b0355451_20023591.jpg
京都の盆は五条通の陶器まつりで始まる
陶器祭りから北へ少し歩くと六原に至り六波羅蜜寺の前を通って以前に書いた幽霊飴の店から松原通りに出る
あの世とこの世の境にあるのが六道珍皇寺(ろくどうちんのうじ)である
生きることと死ぬことを繰り返すのが輪廻転生(りんねてんしょう)
その流転(るてん)する道が六道(ろくどう)
現実には生きることと死ぬことの分岐点でもある
都を出て鳥辺野(とりべの)へ向かう道筋に置き換えこのあたりを六道の辻という
都の住人は遺骸をここまで運ばれてきて来て、あるものは土に埋められ
あるいは打ち捨てられて貴賤にかかわらずいずれも土と水に戻っていく
これから先は野辺(のべ)の地、冥土(めいど)、冥界(めいかい)である
この松原通(昔の五条通だった)からこの葬送の地への入り口にある寺である

お盆とは、盂蘭盆会(うらぼんえ)のこと、仏事である
先祖の霊や新しくなくなった人の精霊が帰ってくると言うので、送ったところまで迎えに来るわけである
それが迎え鐘である、たいてい8月の7日に始って10日まで、その間地獄に届けと鐘を打つ(引く)人で縁日のように賑わう
何のことはない、陶器祭りもその日に合わせて行われている
五条坂は清水焼の窯元が多く、陶器祭りは全国の個性的な窯元数百店が両側に並ぶ
京阪五条から五条坂大谷本廟の前まで・・そういうことで、拙者も毎年客になり往復約1キロ汗をふきふきあるく
もちろん実用品しか見ない
ここで買った陶器には精霊がついてくると言う人もいる

日本人は陶器が好きだ、焼き物の美しさは造形美である、造形ゆえに壊れやすい
実用品の陶器なら10年も割れることなく使えたらそれでいいだろう
と言うのは、結婚9年が陶器婚式(とうきこんしき)で20年は磁器婚式(じきこんしき)と言うようだ
20年を陶器婚式ともいう場合もある
陶器や磁器にとって一番怖いのは夫婦喧嘩である
が、仕舞っておってもしょうがない、せいぜいすり減るまで使って割れたら仕方がない
その時は新しいものを買いにまた五条坂へ来ればいい
その時新しい精霊も一緒に持ってかえればいい

磁器婚式くらいなら二度出来る人もいるだろう
どっちみち最後は新しい陶器(骨壺)にお世話にならなくてはならない
お盆の話題である
ホウズキの色がつきだした

南の空に大接近中の火星を見ることができる
鯵庵(30.7.31)

[PR]
by ajiankyoto | 2018-07-31 20:03 | 地蔵菩薩 | Comments(0)

遺骸の処理方法は風葬・水葬あるいは土葬とか火葬とかがある
まず最初は風葬だった
この鳥辺野は平安京の葬送の地であった
都が出来た頃は都の中に死骸を放置することは出来ない
鴨の河原を渡ってここまでくる間に河原に放置された遺体も多かったろう
鳥辺野まで来ると水に浸かることがないのでそのまま放置したり埋めたりしたのだろう
ここまで持ってくれば自然の動物や鳥やバクテリアが有機物を処理してくれる
都の穢れに対する措置であった
遺骸や遺骨に対する執着はなかった
鳥辺野、音羽川渓谷の上に立つのは清水寺であった
都が出来る前からその地獄のような様をずっと見ているのは清水の観音であった
b0355451_12284936.jpg
人の死骸を焼いて灰(骨)にするにはどれだけの時間がいるのだろう
何よりもその労力と燃料だけでも相当な量になるのだろう
やがて、仏教の影響を受けた火葬が行われることとなる
が、しかしそれはあくまでも限られた人であったはずだ
仏教思想によるものでもある
宗教に本来宗派はない

現代の京都市民の100%が火葬にされる
京都市の中央斎場はこの清水寺の少し南、阿弥陀が峰の山科側にある
この斎場の焼却炉の形式はロストル式(火格子の意味)を採用している
この炉は火葬時間が短く済み(50-90分)、連続火葬(5回転/日)が可能である
全国的にはこれと違って台車式焼却炉が主流であるようだが・・
京都市は全国に極めて少なくなったのを踏まえてこのロストル式焼却炉を続けていくということだ
現代の火葬というのも実は極めて高度な技(わざ)に支えられている
火葬の歴史ももともと平安の都の時代からここではじまっったものである
都自慢の一つになり得るものなのだ・・
鯵庵(30.7.29)

[PR]
by ajiankyoto | 2018-07-29 12:32 | 地蔵菩薩 | Comments(0)

b0355451_07593740.jpg
地図的に言うと、東山通から清水寺に上がっていく道に清水坂がある
バス停で言えば「清水道」が近い
その道を逆に西へ少し坂を下るように進む道が松原通である
この道は清水寺への参道でもある
松原通は平安京の五条通(その延長も)の現在名である
東大路通(清水道バス停)から少し下った北側に門があるのが六道珍皇寺である
この六道珍皇寺は、都から来れば平安京の葬送の地鳥辺野への入り口である
ここを「六道の辻」という、これから先は冥界なのである
だから東山通や清水道バス停は魔界の中に入る
この六道珍皇寺の創建は極めて古いしまた謎が多い/div>が、その中で平安京の役人(最後は参議にもなった)小野篁(おのたかむら)との関わりが面白いここには小野篁が地獄へ通ったという井戸がある
余談ながら、どこへ行っても帰ってくる小野篁という無骨な公卿の持ち味と結びついたと言える

京都の盆の行事は精霊(せいれい、しょうりょうであるが"おしょうらい"と読む)を迎えることから始まる
ここを通って行った精霊は帰ってくるなら同じ道を帰ってくると言う素朴な信仰である
そのために地獄まで届く筈の迎え鐘を打つ
地蔵尊に高野槙で水供養した水塔婆を備える
主催者は地蔵菩薩(閻魔大王)である
閻魔大王は地蔵菩薩の化身であると言える
その閻魔大王に小野篁が書記の役で仕えていたとある
お盆の行事は地獄信仰の行事である
極楽や天国から帰ってくるのではない
死者は誰もが地獄の責めを負いながらいつまでも輪廻しているのだ
極楽を見て来た人はいない
だが地獄なら一人、小野篁がいる
いや、お盆には全ての精霊が帰ってくる
地獄の話に耳を傾けなければならない

京都の人が皆、千本えんま堂や六道珍皇寺へこぞって迎え鐘をうちに行くように書く京都案内は大きな誤解の元である
全国それぞれと同じで、それぞれのお寺やお墓があるし、それ以上にそれぞれのお盆の暮らし方がある
敢えてことわっておきたい
それでなくとも日本のお盆はいつも俗っぽく始まる
正月に比べると、お盆は俗っぽさを喜ぶのである
お盆になれば地獄の釜の蓋も開くと言うのだ
自分の大切な人がまだ地獄にいるかもしれないと思わせられる
小生はその仕掛けを覗いてみたいのである
鯵庵(30.7.27

[PR]
by ajiankyoto | 2018-07-27 20:18 | 地蔵菩薩 | Comments(0)

b0355451_08225888.jpg
小野篁(おののたかむら・802-852)は平安時代の初期の公卿、学者・歌人でもある
変に気骨のある人であり野宰相(やさいしょう)とも呼ばれるとある
小野氏は幾筋かあるが、名門武士の祖である
野太とか弥太郎とかいう名は小野氏の長男を言っていた
千本えんま堂や六道珍皇寺の伝によれば小野篁は創建に直接かかわったとされる人物である

盆の精霊迎えを六道参りとも言う、六道とは天道・人間道・修羅道・畜生道・餓鬼道・地獄道のこと
餓鬼のくせに″私は人間道にいる”などと勘違いしてはいけない
浮世で生きている限り迷いばかりでぐるぐる輪廻(りんね)している
輪廻転生(りんねてんしょうとは)とはぐるぐる回ることだけを意味している
生まれ変わることとすれば人は一生の内何度も生まれ変わっている
地獄は死者の国であるが、現世とは密接につながっており
佛でなくとも小野篁はこの世と地獄と行き来していたとお寺では言う

閻魔大王が冥界の王である所以は、”真理に忠実なものと偽りを語るものを厳密に区別する”ことにある
死してゆくところは他界であるが、他界とは閻魔大王の世界のことを言う
閻魔大王は自分の世界に到着した人の善悪の行為をはかる裁判長である
それは小生らが子供時分から機会あるごとに教えられた閻魔大王の世界でもある
冥界に一番近いというこの寺も言ってるのである
生きた小野篁がこの世と地獄と行き来できるということは大事なことで、地獄はそう遠い世界ではないように思える
しかも、小野篁は閻魔大王の書記を勤めていたと言う
極めて浮世と似た話である、急に地獄が怖くなる
政治家も弁護士も詐欺師も同じように何十枚もの舌を抜かれるだろう
閻魔大王の前では浮世で堂々とまかり通ってきた嘘や善人面は通らないと言える

あの世が遠いところにあれば閻魔もだましても一度上手く世渡りしてやろうと思う輩もいるだろう
この世の裁きは不条理なものであるが地獄では真実だけが通る
人々はそのことに救いを感じるのである
自分もいいことばかりしてきたとは言えない
しかし、いいことばかりしてきたという人も閻魔の厳しい審理に合えば化けの皮がはがされる
地獄もこの世も同じであるが、地獄には真理がある
そのかわり地獄でも我ら凡夫はまた六道を流転するという
地獄の責め苦は輪廻転生である、業が尽きれば人間道に転生出来るかもしれない
上手くすれば地獄と言う闇の国から極楽と言う光の国へ行けるかもしれない
お盆特集、小生の地獄論の一端である
鯵庵(30.7.25)

[PR]
by ajiankyoto | 2018-07-25 17:54 | 地蔵菩薩 | Comments(0)

b0355451_08101109.jpg
京都千本通の寺の内を少し下ったくらいにあるのが釘抜地藏
寺が言うところによれば空海によって創建され、重源によって再興されたとある
ご本尊は地蔵菩薩、このご本尊が痛み苦しみの釘を抜いてくれるということだ
この釘は恨みの釘である、心当たりのある人は地蔵が救ってくれる
地蔵とは地蔵菩薩である、菩薩の位にあるが馴染みが深い

釈迦が入滅してから56億年云々の後に弥勒菩薩の出現が予言されている
その時、弥勒菩薩は仏(如来)になる
その間、釈迦に代わって六道の苦しみや迷いから我々を救ってくれるのが地蔵菩薩である
そのような重要な役回りの上ながら飾りの少ない仏さんが地蔵菩薩である
地蔵菩薩の縁日は毎月24日である、釘抜地蔵では地蔵しるこが振る舞われるとある

しるこをいただいたからとて誰もかれもが浄土へ往生出来るとは限らない
が、予定と違って地獄へ落ちても地蔵が救ってくれる可能性がある
そのような人は、千本通をもう少し北へ進んで千本えんま堂に行くのがよい
そこから先は都の葬送の地蓮台野だ、閻魔大王がご本尊の地獄の入り口である
が、実は閻魔大王は地蔵菩薩の化身であるという

人生最後の言い訳を聞いてくれるのが閻魔さんではなく地蔵菩薩だと思えば最後のチャンスは残っている?
今から、地蔵にはゴマをすっておこうと思うのは勝手である
それより言いわけの練習をしておくのも勝手である
何をする前にも言い訳をする人がいる
練習してるつもりかもしれないけど釘抜地蔵のヤットコで先に舌を抜かれたのでは言い訳も出来ないことになる

ついでながら演歌歌手の都はるみがこのあたりの子である、とあった
写真は釘抜地蔵、石像寺(しゃくぞうじ)
鯵庵(30.7.24)


[PR]
by ajiankyoto | 2018-07-24 12:47 | 地蔵菩薩 | Comments(0)


b0355451_12121272.jpg
現代の京都の行事に「京の七夕」と言うのがある
有名な仙台の七夕を模しているようでもあるが、この場合の根拠は月遅れ(8月7日)で七夕を楽しもうと言うことになる
祇園祭の行事が終わってお盆の行事が始まるまでの間を狙っている
市はしきりにPRしているが、観光局が主体であるだけに目的が見えているようでもある
数カ所を会場にしているため近所の人やアベックの夕涼みをにはいい
市民にとっては祇園祭も終わり、後はお盆の行事や帰省という時である
しかしながら、いにしえは七夕も祇園祭もお盆も同時進行の一連の行事だったのだ
そう言われればこちらの方が古式に則っていると言える

お盆に関してはここ京阪地区では月遅れ(8月15日・旧暦ではない))で行う
お盆の行事は13日から16日に行われる、13日夕刻に先祖の霊を迎えて14・15・16日と死者の霊と一緒に暮らす、16日にその霊を送り返すというのが基本的日程になる
この間、殺生や生臭いものを避け仏前に夏野菜を備えたりするのはその気持ちの表現である
ただ、家族の夏休みでもある

明治5年(1872)太陽暦の採用で少しながら混乱が生じた
そのまま新暦(太陽暦)で7月15日をお盆とするところもある
「新暦」で、「旧暦」で、「月遅れ」でと選択肢がある
不思議なことに正月は「新暦派」であり盆は「月遅れ派」となった
お盆は「国民の休日」ではないからだ?
「7月7日の七夕」は新暦派であり、「京の七夕」は月遅れ派であり、「伝統的七夕」は旧暦派である
「祇園祭り」は新暦派であり、「中秋の名月」は旧暦派であり、その中でお盆の行事だけが月遅れ派である
人によっては季節感にずれを感じる人もいるが、それしか知らない人が増えればすぐに定着するものだ

今は企業の夏休みや終戦記念日などの年中行事が密接に重なって帰省ラッシュになるくらい、ほぼ全国的に月遅れのお盆が定着している
お墓や家族が郷里にあればもちろん京都を留守にするのも京都人のお盆である
家族一緒に暮らしたい日本の年中行事であるのも京都も同じである
墓参りを名目にした家族の夏休みであればこそ、どこにいてもお盆が最も仏に近い時期となる
親(先祖)の顔を見に行くのも仏事なのである
今年は火星が大接近している
鯵庵(30.7.23)

[PR]
by ajiankyoto | 2018-07-23 12:13 | 地蔵菩薩 | Comments(0)

観音とは

b0355451_08191676.jpg
観音とは〝観自在(かんじざい)菩薩″、観音(かんのん)菩薩、観世音(かんぜおん)菩薩などとも言った
唐の国の玄奘三蔵(げんじょうさんぞう・三蔵法師のこと)の訳以降、観自在菩薩との訳が定着しているとのこと
観自在というのが観音さんのスーパーのいわれである
この仏様(菩薩)はその人の苦難に応じて様々な姿に変化(へんげ)を行うと、三十三の化身をして人を救うという
無色無形の真理である仏(哲学、てつがく)の架空の姿でもあると言われる
それは見ることの出来ない人もおれば、見る人によって見え方も違うということなのだ?

世の中は個人のその人の悲嘆には構ってくれない、無情・無常にもそんなことにかかわらずどんどん時は移って流れていく
自分の人生もほとんどがその流れに乗って笑ったり楽しんだり暮らしたりしている
病んだり老いたりするとともに他人に構ってはいられないもう一つの自分がある
そんな時でも見えるのだろうか?

お経というのは文学である
他に何も知らなくても般若心経ならは路地っ子の小生にも馴染みはある
観音さんが主人公でもあるし、何よりもお経の中で一番短いからかもしれない
一番短くても一番のお経であるのは、このお経は文学であるからだ
釈迦が修行中の自分が考えたことを、観自在菩薩という仮の姿を創造し自分の弟子で一番の哲学者舎利子(しゃりし)に分かりやすく繰り返し語っている
懐疑的な弟子に何度も何度も舎利子よ舎利子よ呼びかけながら、そう釈迦が我々に自分のことを語っているわけである
しかも釈迦という実在の人物が仏となる前の言葉を語っている

お経というのは究極の文学である
「空(くう)」という一つのことを語りたいため・・の構成である
まさに文学である
観自在菩薩行深般若波羅蜜多時照見五薀皆空度一切苦厄・・・(かんじーざいぼーさーぎょうじんはんにゃーはーらーみーたーじー しょーけんごーうんかいくーどーいっさいくーやく)で始まる
たった270余文字の文学
中国語に訳したわけだけれど、音をたどって行けば何となく意味が分かるようにもなっている
音で感じるのもお経ゆえである

参考までに意訳を(観自在なる観音菩薩、妙なる般若の空智のためにと、御修業なされたまいしに、この身心の五つの要素すべて空ぞとしりたまい、悟りの岸に至り得て、苦しみ厄い渡られし*青場透行氏訳)
鯵庵(30.7.21)

[PR]
by ajiankyoto | 2018-07-21 09:00 | 地蔵菩薩 | Comments(0)

いいことと悪いこと

b0355451_19513893.jpg
いいことをしながら悪いこともするし
悪いことをしながらいいこともする
いいことをしてるつもりが悪いことだった
悪いことをしているつもりだったが・・・?

思いと行為がずれることもある
好きな人もいるし嫌いな人もいる
それと世間の評価を組み合わせると・・
仏の教えをそこに加えると幾つの組み合わせが出来るのだろうか

善人と悪人と区別がつかないのがドラマであるが
役者はそれではドラマを演じられない
我らが真似をすることではない
善と悪とは決めることではなく悩むことである
鯵庵(30.7.20②)

[PR]
by ajiankyoto | 2018-07-20 08:00 | 地蔵菩薩 | Comments(0)

老いてなお危機あり

b0355451_08342761.jpg
組織の幹部の研修には必ず危機管理のテーマが取り上げられる
特に災害の時にはただの話題だけでは済まない
今でもいつまでも「日本には危機管理はない」とも言われる
事件だって同じである、危機管理不足は特にマスコミや国民相手では致命傷になる
危機感のない大学が危機管理の専門学科を新設するというのはある意味時期を正しくとらえて言えるともいえる
ただ、危機感のない大学が危機管理を講義できる教授陣を揃えられないことは容易に想像できる
もちろんマスコミだって、我ら市民だって同じことだ
色々話題のある中で危機管理に成功した例の話を聞かない
何が危機管理なのかを分かっていないともいえるのだから仕方がない


速やかに情報を拾う(感知)
正しく判断する(解析)
次は、ひたすら謝る(解毒)
後で、成果ある反省(再生)
という、ステップが順序良く必要だという
多くの場合世間の常識や期待とズレた認識にいつまでも気付かず
なお、"仕方なく謝る"ものだから、改めて罪の意識を疑われてしまう
謝っても謝っても謝ったことになってないのは世間の日常参事ではあるが
理屈ばかりで生きて来た人や会社は、そんな時に限って一つも論理的でない
火に油を注ぐことの方が多い
ひたすら謝るということは、毒消作用なのだということがテーマであった

小生現役の頃の話だが・・
危機管理は本能との闘いだという講師がいた
人間の組織だから、大きな危機の時に二つの本能に支配されるという
一つは、闘争本能であり、
一つは逃走本能である
こういうのは研修の常とう文句ではあるが・・二つとも"とうそう"という韻であるから覚えやすい
"闘うべき時に逃走し、逃げるべき時に闘ってしまう"という
それは、謝るという段になると必ず表れるというから・・そういうつもりで見ておればいい・・
と教えられた
その眼だけが自分の勉強になると教えられた

その眼が曇りかけてもなお、毎日テレビで教材にあふれている
強引にトップに上り詰めた人が人目にさらされて裸にされる
余りに事例が多くなるのに慣れてしまうのも危険だと思い出した
会社を辞めてしまえば・・
人の人生様々なんだけど、それでは今の生き方を教えてくれる人もいない
思えば、危機管理はこれからなのに・・

何でヤドカリかと言えば・・裸になればいかにも危ない
鯵庵(30.7.18)

[PR]
by ajiankyoto | 2018-07-18 20:08 | 翁草 | Comments(0)

祭/鉾建てか鉾立てか

b0355451_10483612.jpg
先日前祭りの鉾建てに遭遇した、せっかくのことなので見学させていただいた
もちろん祇園祭の山鉾、大きな鉾は重さ12トン、高さは25メートルもある
山鉾はほとんどの部分を毎年組み立て、終われば分解するわけである
従って大小さまざまな部材を釘を使わず荒縄だけで縛って組み立てるのが特徴である
この人たちを建て方と呼ぶが、親方他、数十名での作業である
20数メートルの真木(しんぎ)を取り付けるのは本体も真木も横向き(水平な状態)で作業する
親方どなる、「こら、頭(あたま)、頭もっと右、頭上げて、ぼさっとしてんと頭の下に頭入れてつっかいを入れんかい・・」と言うような指示
頭(あたま)とは一番先を担当する人のことと真木の先端を言ってるようだ
その度に、真木の先を支えてる若手が真木の右に行ったり左に行ったりうろうろしている
多くの見物の前で割の悪い三枚目である

この作業、梁の片方を橋脚に埋め込む片持ち梁と同じことである
真木はしなりながら途中に何カ所か支保工で支えている
真木の太いところを本体にわら縄で縛っていくのは伝統技法であり、数人のベテランが手際よく作業している
でも周りで真木を支えたり、交通整理したり、クレーンやウィンチで引っ張ったりしているのはどうも親方と一緒に仕事しているメンバーとは違うようだった
初めて鉾建てに参加したりすれば、”あたま、あたま”と言われたって何のことか分からなかったはずだ
支える道具もやり方も鉾によって違う
傍で見ていると、自分の頭(あたま)で真木の頭(あたま)を支えろと言うようにも聞こえた
それを親方である大工方の頭(かしら)が言うのだから頭(あたま)だらけの話に聞こえた
(下記は参考図です・観光協会のパンフレットから)

b0355451_07024977.jpg
工事中の高速道路で架設作業中の橋げたが崩れ落ちるような事故が相次いだ
ダジャレではない、大工事になればなるほどは仮設工事が出来と安全を左右する
鉾建ては練習も出来ない、そのくせ失敗も許されない作業なのだ、なんぼベテランと言ったって1年に一遍だけのことなのだ
おそらくその親方は、ただその真木の先を担当する若い人の名を知らなかったのだと思う
明確な指示こそ作業の安全につながると言う言葉を思い出した
しかも支保の設置が作業の成果と精度にすこぶる影響がある
伝統技法に目が行きすぎて仮設の安全性ががおざなりにならないことを祈る
平たく言えばここも安全第一なのだ

その日のうちにウインチやクレーン車を使って横になっていた鉾が立った
夕方になる前には四条通りや室町通りには数基の鉾が立っっていた
一日だけのことであるが骨格だけの山鉾は一度見学しておく価値はある
小生、この日の作業は”鉾建て”と言うより、”鉾立て”という方がしっくりくるように思った
水平の鉾を垂直にすることがこの日の祭りであり神事でもある
山鉾の美しさはまっすぐ立って揺れる真木にあり、その高さにある
鯵庵(30.7.17②)


[PR]
by ajiankyoto | 2018-07-17 10:50 | | Comments(0)