地獄に仏は医師のこと?

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人は病気になって始めて自分が生きていることを知るという
早く大人になりたいという成長の峠を超えれば
進むたびに下っていくのが生きることだろう
年をとるということは嬉しいことではない
年取れば病気になるということも受け入れざるを得ない
人の最後の治療に家族の同意が必要という医師がいる
本当は患者本人の同意を求めることなのだ
・・がいつかそうなったともいう

自分で決められなくなるのも老人の宿命だろう
仕方がないと思えば、悲しいこことではないのかもしれない
しかし、悔しいことだろうと思う
生きていることの悔しさだ
小生の母は自分の最後は自分で決めると言っている
息子になんぞに決められてたまるかと言ってるように聞こえる
人間最後の幸せは地蔵菩薩のようないい医師に当たることだという
生き死にを金で買うことが出来ると思う人にはわからない

これからの世にそんな出来た医者がおる筈はない
小生は間に合わないかもしれない
探してはいるが・・
この世で地蔵菩薩に出会えるかどうか分からない
地獄で地蔵菩薩を見失わないことの方が大事なことだ
鯵庵(30.1.31)

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by ajiankyoto | 2018-01-31 08:22 | 往生 | Comments(1)

地獄の仏か矢田地蔵

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京都寺町の矢田地蔵で白い蝋燭に火をつける
こんなかすかな火で煩悩や罪が燃えるものではないだろう
人間一生の間になす悪行はどれほどの数になるのだろうか
そうでなくとも善を成したつもりが自分の意に反して地獄に堕ちる人も多い
地獄の裁きは自分の意識したことない悪行をも裁くことであろう
この世と違って閻魔の裁きは公平であるということである
それが本当の地獄の救いである

この寺の縁起などによれば・・
実母を殺す・・悪の報いで地獄に堕ちたが・・・
地獄に地蔵がおり、地蔵菩薩に懺悔して地獄から救い出された
昔、高僧が地獄で生身の地蔵に会って見てきたその姿が矢田地蔵である
矢田地蔵の信仰は地獄に仏の話である
親を見殺しにするなら殺したと同じである

この寺の名は矢田寺である、奈良の矢田寺と同じである
地蔵は菩薩の中でももっともスーパーな仏である
無限の空間の中どこにでも存在する
しかし、地獄の淵に生身でいてくれるとしたら他の仏とは違う
地蔵は亡者の身代わりに地獄の責め苦を受けてくれてるのだからなおさらだ
この炎は、地獄の灼熱でなくも悪行にも見えるし病気にも見える
その点寺町商店街の喧騒の中でそう目立たなくてお参りが出来る

自分が生きている限りどうせ大小何らかの罪を成しているものである
真理の目を持つ閻魔や地蔵を騙せるものではない
怖ければ早い目に地獄の地蔵菩薩と縁を結んでおこうというのだ
さりとて、今のうちの懺悔したからとて救われるものではない
閻魔の裁きが下ってからである
ということは一度地獄に行ってからのこととなる・・
小生だけではない・・みなさん
鯵庵(30.1.29)

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by ajiankyoto | 2018-01-31 07:17 | 往生 | Comments(0)

小生の父親は難病の一つパーキンソン病を患った
発病から10年で、その後は色々な症状が出てきた
薬のせいか気分にも波があり、幻覚・妄想が続いた
家族がそれを病気だときちっと認識するのは相当な知識がいる
大学病院に通ったが薬をくれるだけだったし、老人保健施設にも拒否された
時にデーサービスにも行ったが、いわれなく素人リハビリ体操ばかりさせられた
皆と一緒に笑わない、皆と一緒に手を動かさないと言って嫌われた
悲しいことに父親の尊厳を守り得たかどうか、思えばつらいこと毎日だった

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介護保険がスタートする前の何年かは夜明け前の暗さだった
多くの病院がフロアー単位で空きベットを作った
3か月以上の入院はさせてもらえず、病院を転々としていた
新しい病院に落ち着いたその日から次の病院を探すのが家族の仕事だった
介護保険の制度は平成12年(2000)4月から始まった
病院は病状は安定している(治らない病気)と言い、老人保健施設は難病の患者の受け入れ態勢はとれないという
幻聴・妄想も病気なのだ
安定しているなんて知識は家族にある筈がない
認知症と一緒なのだ、そのこと自体が病気なのに・・
認知症だって当時はただのボケ老人と言った
病気の治癒ではなく介護の問題に切り替えていく時期だったのだろう

やっとの思いで長期療養型の病院にたどり着いた
病院だから保険も効くけれどホテル並みの入院料を取られた
父は自分の蓄えを全て使うことを納得して、心も穏やかに入院できると久しぶりににこにこしていたけど・・
暫くして院内感染で肺炎を患った
家族と病院あげて敬老の日のお祝い行事、医者も看護婦も一番手薄な日に危篤になって次の日に亡くなった
パーキンソン病で死んだのではない、やはり肺炎であった
家族にとっても息をつく間もなく亡くなった
介護保険制度がスタートする前の年だった

つまらないことを考えた
国が作ってくれる制度というのはいつもよくできている
だがしかし、制度の隙間に入ってしまう悲惨さはいつまでも残っている
病院は回転率を上げることが一番の経営であると今でも信じている筈だ
夜明け前と夜が明けてもそこのところは変わっていない気がする
そしてまだ医療と介護の区別は相変わらず曖昧である

老人、病気、貧困、介護にはいつでも悪の論理が入りこんでくる世の中になってきている
病人にとって生きるということは生き抜くということである
そんな分かり切ったことを制度に求めていくことは難しい
父親が発病した年令になってきた
これから毎日自分自身で考えておくべきことの一つである
鯵庵(30.1.30②)

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by ajiankyoto | 2018-01-30 20:50 | 家族 | Comments(2)

水仙の香り

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水仙の花言葉は〝うむぼれ″とか〝自己愛″とかである
しかし、水仙にとってはそれは単に名前である
ギリシャ語のナルキッソス、学名はナルシサスという、英名でもナーシサスという
ギリシャ神話の美しい青年が自分に恋してスイセンの花になってしまったという話に基づく
日本人には遠い話であるが、それゆえにナルシスト(またはナルシシスト)、ナルシズムという皆さんが知っている言葉になる

実は葉にも球根にも
毒があるからかもしれません
そこで自己愛と訳される訳である?
・・自分を対象とすることも言います
多くの園芸品種もあるスイセンには迷惑かもしれない・・
「愛」とは執着する心を言い、近世までの日本文化には愛と言う言葉はあまり普及していません
執着する心とは、どちらかと言うと負の心理です
むしろ日本人の宗教は執着する心から逃れる修行をしてきました

キリスト教伝来の言葉としてメジャーになりすぎたのではないのかと思ったりします
日本人には日本水仙です、花の名としては中国由来の仙人の仙の方がしっくりきます
寒い時しかもお正月に似合う花です、花言葉に関わらず多く人に愛されています
それだけで十分です
スイセンの香りは複雑ですが、透明感のあるヒアシンスに似た成分が強い香りを作ってます
香水や化粧品の研究家にとっては重要な香りです

昔、あの一休禅師は「美人の陰には水仙の香りがある」と書いて残してます
だからと言って、水仙がナルシズムだとは言っていません
間違っても花言葉などにひかかるような玉ではありません
でも、そこを水仙の香りを持つためにはどうしたらいいのでしょうね
それでは、美人でなかったら何の香りでしょうか、複雑な香りでしょうね、気になります

花の少ない時のいい花ですが、花言葉など知らずに見てやる方がいいと思います
自己愛などと言われるとスイセンは照れたり、、ひょっとしたら迷惑してるでしょうね
やはり香り高き日本女性の姿ではないでしょうか
鯵庵(30.1.28②)

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by ajiankyoto | 2018-01-28 19:37 | おなご編 | Comments(2)

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銘文は文学である
文学であればなんとでも難癖(なんくせ)はつけられる
日本の宗教は国家や権力の後ろ盾がなければ実は宗派を維持できない
当時僧だけが学者なのである
学識経験者として物を言えばいいのなら文学論を語るだけでいい
結局多くの僧が権力に阿(おもね)って競い合って学識を披露することはいつの世でもあり得ることだ
意識しないでも陰謀に加担できる
『天下泰平、君臣豊楽』の銘文はただの名文である
それを事件に出来たのは政治である
政治とは陰謀である
それは秀吉に学んだことだった

しかもこの鐘銘事件そのものは家康の寿命と大きな関係がある
この時初代将軍は隠居して大御所家康73才、大坂の陣(1614・1615)は家康73才・74才
その後慶長19年(1616)、豊臣家を滅ぼす生涯の大事業を果たしてすぐの75才の寿命であった
歴史の中でも英雄譚(えいゆうたん)は生まれた時と寿命によって決まる
信長でも秀吉でもなかった家康は、信長の死後と秀吉の死後と言う大きな人生経験に学んだことだけが違っていた
それが徳川家と言う家が200年以上15代に渡って続いたことになる

家康の人物像はほとんど晩年の特に豊臣家との陰湿な戦いに現れたことになる
徳川幕府は京都も豊臣家も完全に無視した
一つだけ残したのがこの鐘である
今は豊臣家が滅んで400年である
豊臣家の滅亡に関係なく、方広寺の鐘は名鐘(音色)ゆえに銘文を削られることなく重要文化財として今も残っている
残したというべきだろう
なおまた、そんなことに関係なく家康の没後も400年を超えた
鐘は音色が大事である、のは真実だろう
鯵庵(30.1.27)



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by ajiankyoto | 2018-01-27 09:22 | 都市 | Comments(0)

おてしょうの文化

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"てしょう"とは天塩(てしょう)皿のこと
一部に方言と勘違いされているが、"天塩(てしょう)"が標準日本語である以上"おてしょう"も方言ではない
天塩とは天塩皿(てしおざら)の略、元々は小さな皿に塩を持ったものと辞書にある
そうなんだけど、今で言えばただの小皿、取り皿のこと
京(ここいら)では”おてしょぅ”と発音することが多い

死語になりつつある?・・が、”天塩(てしお)にかける”と言ったらわかる人は多い
かけるのは天塩皿にもられた塩である、愛して自分の手で大事に育てることである
和食がユネスコの無形文化遺産に登録されている
まさに料理人が天塩に掛けて育ててきた和食文化だろう

たしかに懐石料理などは和食を代表するものかもしれない
しかしながら懐石料理には゛てしょう”は不要、出る幕もない
一方、小料理屋や家庭の料理や特におせちなどには大いに出番がある
テレビで上品そうに手皿(手を皿のように使っている様)を多用する人が居るが、
あれこそがエチケット違反なんですよ、そういう時こそ〝てしょう″を使うべき
宮廷料理以外全て家庭料理である
10年も修行しなければならない懐石料理も家庭料理なのである

和食の定義には、”おてしょう"の文化が不可欠だと小生は思っている
"おてしょう”を大事にしない和食文化は単に観光化し姿を変えていくだろう
家庭料理を大事にしない限り行方を見失うかもしれない
むしろ取り皿を使用するエチケットが残っている居酒屋の方に家庭料理を感じる
それでも、取り皿は通じても"てしょう"という言葉が通じなくなってしまったのを残念に思っている
写真は和傘(料理屋の看板ぐらいにしか使い道がなくなった?)
鯵庵(30.1.26②)


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by ajiankyoto | 2018-01-26 10:42 | 京都の水 | Comments(0)

夢かうつつか

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小生の母親は片足がない
もう一方も湾曲している
だから、寝たきりだ
小生は面倒見ていない
社会とこの前離婚した妹に任せきりだ

ここからは夢の話である
その母親がひょっこりひょっこり歩いてくる姿が見える
"おーい、おーい"と言っている
いつの間にかエンジンのついた車椅子になり
いつの間にかそれに縄がつけられ私の首に巻き付いている
"親孝行出来なければ今が地獄だぞ"と言っている
引っ張られて引っ張られて一緒に地面の底に沈んでゆく

ここまで見れば、夢も覚める
小便してもう一度眠ったら・・
今度は体がぶくぶく太って相撲取りみたいになって
アタマの傷をホッチキスで止めているのを見た
また、夢だった

小便をしてまた布団にもぐったらまた母の夢に戻った
現実に何一つ親孝行してないのだから
夢で苦しむぐらいのことは当たり前だと開き直ったらやっと寝られたようだった
明け方、
一人どうしようもない孤独の中にいる母の姿は自分の姿かもしれない
それは夢ではない
と、気づいたらついにそれ以上眠れなくなってこのブログを書いていた
それをやっと載せることにした
鯵庵(30.1.26)

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by ajiankyoto | 2018-01-25 22:04 | 家族 | Comments(0)

興行主は誰だ

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新聞で一番長く見る記事は週刊誌の広告だ
新聞より情報が多い
見出しだけでほぼ分かるのは新聞とおんなじだ
そんな無益な記事を書くために追いかけている人の苦労は分からぬではない
この頃はテレビがその記事を追いかけていることもある
週刊誌の見出しだけ見て、「新聞に載っていた」とうちの家内は言う
のと、似たようなものだ

やはり、つまらない結末になった
相撲興行の公益性が認められて公益財団法人になった
事件が起こって相撲担当のテレビコメンテーターが次々に出てきて
あーでもないこうでもないは連日のことだ
右から切ったって左から切ったってただの興行なのだから
ファンであるかどうかだけのことである

横綱の事件だから横審かと思っていたら
理事の反乱で評議員会が出てきた
理事会より上にあるという話だが、財団の評議員会などそんなつもりで作ったものはないだろう
理事会都合のお飾り名誉だけで、せいぜい横眼で見てるぐらいのものの筈だ
横審だって横目で見てるから横審って言うのだ
NHKははっきり娯楽と言っている
そんなNHKが横目で見たら、相撲の将来は見えるくるかも

だからつまらない結論になった
評議員会込みでの興行そのものになった気がする
ファンにとってはそれでいいなら大衆芸能の田舎芝居と同じでいい
組織をどうするかというときに、またまた女性原理が出てきた
議長が女性だからではない
興行というのはもともと女性原理なのだ
鯵庵(30.1.23)



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by ajiankyoto | 2018-01-23 11:36 | おとこ編 | Comments(0)

建礼門院の往生


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建礼門院は出家
悲嘆のうちに八坂の長楽寺であった
その後、大原の寂光院に移った
寂光院の傍らに草庵を結び、勤行・念仏の日々を過ごした
女院が出家したのは30歳前後である
それから30年念仏三昧で暮らした

平家物語によれば
後白河が女院を訪ねてて来た時、庵の一間に「来迎の三尊を安置しあそばし、阿弥陀如来の御手には五色の糸をかけられていた・・」
かの御幸からも30年たっていた
その後白河法皇も20数年前に亡くなっている
名もなき草のごとく人生の半分をこの草庵で過ごしたこととなる
平家物語は大原で終わる

鎌倉幕府は三代将軍実朝、執権北条義時の時代になっている
武士による新しい秩序が出来上がっていたが大原は静かであった
南無西方極楽弥陀如来と念仏を唱えると・・念仏の声が弱まったところ
西の方に紫雲がたなびき不思議な香りが部屋に満ちた
絶えなる音楽が空から聞こえてきたと言う
女院59歳の生涯であり、往生であった

生まれは高貴ではあったが、世がひっくり返れば多くの罪を知ったろう
ただただ草のごとくの後半生を過ごした女人が念仏三昧で往生が叶うかも
明らかに鎌倉仏教の芽生えであった
平家物語はそのために書かれたということも言える
鯵庵(30.1.21)


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by ajiankyoto | 2018-01-21 21:59 | 往生 | Comments(0)

油揚げと助六

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昔、京都に助六という番を張った侠客がいた
この侠客が大坂まで行って島原遊郭の揚巻(あげまき)という遊女と心中したという
歌舞伎の助六の相手も遊女揚巻(あげまき)だ
そういう意味である、・・らしい
揚巻というのは本当は髪型(総角・あげまき)のことである

このあげまきというのがイナリずしのことである
だから、イナリずしと巻きずしとのセットを「助六」という
揚げを巻いたのはイナリずしであるからだ
日本人、特に京都人の油揚げ好きは異常である
だが、歌舞伎との縁が理由とはとても思えない

食うものとってそんな謂れは関係ない
鯖寿司だってハレの日にはつきものだ
単純に言うと揚げを巻いたのと海苔を巻いたのが日本人は好きなのである
大人も子供も片手で喰えるものがいい
特に大人はもう片手に盃を持ちたい
デパート地下で稲荷ずしと巻きずしを交互に買っていって夜番の時の食事にしている
日本のファストフードだ
酒が飲めなくともその時は一人で祭気分だ

写真はまたまた始まったコンビニの恵方巻、パンフレットから・・
鯵庵(30.1.19)


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by ajiankyoto | 2018-01-20 19:23 | | Comments(0)