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御所の前から嵯峨方面に行くには今は丸太町通りが伸びている
都が盛んな頃は二条から西の京、太秦、常盤を経て嵯峨広沢の池まで続く古道があった
もっと行けば、愛宕へ通ず、愛宕から丹波の周山にぬける街道でもある
京福電鉄の北野線の線路をこえる前、この街道に面して六地蔵の一つの常盤地蔵がある
ゆったりしたお寺ではないが、六角の地蔵堂が真正面にある
壁が黒塗りのせいで少し違風ではあるが、寺の入り口には「唯一全国地蔵本尊根本霊場常盤山源光寺」とある
京都検定の参考書にはこの寺あの後白河法皇の帰依を受け全国の地蔵の総本山と言う
それにしても、訪れた人もそんなことは想像も出来ない小さな静かなお寺である
8月22・23日の六地蔵巡りの謂れの日にはお参りが出来るとあるのは間違いはなさそうである
六地蔵参りには同好の研究会もあるようだ、京都検定でもないと忘れられる??
小生の自転車京都探訪ではこの道を嵯峨方面に道なりに行けば広沢の池に達した
また、京都に戻るとこれも道なりに西の京を経て千本旧二条に達する
「千代の古道(ふるみち)」と言われる古(いにしえ)の道は都の中心地(朱雀大路と二条大路)を起点とした嵯峨野への最短距離の道とすべきである、と言うのが私の説?である
この道は狭い道である、ここに六地蔵の一つがあるとすれば、
この愛宕に至る街道こそ千代の古道とすべきではないかと思っている
嵯峨野の入り口梅宮大社のところから北上する道も捨てがたい
困ったことに千代の古道の定義と存在が明確でない
その上、各地元が連続性がないまま方々に道標の石柱を建ててしまった
決定打がなくなっている
小生の説も”・・と言われている”と・・言い続けたらその内らしくなってくる
京都検定は試験だから早く正解を作らなければならないのは分かるけどね
写真は青ホウズキ
鯵庵(6.30)


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by ajiankyoto | 2016-06-30 07:49 | 地蔵菩薩 | Comments(2)

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ツバメはいつも同じところへ帰ってくると言われている
卵を産んでヒナを育てる番(つがい)になるには必ず共同で巣づくりする
が、ツバメの育児には事故が多い
先ず巣そのものが狙われる、巣ごとヒナが襲われることもあるし、夫婦どちらかがやられることもある
ツバメの夫婦は事故がない限り添い遂げる
ただ、オスがやられたときは急いで新しい相手を探すようだ

ツバメは卵を抱くのもヒナに餌をやるのも交代でする、番(つがい)でないとできない
だから、子育てのためにはやもめ暮らしは出来ないのだ
(筆者註:元来、やもめというのは女性を言っていた。寡婦と書いたが、この頃は逆に男やもめのことを〝やもめ″というようだ)
メスツバメのみでは子育てが出来ないのだ
だから、若きツバメの出番ということになる訳である

群れの中で番(つがい)になれなかった若きオスがそこで登場する
ツバメは気候条件がよければ2度子育てをすることもある
今頃になって古い巣を修理したりする巣作り行為をするのは新しい夫婦なのだ
〝若いツバメ″という言葉を知ってますか?
時々人類の世間では若い男との浮気の例えで言われるが、ツバメにとっては不躾な言葉である
ツバメは子育てのためにのみ再婚するのだ
生態の上で重要視すべきことに一夫一婦制を必死で守っているのはツバメの方である
かくしてスペアーで待機していた若き♂ツバメたちは自分の子孫を残すことが出来るわけである
写真は我が家のツバメ、珍しくユリの蕾で休憩する
鯵庵(28.6.29)


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by ajiankyoto | 2016-06-29 08:26 | 大人の恋 | Comments(0)

モノクロの世界?

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若い人にとってハローワークでの職探しはそもそもが崖っぷちかも?
ここでの「職探しと言うのは1にも2にもマッチングが大事なのでは?」とある相談員に若くない小生が自分の意見を言ったら、有能そうな相談員彼女から「職探しはタイミングの問題です」と頭の上の方から答えが帰ってきた
「それじゃ私でも相談員になれる」と言いたかったが、相談員は私の年齢のことを言ってるのかもしれないと思った
毎日何十人の人の職探しに付き合っている相談員にとって、どちらかと言うとパートやアルバイトの世話は不本意(面倒)かもしれない

たまたま同じハローワークの紹介状を持って1週間、彼と一緒に仕事した
休憩もさせてもらえなくとも何とか頑張らな、と言っていた
もともと最低時間給で週に5日以上働いて、交通費もくれず健康保険も掛けてくれずでは上手く雇用されても所詮親に食わしてもらってる境遇から抜け出せるというものではない
それもしくじって、家に帰って親にどう報告するのだろうか
ハローワークは何度でも、また二股でも三股でも紹介してくれる
ただし、「贅沢言うてたら仕事ないで」と言わんばかりである、結局志望を決めるのは本人である、何度も行けばいつも上目遣いになってしまう
二股・三股といったって一度採用されれば無縁だ
どれほどいい話だって渡る船はない

私たちが上目遣いで相談員に話をするようにせめて求人側もそうあってくれたらと思う
それなら求人側も働く環境を少しは整えてくれるかもしれない、そうすれば相談員もマッチングの方に気持ちを傾けてくれるかもしれない
求職者が二度とハローワークに来なければタイミングだということも叶わない
小生は言いたいのだ、色のある世界ではブラック企業もあり得るだろう、しかしこんな白と黒のモノクロの世界では明るいか暗いかだけである

一週間一緒に辞めた帰りに、年長小生だから、せめてそこらでビールでもやるかと言ったら、酒は飲めないという
誘ってくれたのは嬉しいけど母親が待っているといって帰った
健康保険料も親に出してもらっている、と言っていた
小生の方せめては毎月の健康保険料くらいは稼ぎたいと思っている
彼の親は小生の同年配であるはずだ
親に食わせてもらっているうちはいいけれど、親を食って生きていくようなことにならなければいいのにと思った

新卒者ですら最初の就職で座礁すると、二度と広い海には戻れない、と言う
時間給810円(※平成27年度京都府の最低賃金807円)でいいと言ってるのだから、彼に出来る仕事を与えてやれる世間はないのだろうか
本当に年寄りが彼らの仕事を奪っているのだろうか
年齢不問の言葉を聞くたびにそれからも思う
写真はホタルブクロも終わる
こんな話聞いてくれてありがとう
鯵庵(28.6.28)








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by ajiankyoto | 2016-06-28 07:42 | ハロー・ワーク | Comments(0)

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山地の畑の近くにのカラスビシャクという雑草植物がある
サトイモ科ハンゲ属になる、蛇が長い舌を出してこちらを見ているような形が珍しい
実は薬草である、名前を半夏(ハンゲ)と言う
二十四節気夏至(げし)の末候(七十二候)に〝半夏(はんげ)生ず″というのがこれである
また、暦の雑節の一つに半夏生(はんげしょう)と言うのがある、夏至(6月21日)から11日目を言う
そういうことで七十二候の〝半夏生ず″と雑節〝半夏生″はほぼ同一日となる、今年(2016)は7月2日にあたる
ややこしいことに、一方ハンゲショウ(半夏生)と言う植物がある
こちらはドクダミ科の多年草、日の当たる湿地を好む
特色は葉の表面が真っ白に変化することである、
ドクダミに似た匂いもするが生薬としては用いない
花は穂のような花序、夏至を過ぎる頃から花をつけ葉の表面が白くなる
ということで、ハンゲショウ(半夏生または半化粧)として名が通ることになった
この時期、建仁寺の塔頭や嵯峨の大覚寺でも見ることが出来る
大岩街道を山科に入ったところに、勧修寺が山裾にある
お寺の名前は〝かじゅうじ″と言っていた
小生はバイクで走って見に行く
真言宗の本山の一つであるが、静かなお寺である
青いアジサイと供にお堂の前によく似合う
その半夏生の株や睡蓮の株を分けてくれたりした
そのせいかここへ行くと、少し仏に近づいた気がするから不思議だ
写真は2~3年前に勧修寺でもらった我が家のハンゲショウ
鯵庵(6.23)


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by ajiankyoto | 2016-06-23 06:33 | | Comments(0)

アザミ嬢にグッドバイ

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ごっつう昔の物語である
職場の仲間とよく通っていた大阪兎我野町(とがのちょう)の地下のスナックがある
そこに九州生まれのアザミという名前の女がいた
もちろんアザミというのはここだけの源氏名で、中島みゆきに「アザミ嬢のララバイ」(1975)という歌があるやんかと言うと、それで決めたという答えが返ってきた
昼の仕事は聞いたことなかったが、「仕事は何でもします」と言っていた

ジントニックやハイボールを飲みに3年ぐらいは通ったかもしれない
私も気になっていた、はっきり言えば内心好きだった
でも、一応ここでは先輩風を吹かしてるし、かつ自分が結婚したばかりではこちらからは何も言いだせない
暫くして急に仲間の一人が会社を辞めて九州にへ帰ると言い出した
どうするのかと聞いたら、「仕事は何でもします」という答え
アザミ嬢もその頃から店に来なくなった
ママに聞いて驚いた
私の仲間のその後輩と一緒に九州に帰ったということだ
毎日一緒に飲みに来てて気付かなかったかと言われた
ママは、あんたは馬鹿だという
あんたはアザミに聞かせかったのかもしれないが・・
毎日、飲みに来ても仕事の話ばっかり、彼もそこに退屈しアザミと目配せしてたのよ

どうせ、あなたは何もできないし、その割にはいいことしたかも・・と言う
でも、彼は折角の会社を辞めて一生を棒に振ったと若き小生が言うと、
仕事は手段よ、アザミは強い子だと、例えこれから10年かかっても彼とアザミなら間に合う、出直すためには落ちないとダメ・・
最後に、サラリーマンの10年をほる(ほかす)ことはあなたには出来ないし、あなたには分からないことなのよと、ママに言われた

あたしも、まだ世間の男と女のことは分らなかった
それ以上に仕事は手段だと言い切れる力はなかった
スナックにカラオケが入りだす少し前の頃だった
改めてママと一緒にジュークボックスの「アザミ嬢のララバイ」を聞いてみた

余談ながらママは「明美(あけみ)」といった
小生より少し年上だったと思う
思えば小生、それからも年上の女性に多くのことを教えられた
鯵庵(29.6.17改)



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by ajiankyoto | 2016-06-17 21:32 | おなご編 | Comments(1)

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そうなんだよな
親が分からないのはしかり方なのだ
叱り方を間違うと子供のためにはならないとは思う
しかし、間違いばかりではないやろーし
子供のためにならないのは親のためにもならないということだから
どうせ自分に返ってくるもの
親子ならたまにはがちんこ勝負も当たり前

まるっきり叱らないのもいいけど、それじゃ子供は将来寂しがる
でも躾けと思ったとたんに子供にストライキされ
気がつけば子供に躾られていた
子供に躾られてしまったのは親たちではないのか
子供の時に親に勝った子と言うものが将来どうなるかは私は知らない
親が躾をあきらめてしまうことのつけは大きい

そもそも、これは団塊の世代の我々のツケかもしれない
壊すときは何でもかんでも一緒に壊してしまう
そうであれば仮に明治に戻すだけで後2、3代かかるかもしれない
世の中のためになる子を育てるのが世間と違ったのかな

これほど世間がうるさくなれば、もう親も学校も何も出来なくなるわな
3歳から親元を離れて子供を育てる仕組みを作らねばならないかもしれない
何、もうそうなっているって!!!???
写真はヤマボウシ
鯵庵(6.17)


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by ajiankyoto | 2016-06-17 05:43 | 翁草 | Comments(2)

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苦情が寄せられているようだ
ウィンド-ズ10のことである
もちろんウィンドーズは何かといいソフトで、世間を圧巻している、嫌が応でも使わざるを得ない
今回のウィンド-ズ10へのアップグレードの件である
今まで人を並ばしていたような企業が無料でと言うからそこに胡散臭さをずっと感じていた
今までの経験から胡散臭いのはずっと逃げていたら、それがしばらく後に勝手に動き出した
ついにNO・NO・NOと言い続けけなければ勝手に動いてしまうようなことまでやるのは何の意味ががあるのだろうか
それがトラブルの原因である
しかも10にアップグレードしたとたん、1~2年は戻ってしまった感がする、せっかく覚えたのがなくなってる
今までそれでもパソコンの買い替えごとに生まれ変わって勉強してきた
なんぼご推薦でも内容が分からないものはただでもいらん
小生の印象では、一番の問題は日本語変換のストレスが3倍になった
こんなことなんでするのだろうか、本社の指示なんだろうか?
使い易さと言うのは確実性である
漢字変換で骨身に沁みてるはずの(日本の)会社がなぜ今回ほど急ぐのだろうか
どんなことがあってもパソコンごとに2、3万円ほどのソフト代を当然のようにとっている会社がである
分かった、試供品だから無料だったのだ
試供品だと言ってほしかったが、困ったことに小生のパソコンは試供品を飲んでしまった
元に戻す方法も分からないような私(いつもやったら小生であるが自信がない表現をした)たちみたいなシャカリキについてきてるユーザーのこと考えて欲しいね
使い方は皆違う、あなたがまだ感じてなかったら忘れてください
このブログの題を今のようにしたのは嫌みであるが、会社は喜んでいるだろう
結局、どうせこの道しかないのだから・・・・
写真はヒラタアブ、1センチに満たない
鯵庵(6.14)


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by ajiankyoto | 2016-06-14 06:35 | 偽装 | Comments(2)

鳥羽地蔵と文覚上人

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平安京の朱雀大路の羅城門からほぼ真南に下る街道が鳥羽道である
今なら、九条通りから新千本通にあたると思っていい
この鳥羽の街道沿いにあるのが京都六地蔵の一つで鳥羽地蔵といわれる地蔵尊である
平安時代に地獄と行き来したと言われる公卿の小野篁(たかむら)が、地獄で地蔵菩薩が地獄に落ちて苦しんでいる人の救済にあたっている姿を見て帰り、人々に知らしめるため六体の地蔵菩薩を彫った
平安時代も後期になって後白河上皇が平清盛や西光法師に命じて六つの街道の出入り口に六角の地蔵堂を建て安置したとされている
ここの寺伝によればあの文覚上人の開基であるという
保元・平治の乱のあの時代のことである
文覚上人とは、平家物語の主役の一人でもある、院の北面の武士だった遠藤盛遠(もりとう)のことである
鳥羽の地は白河・鳥羽と続く院政の中心地、豪壮な鳥羽離宮が営まれていた
この寺には自分が横恋慕で殺した袈裟御前の首塚があるとされている
盛遠と袈裟御前は実はいとこなのである、袈裟の母にせまった、ええ方法ではあるが、そもそも横恋慕は大変に迷惑なことである
袈裟御前によって自分の罪の重さを教えられた盛遠はこの事件で出家した
袈裟の母も、袈裟の夫もみな出家した、地獄の恋の行く末である
出家したぐらいで罪が無くなる訳ではない、出家しただけでは救われなかった盛遠は地獄で地蔵に教えられたのだろう、だからこそ気迫のある法師になったのだろう・・生きながらのこんな地獄を救えるのは地蔵菩薩だけである
京都市が建てた寺の表札には「悲恋の物語」とあるが、せめて「悲劇の物語」とすべきである
また、近くには恋塚寺もある、横恋慕は恋なのか?
それとも今なら警察沙汰か
文覚はどう見ても骨太な武士だった、やがて頼朝に挙兵を促し空海の神護寺を再興するだけの政僧になる
すっかり地蔵菩薩の話が文覚の話になってしまったが、ここの地蔵はそう覚える方が早い
やはり、文覚だって隠棲してしまったのでは歴史に残らなかったはずだ
写真はヤマアジサイ
鯵庵(28.6.12)


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by ajiankyoto | 2016-06-12 07:14 | 地蔵菩薩 | Comments(0)

親鸞は鳥辺野に眠る

東山通り五条の大谷本廟の脇の細い道を上がっていくと清水寺へ出られる
清水寺の眼下、ここから泉涌寺の下・今熊野観音寺のあたりまで鳥辺野と言われた平安京の葬送の地だ
都の中での埋葬は許されない、庶民はここまで持ってきて屍をほって帰るのである
昔はよほど高貴な人でないと火葬にはされなった
この鳥辺野の清水寺へ登りかけたところに親鸞聖人の御荼毘(だび)所がある
親鸞は流罪になるも北陸・関東を転々として京都に帰って1262年に90才で亡くなった
南無阿弥陀仏の念仏を唱えることによって小人・凡人でも往生できるという
悪人であっても阿弥陀如来の本願により救われるという浄土真宗の教義を打ち立てた
御荼毘所は深い崖と擁壁の下にあり粗末なものであった
入口も分かりにくいし他宗派の墓地の中を進まなければならない
この清水寺へ行く道は少し急だが鳥辺山の裾を通る、墓地の関係者に限らず小生も含めて地元の人の知る道でもある
清水寺の下は葬送の地であったということは、観光客と観光バスでにぎやかな参道を行ったのでは分からない
初めてこの地に火葬場が出来た
明治6年に出来た大谷派本願寺と本願寺派本願寺、いわゆる東西本願寺の火葬場であった
京都市がこれを引き継いで花山中央斎場を運営するのは昭和7年のことである
火葬は仏教による葬法であるが、衛生的であるゆえに庶民にも受け入れられてきた経緯が見える
「墓地・埋葬等に関する法律」は昭和23年のことであるまだ70年は立っていない
ところで、歌舞伎の演目に「鳥辺山心中」というのがある
新作、岡本綺堂の脚本である
筋立てに無理を感じるが、つまらぬ短気な男も今の盛りの役者が演じると歌舞いて見える
武士も遊女も祇園の浮世を一歩踏み出せば鳥辺山である、という状況設定が効いている
当時はほぼ土葬、周りは亡霊だらけである、斜面に谷一面に土饅頭に卒塔婆の立つ地であっただろう
まさに足を踏み入れたらもうそこは霊界である
死のうと思わなければ怖くて入れそうにない
心中の屍は鳥や野犬が群れると知って見なければ意味が分からない
いつ頃から今の様な石碑の群れになったのだろうか?
今なら一度歩いてみるといい
そう紹介したいわけであるが去年(2015)の台風11号でこの鳥辺山の裾ががけ崩れでが大きくえぐられてしまって、今は五条坂大谷本廟から清水寺へは行けなくなっている・・
写真は鳥辺山、大谷本廟墓地(※平成28年6月当時)
鯵庵(28.6.10)

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by ajiankyoto | 2016-06-10 08:07 | 親鸞 | Comments(2)

レンタル着物は行く

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京都の街を着物姿の二人連れや団体が歩く
中には舞妓姿も見られる、この頃は男女ペアや家族三代で着物というのも増えてきた
日本の・京都の・着物の文化が復活か?と思わせられる
しかし、そのほとんどが旅行者で、しかも海外から旅行者だ
中国のガイド本には「正真正銘の舞妓に変身できる」とあるらしい
が、「正真正銘」は誇大であることは誰にでもわかる
本当の舞妓さんの”憧れてもらうようなものやありまへんえ”と聞こえた
現に仕事の生き帰りに袖を引っ張り、帯を引っ張る事件も多くなってきてる
屋外での花嫁写真も増えてきた、群がって撮影してる人も外国人だった

それはさておき、リサイクルの概念は着物の文化特有のものである
古くから京都の都には古着問屋が発達していた
そんな文化が今時の産業になって、レンタル着物になった
レンタル着物も増えたけど客も増えた
レンタル用の彩やかな柄が一気に増えた
だが、極端に季節外れだったりすると逆に旅行者が可哀そうに見えることもある
馬子にも衣装とさえならない
せめて季節に合ったものを用意してあげられないものだろうか

そこらじゅうの店先でソフトクリームを売ってるのと理屈に差はない
復活したものがあったとすれば観光地に似合うというだけの文化である
人力車のいなせなお兄さんが声をかけるには丁度いい文化である
外国人相手の商魂がより一層着物文化を薄っぺらなものにしている
経済が自然を壊したように観光が文化を壊すかもしれない
現に着物は伝統産業の名のもとに衰退してしまった

着物を着るのが恥ずかしいという市民も増えている
繁華街には出られない、それが市民の正直な気持ちだろう
間違いなく還暦を超えた海外旅行のご婦人が振袖を着ている
大きな男が化粧して女の着物を着ていたりもする
そんな外国の人の真似をする日本人や京都人がこれからの京都の景色を作っていく
男も女もこのレンタル着物の波が着物文化にとどめをさすかもしれない
世の中には本物と似たものと偽物がある一つの例に過ぎないのかもしれない
鯵庵(28.6.9①)

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by ajiankyoto | 2016-06-09 12:00 | 翁草 | Comments(0)