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2月29日がある?

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2月29日が誕生日の人は4年に一度しか歳をとらない?
いにしえの漫才のネタである
次のうるう年は2020年オリンピックの年である
少し笑い話を
日記書いている老人(身内)が2月29日があると大きな声で言った
何んのことがない、小生が3年日記をプレゼントしたものである
再来年の2020年には2月29日があるのだからあって当たり前である

今年の3年日記は
今年の天皇誕生日の祝日は12月23日である
が、31年以降には天皇誕生日がなくなっている
・・それより、平成の年号が消えかかっている
日記帳も賞味期限を伸ばさなければならないのだろう
2年後に私の日記だけ赤い日が抜けていると、また苦情を言われそうだ

カレンダー業界は今ちょっと混乱しているらしい
来年のカレンダーの制作にかかっている
場合によってはカレンダーにも製造年月日と賞味期限を記入しなければならない
街にあふれている様々な日記帳(ダイアリー)も同じである
そう思えば、去年と今年の3年日記は価値が出るかもしれない、と思っている
一方で、一気に生活の中で西暦表記が増えるかもしれない
・・・とも思っている
鯵庵(30.2.28)

by ajiankyoto | 2018-02-28 09:12 | | Comments(0)

逆オレオレ?

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田舎の一人暮らしの老婆に
地元信用金庫の営業マンが来て年金の振込先をうちにしてくれと言ってきた
ささやかながらも地元の付き合いだからと快く応じていたら、今度は定期にしてくれと言い出した
どこでもいいのでまた別を解約して定期にしてやった
もちろん次に農協も郵便局も来る
こちらの定期を解約して新しいところに預金する
そんなことが続いた

義兄は大阪で暮らしている、その義兄の話である
その老婆(家内の母親)に変調が生じてる
年金が入ってない、通帳を盗られたと駐在さんに電話する
認知機能に障害だとわかる
ずっと一人暮らしだし、今までは畑もするし、近所の付き合いも何んとか間違いなくできていた
そんなことだから介護認定を受けていなかった
やはり診断の結果は初期段階ながら認知症が一気に進んでいるということだ
独り暮らしの限界である
せめて週に幾日でもディサービスでお世話になりたいと思えば手続きが必要だ
田舎に通いつつやっとの思いすました、と言う

話が落ち着いたので銀行にもお願いに行った
現段階で母親の人格に問題はないのだが
いかに元気だからと言って90代半ばの老婆に何年ものの定期を勧めるのはいかがなものか?
地元各支店の課長さんは口を揃えてそんな強引な営業はしていないという
しかし、預金の解約はご本人が来ていただきたいと念を押された
また一つ仕事が増えた
このままでは施設の費用も万が一の葬式代も出せないという
預金を下ろす話をすると決まって次の日に駐在さんに電話するという
息子に金をとられると・・
明日になれば、あなたの家でも起こることです

エキサイトブログもSSL化以来また不都合が色々出てるみたいですね
そだねーやだねー
鯵庵(30.2.26)


by ajiankyoto | 2018-02-26 20:07 | 健康保険 | Comments(3)

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作家M氏は、著作の中で格式の高い島原の太夫であっても女性残酷物語でしかないという
客が有名文化人であっても客の消費のための営業戦略に過ぎない
小生は、この論で目から鱗である
太夫は商品としても価値が高いといえる
ただ、その価値とは教養であったのが救いである
そのために遊郭は立派な社交場だと主張する人もあるが、
それこそ設備投資の営業戦略に過ぎないとも言える
買う方から言えば教養を持った肉体を買うためためにはそれ以上の教養か財力がいるのは当たり前のことだ

当時の状況を解説する力は小生にはない
しかし、言えることは島原のこの戦略は早くから斜陽に入っていた
ご一新(明治維新)の明治に入って殷賑の火が消える
・・・幕末新撰組は京の町はずれ壬生に屯所を構えた
京都守護職会津公は徳川の武門の棟梁でありながら勤王の志の高いであった
御所のために働くことが徳川のためであるという信念で生きた人である
京都では言葉さえ通じない田舎者だと言われた、がそれ故に田舎者新撰組(守護職のお預かり)を大事にした
歴史的に他に例のない組み合わせである
だから、浪士隊ながら公金で賄われていた
ただ、機動部隊だから常時うろうろされたのでは困る
潤沢な活動費はあっただろう
そんな彼らが今まで稼いだことのない給金を命の洗濯に使うのは当たり前であろう
社交などというものではない

壬生から坊城通りを下れば島原の大門に達する
彼らは田園の細い道を通って島原に通った訳である
反対の方角に向かえば過激なテロリストがいる京の町に出てしまうのである
それでは遊べない、そっちは職場なのである
壬生からたった1.2㌔ではあるが、島原はそれほどの僻地であるということである
機動隊員である彼らは屯所からそれ以上遠いところでは遊べないということでもある
歴史小説共通の感慨である

正面通が都の中で行きついたのが島原である
だから、江戸期を通じて官許の遊郭なのである
が、その重さが邪魔をしたのかもしれない
天神・太夫などと言っても女性残酷物語である
今となっては浅田次郎の小説「輪違屋糸里」が詳しい
明治・大正・昭和を迎えて遊郭は全盛状態から全滅状態へ移ったけれど、
何故か街中(歓楽街)の五花街だけが雰囲気を残している
売春防止法をとどめに芸者と舞妓の街に変貌を遂げたせいであろう
それはいいけど、遊郭はなくなったわけであるが売春が無くなったわけではない
売春に格式は要らないという結論になったわけであろうか

写真は島原の輪違屋、明治以前は置屋である、多くの遊女を預かっていた、明治以降はお茶屋も兼ねている(現在進行形?)
花街のことはこのエキサイトブログ「花街ぞめき(https://gionchoubu.exblog.jp)」さんに詳しい、鯵庵もフォローしてかつ脱帽している・・
鯵庵(30.2.24)

by ajiankyoto | 2018-02-24 19:00 | 正面通 | Comments(0)

水仙は咲いたけど

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小生の庭仕事は実は遺品整理だったのだ
湖東に住んでた大従兄弟(いとこ)が亡くなって3年になる
庭付きの分譲住宅が自慢だったが、その庭が倒れた時のままだということだ
遺族はもう庭などかまってられない
だが庭は遺品整理屋でも扱ってくれないし宅急便で送る訳にもいかん
小生庭いじりが好きで田舎ではほとんど自分でする
そういうことだ
一作年の初冬だった
ミニ耕運機と道具をこっちの田舎から車に積んで行った
暗いうちに栗東あたりまで行って一日庭師のまねごとをしてきたわけだ

木はほぼ幹だけにした、選定枝は鉈で小枝を払い井桁に積んどいた
プラ鉢は割れてるのもそうでないのも皆プラゴミにする
鉢棚などは出来るだけ細かく切断一切ゴミにした
一部金属が混じるがゴミはそれだけである
石は出来るだけひとまとめにした
鉢植えは全部鉢から上げて、焼き物の鉢は玄翁で細かく割った
それをまた鉢の土と、なおレンガなど砕いて傾斜をつけて山野草風に植え付けた

その後ろのブロック塀を支柱にして持って行った竹を4つ目垣風に組んだ
少し締りは緩いがおとこ結びは得意である
クレマチスなどツルものはその下に地植えした
剪定しなくても数年、春だけなら咲くだろう
空いたことろ木の下などに持って行ったスイセンの球根を無造作に植えた
逆に生き残ってた盆栽やツツジ類は裸にして車に積んだ
そこにあった園芸道具なども車に積んで持ってかえってきた
ほぼ更地になって殺風景なほどきれいになった
枯れるものは枯れていい、水やりも植え替えもしなくてもいい
枯山水ではない、陽当たりのいい枯れ庭である

便りがあって、今年は早、日本水仙が満開ですと言ってきた
せっかくの大工事だったけど家を処分することになったということだ
え、まさか相続税??
一人になって80歳になったので施設に入るようになったらしい・・
そう家族で決まったということで挨拶があった
庭師(?)として頭を使った作品(遺品整理)である・・??
も少し待てばクレマチスが花を・・
所詮去年の春と今年の春はまた違う
しかし、ほっといてもスイセンだけなら来年も咲いているに違いない

写真は真如堂にて
鯵庵(30.2.23)

by ajiankyoto | 2018-02-23 08:16 | 家族 | Comments(0)

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小生、ホームページやっているとき
この方面に気の利いた友達がいいね・・「シェア」しときますと言ってくれた
シェアと言っても意味がわからなかった、が
ネットの世界で旧知の友達とつながる訳だから・・分からなかったけど嬉しかった

今もわからないけど・・
このブログにフェースブックを関連つけている
記事の左下にイイネと並んである、あれである
時々フェースブックを見てる人から「シェア」をもらえる
このブログサイトが外部につながっているかもしれないと希望を持てる瞬間でもある
それがであるが・・・しかし、はっと見れば3年分4~500項目はある全ての記事で
その「fシェア」の全てがいつの間にか一瞬ですべて0になっている
・・・のに気づいた

何か触(さ)わったかもしれない
ひょっとしたら何かに障(さ)わられたかもしれない
皆さん大丈夫ですか
この前はアクセス数が急に10倍近くそれが2週間も続いた
元に戻ってほっとしているけれど
今度みたいに0になったやつは元に戻ることはないだろう
何百もの好意の証(あかし)が消えてしまったことになる
もし、言うなら「エキサイトブログ」に言うのそれとも「フェースブック」に言うの???
それともこんなこと書いたら次に記事が消えたりするの???
それだけでもわからなかな・・・

3年間のシェアが無くなるのは辛いなぁ、今日はもう寝る・・・SSLって何?
鯵庵(30.2.21)

by ajiankyoto | 2018-02-21 20:12 | 偽装 | Comments(3)

ハゲと尼さん

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「このハゲー」というのが去年はやった
女性が男性に向かって精一杯の侮辱だ
この言葉で傷ついた人は多い
東大法学部を出て官僚候補でハーバード大学にまで留学させた役所に驚いた
職場でも困った人だから留学してもらったという人がいた
いかに怒鳴るにしてもハゲやチビなどと言ったんではかえって効果が半減する

だがしかし、ハゲにハゲと言ったのだからと、それぐらいのこと・・という人もいる
それなら男性が女性に対して同じようなことを言うとしたら
「このアマ~~」ということになる?
尼さん・・仏門に入った女・・比丘尼(びくに)のこと
大変失礼なことになる・・猛反発となる、が、時代劇ですら死語になる

ハゲに対して、髪を剃った女性のつもりで尼と言ったのではない
身を持ち崩した比丘尼の成れの果てのことニァリーイコール売春婦のことなのである
尼に尼と言ったのではない、尼でないから尼と言ったのである
二方向の言われなき蔑視の極端な例になる

歴史は言葉をきれいにしてきた
が、世の中がきれいになったわけでは必ずしもない
売春は当時でも不倫中の不倫であった
承知の上のことでもあった
し、男女の情の赴くところはそれに限った話ではない
今になって不倫という化け物のような言葉が幅を利かせて何でも不倫である
倫(倫理)がないのに不倫とはなんだかわからない
愛や好意が美徳であると言われるこの世で不倫とは物騒な話である
浮気したことがない男はいない筈なのに少し方向がズレたら不倫で、そんな男が"このあま~"と言ってるのである
節操のない話である
刑罰でも縛ってきたことに反省して
恋愛は自由なんて世間が言うてるのに
その世間が他人の"不倫"となったら目くじらを立てるのはやはりおかしい
なんぼ時代が進んでもハゲは治らない
けど、不倫はいつもいつか治る
と、尼さんが言ってる
鯵庵(30.2.20)

by ajiankyoto | 2018-02-20 08:05 | おなご編 | Comments(0)

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何万年も辛抱していた休火山が噴火するのは、ありえないことの例えである
磯野家の脇をがっちり固めているマスオさんが・・
ひょんなことから里へ帰ることになった
もちろん仮定の話である
磯野家は福岡から来た
フグ田家は大阪である
一度も舅や嫁の前で大阪弁も語らなかったマスオさんが??
ついに「里へ帰らせてもらいます」と言った
たとえそうでなかっても、大阪転勤もあり得る訳である
も一度言うが仮定の話である

サザエはどうするのだろうか
大阪へタラオをつれてついて行ける女ではない
タラオはまだ小さい、それでも単身赴任ならあり得るかもしれない
サザエは言うだろう、せめて福岡ならついていくかも
小生の昔の会社では大阪支社勤務になるくらいなら、九州もしくは北海道まで行った方がましだと言う
ましてや京都などと言ったら、もう、帰り道が遠すぎる、という
そのかわり大阪で送別会すれば、「はよ帰ってこい」と皆が言う
送られたものも最後まで大阪弁を通すものだから意外と早く帰れる
もう一つは、悲しいかな奥さんがもたないだから、結局早い目に引き上げてくることになる

家庭がもたなければ仕事する意味がない
波平さんはマスオさんと絶対喧嘩しない
何十年たっても喧嘩したのを見たことがない
それはマスオさんの覚悟である
サザエの覚悟だとみている人がいるがいるが、それは違う
「サザエさん」でマスオさんが主役だといった意味がそこにある
本当に世の中はマスオさんみたいな人が主役である

仕事で失敗でもしたら、いつか「里(大阪)へ帰ります」と言い出すドラマを期待している
マスオさんだって、いつか噴火するというのは当たり前だと思うのだが
やっと東芝がスポンサーを止める時が来た
磯野家の屋台骨が・・崩れる????
鯵庵(30.2.19②)



by ajiankyoto | 2018-02-19 05:00 | 家族 | Comments(0)

ある女性

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北からやってきた
どう見ても世間を狭く生きている筈なのに
たった3日の演技をする
黒鳥のように振る舞って北へ帰っていく
それが話題になる
わははは・・わしはいい妹を持った

見せるだけでも金にはなった
しかし、それでは生活していけなかった
体を張ったら、味が悪いと言われた
今度はじらせるだけになった
それでみんな去っていった
あの時は夢なのか
まずくって、料理のしようがない
なんならこちらに帰っておいで

2年後の東京に来たらどうしよう??
オリンピックは北朝鮮の平昌の次、東京・北京だって
どっか別の大陸へでも行ってよ

写真は北へ向かった日本の女王(大津祭から)
鯵庵(30.2.16)

by ajiankyoto | 2018-02-16 17:00 | おなご編 | Comments(2)

間違い電話

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家内の友達が来て、茶を飲みながら語る
「おかーさん」と言って電話がかかってきた
そのうるさいおばさんが優しい声でが「○○(孫)は元気か?」と言う・・
あっという間に「スンマセン間違いました」と言って電話を切られた
・・という
そんなことあるのん

それ間違い電話?
何を間違ったの?
自分の母親と亭主の母親と掛け間違い?
確かに間違い電話ではあるけれど・・そんなん、電話帳でもっとはなしとかな
せっかくかかってきた電話で「間違い電話」と言われたらなんとも気合の悪い話だった
と、思ってやった

女も結構年とってから辛い人生が始まる・・ような気がした
この正月も孫に会えなかったみたい、それを言いに来た、ようだ
しゃーけどそれぐらいのことは自分らも気が付かんとやってるのとちゃうか
女だって昔のツケはあるやろ
孫にはそう言われんようにせめて作戦練っとかな
鯵庵(30.2.15)

by ajiankyoto | 2018-02-15 12:05 | 家族 | Comments(0)


文明の最初は天体観測と暦である
それは世界史が証明していることである
わが国でも天武天皇の時代(674)に「占星台」というのが記録にある
時代が下って、平安期には加茂氏の弟子の安倍晴明(あべのせいめい)が活躍する
晴明以降安倍氏が天文と陰陽道で朝廷に仕える
安倍氏は室町期に土御門と名乗る一流が江戸期を通じて陰陽頭として続く

一方江戸時代には幕府の天文方の研究が進み、幕末時には世界に比する天文知識を蓄えていた
当時の暦は太陰太陽暦の最新型「天保暦」であった
天保暦で1年を365.242..日と計算しており太陽暦より誤差が少ないとも言われる
江戸幕府崩壊の時、幕府天文台方は瓦解
朝廷側の陰陽頭の土御門家は暦に関しての権勢を戻す
が、明治政府は陰陽頭土御門氏の説によらず、
明治5年12月2日の次の日をグレゴリオ暦(太陽暦)の1月1日と改める改暦を行った
その後陰陽寮という役所も廃止

日々の暮らしにはカレンダーが必要である
江戸では江戸暦(えどごよみ)、京都では京暦(きょうごのみ)という庶民向けの刷り物が売り出された
各地にもあった、いわゆるカレンダーである
京暦には大経師暦(だいきょうじごよみ)と院御経師暦(いんみきょうじごよみ・菊沢家)の2種があった
その大経師暦の版元(はんもと)が大経師(だいきょうじ)浜岡家であった
大経師というのは元来表具師であるが、朝廷から暦の発行の特権を与えられた御用商人である
11月初めに翌年の暦を発売したという
江戸時代の暦はこういう形で頒布されていた

実は大経師家はその後、幕府によって取り潰しになった
その発端となったのが、「おさん・茂兵衛事件」である
鯵庵(30.2.14)

by ajiankyoto | 2018-02-14 07:38 | | Comments(0)