2枚のガラスだととらえるべきではない
小さな予兆でもある
観光に浮かれる京都にも想定外が潜んでいる
観光客のためだけにある街ではない
それでなくともこれから起こることは皆想定外のことばかりでもある
鯵庵(30.9.20)

by ajiankyoto | 2018-09-20 08:26 | 都市 | Comments(0)

八幡大菩薩の松花堂

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男山には八幡社に所属する宿坊が四十八と言われるほどあった
これら宿坊も明治の神仏分離で全て毀(こぼ)たれた
生き延びて三代も続けば上手くすれば門前の茶店ですらいまどきは高級料亭と言われるくらいの変化はおかしくないのに、石清水には何も残らなかった
松花堂弁当、石清水八幡宮の社僧であった松花堂昭乗(しょうかどうしょうじょう・1584-1639)の宿坊に名前を由来する
日本全国の皆さんが方々で味わっておられる松花堂弁当は、むしろその後昭和の時代の料亭吉兆(きっちょう)の考案で広まったもの
八幡社の文化とは直接的なつながりはない
食い物の歴史というのは〝仕掛け″の世界だと思う

神仏分離の明治は松花堂昭乗の生きた時代から、270年も後の話
今は神仏分離のそのものの形跡がなくなった
吉兆は別にしても、料理屋の何の変哲もない弁当に松花堂の名前がついている
仕掛けた名前だけが残ってしまった
おかげで、松花堂跡の名前が案内地図にも残った
そんな手こねのいわれは当の松花堂にもいまさら頓着のしようもないって?

京阪特急のハトは石清水八幡宮のハトらしい
鯵庵(30.9.18)

by ajiankyoto | 2018-09-18 08:02 | 都市 | Comments(0)

七条大橋

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七条通り(府道)にかかる全長82メートル鉄筋コンクリートアーチ橋
大正2年(1913)開通、鴨川にかかる大橋で一番古い
京都は水害の街である、何度も鴨川の洪水に耐えた
土木遺産(土木学会・2008)の一つ
橋の下でジャコ釣りしたこともある
鯵庵(30.8.31)

by ajiankyoto | 2018-08-31 17:59 | 都市 | Comments(0)

JR奈良線を行く

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JR奈良線は京都府内を走る
JR奈良線は宇治川鉄橋を単線で渡る
単線のことを一車線という若い子がいた、その方がわかりやすい?

JR奈良線は京都から木津まで34.7キロメートル、奈良線といいながら奈良県には線路が無い
実はこれ古往(むかし)の私鉄路線であったからからだ
今でも京都府内の木津駅は関西線の駅であり、奈良線は木津駅が起点になっている
奈良線が国有化される前(明治40年・1907)は関西鉄道の線路であった
その前は奈良鉄道として明治29年(1895)に京都・奈良間で運転されていた、とある
全線開通120うん年はこの時をスタートとしている

ただ、その頃は京都から奈良へ向かう線路は京都から桃山までは近鉄京都線ルートを通っていた
要は大正10年の東海道線東山トンネルの開通(東海道線に切り替え)によって
それまでの東海道線を稲荷から桃山までつないでが奈良線になった
現在の線形である
レール幅は狭軌(1067ミリ)である

鯵庵(30.8.25)
絵は黄檗山萬福寺の布袋さん
黄檗駅は昭和36年(1961)設置された。ここまで来ると外国人の喧騒から解放される。中国式の禅宗が日本の心を落ちつかせるのが不思議だ。

by ajiankyoto | 2018-08-25 09:14 | 都市 | Comments(0)